大山鳴動して……な話

 先週、朝起きて妻ありさ(仮名)の顔を見た途端、違和感を覚えたんですよ。


「あれ? どうした?」

「ちょっと眠れなかった」


 うーん。なんかこいつおかしい、という感触が残ります。普通の寝不足だともっとどよーんとした表情をしながら、やけに機嫌が悪くなるはずです。そもそも震度5ぐらいまでは地震に気づかないという耐震睡眠機構を備えたこいつが寝不足という時点でおかしいんですけどね。

 それよりもパジャマのシルエットがなんか乳がしぼんだんじゃねーかな、という点が一番の違和感でした。


「仕事休んだら? なんかおっぱいが小さくなってる気がする」

「いや、そこまでじゃないよ」


 うーん、おかしい。普通なら「バカじゃないの? 朝からくだらないこと言ってんじゃないわよ」と来るはずなのですが。

 まあ、そんな会話をして会社に行ったんです。


 そしたらですね、昼休みが終わったころにメールが来たんです


「熱出たから早退した」


 ……ああ、やっぱりな。と思いました。俺の乳鑑定スキルは正確だったんです。だてに二十年夫婦やってませんね。

 ただ、この時期、急に熱が出るってことはアレじゃないかと。そう、コロナです。というかそれしか考えられません。そりゃ会社からも追い返されますわ。


「なんか買って帰る?」

「おにぎりと水二リットルとおかゆのレトルト」

「了解。とにかく寝ときな」


 もうね、夫婦も長くやってるとメールの文章がどんどん短くなっていくんですよ。これでも新婚の時は絵文字満載のメール送って来てたんですけどね。まあ、それはともかく、心配は心配なんで俺も適当に仕事を切り上げて定時で帰ったんです。


 それで家に帰ると案の定、ぶっ倒れてました。


「それ、やっぱコロナだよな?」

「そうじゃないかと思うけど、抗原検査は陰性なんだよ」

「いやいや、ばりばり症状出てるじゃん。もう今日は寝ときな。移されるのはちょっと困るから部屋から出るなよ」


 声ががらがら、熱は八度五分。これでコロナじゃなかったらなんなんでしょうね。しかし俺も今週は忙しいので移されると困ります。とりあえず自宅内隔離作戦です。妻を寝室に幽閉して、俺も家の中ではマスク着用必須です。ドアノブを全部アルコール消毒しました。


「なんかほしいもんあったら呼ばないでメールで言って」

「うん」


 いつもと違って素直に頷く妻ありさ(仮名)、しかもいつもよりちょっとだけ貧乳。不謹慎ながら萌えますよね。たまには熱出してくれるのもいいもんだな、と無責任にもちょっと思ったりしました。


 ところがですね。翌朝。


「おはよー。ちょっと、昨日の洗い物、もうちょっときれいに洗っといてよ!」


 いきなり朝から文句満開。声は少ししゃがれてますが、明らかに昨日よりしっかりしています。一言でいうと気力がみなぎってる感じ。この無駄にパワフルなのがこいつのいいところでもあり、ウザいところでもあるんですが。ちなみに乳はやっぱりまだいつもよりもしぼんだ感じに見えます。


「あれ? 熱は?」

「もう直った。今六度八分」

「は?」


 いやホントに熱下がってやがる。ちくしょう、回復力高すぎだろ。


「でもコロナは無症状でも五日間自宅療養なんじゃないの?」

「だって陰性なんだもん」


 そう言って妊娠検査薬みたいな抗原検査キットを突き付けてきます。

 いや、おかしいだろ。昨日どう見たって熱出してたよね? ぶっ倒れてたよね?


「とりあえず今日はわたし、安静にしてるから。あなた家事やってね」


 エネルギッシュにふんぞり返ってそんなこと言われても困惑しかできませんよね。これなら熱出して寝込んでくれてる方が何万倍もよかったですよ。とほほ。


 しかし困ったのは保健所とか病院への報告です。症状はなくなっちゃたし、検査は何度やっても陰性だし。医者にかかる理由が考えてみるとまったくありません。ただでさえ医療崩壊だなんだと話題になってるのに「熱出たけど直りましたー」と診察を受けに行くのもはばかられますよね。結局妻ありさ(仮名)が行きたがらなかったこともあって、病院には行かずじまい。


 そして今日。


「いってらっしゃーい。わたしは今日は昼、映画でも見に行こうかな♫」

「病み上がりなのは本当なんだからたいがいにしとけ。ホントにコロナもらったらシャレにならん」


 妻はちゃっかり自分の勤め先にはコロナ疑いと言って、自分だけ五日間の自宅療養という名の休暇をゲットしているのです。


 なんとなく世の中不公平感ありません?

 俺はどうにも理不尽な気が拭えません。

 しかもせっかくのスリムになっていた乳が、発熱三日目にしていつもの巨乳に戻ってしまいました。

 うーん。

 納得いかん。


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