世の中値上がりしてなんぼ、という話

 なんだかねー、忙しいんですよ。いや、いいこと、喜ぶべきことではあるんですがね。


 世の中やっとコロナの影響が払しょくされてきたなー、という実感とともに、ビジネス面での動きが活発になってきてるんです。しかもあらゆる物事の値段が上がるというおまけつきで。


 だいたいなんでも「これをこれぐらいやってもらったら●円ぐらいかなー」という目安があるじゃないですか。その仕事上の金銭的な暗黙の相場観がまーったく通用しなくなってきてるんですよ。だいたい業者からの見積もりを見て目をむくことが増えてきてまして。先日も職場の若い子が決裁文書持って来て、ビビりましたよ。


「石川さん(仮)、業者、まじでこんな金額持ってきてるの? こんな見積もり、一昔前なら出禁になるぞ?」

「すみません。でもどう頑張ってもこれ以上下がらないんです」


 石川さん(仮)は職場の中堅の仕事のできる女性です。頼りになる相棒でもあります。その石川さん(仮)が交渉して下がらなかったとなれば、これはどうやらガチな事態なのでしょう。


 当然、石川さん(仮)も金額の目安は熟知していますから、我々の相場観からしてバカ高い金額なのは承知の上で俺のところに持ってきている、ということです。こりゃもうどうにもならないってことですよね。


「まあ、世の流れなのかね。しようがない」


 黙ってハンコ押して、すぐ経理部に電話かけましたよ。


「弘中さん(仮)、わりいけど、今後のうちの発注案件予算、一律20%あげといて」

「はあ? ムチャ言うな。勝手にあげられるわけないだろう」

「いや、もちろん今度の企画会議で社長の了承取るけど、もうね、どの案件も予算内で発注とかムリだわ。交渉してるだけの時間がもったいないよ」


 というわけで来週の会議で予算増額の議題をあげることにしましたよ。業者には業者の都合があるでしょうから、うちが頑張って値切ることができたら、その分業者かその下請けが泣くだけのことですもんね。

 幸い当社、というか当部はリテールもホールセールも扱ってますから。こちらが売主になる側で売値を調整すれば利益自体はある程度確保できます。


 まあ、こうやってモノの値段は上がって行ってるんだろうなと痛感しました。70㎡3LDKのマンションで六千万円とかあり得ないと思っていたんですが、今ではそれでは安いぐらいですからね。


 いや、俺の扱ってる不動産なんてのは額がでかいですし、普通の人はそうそう一生に何回も買うものじゃないからあまり値上がりの実感ないかと思いますが、日用品、食材とかの値上がりはダメージが蓄積されますよね。


 でも考えてみればここ三十年値下がりするのが当たり前だった世の中の方が異常だったわけです。一昔前のハンバーガー百円、牛丼三百八十円、パソコン五万円、車二百万円弱、マンション二千五百万円、一戸建て四千万円という相場観はもう捨てないといけませんよね。現状だいたいその金額の二倍から三倍ぐらいの金額が相場になっちゃってます。


 そんなことを考えながら家でメシを食べていると妻ありさ(仮)が言いました。


「最近、なんかお金が減るの早いと思ったらさ、いろんなもんが値上がりしてるんだよ!」

「いや、知ってるって。なにを今さら」

「すごいんだよ。卵とか一パック四百円とかしてるもん。安いのはすぐ売り切れちゃう」


 というか今まで気づかないお前はなにもんなんだ、と思いました。口には出しませんでしたけどね。

 妻の擁護をしておくと電子マネー決済に慣れちゃうと値上がりに気付きにくいという効果もあるみたいです。


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