アメたぬきオープン:断崖に吹きすさぶ風(福井県編)
福井県の東尋坊。目の前に広がるのは灰色の日本海。白い波しぶきが私の心に冷たく降りかかる。
サスペンステレビドラマのエンディングの半分はここの映像でできていると言われている。ちなみに残りの30%は静岡県伊豆半島の城ケ崎海岸、そしての残りの20%は神奈川県三浦市の城ヶ島安房崎。
東尋坊が有名なのはそれだけではない。またの名を「自殺の名所」。
世の中に絶望した人が吸い寄せられる魔の断崖。私の足元には白い日本海の荒波が私を吸い込むかのように誘っていた。
「さよなら、私……」
私は世を儚んでここに一人できた。もうこの世界に希望はない。日本中が宇宙人に侵略され、一部の抵抗を試みた自治体以外は征服されようとしている。でも、それはほんのきっかけにしかすぎない。
「さよなら、この世界。次の世界では望みが叶いますように……」
私は吹き付ける潮風に挨拶するかのようにささやいて、断崖に向けて一歩を踏み出した。
この世界に未練は、もう、ない。
生きて行こうとする気力も、もう、残っていない。
青く黒い海のうねりに向かって手を合わせ、そのまま頭から落ちようとした。私とこの世界をつなぐ細い糸は、切れる。
「待て!」
私を乱暴に抱き留める男の人の声。
「なにをしてるんだ! 落ちるぞ!」
「離して! もう私は星になるの! 止めないで!」
男の人は必死に私を崖のそばの遊歩道に引っ張り戻そうとする。
「痛い! やめてよ! 私は死ぬの! こんな世界もうこりごり! こんな、こんな……!」
私は声の限り叫んで男の人を振り払おうともがく。しかし怖い顔の男の人の力は強くて、全然動けない!
「離して! このまま行かせて! こんな、巨乳ばかりもてはやされる世界は、もうイヤ!」
その時、私の頬を男の人の手のひらが私を打った。
「バカ! キミのその身体を無駄にしてどうするんだ! 私は、国立総合技術研究所の歌舞坂。今、キミを探しに東京から来た」
「私を、探しに?」
「キミは日本国民1億3千万人の希望なんだ。日本人全員の体型データの中で身長体重血液型、そのほかの項目でキミが一番適任だ」
「私が、適任? なんの?」
私は男の人の迫力に思わず振り向いてしまった。男の人は胸の研究所のIDカードをかざして焦った様子で続ける。
「宇宙人に対抗する兵器を、わが研究所が開発したんだ。専用身体機能強化スーツ、TOVICだ。しかしこれを装着できる人はごく限られている。急いで開発したのでサイズのバリエーションが作れなかったんだ」
男の人は持っていたカバンの中からピンクのレオタードのような服を取り出した。
「これを着て、戦ってくれないか。宇宙人と」
「な、なんで私が……」
「さっきも言っただろう。このスーツは非常に厳格にサイズが決まっている。血液型もだ。このスーツが着れるのは日本でキミだけなんだ!」
「そのレオタードみたいなのを着ると、なにができるの?」
「すべての身体機能が強化される。そして、日本を侵略してくる宇宙人に対抗できる反重力照射ビームが、胸から出せるようになる」
「それって……」
男の人は少し言いにくそうに顔をそむけたて言葉をつないだ。
「開発コードがそのまま正式名称として登録されてしまったんだが、『おっぱいビーム』という名称だ。スーツには音声コマンドが内蔵されている。だからキミは目標に正対して『おっぱいビーム』と叫ぶだけで発射できる。自動追尾機能がついていて命中率は98%だ」
そして男の人はレオタードを私に押し付けて懇願した。
「頼む。これを着て宇宙人と戦ってくれないか。もう、俺たちにはキミしかないんだ。日本のほとんどが侵略された今、日本を取り戻せるのはキミのおっぱいだけなんだ!」
私はレオタードを持たされて呆然としていた。
今までチチナシ子と蔑まれ、ムニュ―ちゃんとあだ名をつけられて送っていた暗い青春時代。一部の変な男だけが言い寄ってくるこの世界。そんな人生に私は心底絶望していた。宇宙人の侵略はただのきっかけにしかすぎない。遅かれ早かれ私はここ福井県の東尋坊に足を運んできたことだろう。
私は顔を上げて男の人を見た。男の人は熱のこもった声で続ける。
「頼む。私の妻と子は宇宙人に連れ去られてしまった。仲間も半分以上宇宙人の拘束下だ。このスーツを完成させて、それを使いこなせる人物が現れれば、私たちは必ず逆転できる、そう信じて歯を食いしばって開発してきたんだ。頼むよ、これを着て宇宙人と戦ってくれ!」
私は手渡されたレオタードを手に持って広げてみた。見たところ普通のレオタード。まるで水着のような手触りだ。胸の部分にはやわらかい素材のふくらみがある。
「あの、一つ聞きたいんだけど、これってもしかして胸にパッドが入っているの?」
「いや、それは反重力照射ビーム発射装置だ。胸パッドに似た素材で作ってある。それを着ると胸のサイズが7段階アップする」
「7サイズもアップするの!?」
「開発途中だからそれ以上小型化できなかったんだ。だから普通の人には着られない。キミしかいないんだ!」
私は、頭の中でA,B,C,D,E,F,Gと7つ数えた。Gか。なんて魅力的な響き。そして男の人を見て、言った。
「分かったわ。着てやろうじゃないの。宇宙人なんて、まとめてぶっ飛ばしてあげるわ! 私の『おっぱいビーム』で」
どうやら私の福井県への用事は、済んでしまったようだった。
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