カクヨム先行 おまけ⑧ 旦那さんたちのお留守番3(青い風の中で)
朝一番に夏目総司令直々に処分を言い渡されたとのことで、その後すぐに横須賀を艦載輸送機で飛び立ったと聞いている。
艦長が戻ってくると知ったクルーたちの表情は明るかった。それが雅臣には少し心苦しい。
管制室で、いつもの監視業務をしていた雅臣に伝達が届く。
「城戸大佐、御園准将を乗せている輸送機から、あと十分程度で到着。着艦の要請です」
「そうか。着いたか。着艦許可を頼む」
「ラジャー」
西南の海洋上空に彼女たちが帰ってきた。
ハワード少佐に、ミラー大佐を呼ぶようにお願いをすると、荷物をまとめた銀髪の大佐が和やかな笑顔で管制室にやってきた。
「はあ、五日で済んで良かった。それでは、みな、無事の航海を!」
管制室に最後の挨拶と敬礼をして、残る航海をするクルーを激励。
手が離せる管制員たちも立ち上がって『お疲れ様でした』の挨拶を返礼した。
御園大佐は奥様が帰ってくると知っても、ずっと落ち着いていた。
いや、むしろ『解任を言い渡された妻とどう向き合うかな』と、一人で悶々と思い巡らせているように雅臣には見える。
ミラー大佐が到着して以来の航空機の着艦で、管制員たちの通信確認がせわしくなる。
甲板要員も常日頃整備でフライトデッキにいるが、こちらも久しぶりに着艦体勢で動きが激しくなる。
「おーー! あれだろ。見えた!」
一番最初に声をあげ、立ち上がったのはダグラス中佐だった。
彼は一目散に管制室の窓へと向かう。
「お嬢、おかえりーー!!」
誰も止めなかった。古き同僚であるこの中佐もじっと耐えて待っていたのだろう。
ここに、あの人が戻ってくることをクルーの誰もが待っていたのだから。戻ってくることを願っていたのだから。
ただここに『ミセス艦長の航海はこれが最後だ』と知っている者は、雅臣と御園大佐とミラー大佐の三名だけ。
彼女が艦長デスクに戻って来た時に、報告をしようということになっている。
だから誰もが『これからも変わらぬ、ミセス准将との航海』と思っているに違いない。
プロペラの艦載輸送機が高度を落とし、着艦するためのアプローチに入った。
あの中に心優が、妻がいる。
「行ってこい。雅臣。いいんだぞ。いまは大佐とか副艦長とか忘れろ。夫として行ってこい。俺もあの艦載機に乗るまではここの艦長代理。いまのおまえのボスからの許可だ」
いや、しかし――と思ったら、御園大佐も隣にいて雅臣の背を押した。
「行ってこいよ。新婚だろ。俺なんてもう、走って迎えに行くには恥ずかしいからな」
「いや、澤村も走って迎えに行ってもいいんだぞ。むしろ見てみたいじゃないか。なあ! みんな!」
「そのまえにかっこよく走れない。歳を取って、どこかですっ転びそうで……」
「それも見てみたいじゃないか。雅臣の後ろをよたよた走って来いよ」
ミラー大佐のからかいに、管制クルーも見てみたいと笑い出したが、御園大佐は『いやいや、そんなことをしたら葉月が逃げ出す』と笑い出した。
行ってこい。
先輩大佐のふたりに押され……。
雅臣は心の枷を外した。
「ありがとうございます」
礼を述べ、管制室は静かに退室した。
通路に出てからだった。
雅臣は走り出す。
甲板、フライトデッキへ出る扉を開けると、海風がざっと雅臣を吹き付けた。
空を見上げると、プロペラ艦載輸送機が着艦アプローチで大きく旋回しているところ。
見上げると窓には、吉岡の顔が見えた。心優の顔は見えない。
でも妻のバディが見えただけで、実感が湧く。
「心優……」
不審者を確認。ブリッジロックを促した彼女の声が聞こえてきた時の驚き。
覚悟はしていたはずなのに、妻がたったひとり、締め出された通路でプロの海兵戦闘員と戦っている時の恐怖。
妻はやり遂げた。でも、その後も彼女は夫がいる場に残ることを甘んじず、雅臣と約束したとおりに、或いは父親に誓ったとおりに、自分が護るべき上官から一時も離れない職務を選んだ。
その彼女が、帰ってきた。俺のところに!
輸送機の旋回を見上げながら、雅臣は走り出す。
キャットウォーク沿いを走り出す。
フライトデッキのずっと向こう、甲板の先端。
そこに走って辿り着く前に、輸送機が着艦して、ほどなくしてドアが開いた。
一番最初に出てきたのは――『心優』!
彼女も潮風に煽られながら、まっすぐにこちらに向かって走ってくる。
駆けて駆けて、雅臣が『心優』と掴めそうになったその時。
「臣さん!!」
心優から雅臣の胸に飛び込んできた。
彼女から力一杯、まっすぐに走って、雅臣の胸の中に――。
心優。
すぐに抱き留め、抱き返した。
陸の香りがした。
潮の匂いがしない黒髪は、陸にいるときの花のような香りがしている。
「心優……、おかえり」
「ただいま、臣さん……」
甲板のどこからともなく、からかいの口笛が聞こえてきたが、雅臣か構わず彼女の黒髪にキスをした。
よかった。無事に戻って来た。俺のところに。
ふと、左腕の時計が目についた。
また風が吹いている。西南の青い風が吹いている。
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