13.シルバースターの理由

 その映像は、まさに心優が空母艦で傭兵と戦闘したもの。

 父が訓練指導を引き受ける際に確認したという、あの日あの時のものだった。


「光太も見ておきなさい」


 光太にも数日前に、不審者侵入事件についてあらましを『口頭』で説明したばかり。『心優さん、空母でそんな危険な目に遭ったのですか』と茫然としていた。『空母は安全ではない』、それを心優は教え込んだ。


「あ、あれが……、ほ、ほんとうに、あの時の、ですか?」


 音声はないが、鋼のナイフと金属のロッドがぶつかり合っている映像。


「これは、なんですか。どこかの訓練ですか」


 春日部嬢の質問に、ミセス准将は『なにも言わずにとにかく見ていろ』と氷の眼差しのまま。それに従うように御園大佐もラングラー中佐もなにも答えない。


 だが心優は目を背けたくなる。あの時は必死だったし、功績にはなった。だが改めてみると、ほんとうに動きにアラがある。父が言うとおりだった。


 安全を保証された試合に訓練、そして戦闘員としてではなく護衛に特化した『護衛部』という訓練では、危険はないから思い切って身体を動かし、自分の能力を最大限に使っている。でもこの映像は違う! 身体の動きがまったくなっていない! これを父が見たなら心配するし怒るのも当たり前だと心優も納得する。


 心優が傭兵を制圧し、背中に乗ったところまで再生が進んだ。

 そこでやっと春日部嬢が表情を堅くして呟いた。


「え、この闘っている人、園田さん?」


 しかも傭兵が銃を手にしたところ。雅臣がドアへと走り出し、外にいる警備隊の諸星少佐を呼ぶ姿も映る。


「城戸大佐……も? パイロットの訓練じゃないのに……?」


 ドアが開くと諸星少佐が突入し、すぐさま銃を構える。心優が制圧している傭兵が片手だけで少佐に銃を向けるが、少佐はすぐに床に伏せた。傭兵の狙いがミセス艦長へに移り、銃を発砲したところ。同時に大柄な男ハワード少佐が駆け込み、ミセスを抱きしめ銃撃されるシーン。男の銃から硝煙が立ちこめている。


 春日部嬢の息引く驚きが、静かな准将室の空気に伝わってくる。


「あの、これ、……うそ……、そんな」


 映像は続き、心優が傭兵を解放してしまったところ。傭兵が足を負傷して動けずにいる大陸国の総司令子息『王子』を狙って駆けていく、彼を守ろうと雅臣が王子の盾になって伏せる、それを心優が追いかけてベッドを掴んで……となっている。


「もう、いいわ。テッド」


 そこでミセス准将が再生停止の指示をする。ラングラー中佐がマウスで再生を止めた。


 その後の映像には大陸国のパイロットがはっきりと見えてしまう可能性と、機密に潜入していたシドが顔を隠しているとはいえ突入してくるため、そこは誰と判明せずとも見せない判断をしたのだとわかった。


 ミセス准将がそのままソファーに座っている春日部嬢のそばに跪いた。隣に同じように腰をかけるのではなく、彼女の目線の下にわざと。


 でも、次に彼女が春日部嬢を見上げる眼差しは柔らかかった。


「この後、不審者は拘束。翌日、司令部に引き渡している。園田がいなければ、私を含め、死者負傷者がもっと出ていたわね。私も危なかった」


 春日部嬢の肩が震え始めている。


「わかったかしら? 園田がシルバースターを叙勲した理由」


 意外と素直に、春日部嬢が頷いた。


「ここでは秘書官として淡々と務めている園田だからこんな活躍もわからないでしょうけれど、目に見えないことを想像してほしかったのよ。叙勲したということは、実績が公表されなくても功績があったということなの。それが軍人の評価」


 でも、なんだか悔しそうな顔をしているので、心優はやっぱりまだ飲み込めないのかなと……、そんなに基地にいるわたしは仕事もできない女に見えるのかなと、がっかりする。


「貴女、澤村に空母に乗りたいといったそうね」


 もう彼女は自分からなにも言おうとしない。


「この危険に遭遇する覚悟はある?」


 認めたくないのか、春日部嬢は強固に口を結んだまま。


「そういう約束で任務に就くの。いま、あのあたりの国境は混沌としていて気を抜くとあっという間に突破されるし、こちらがしっかりと防衛すれば、向こうもムキになって衝突してくる。だから腕のある護衛官が私のそばには必要なの。それが園田よ。彼女の経歴を知っているでしょう。空母に乗っただけで叙勲するわけないでしょう。広報という目的があったとしても、どんな決定もフロリダ本部から判断されたことなのよ。貴女はそんな本部の意向に抗議をしていることになる」


「そんなつもりはありませんでした。ただ……、簡単に、と思っていただけです」


「簡単ではないでしょう。園田も澤村のスパルタのハードスケジュールをこなして、幹部試験に合格しているのよ。それだけでも努力でしょう」


「そのチャンスも平等であって欲しいです」


 いつもの気強さが垣間見えてきたので、そこでちょっと葉月さんが言葉を止めたほど。でも表情はアイスドールのまま落ち着いて彼女の顔を、母親のように窺っている。


 チャンスは平等。彼女がそう思ったのには条件が揃いすぎたのではと思えてきた。


 空母に乗ることができれば、自分も心優みたいに認めてもらえると彼女は思っていたのかもしれない。そう思うと、ほんとうに『お手軽に昇進した女』と思われていたのだということになる。


 それなら私も出来るじゃない。しかもその力がある御園大佐のそばに来た。ちょうど良く空母乗船も目の前で、新人の吉岡光太が初心者の状態でいま空母研修を受けている。私もそこになんとか入れば……と画策してしまうのも、そう思いつくのも仕方がなかったのかもしれない?


「その危険を覚悟できるのならば、吉岡と一緒の研修を受けてもいいわよ。ただし、前回と、先日の岩国の高須賀准将の艦も、攻撃を受けている。次回の任務も厳しいものになるわよ。いいわね」


「父は! そんな危険なものだなんて、言ったことありません!」


 ああ……、またお父様。心優が溜め息を落とす前に、目の前にいる御園大佐が額を抱え、大きな溜め息を吐いた。呆れると言うより、困り果てている。


 心優も思う。彼女の『お父さんが絶対』の呪縛はいつからどう、彼女を締めつけてしまったのか。これを解かないと、彼女は前に進めない気がする。


「きっとお父様も、いままでの危機については決してご家族には話さなかったでしょうね。それは園田も同じよ。こんな危ない目に遭っても、家族には報告できない。城戸大佐もそうよ。ファイターパイロットも空で遭遇した不明機がどこの国だったとか、今日こんなことがあったなんて家族には言わない。園田のお父様は業務上、これを知ることが出来る立場にあるけれど、この映像を見たのはついこの間。園田のお母様はまったく知らない。貴女と同じ、『艦長の護衛を無事に務めて帰還しただけで叙勲なんてすごいわね』と驚かれていたそうよ。つまり……貴女も『なにも知らないところの人間』ということになるの」


「……でも、こんなこと、現実に……」


「いいわよ、目を背けても。でもこれが現実。それをよく考えた上で、どうして自分が軍人であるのか考えなさい。私達はこの連合軍に防衛を託してくれたそれぞれの祖国の国民の血税で、働かせてもらっている。だから防衛に身を捧げるのが使命。この軍でその能力に長けていれば長けているほど最前線へ送られる。一般市民の目には見えない『現実の危機』と鉢合わせをするリスクが高まる。それを承知したプライドを持った者が空母に乗船するのよ」


「私だっていままでも、そのつもりでちゃんと働いていました。いつか父のそばに行きたい、父のように上層部をサポートできるようになりたいって」


「だったら。お父様の現実を考えて想像して、受け止めなさい」


 怒るわけではない静かな声だが、そこには葉月さんの『父娘』を思う気持ちが込められているように心優には思えた。そう葉月さんも、お父様が元陸部総監、そして自分は現場のファイターパイロットだったから。知っている知っていないの距離もあったに違いない。


「この時、貴女のお父様も横須賀の司令本部で一睡もせずに、私がいる空母へのサポートの手配に、大陸国との交渉にと駆け回っていたはずよ。防衛は自らがその使命を望んだ者にしかできない。お父様は海には出ないけれど、毎日、私達が乗船している空母を見守って、国家と国家の間にある非常に神経を使う判断をしてくれているの。間違えれば失脚、左遷、懲戒と重い責任を負う。軍人にとって不名誉のリスクと背中合わせ。そこに毎日、毎日いるのよ。貴女も空母に乗るならば、家族にも甘えられない責務を背負うのよ」


 最後、ミセス准将が目も合わせないお嬢さんを見つめて問う。


「それでも空母に乗りたい?」


 さあ、どうする。


「これはたまたま起きたことですよね。何度もそんなに起きませんよね。空母が事故や攻撃に遭うなんて聞いたことありません。そんなことが起きれば国際的問題になるはずです。小競り合いがあってもそんなことはあり得ません。業務もこことは変わらないはずです。それをすればいいと思っています。そんな脅さないでください」


 え? 事故に攻撃に遭わない? いまここで司令部極秘のリアルな事件映像をその目で見たでしょう? それともやっぱり自分がそれに遭遇しない限りは、聞いた話だけでは現実味がわかないから認めないってこと? 


 心優はがっくりうなだれた。つまり、空母に乗ってもこの基地のオフィスが海上になっただけで安全だと言い聞かせて、安全な上で乗船したいということだった。そして自分も指令中枢のブリッジクルーの一員として任務を終えてそれを経歴にしたいという願いだけが透けて見えてくる……。


 だがそこで空気が一変する。


「葉月、もういい」


 ついに穏やかな男が、恐ろしい形相になっていた。ややドスが効いた低い声。婿養子の旦那様が、ゴッドファーザーに変貌する時の兆候を垣間見せた。


「でも、あなた……」

「うるさい。俺の部下だ。おまえはひっこんでろ」


 初めてではない心優もゾッとしたが、光太はもう顔面蒼白。この基地に来て一番怖いもの見たと言いたそうに、御園大佐から目を逸らす始末。


 あのミセス准将に『おまえ』といい、『ひっこんでいろ』。御園のご当主候補のお婿様が、お嬢様の奥様を軽くいなすその姿。


 そんな眼鏡の大佐の鋭く痛い視線が、護衛秘書官の心優と光太に向けられる。


「俺と葉月と彼女だけにしてほしい。少しだけ、外に出ていてくれ」


 その目線はラングラー中佐にも無言で向けられる。中佐も会釈だけして、同じく無言でノートパソコンを回収して秘書室へ下がっていく。


 心優と光太も礼をして、准将室の外へ出た。

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