12.情報は裏付けろ
まだ小笠原に来たばかりの、いち事務官である彼女が『私も空母に乗るんだからね』と叫ぶ。
「私も御園大佐に頼んだの。私も次回の空母航海任務に連れいってください――て。いま吉岡君も初乗りのために勉強しているんでしょう。私も間に合うように勉強したいって」
ええ!? バディふたり揃って目を丸くしていると、彼女はやっと気が済んだようにして空部隊大隊本部へと去っていった。
「は、マジで? いやいや、ないでしょ」
きっとお得意のわがままでしょと光太は笑い飛ばした。
心優もそう思う……。けど、これは御園大佐がまた苦労しているだろうなと、珍しくやり手の旦那様のことを案じてしまった。
―◆・◆・◆・◆・◆―
そんなこと気にすまい。いまはもっともっと考えなくてはならないこと、気を引き締めなくてはいけないことがあるから――。
だが、今日の春日部嬢との摩擦は思わぬ流れを運んできた。
夕方になって今日の事務作業もそろそろ仕上げという頃、准将室に訪問者。
「お疲れ様、邪魔するよ」
御園大佐だった。しかも春日部嬢を伴っての訪問。大佐の後ろで心なしか彼女がしゅんとしているように心優には見えた。
「御園准将、お連れいたしました」
ミセス准将が呼んでいたと知って、それを知らされていない心優と光太は顔を見合わせる。
「ご苦労様です、澤村大佐」
「こちらこそ、ご迷惑をおかけしました」
奥様のご機嫌伺いにきたならば、兄貴な旦那様の顔でからかうばかりなのに。今日の御園大佐はとても謙って恐縮している。
しかも御園大佐の隣にいる春日部嬢も萎縮している。いつものあの自信はどこへ行ったのか。
だがこのミセス准将を目の前にしたら、そうなるのも無理はないかと心優は思う。
木彫りがある大きな准将デスク。ゆったりとした皮椅子に座るミセス准将。夫の工学科科長室の雑然とした事務室とは異なり、ここは高官にふさわしい格調ある大隊長室。
それだけで威圧感があるのに、さらに御園准将が皮椅子から立ち上がる。
ミセスも心優同様に身長があるため、彼女が立つと小柄な春日部嬢は上から睨まれるようになる。今日の准将はそういう目をしていた。
「春日部さん、どうしてここに連れてこられたかわかっていますね」
「はい……」
心優はわからない。でも彼女が葉月さんに直々に呼ばれ、なにかを注意されるためにそこにいるのだけがわかる。
「そこにいる園田と吉岡ですが、私と澤村が選びわざわざ引き抜いてきた隊員です。その私の秘書官に対しての非礼はどういうことなのか説明してもらおうかしら」
心優と光太はまたハッとして視線を合わせた。
「いえ、歳が近いので……」
「歳が近ければ、親しみもあって、なんでも許されるということ? それ
とも親しくなりたくて馴れ馴れしくしているということ?」
はっきりしたミセス准将の言葉に、さすがの春日部嬢もうつむいてしまう。
「フランク大尉から聞きました。園田のことを上官として敬う様子もなく、こちら秘書室の業務について勝手な意見を当たり前のように発言したとのことですね。貴女から見れば、園田はもちろん、吉岡も上官ですよ。ましてやフランク大尉はさらなる上官であり連隊長秘書室にいる隊員、その隊員に意見をするとはどういうことですか」
ますますびっくりして心優は飛び上がりそうになる。シドが! なにも感じない振りして、あそこで春日部嬢が心優に対してだけムキになる非礼を見抜いていたうえに、上官に報告していたと!
「その報告を受けた細川連隊長から、こちらに知らせがありました。見逃せないため、澤村に連絡をして来て頂きました」
さらに『おまえが指摘しろ』との指示と報告は連隊長直々からと聞いて、『規律に厳しい連隊長』がついに動いたとやっと知る。
「園田を上官として敬わない、その心情を説明しなさい」
春日部嬢は黙ってうつむいたまま。心優と光太は真っ正面から『認めない!』と言われた理由を知っているけれど、あんなことミセス准将に言えるわけがない。
「つまり、貴女は園田より勝るところがあるため、そこを評価されないから、歳も近く昇進したばかりの園田を相当の地位として認めないというわけなのでしょう」
やはり、彼女は言わない。
「言えないことならば、貴女が上官を敬わないその理由は、ただの非常識と判断します」
彼女が顔を上げた。
「横須賀で……、」
やっと出た言葉だったが、ミセス准将の冷えた琥珀の目に囚われた彼女はそれだけで口をつぐんだ。アイスドールの目がどんなものか初めて知ったかのように。
「横須賀で? なに?」
「横須賀にいるとき……、まわりの隊員達は、園田中尉の叙勲は、女性護衛官を採用し無事に帰還したことで受けられた広報的な昇進だと聞きました」
「それで?」
「それがほんとうに実力と言えますか。園田さんはその恩恵を受けすぎていると思います。ご結婚にしても、城戸大佐が御園のそばにいる女性と一緒になれば有……」
「プライベートなことは、ここでいわなくていい」
冷たく切ったその声は、いつもの葉月さんではなく、ミセス艦長の時のような重く険しい声だった。
「春日部さん、貴女、その横須賀で聞いた話について、裏付けは取れているわけ?」
「裏付け、ですか?」
ミセス准将がそこで冷ややかに笑った。心優はゾッとする。葉月さんがその笑みを見せた時の恐ろしさ、秘めたる闘志が芽生えているという合図だから。
「本気で、横須賀の、一般隊員達の『くだらない』、裏付けもない噂を信じて、園田に対抗してるわけ?」
春日部嬢にもその恐ろしさが伝わったようだった。もう口もきけない状態に陥ったのか、顔色は真っ青。彼女もやっと『裏付けのない噂話で騒いでいた』と気が付けたのか……?
「まあ、よろしいわ。横須賀の一般隊員の裏付けもない噂を真に受けた、だけということね」
周りの情報を判断処理できない烙印を押されたことになる。さらにミセス准将は追い打ちをかける。
「お父様が泣くわけね……。真実を知らなぬ隊員は多々いれど、想像力を働かせかみ砕ける者もいるというのに、貴女にはそれがない」
冷ややかなミセス准将の眼差しなど、到底見られる状態ではない春日部嬢はいつもの饒舌さも出てこない。
「光太、テッドを呼んできて。話をしてあるから」
「はい」
准将室と隣接している秘書室へのドアで、光太がラングラー中佐を呼んだ。
「准将、ご用意できております。こちらでお見せすればよろしいですか」
ラングラー中佐の手には一台のノートパソコン。それを応接テーブルまで持っていき、そこでなにかとセッティングしている。
「こちらへいらっしゃい」
テーブルに置かれたノートパソコンの前、そこに春日部嬢は座らされる。
「テッド、説明してあげて」
御園准将は腰をかけず、腕を組んでまた上から冷たい空気を送り込んでいる。心優と光太は、奥様にすべてお任せしている様子の御園大佐のそばに控える。
ラングラー中佐が春日部嬢のそばでマウスを動かした。
「司令部にいらっしゃるお父様の許可を得ているものだ。これを閲覧できる者は限られているので、閲覧後は口外しないように」
そう聞いて、心優は胸騒ぎがしてきた。司令部でわざわざ許可を得なくてはならない程の映像なら、かなり極秘のもの。
さらに御園准将が付け加える。
「いまラングラー中佐が言った意味も忘れて、べらべら喋ったり『内緒よここだけの話』なんてことを気軽に口外した時点で、連合軍所属する者のコンプライアンス違反として貴女のお父様の首が飛ぶからね。貴女もよ」
その念押しに、彼女の肩がすこし震えた気がした。
「どうして、そんな大事なものを私に……」
「どうして? 貴女の疑問そのものがわかるものだからよ。うちの澤村が口で伝えても、貴女は実体のない言葉だと信じないでしょう、覆そうとするでしょう。だから一発で理解させたいわけ」
もの凄いきつい口調のミセス准将に、春日部嬢だけじゃない、心優もドキドキ緊張してきた。
「再生します」
ラングラー中佐がマウスをクリックする。モニターで動画が再生される。
心優はハッとする。その映像はそれほど鮮明ではないが、『空母艦内』のもの。そして、自分が男と向きあって三段ロッドを構えている映像だったから!
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