65.制圧!

 心優はいますぐにも艦長に抱きついて『やめてください。海東司令の指示を待ってください』と止めたい。でも……『現場でしかわからない危機感』がそうさせない。


「緊急チャンネルに戻して」


 戻ってすぐ、王子の叫びが心優の耳をつんざく。


『su35も到着した! はやくしてくれ。もうそちらのブリッジから漁船が目視できる位置に到着する。攻撃がはじまるぞ。まさか中央管制指令に許可を取るというのではないだろうな。そちらの幹部を通してからでは決断が遅れる! それともそちら国際連合軍の部隊でその漁船を爆撃する決断がすぐにできるのか? 攻撃されてからではないと手が出せないんだろ! その間に貴方の艦は間違いなく炎上する!』


 さらに王子は続けた。


『俺は貴女ならどんなことでも読みとって、どんなことでも判断してくれるだろうと思って、貴女の艦隊を前線に引きずり出すため、対国戦闘機を脅す作戦に参加した。他の艦隊ではない。俺と会ったことがある貴女の艦を呼びたかった。貴女の艦がここまでくれば、貴女ならどんなことでも……、通じると信じて……』


「領空侵入時間は三分。これで決着して、絶対よ」

『わかった。充分だ』


「だからって貴方の言葉を信じているわけではない。対艦ミサイル搭載のスホーイまで連れてきて、私に許可をさせてやすやすとこちらの空母を爆撃なんて作戦かもしれないしね。こちらは度々の貴方達の侵犯で撃墜命令が既に出ている。侵入してきたスホーイは侵犯として容赦なく撃墜する、その覚悟もできてるの!?」


『信じてくれないのは覚悟している。だが……、俺達に後始末をさせて欲しい。それが、必要なことなんだ、どうしても……』


 王子の切なる声を聞いていて、『大陸国内部、とくに軍内でなにかが起きていたんだ』と心優は感じ取った。本当ならば、ここまで侵犯されたらこちらも遠慮なく攻撃ができる。しかしこちらも攻撃をしたらそれはそれでリスクを生むこともある。難しいその判断がいま、空と海で待ったなしに迫られている。


「だったら許してくれるわね。侵入したと同時に、全てのフランカーの背後に白い戦闘機を付ける。いつでも撃墜できるよう追尾させてもらう。少しでもこちら艦隊に被害がでると判断したら、容赦なく六機を撃墜する。さらに許可した以外の機体数で侵入してきた時も撃墜する。それが条件」


『構わない。その覚悟もしてきた』

「三分よ。わかったわね」

『ラジャー。許可後、テロと判断する不審船に対し爆撃体勢にて侵入をする』


 御園艦長と王子の前代未聞の交渉が成立してしまう。


「雅臣。聞いていたわね」

『はい。あちらの六機が侵入してきたらそれぞれの背後に撃墜体勢で追尾させます。担当するパイロットへいまから指示します』


 雅臣も素直に返答している。管制室も艦長の意向に従う心積もりを整えているようだった。


「隼人さん……」

 最後に御園艦長が葉月さんの声で夫を呼んだ。

『なんだ……』

「いままでありがとう」


 まるで別れの言葉のようで、でも心優にもこれが如何に重大な実行か先がわかるだけに涙が滲みそうになった。


『ずっと前からおまえの散り際も見る覚悟だったよ。大丈夫だ。思うままに行ってこい』


 そして止めもしない夫の後押し。もしかして葉月さんはこれが欲しかった?


 心優はふと肩越しの艦長へと振り返る。泣きそうな琥珀の目。その目と心優は合ってしまう。


「葉月さん、わたしも一緒についていきます」

「心優――」


 旦那さんから勇気をもらったんでしょう。そう言いたい。でも御園艦長はもうわかっている。その琥珀がいつものアイスドールのガラス玉に戻った。


「国際緊急チャンネルに戻して……」


 力無いこの声を管制室ではどう聞いていることか。自分が決意した痛みをわかっているからこその声……。


 だが御園准将はまだやってくる侵入者の制圧をしている通路を見据え、声を張る!


「こちら国際連合海軍――艦隊、艦長。上空のsu-27、su35に告げる。三分間の迎撃を解除、希望の六機のみ侵入を許可する!」


 その声に通路で戦闘をしている誰もが振り返った。その焦りはハワード少佐と殴り合っているハーヴェイ少佐にも。


「なんだと敵機を引き入れたのか! バカじゃないのか!」


 彼がハワード少佐を突き飛ばし、高らかに笑った。でも心優もそう、御園准将も彼を冷ややかに見つめるだけ。


『こちら城戸。いま指定の六機が侵入しました。背後に雷神をつけます』


「王子にはバレットをつけてあげて、もしテロ側から王子に攻撃があれば迎撃するように伝えて」


『そのつもりです。おそらく彼がリーダー機でしょう。率先して侵入を開始。コーストガードがいる沖縄方面にsu27一機、su35二機の三機が向かいました。雷神も追尾させています』


 コーストガードを攻撃している船団も彼等が爆撃してくれるということらしい。


『こちら管制。本艦に王子の編隊三機が接近。漁船船団ロックオン、あと50秒との通信あり』


「全クルーに告げよ。これより前方にて確認の『不審船爆撃予定のため』艦内に退避、安全を確保し待機するようにと」


『ラジャー。全艦内、伝令開始』


 艦内への避難サイレンが響いた。

 ハーヴェイ少佐が真っ青になって立ちつくした。


「あんた、なにやってるんだ。一艦長が……、そんな指令を勝手に下してどうなるかわかってんのか……」

「あと30秒――、」


 准将のカウントに、さらにハーヴェイ少佐が首を振って後ずさりを始めた。


「なんだってやるわよ。上空のスホーイのパイロットだって家族を人質にとられても命がけ。もう空を飛べない私だけれど、国籍が違っても、これで准将という地位を剥奪されても、彼等と同じよ」


 あと20秒。

 管制からのカウントダウンが始まる。

 揺るがない御園准将の琥珀の目が、ハーヴェイ少佐を鋭く捕らえる。


「護るためならなんでもする」


 こちら管制、su27、su35、目視で確認。13,12,11,10,9……


 管制からもカウントが続き、暫く。

 ドーンと大きな音が聞こえてきた。


 一度だけではない、さらに大きな爆破音が数回聞こえ、通路の窓がびりびりと揺れ始めた。


「管制、どうなったか報告して」


『前方確認の不審船三隻、侵入機の爆撃を受け炎上! 目視で確認』


『こちら城戸、雷神からの報告によると、コーストガードを攻撃していた船団も爆撃した模様。こちら空母側の爆撃も終了。su27、su35が領空線へ向かっているのを確認。退去まで追尾続行中』


 王子の飛行部隊が『後始末』と称した自国から攻撃へ出て行った船団を爆撃したとの報告。


『侵入のsu27、su35、六機とも領空線から退去、ADIZまで退去確認』


 そしてそのまま祖国へと素直に撤退してくれたようだった。


『六機の退避確認、念のためパトロールを続行中』


 ブリッジ指令フロア通路の窓が、青空を映しながらも赤色に染まる。まだ爆発音が響いている。


 御園准将がそこで心優の前にそっと出た。見上げたその顔は微笑を湛えている。


「退路もなくなったわよ」


 前に出ようとする艦長の正面を護りながら、彼女がハーヴェイ少佐に歩み寄ろうとしているのについていく。


 もうハーヴェイ少佐の額には汗がだらだらと噴き出している。


「ハーヴェイ少佐を捕獲せよ!」


 今度、前後と封じ込められたのはハーヴェイ少佐。その男が悪あがきのようにして、また銃を構える。今度は麻酔銃ではない実弾の拳銃を艦長へと向けている。


「いい加減にしろ!」


 そんな銃を構える男に果敢に向かっていったのはハワード少佐、彼が大きな身体でなりふりかまわず銃を構える男に体当たり。突き飛ばされたハーヴェイ少佐が衝撃で銃を落とした。だが体当たりで後ろにすり抜けたハワード少佐を横目に体勢を立て直し、艦長と心優へと向かってくる。


 行く! 今度こそ! 


 男の凄まじい形相と拳が見える。だが心優も姿勢を低くして拳を突き出してきた男の腕の中に入り込む、そして渾身の拳を真上に突きあげる! 

 拳の真上は男の顎、もうなにも怖くない。穏やかに暮らすわたし達にわたし達の家族、それと同じように暮らすたくさんの人々、それを護る隊員にも家族がいる。それはわたし達も、王子も同じ。それをなりふりかまわず、己の利益を追い求めるためだけに卑劣に傷つける者がいま目の前にいる。


 シドを殺そうとした、王子の妻を恐怖の配下に縛り付け、そして艦長とわたしを女として貶めようとするなんて絶対に許さない。負けない!!


「ぐっは……っ」


 男の顎が真上に跳ね上がる。それだけ身体の正面ががら空きになれば、もう心優のもの。次は鳩尾に膝蹴りを一発、男の身体が今度はくの字に曲がる。最後にもう一度、遠心力で威力が増す回し蹴りを首元に一発!


 男が床に倒れ込んだ。


「心優、よくやった。制圧だ!」


 ハワード少佐がロッドを片手にハーヴェイ少佐の真上に乗っかった。腕も首も、大きなハワード少佐に締め上げられたら、もうこの男もどうにもならない。


「不審者、制圧!」

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