95.ソニックファミリー!

 その昔、この女性が『サボタージュ』する場所として有名だった陸部訓練グラウンドの芝土手。グラウンドの裏は鬱蒼とした森林だった。そこを切り開いて建ったのが『小笠原航空訓練校』。


 そこの初代校長に御園葉月少将、校長就任と共に准将から少将へとも昇進した。


 巡回航海任務にて、他国籍機を独断で領空に入ることを許可した責任から現場艦長を退いた。懲戒免職はなかったが、小笠原の航空大隊の大隊長を解任され退いた。


 それから二年後、訓練校の準備を司り、無事に校長に就任。最初の三年は落ち着くまでいろいろあったが、ここ二年はだいぶ落ち着いて、心優も校長秘書室に慣れてきた。


 大隊長を退いた後、一年間だけ彼女の夫である御園大佐が空部大隊長を務めた。一年で退いたのはついに橘大佐が『まだ小笠原にいる』と決意してくれため、元パイロットが適任であるとして、橘大佐が大隊長に就任した。


 雷神室の室長がいなくなったため、ここでついに雅臣が、雷神室室長と就任。いろいろと上官たちのポジションも変わった。


 一度は狭い事務室へと『準備室』として追いやられたミセス少将と心優であったが、訓練校設立に伴い、再度、准将室に負けない大きな校長室と秘書室に入ることが出来た。


 訓練校の目の前には基地とは別の滑走路も造られ、校長室からはいつも練習機が離陸するのが見られる。


 赤い川崎T-4が鋭角で上昇していくのが見えるその窓辺で、大きな木造の机で、優雅に雑誌を眺めている栗毛のミセス校長がまたにやにやしていた。


「また広報がすごい記事をつくってくれるわねー。最近、おもしろい」


「時代でしょうかね。お堅い報告誌程度のものでしたのに、最近はちょっとした基地の情報誌のようなエンタメのような……」


「いいじゃない。外部に理解を求めるための広報誌として、最近は民間にも積極的に配布しているらしいじゃない」


「はあ……、そうですけれど……」


「かっこよく写っているじゃないー。ユキナオ君と雅臣、そして英太も大人になったわねー、こんなに男前だったかしら。フレディは相変わらずかっこよくて惚れ惚れするわ。これはまたファンが増えるわね」


 その広報誌を皮椅子に悠然と座って、ずうっと眺めてにやにやしている。


「白と黒の対決ですって。妻として叔母としてどう」


 見開きの右側には白い飛行服姿の夫と双子の甥っ子が、左側には濃紺飛行服に黄色いワッペンをつけたクールな顔立ちを揃えているスプリンターのクライトン中佐とバレットの鈴木少佐が並んでいた。


「伝説のエースファイター、ソニック。そのソニックが率いるトップフライトには、若手有望とされるソニックの甥っ子、しかも双子が所属。対する黒い飛行服の男たちは、そのトップパイロットをも凌駕する影の男たち。雷神の雷もものともしない炎の中でも平然としている『サラマンダー』、アグレッサー部隊長と相棒のエースパイロット。彼等は元雷神のパイロットでもあった」


 大々的に家族が広報誌に掲載されるようになった。


「いままで御園御園と言われてきたけれど、最近はソニックファミリーとかになってきたわね」


「あんまり騒がれたくないんですけれど……。でも、ソニックと双子ですから、しかたがないですね」


「いつも光太がSNSやネットの反応もピックアップしてくれるんだけれど、雷神が広報で展示飛行に行くたびにすっごい写真がアップされるのねー。ユキナオちゃんがこんなに広報で役立つなんて思わなかったわ」


 そのとおりで、彼等が広報でアクロバットの展示に他基地にでかけると、双子の雷神パイロットとしてとても持て囃された。


 二人が顔をつきあわせて気合いを入れている姿があれば、もうそれだでタイムラインを駆け上っていく。滅多に姿は見せない飛行隊指揮官の叔父様ソニックがちょっと滑走路に姿を現しただけでわっと男たちが湧く。決して女性ではない、男性達が。


 そんなマニアの支持を受け、雷神は広報としての要、さらにいえば、最近は双子とその叔父が注目されてばかりだった。


「それでも記事は全うなものね。アグレッサーの重要性に、雷神の本来の任務と、そして対照的な部隊の比較をしつつも、目的は同じ『国防』という使命のために、互いに技を磨きあうのである――だって」


 ミセス校長はそれをずっと眺めていた。まるで、自分の子供をみるかのように。そこに彼女がパイロットとして残してきた成果があるからなのだろう。


 サボタージュもせず、大人しく校長室で読書に勤しむ彼女に、いつものチェリーのアイスティーをそばに置いた時だった。


「園田!!」


 秘書室のドアがバンと開いて、続きになっている校長室へと金城少佐がものすごい勢いで入ってきた。


 うわ、またか――と、心優は頭が痛くなってくる。


「園田。室長はどこにいった」

「えーっと、私も帰ってきたらいらっしゃらなかったので……」

「吉岡もどこだ」

「……カメラがないので、また……、撮影かと……」


 ただでさえ普段も恐ろしい眼がきっと険しくなり、そこに校長がいるというのに、彼が校長デスクをバンと叩いた。どうしたことか、葉月さんは我関せず、開いた雑誌へと顔をかくしてしまい知らん顔している。


「もう広報ではないと言っているのに、どうしてあの室長はカメラを持ってほいほいといなくなるんだ!」

「訓練生の苦労を理解してもらおうと……、その姿を収めずにいられないと」

「それにどうして吉岡まで!!」

「ええっと、訓練生が立派に空へ旅立つ瞬間が眩しいと、『カメラ撮影』に目覚めたようで」

「探してきてくれ」


 溜め息をつきたくなったが、こちらは上官、心優は『はい』と素直に応えた。


「それはだめよ、金城君」


 御園校長が『やっかいな部下』から目線を逸らしていたのに、こんな時はすっと入ってきてくれる。


「私が行ってくる」

「あのですね、校長が行ってもミイラ取りがミイラになるのが目に見えていますよ! ついでにまたそこの自販機でレモネードを買って、芝土手で」

「そんなことは致しません。三十分で帰って参ります、少佐殿!」


 あのミセス校長がびしっと部下のように敬礼をして、さっとデスクから校長室を飛び出してしまった。心優も金城少佐も唖然。


「しまった。逃がした……!」


 金城少佐がくっと悔しそうに歯軋りをしている。もう心優も苦笑い。しかし、心優はどうして葉月さんが飛び出していったかわかっていた。


「あの、少佐。葉月さんが飛び出していったのは、おそらくわたしのためです」


「どういうことだ」


「おなじ秘書室の少佐だからお伝えしておきますね。わたし、妊娠しているのが先日わかったばかりなんです。もうちょっとしてから秘書室のみなさんにはお伝えしたいと校長にお願いしてたばかりだったんです。わたしが基地の中をうろうろと探し歩くのは負担と思ってくださったんだと思います」


「そ、そうだったのか。いや、おめでとう。三人目かすごいな」


「少佐のところも三人いらっしゃるではないですか」


 男の子が二人、女の子が一人、この島の学校に通わせている。心優にとっても先輩パパさんだった。


「だからだよ。なかなか就学するまでは大変だぞ。うちの嫁、ひーひー言っていたからな」


 はあ、わかります――と、心優も奥様の苦労がわかるだけに、げんなりする。


「そのぶん賑やかだろ。それが支えになることもある」


 それは心優も同意、「さようでございますね」と微笑むことができた。


「吉岡には」

「まだ伝えておりません」

「バディなんだろ。大事なことだ。すぐに伝えてやれ。わかった。俺は校長の指示があるまで知らぬふりしておくから」


 やっと金城少佐の勢いがおさまった。こちらのほうに心優はほっとする。


「それにしても、以前なら葉月さんがサボタージュでいなくなって大騒ぎの秘書室だったのに……」


「いまや、秘書室長である広報筋からやってきた駒沢中佐のほうが、カメラを持っていなくなるだなんてな」


「しかも吉岡君までもが感化されちゃって」


「でも。かっこいい写真を撮ってきやがる。民間でもなく、広報誌に掲載されるでもなく、これは駒沢さんの配下に配属された特典かね」


 葉月さんの願いどおり、横須賀司令広報部にいた駒沢元少佐を、校長室設立とともに『ぜひ、秘書室長で』と隼人さんがいつもの手腕(爆撃スカウト)で引き抜いてくれた。駒沢少佐は小笠原から転属する時にミセス准将が『私のところに来て』と言われたことがなんであったのか、やっとわかったかのようにして戸惑いながらも『訓練校の候補生に、アグレッサーを守って欲しい』という御園大佐の巧みな説得で、小笠原にカムバック。ついに御園校長秘書室の室長に就任してくれた。


 就任と共に中佐にも昇進、毎日毎日、まわりを飛行機が飛ぶため、カメラを首にかけて目をキラキラさせている。ちょっと目を離すと『学校宣伝のため、広報のため』とどこかへ撮影に行ってしまう。


 しかしその写真の素晴らしいこと。人物にしても、飛行にしても、基地の風景にしても。見ているだけで涙が出そうになることがある。


 そのため、広報員たちが『いい写真ないですかー』なんて頼りに来たり、たまに横須賀の司令部からも『なんかいいのない?』と催促されるほどだった。


「先日も、候補生の卒業過程飛行を終えて、パイロットスーツ姿で同期と肩を組み合って滑走路で泣いたり笑顔で讃えている写真は、その表情がよく撮れていて、思わず泣いてしまいました」


「俺もだよ。あー、人前で決して泣くものかと軍隊に入ったのになあ。俺も歳かな」


 お互いにそうかもしれませんねと心優と金城少佐は笑ってしまった。


「それに俺みたいに数字に頭硬い男とか、園田のように護衛が使命である隊員には絶対にできない外とのコミュニケーション取らせたら、駒沢さんの右に出る者いないもんな」


 そう、それが葉月さんが駒沢中佐をスカウトした理由でもあった。校長室にはたくさんの取材依頼がやってくる。校長にも各基地からこの訓練を見に来て欲しいという招待などなど、様々なマスコミとの接点、外部訪問との関係性などを愛想よく対処できるのは駒沢中佐だからこそだった。


 そしていままた、心優と金城少佐がいる校長室の窓辺を、赤いT-4が飛び立っていく。前の座席には若いパイロットが後部座席には教官が搭乗しているのが見えた。


「憧れるが、空は怖いところなんだろうな」

「でも美しいところです。だから、護ろうと思えるらしいです」


 金城少佐の眼差しも、T-4と共に空へと昇っていくよう……。


「俺はここで自分ができることで護る。若いパイロットたちのためにも」

「わたしもです」


 まっすぐまっすぐ、訓練したままに空へと上昇していく練習機を見上げた。


「なあ、いまさらだけれど。あの人ちゃんと探して捕まえられると思うか」

「さあ……。探されるほうでしたからいかがでしょう。なんとなく旦那様のデータ管理部まで頼りに行ってそれっきりになる可能性もなきにしもあらずでしょうか」


 やっぱむり。俺が探してくると金城少佐も出て行った。


 御園校長室、ミセス校長は本日もかわらず。ただミセスは、以前よりもゆったりと毎日を過ごしているように見える。


 キリキリと最前線ばかりと対峙していた琥珀の目は、いまは候補生たちと一緒、青い空へと柔らかに輝いている。


 




 暫くのち、また夫の雅臣に空母艦艦長の任命がやってきた。

 また巡回航海へと出掛ける。それはもう妻となった心優にも慣れてきたことだった。


 今回は雅臣の補佐で、また隼人さんが一緒に指令室長として乗艦することになった。

 しかし今回は少し違う。任務の期間を知った御園校長が心優を見て強く言った。


「大丈夫よ、心優。私もいる、園田のお父さんとお母さんもいるわ。いい、一人で頑張らないのよ。わかったわね」


 まるで叔母のようにして彼女が案じて釘を刺した。

 夫が出航、そして巡回しているど真ん中の期間、それが心優の出産予定日だった。


 今回は夫がそばにいない出産になる。

 長男と次男は運良くパパが島にいる時に出産できたが、ついに大事な時に夫が留守、一人で出産することになった。


「大丈夫です。いつかこのようなこともあるだろうと覚悟していました」


 少し膨らんできたお腹を撫でながら、心優は囁く。

 大丈夫、ママがちゃんとひとりでも産んでみせるから。


 おなかの子は『女の子』のようだった。初めての女の子。心優だけでなく、雅臣もそれはもう尋常ではない喜びようだった。

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