6.勲章に値しない!
数日後――。
次回任務で空母艦に搭乗する護衛官と警備隊の各責任者を集めたミーティングが行われた。
陸部訓練棟にあるミーティング室。指揮を執るのは、前回の航海任務で警備隊長だった『金原中佐』。
心優は光太と、そしてようやく怪我が回復してきたハワード少佐と共に参加した。
御園准将秘書室の護衛官数名と、あとは警備隊の隊員達。五千人を収容する空母艦の一切の警備を担うため、ほぼ一個中隊分になる。その中でも分隊から小隊とチームの細分化もされ、ランクもあり、一般警備から、金原隊長の直属となると、ほぼ特殊部隊クラスで艦長直属の警護チームになる。
今回は、各々のチームの責任者が集められた。それでも一個中隊を細分化させたそれぞれのリーダーだけでも数十名いる。
金原隊長の『直属チーム』は全員参加。その中にシドもいた。次回任務では、シドも指令室の所属になり、警備隊にも属することになっている。
前回、ブリッジが狙われたことを踏まえての兼属配置だと聞かされている。
しかし警備隊の男達は寡黙で、ざわつきなど一切ない。余計に空気が張り詰め、だからこそ、そこに男達の任務に対する清廉な空気ができていた。
全員が集合したのを確かめた金原隊長が、男達を従える前方でマイクを手に取った。
「ご苦労。では、これから御園准将率いる艦隊の警備隊ミーティングを始める」
手元の冊子を使って確認をする――との金原隊長の声に、誰もがもう卓上の冊子ページへと目線を落とした。
「その前に。皆に紹介しておきたい方がいる」
金原隊長の一声に、また皆の視線が前方に集まった。
金原隊長に付き添っている少佐へと視線が向くと、補佐をしている少佐がミーティング室のドアを開け、通路にいる誰かを呼んだ。
「今回は、特別な訓練を行うための指導者をお願いした。前もっての知らせが遅れたのは、私の是非にという説得が一昨日までかかってしまったからだ。やっとのことで承諾をしてくださったので、紹介をする」
『どうぞ』。少佐の声に、ドアから金原隊長自らギリギリまで説得を粘ったという教官が入室をする。
一部の男達がどよめいた。その教官を知っているから。そして彼等の目線が躊躇うことなく、心優へと向けられる。
だが心優も入ってきた男性をみて、頭が真っ白になった。
金原隊長がそばに来たその男を紹介する。
「横須賀訓練校で格闘指導をされている『園田克俊教官』だ」
今度は一気に室内がざわめいた。そしてまた、男達の視線が心優へ集まる。
『城戸中尉の親父さんか』、『ということは……』、『強靱な男も技で倒せる術を指導してくれる格闘家』。男達が口々に囁く声が聞こえてくる。
「皆もよく知っている城戸中尉のお父上だ。そして知っている者は知っているだろうが、特殊任務を行う隊員を育て上げてきた教官だ。その方に、航海出航まで厳しく、指導してもらおうと思う!」
あの城戸中尉を育てた親父さんか。金原隊長、本気だな。男達のやってみたいという意欲を見せる顔に、どれだけしごかれるかと恐れる若い隊員もそれぞれ。
でも心優は見てしまう。シドは腕を組んで、僅かに口角をあげ、アクアマリンの目を輝かせている。やり甲斐のある親父が来た、俺は心優の親父さんでも本気でやるぜ――という負けん気の顔だと心優にはわかる。ああ、そういう生意気が、お父さんを本気にさせちゃうのに!
「心優、知っていたのか」
まだ傷が癒えたばかりのハワード少佐に聞かれ、首を振る。
「いまここで知りましたよ」
「うわあ、こええ。すごいよ、心優さんのお父さんのあの漂う強面感」
光太はもう父をみただけで、逃げたそうにしている。
父がマイクを手に取った。
「園田です。娘がいつも世話になっています」
いきなり『娘』について触れたので、心優はびっくり。父親として近いところに来たなら、徹底的に避けると思っていたが何食わぬ顔で触れてきた。
「ですが、いまからここに娘はいないと思うことにします。他の男性隊員諸君もそのように心得て欲しい」
まあ、そう言うよね、普通は。よくある挨拶かなと、ちょっと気恥ずかしい注目に耐えていた心優だったが、父の視線が娘を捉える。
「そこの城戸中尉がどうしてシルバースターの勲章を叙勲されたか、この警備隊の隊員なら皆知っているな」
強面の教官の口調に転じた。ここにいる金原警備隊のほとんどが、前回の任務で御園艦隊の空母に乗った者ばかり。彼等も不審者を捕獲し引き渡すまでの警備に、パイロット王子の警護にと苦心の経験をした任務となった。当然、そこで心優がどのような護衛に戦闘を行ったか知り尽くしている。
その心優の功績を目の当たりにしてきた男達に、父は険しく告げる。
「運良く帰還したが、私から言わせれば、殉職に等しい。前回の御園艦隊で起きた空母での不審者侵入事件。今回の訓練を引き受けるに当たり、その現場に設置してあった監視カメラの映像を確認させてもらった。城戸中尉は不審者を制圧したものの、解きはなってしまった瞬間がある。その戦闘態勢は、まだまだなっていない! フロリダから配備されていたという極秘の特殊部隊員が最後に彼女を銃撃から守っているが、それすらも運が良く間に合ったに過ぎない。あんなものは勲章に値しない!」
心優を指さし、厳しい叱責と批評。心優の額に汗が滲む。そして男達も絶句していた。
「その隙を、なくしていきたい。私は娘を前回の任務に送り出す際、空母は安全ではない、国籍不明の不審者が潜入することもあると伝えたが、その通りになった。空母は海に浮かぶ、丸裸の基地だ。君たちの警備にかかっている。隙があるとあっという間に、凄腕の傭兵に無惨に殺害される。殉職たるものがどのようなことか。まだ皆はわかっていないと思う」
自分の娘に余計に厳しくする。そうすることで、訓練の統率を計ろうとしているのか。
でも心優は唇を噛み、その叱責に震えていた。恐ろしくて泣きたいわけではない。その逆。もの凄く悔しく、その通りだからだ。
シルバースターを叙勲できたのは、誇らしく嬉しく幸せだった。でも心の何処かで『ほんとうにこれで良かったのかな。たまたま……』という言葉を繰り返してきた。そのうちに夫の雅臣を始め誰もが『たまたまではない。瞬時に動けた成果だ』と言ってくれた。そのうちに心優自身も平気になってしまったのだと気がつく。
だが父は見逃していなかった。きちんと気がついていた。祝う気持ちは父の娘を労る気持ちだっただけ。本当は『プロの格闘家』としての評価は低いものだった。終わったことだから飲み込んで、お腹にしまっていただけ。
そう。あれは『わたし』にとっても『完璧、パーフェクト』ではなかった。父がいうとおり、不審者に怖じ気づいた瞬間もあり初動が遅れた。不審者を制圧した後も、彼を解きはなち、護衛すべき御園艦長も大陸国王子も危機に陥れた。警備隊の少佐も銃撃されそうになった。最後、シドが来てくれなければ、心優は銃に撃たれ殉職していた!
「心優、ここに来い」
もう父の顔ではない父に、娘の名でわざと呼ばれた気がした。
「心優さん……」
光太が心配したが、心優は『大丈夫』と立ち上がり、ミーティング室の前にいる父の元へ向かう。
男達が座っているデスクとデスクの間の通路を行く。父と金原隊長がいるホワイトボードがある前方まで辿り着く。
「心優、そこに立て」
「はい」
マイクを持った父が、心優を入口のドア手前へ立つよう指示した。
「ネクタイを外せ」
嫌な予感がする。でも、相手は父という男性でなければ『少佐殿』のため、心優は素直に従い黒ネクタイをシャツ衿から外す。最前列にいる警備隊員に預けた。
「私が、不審者を演じる。構えよ」
父がそう告げると、場が騒然とした。だけれど父の背後に控えている金原隊長は黙っている。つまり『打ち合わせ済み』。それを警備隊員にまず見せようという試みを望んでいると言うこと。
「了解です」
「では。構えが互いに整った時点で、開始とする」
父がマイクを金原隊長に預ける。
身長は雅臣より少し低めだが180センチ越え、体格は熊のような大型の男。定年前の初老男性であっても、父は技と経験で若い教え子をなぎ倒す教官。そう聞いてきた。
警備隊の男達も急な緊迫した『模擬実戦』に固唾を呑んでいる。『こんな狭い場所で、防具もなければ畳もない』というざわついた声が聞こえてくる。
だが、実戦では防具もなければ、下はコンクリートなどの堅い地面か床。園田父娘が対峙するそのシーンこそ『実戦そのものではないか』、そこに気がついた警備隊員達も『園田教官が言いたいこと、やろうとしていること』の意図が通じたよう……。
それは心優も同じだった。そして、心優は構える。父はネクタイを外さない。娘には『掴める場所を取っておいてあげよう』というハンディをくれたのか? だが、父も構えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます