60.王子の知らせ、チャトラの慧眼

 ついに、警告を無視し侵犯をする不明機に『撃墜命令』が下された。

 これからこちら日本国に入ってきた戦闘機は撃ち落とすと言うこと……。


「このように数機が警告も無視し侵入、これまでも本国機体に対しての機銃攻撃、このままでは日本本国及び国際連合軍の防衛権威に関わると仰せとのこと。その体制に入る。各部署へ伝令!」


 ラジャー! 管制室の男達の声が揃う。


「艦長。ということは、バレットの背後いる最後の1機を撃墜するということですよね」


「そうよ。バレットには救護を出す。後ろにひっついている1機に対しては、スコーピオンとドラゴンフライの2機に行かせる。雅臣、撃墜指令を伝えて」


 雅臣がまだ納得できないように首を振った。


「葉月さん、俺……俺も……」


 副艦長の威厳が消え、雅臣が葉月さんの後輩で教え子である顔になった。


「なに、雅臣……」

「俺も葉月さんと一緒で、なにかがおかしいと思っています。英太にもなにか考えがあって応答しないのでは……と」


 御園准将がちょっと呆れた顔で、雅臣の前で腕を組んで『はあ』とうなだれた。


「優等生の雅臣君がきちんとお決まりどおりに動かなくなったのは、ミセス准将のせいだと言われそうね」


「まだ撃墜命令は待ってください。もう一度呼びかけます」


 彼の気持ちが心優にはわかる。なんとかして撃墜という仕事はさせたくない。或いは顔を見たことがある王子かもしれない機体の撃墜などしたくはない。もちろん指令が下ればそこはロボットのように無感情に従うのが軍人であるとわかっていても……。それが使命とわかっていても『ギリギリまで平和な解決法で粘りたい』そういう気持ちなんだとわかる。


 雅臣が再度、ヘッドセットのマイクに叫ぶ。


「バレット、まだか! もう待てない状況になっているんだぞ!」


 無線の雑音だけ……。


『こちらバレット。先輩。待たせました』


 いつも通りの元気なバレットの声が届き、管制室の男達が一瞬だけわっと湧いた。


「どうして応答しない! ブラックアウトになり失神しているのではないかと救護を出すところだったぞ」


『申し訳ありません。いま、映像送ります』


 映像?? そこにいる御園艦長に御園大佐、雅臣までもが首を傾げた。


『後ろのスホーイの誘導でここまで飛行しました』


「スホーイの誘導だと?」


『こっちに来いと何度も指さすコックピットのパイロットが見えたもんで……。報告すると行くな駄目だ帰ってこいとかいわれるかと思って黙っていました』


「はあ!? それでも報告しろ! その誘導に従って危機に陥ったらどうするつもりだったんだ!」


『処分は受けます。ですが……見てください、フロントカメラの映像を』


 言われなくとも既にバレットのフロントカメラの映像になっていた。


「だいぶ降下しているな」

『もうすぐ海面ですが、このあたりで大丈夫でしょう。いま接近します』


 バレットが海が見える中、旋回したのがわかった。その映像の端に驚く光景が映し出される。


「なんだ、これは……」

 雅臣が絶句する。御園艦長も覗き込んだ。

「やっぱり……、そういうことだったのね」


 バレットが届けてくれた映像には、青い海の上におびただしい数の船舶、そしてすぐ前方には数隻のコーストガード巡視船があった。しかもコーストガード巡視船の1隻からは煙があがっている。つまり、コーストガードも海上国境で攻撃を受けているところ!


 御園艦長の中で何かが一致し、彼女もなにかを決意した顔になったと心優には感じられた。


「澤村。この映像を海東司令へ、そして報告して」

「イエス、マム。至急に」


 御園大佐がダグラス中佐がいるデータ管理のデスクへと向かっていく。


『キャプテン、まだ見て欲しいものがあります』


 さらにバレット機が移動を始めた。


 レーダーを見ていると、こちら空母に帰ってくる方向へと飛行している。リアカメラのスホーイはそこでいなくなっていた。


「7号バレットの背後を追跡していた不明機も、領空線向こうに帰りました」


 官制員の報告に皆がどこかほっとした顔になったのを心優は見る。それは心優も同じ『これで撃墜という最悪の仕事をしなくてすんだ』という安堵だった。


『もうすぐそちら空母です』


 バレットの報告と同時に新たに見えた映像が――。


「王子が言いたかったのはこれなのか……!」


 雅臣も驚愕の表情に固まっている。


 その映像は灰色の空母へめがけて猛スピードで航行している大型漁船3隻の映像だった。


『空母を目標にしていると思います。コーストガードと同じ攻撃をされるのではないでしょうか。判断と警戒をお願いします』


 鈴木少佐の戦闘機が空母を隅に掠めて旋回する映像。


 さらに管制からの報告。


「領空線付近のsu-27の6機、まだ飛行中、ADIZから退去する様子がありません」

「わかった。雷神全機、そのまま上空で待機だ。国境線の警戒に当たれ」


 『ラジャー!』 鈴木少佐を合わせた全員のパイロットから返答があった。


 御園艦長が心優をふと見た。


「心優、シドがどこにいるのか探して、連れてきて。この周辺にいると思うから」


「いえ、……でも、艦長から離れるわけには」


「アドルフがいるから大丈夫よ。あと数十分もすればあの船団がこちらに接触する。コーストガードはいまはあの状態でこちらへの援護には動けないと思う。急いで」


 そう言われたから心優は頷いて、光太を艦長側付きの護衛として念のために置いて、一人で管制室の外通路に出た。


「フランク大尉?」


 指令室をひとまず覗いたがいなかった。

 無線シーバーに問いかける。


「こちら艦長護衛、園田です。フランク大尉どちらですか。艦長がお呼びです」


『資料室前だ』


 すぐに返答があって心優はほっとする。しかも指令室すぐそば、そこの角を曲がったところにある資料室前にいると聞いてすぐに足を向けた。


 資料室。艦長日誌や航海中の事務処理した記録物などが保管されている部屋だった。指令室の角を曲がると少し薄暗い通路にその部屋はある。


 確かにそこに黒い戦闘服姿のシドがいた。背を向けていたので心優は声を掛ける。


「フランク大尉……」


 でも心優はふっと足を止めた。シドだけじゃない。誰かがいた。

 シドの目の前に、がっしりとした背が高い栗毛の男が。誰? 見たことがない。でも腕には国際連合軍のアメリカ合衆国に所属するワッペンがあった。


 そこで心優はピンと来た。もしかして……、あの男性がシークレットで潜入してくれていたフロリダからの戦闘員? 前回、シークレットだったシドと顔見知りなのかと。


 その通りなのか、栗毛の男性がにこりと心優に微笑みかけた。栗色の口ひげがあるダンディな感じの男性で、如何にもアメリカの海兵隊という雰囲気。


「園田中尉だね。艦長付きの空手家女性護衛官、やっとお会いできた」


 心優はそっと近寄る。少し違和感がある。シドが笑っていない。それとも先輩の目の前だからクールに振る舞っているのか。


「はじめまして……、園田です」


 シドの背中で敬礼をした。相手の階級がわからない。


「あの、フランク大尉……この方は……」

「おまえ、艦長からシークレットが潜入していると聞いているか」


 シドには教えなくてもいい、あの子ならわかると艦長と御園大佐が笑っていたのを思い出す。ここで心優はどう言えばいい?


「どうなんだ。答えろ。中尉。上官の命令だぞ」


 いつにないシドの険しい追求だった。本当に目上に従うべき威厳を放った。


「はい……、聞いております」

「その時、艦長はどうして俺には報告しなかったかも聞いているのか」

「はい、フランク大尉ならきっとわかると……」

「俺なら、わかる……と……」


 そう呟くとシドが黙ってしまう。


「久しぶりだな、シド。前回の御園艦隊での潜入でもひと苦労だったもんな。大丈夫だ。今回も高知沖から艦内を隈無く警備していたが、不審な点はない」


 シドと一緒に前回の航行で、小松沖から一緒に配備されたフロリダからのシークレット隊員の一人だったらしい。


「お久しぶりです。今回も少佐が配備されたのですね」

「ああ。前回同様頼むと、言われてね。またなんだか騒々しいようだな」


 相手の男は少佐だとわかった。その男が再び、心優ににっこり微笑みかけ、シドへと心優へと一歩踏み出してきた。


「園田中尉。シェーン・ハーヴェイだ、よろしく」


 黒い革手袋をした手を、少佐から丁寧に差し出してくれている。


 心優もシドの背後から一歩出て、フロリダからわざわざ潜入してくれたシドの先輩へと笑顔で手を差し伸べた。


「よろしくお願いしま……」


 手と手が繋がれるその瞬間だった。バシっと何かに強く叩かれた。

 心優の手も、ハーヴェイ少佐の手も! 何事かと気がつくと、シドが黒い警棒で両者の握手を阻止、払い落としていたとわかった。


「え、フランク大尉……」

「なんだシド」


 シドが上官で先輩であろう少佐を睨みあげていた。


「艦長の護衛に気易く触らないで欲しい」


 え。心優は目が点になった。だって、艦長の密命を受けて、もっと言えばフロリダのフランク大将の名を受けて潜入している隊員だよ――と。まさか、嫉妬? いつもの子供っぽい? でも心優は見る限り、シドの目がそういう子供ぽくしても俺は許してもらえることを確信している目ではないことがわかる。真剣な何かを捉えた闘志の青い目。


「なんだ、シドのお気に入りの子だったか。でもあれだろ。城戸大佐と結婚したんだろ。駄目じゃないかもう」


 さあ、もう一度、握手しようとハーヴェイ少佐が心優へと手を伸ばしてきた。だがその手の突き出し方がいままでと違うと心優も感じ取れた。心優を掴もうとしている!?


 また少佐の手が真上に弾かれる。またシドが容赦なく上官の手を叩き飛ばしている。


「く、なんだシド。俺は艦長の護衛に来たんだぞ!」


「聞いていない。ブリッジは今回は、シド一人に任せると艦長に言われている。どうして貴方がここにいる。俺がいま偶然、この通路の警備をしていなければ、貴方はどこに行こうとしていた」


「園田中尉が言っただろう。艦長はおまえにはシークレットが潜入していることは言わないでいたと……」


「俺は聞いていない。もし貴方がシークレットの潜入を任されていたとしたのなら、外がこんなに騒々しい事態の場合はブリッジではなく、外回りの警備をするよう命じられているはずだ」


「艦長から事情を聞いていない一介の警備員てことだろ。どけ、園田中尉に案内してもらう」


 少佐の表情がさすがに険しくなった。大尉と少佐では、ハーヴェイ少佐に権威がある。


 でも心優は……。心優が感じたのは……。


「さあ、園田中尉。この空母は危機にさらされている、俺から艦長に報せる」


 ハーヴェイ少佐の大きな手が自分へと伸びてきた。でも心優は一歩下がった。


「できません。艦長へ確認を取って参ります。それまでお待ちください」


 その瞬間、男の顔が恐ろしく歪んだ。この女、どうして俺の言うことを聞かない。そういう鬼の顔。


「行け、心優」

「はい、大尉!」


 踵を返し、シークレット隊員である少佐は不審であることをミセス艦長へと報告しようとシドから離れたその一瞬。


 心優の背後でドサッとした鈍い音が聞こえた。装備に固めた戦闘員同士の服と服がぶつかり合った時のような、訓練の時に体当たりをするようなあの音。


 振り返ると……。ハーヴェイ少佐の腕の中で崩れ落ちているシドの背中……。


 そしてハーヴェイ少佐がシドの腹部からざっと引き抜いたのは銀色に光るナイフ!


「シド……!!」


 それでもシドは肩越しに振り返り、振り絞るような声で言う。


「行け、行け! 艦長に……報せろ!! ここは俺が……」


 でも、そんなシドを置いていったら……、殺されちゃう……!? 心優は動けなくなる。


「おまえ、ここでへましたら、おまえのことなど最低の女だって刻んで死んでやるからな!! 行け、園田!!」


「は、はい……」


 『フランク大尉』の命令だ。心優は悪意の脅威を背中に感じながら、走り出す。


「行くな。行けば、シドをひと思いに殺す」


 重厚な男の声に、また心優の足が止まる。行けば、自分が不審な行動をしていたことも、シドを刺したことも艦長にばれる。それを阻止するために心優を脅迫している。


「くそ、やれ。ひと思いに殺せよ!」


 わかっている。金髪の彼がそうして生きていることもわかっている。彼はほんとうにここで死んでも悔やまないだろう。


 しかし、心優は悔やむ!!

 覚悟を決めた。男の真っ正面を向いて、心優も腰にあるロッドを引き抜いた。


「ばか……、心優……。だからおまえ、甘いって……いうんだ……よ……」


 血に染まる腹部を押さえながら、ついにシドが床に突っ伏して倒れた。

 その倒れた彼を真ん中に、黒いロッドを構えた女護衛官と獰猛な空気を纏うフロリダ屈指だろう戦闘員の男が向きあう。


「早く行かないと、どうなるか。女の子にはわからないんだな」

「あなたね、この空母の情報を内部から大陸国に漏らしていたのは……」


 女の子とバカにしていた男にそう告げると、意外だったのかあちらが不意をつかれた顔をした。


「ばれていないと思ったの?」

「ばれるリスクぐらい計算してくる。艦長のところへ行く。管制を制圧する」


 その意志と目的を聞き、心優の心も決まる。


「ここから先には行かせない」


 お父さん。

 父のことを思い出し、心優はロッドを構えた。

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