86.おかえり……と、大魔神再び(・_・)!?

 ミスターエドに衣装合わせをお願いしたいと、心優は正式に申し出る。

 御園ご夫妻主催の披露宴も、雅臣共々、お言葉に甘えてお願いすることにした。


 御園准将がすぐに手配してくれて、その衣装合わせの約束の日が近づいてきていた。




 季節は五月、小笠原ではもう初夏。



「護衛部の訓練に行って参ります」


 光太と一緒に、後藤中佐の護衛部訓練へと向かう。

 御園准将と福留少佐が『いってらっしゃい』と見送ってくれる。

 光太と一緒に陸部訓練棟へ向かう。


「最近、後藤中佐がめっちゃ怖いんですよ。すげえ手加減なしでどつかれるわ、投げ飛ばされるわ、たまんないっすよ」


 光太はむくれていたが、だからって彼は根を上げない。むしろ『悔しい、上手くなりたい』という闘志の現れだった。


 実際に光太は任務から帰還後、さらに厳しい訓練に臨むようになり、めきめきと腕を上げてきた。


 その進歩目覚ましい技巧育ち盛りの青年に『いまだ、ここだ』と厳しく仕込みたくなる後藤中佐の気持ちも心優はわかってしまう。


「心優さんはどうですか。まだシドさん帰ってきていないから、真っ向勝負ができる相手がいなくてやり甲斐ないかもしれないですね」


「うん。でも、最近は後藤中佐に言われて教える側にも回るようになったけど、それはそれで勉強になってるよ」


「しかし。すごいっすよ。護衛部の男共を恐れさせる、テロ主犯を素手で制圧した女ですもんね」


「やめて。また大魔神の娘とか言われて困ってるんだから」


 ほんとのことじゃないっすか――と光太がけろっと言って笑ったので、心優は顔をしかめる。


「今回のコーストガード襲撃事件は世間にも明るみになりましたからね。空母内に侵入者があったことは軍内情報で留まっていますが、一般隊員も知っているし、艦内に不審者潜入があったんじゃないかと、すでにジャーナリストが嗅ぎつけていて横須賀の司令部広報では追い払うのに大変らしいですよ」


 だから前の任務より、心優の護衛官としての活躍が一般隊員にまで今回は知れ渡ることになってしまった。


 軍の内部情報を漏洩させ、空母と隊員を危険な状態に陥れたハーヴェイ少佐を制圧した女護衛官。艦長を護り、艦の指令中枢も護った。それを知った一般隊員たちがまず囁いたのは『やっぱり大魔神の娘だ』だったらしい。


 基地のあちらこちらからなんとなく聞こえてくる『大魔神の娘』。せっかくボサ子を卒業できたかと思ったら、大魔神嬢とかミセス大魔神とか言われたらどうしようと、心優はびくびくしている。


 護衛部でもおなじだった。いままで心優のことは『女性の准将を護るために抜擢されたのは、同性の空手家というだけの理由』と軽く見ていた男性隊員たちが、急に心優のことを畏れるようになっていた。ここでもおなじく『あの大魔神、園田教官の娘。あなどるな』の空気になっている。


 帰還すると後藤中佐が『そろそろ教える側も考えてみないか。園田が現場で強いのは、積み重ねてきた技があるからだ。無我夢中にテンパっても技を身につけているから的確に緊急時にも実力を発揮できる。そこを教えてやってほしい』と言いだした。


 心優も思うところがあり『やってみます。教えるなど初めてで不得手なのでよろしくお願いします』と引き受けることにした。


 自分の訓練も兼ねての武道指導側の立場も得た。


 いま護衛部の訓練に行くと、護衛官や警備隊の男性たちと本気の勝負よりも、軽い組み手をして『このような状況になったら、このように身体を動かす』と考えるシミュレーションをするようになっていた。


 どの男性も真剣で本気だった。現場でフロリダの秘密特攻隊員を女性ひとりで制圧したとなれば、もう認めざる得ないということらしい。


 その護衛部に、今日も心優は紺色の訓練着で向かう。

 訓練をする道場に入ると、隊員たちが集まっている様子が見えたがいつになくざわついていた。


 既に後藤中佐も前に立っていたので、心優と光太は急いだ。光太は隊員たちの列の中へ、心優は教官側、後藤中佐の隣へと移動しようとして驚く。


 後藤中佐の隣に男性隊員がふたり。


「お、お父さん……、シド!」


 後藤中佐の隣に心優と同じ紺色の訓練着姿の父と、黒い戦闘服姿のシドが並んでいる。


「城戸中尉、そこに控えてくれ。いまから説明する」


 後藤中佐に言われ、心優も黙ってひとまず隣に控えた。


 後藤中佐の隣に心優、その隣に父とシドという並びになったが、心優はどうしてこのようになっているのか早く知りたい。


 目の前に並んでいるいつもの訓練仲間の男性たちも落ち着きがなかった。


「紹介するまでもないな。城戸中尉の隣にいらっしゃるのは、彼女のお父上である園田少佐だ。昨年の秋に鍛えてもらった者も多かったと思う」


 心優の隣で父が軽く会釈をした。


「こちら園田少佐だが、この春より小笠原にて武道教官として転属されることになった。護衛部の訓練も担当してくださる」


 え? 小笠原に……転属!? 心優はびっくりして父を見上げる。


 お、お父さん? ど、どういうこと!? 男性隊員たちも『うそだろ、これから毎回、大魔神の訓練!』と恐れおののいている。


 そのざわめきも振りきって、後藤中佐が続ける。


「そして。フランク大尉。シドのご帰還だ。任務負傷、入院の後、横須賀でリハビリをしていたが、本日から小笠原での業務に復帰だ!」


 それには男性隊員たちが『わっ』と湧いた。特に前列にいる金原隊長配下の警備隊員たちが、すぐにシドを取り囲んだ。


 心優もこの日が彼と久しぶりに会う日だった。沖縄の医療センターに入院して後、横須賀基地医療センターに転院。その時に一度だけ雅臣と一緒にお見舞いに行った。少し痩せてしまったシドが大人しく無口なままで、そばには彼の実母がいたので、あまりいつもの調子で話すことが出来なかった。


 またね。小笠原で待っているよ。横須賀で仕事に来た時も会いに来るね。


 そう伝えたものの、横須賀の医療センターは退院のための転院だったのですぐに退院してしまった。そのあとリハビリのため横須賀の訓練校で少しずつ身体を動かしていると聞いており、心優は彼が五月までには復帰するぐらいにしか知らされず待つしかない日々を送っていた。


 そのシドが父と一緒に小笠原に、しかも護衛部の訓練の時間に一緒に現れた。


 シドが男たちに『おかえり』ともみくちゃにされていたが、後藤中佐が『そこまで』と手を叩いて一蹴。男たちも真顔に戻って、元通りに整列する。


「今後は後藤と園田教官の二名の監督コーチと、城戸中尉の指導も交え訓練を行っていく」


 園田教官からひと言どうぞと後藤中佐が振ると、父が背筋を伸ばし、あの大声を張り上げた。


「大魔神らしく行こうと思う! ひとえに! 諸君が無事に帰還するのを願ってのことである! よろしく」


 父から敬礼をした。男達も一斉に敬礼をする。しかし心優は『うわー、お父さん、大魔神て自分から言っちゃった』と青ざめる。


 これからずっと大魔神にしごかれると思っただろうが、プロフェッショナルな心意気を持つここの男たちはすぐに理解しただろう。『大魔神に鍛えられれば、任務でなにがあっても乗り越えられる』。大魔神の娘がそうして父親にぶん殴られ投げ飛ばされて、その結果、卑劣な者に打ち勝ち帰還したのだから、俺たちもきっと。そう理解しているはずだった。


 さらに父は、目の前に並んでいる金原部隊の警備隊員にも声を掛けた。


「無事に帰ってきて嬉しかった。厳しい任務だったと聞いている。ご苦労様だった」


 彼等にも再度の敬礼。金原部隊の男たちが凛々しく敬礼を返しても、中にはこみ上げるものがあるのか涙ぐんでいる男性もいた。


「さて。それぐらいにして、さっそく訓練開始とする」


 対戦式の訓練をするグループと、教官が手合わせをするグループ、そして城戸中尉、心優がシミュレーションのじっくり組み手を理解するグループと別れる。


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