70.空母航空団司令(CAG)も、職務停止中
真っ正面に横須賀司令部総司令官、夏目中将。彼を前にして、職務停止にて任務業務から外された海東司令と御園准将が並んで座らされている。
「横須賀中央司令部、総司令本部の大崎と申します」
もう一人控えていた眼鏡の中年中佐が挨拶をした。
総司令の本部といえば、この中央司令部を司っている中枢だった。そこに配属されている中佐が手元にいくつもの書類をがさがさと音を立てて眺めている。
「まず、ここまでに至った経緯について、空母航空団司令、航空艦隊艦長であるお二人に確認をしたくきて頂きました。ただいまからの質問に答えて頂きます」
眼鏡の中佐がひと息入れ、また書類を確認している。
「まず、午前○時○分 大陸国より不明機が接近したため、横須賀中央管制指令センターより、御園艦隊へのスクランブルを要請。ただちにスクランブル発進を実施。その後、国際緊急チャンネルより対国のパイロットより通信あり。その際、兼ねてからの要望『御園艦長を出せ』との要求を受けるが受け入れず、そのまま対領空侵犯措置に入る」
淡々とその経緯を大崎中佐は読み上げる。
「さらに午前○時○分、対国パイロットの兼ねれから宣告通り、本国の雷神飛行部隊の1機が6機に取り囲まれたため、本国のパイロットの安全と侵犯措置の効果がなかったことを考慮し、以後、横須賀中央官制指令センターより『今後、侵犯した航空機については迎撃、撃墜の許可』の指示が出る」
書面を眺めて読み上げていた大崎中佐が、顔を上げこちらを見据えた。
「ここからです。海東少将、確認いたします。この『迎撃、撃墜許可』について、空母の御園准将にはきちんと伝えたか教えて頂きたい」
「はい。確かに伝えました。彼女は上空で対戦中の雷神を指揮していたため、官制員から彼女へという形になっています」
「御園准将、その指示をきちんと受け取りましたか」
「受け取りました。私から城戸大佐に指示をし、城戸から雷神各機へ伝達しております」
「では、御園准将は『以後、領空侵犯する不明機については撃墜する責務をわかっていた』ということでよろしいですね」
「はい。雷神には撃墜体勢を準備させました」
心優は息を呑む。それを知っていたか確認していたか伝えたか、その指示を理解していたかという追及を目の当たりにしている。
威圧的な視線を送ってくる夏目中将の顔も怖い。隣にいる大崎中佐の冷めた声の確認をじっと聞いているだけなのに、こちらをずっと睨んでいる。
そのプレッシャーを目の前に、並んで座らされている御園准将と海東司令は質問にきちんと正直に答えている。
大崎中佐の『午前○時○分――』にどのような指示が送られ、どう連携が取られていたかという分刻みの確認が続く。雷神が空を飛んでいる時、鈴木少佐がコーストガードが攻撃されている映像を撮影できた経緯について、どうしてそんなことをした、どうしてそうなったという割り込みも一切なく、起きたままのことそのままのことが時間軸で確認されていく。
そのうちに心優も落ち着きをなくす。徐々にあの決断を答えねばならない時間帯に来た。
午前○時○分、雷神飛行隊7号機『バレット』パイロットの鈴木少佐よりコーストガード巡視船が着弾した映像の報告。
午前○時○分、空母から中央官制指令センターにて受信、確認。さらに空母に接近する漁船三隻も確認。
午前○時○分、対処について、海東少将より空母飛行部隊の近海に待機している護衛艦からの迎撃許可と砲撃射撃許可ため緊急要請が出る。御園准将の空母でも万が一の措置について配置確認を始める
午前○時○分、園田中尉とフランク大尉により不審者報告、園田中尉の伝達にて吉岡二等海曹よりブリッジ封鎖ロックの要請、御園准将の指示により即座に管制室、指令室、艦長室などの指令機関室内にて侵入を防ぐために室内ロック、封鎖――
午前○時○分、空母指令室長、御園大佐より、ブリッジ指令フロアの通路にて不審者数名の侵入を確認との報告。先導者はフロリダ本部より極秘警備に配備されたハーヴェイ少佐との報告
午前○時○分、雷神飛行部隊4号機『ミッキー』パイロットのベネット大尉からの報告にて、不審漁船にミサイルが搭載されていることが確認される。
午前○時○分、横須賀中央官制指令センターより、指定護衛艦に対空迎撃体勢、併せて砲撃射撃体勢が許可される。空母航空団司令の海東少将の指示にて、不審漁船に警告、照準ロックが開始される。
午前○時○分、不明機が領空に侵入、二分後に漁船と集団船舶を爆撃。雷神は撃墜体勢を取りながらの追尾のみ、侵犯に対しての撃墜実施はなし。確認のsu27、su35の六機はその後、速やかに退去。
「お二方、間違いはありませんか」
大崎中佐の問いに、御園准将も海東司令も『間違いありません』と答えた。
そこでやっと夏目中将が口を開いた。
「海東君が護衛艦からの迎撃と砲撃射撃の要請をして、私が許可を出したのはどのタイミングになる」
「ミサイルを撃たれた場合の対空の迎撃体勢を取っても良いという許可はすぐに出されましたが、『砲撃射撃をしても良い』という許可が出たのはミッキーがミサイルを搭載している映像を送信し、その映像からミサイルを特定、確認後です」
この時点で、王子が言ったとおりになる。対空ミサイル迎撃に対してはすぐ許可は出た。でも迎撃なのであちらが撃たないと使えないミサイルについての許可だけ。『こちらから攻撃しないとそちらも攻撃できないだろう』と王子が言ったとおり。その後、時間を少し空けて後に『危険物を確認したため、撃たれる前にこちらから攻撃しても良し』との流れになっている。王子が言うところの『中央司令に確認を取っていたら時間がかかる』はこれに当たるのだろう。
「砲撃射撃許可が出て、海東君はどうした」
夏目中将の視線が海東司令へ。だが海東司令もしっかりと受け止め答える。
「護衛艦に砲撃体勢を取らせていたため、照準を合わせているところでした。周辺に民間船舶がいないかの確認、そして雷神が上空を飛んでいたため退避させる必要もありました」
「その時、御園准将には『護衛艦が砲撃射撃を開始するからそれに対して準備をせよ』という伝達はしたのかね」
海東司令が黙り、そこで申し訳なさそうにうつむいた。
「……伝達までには至りませんでした。しようとした時……、フランカーが……」
ほんの数分の誤差、御園准将が王子との交渉を成立させてしまい決断、実行。こちらの動きが早かったということらしい。
夏目中将の目線が今度は御園准将に、とても険しい恐ろしい目。海東司令を見る目とは異なっていて心優は密かに震える。
でも、御園准将もその恐ろしい目をきちんと受け止めている。
「国際緊急チャンネルの問いかけには応答しない決まりになっていたが、御園准将は侵入機のパイロットに応答したとある。どうしてそのようにしたのかね」
「雷神とsu27の六機のドッグファイトを見ていて、対国の彼等がそれまで攻撃的だったのに、ただただ訓練のようにドッグファイトをして、侵犯をした目的を示さず戯れに時間のばしをしているように見えたためです」
「見えたから。それでどうして応対した」
「彼が私にどうしても言いたいことがある。それだけを聞きたかったのです」
「聞いてどうしようと思ったのかね」
「もちろん、不利なことには無視をする。そうでなければ、いまのこの状況を突破できる糸口があるかもしれない。聞くだけなら聞き捨てようが拾おうが大差はないと判断しました」
夏目中将の目がますます鋭く御園准将を睨んだ。
「そして君は、侵入機のパイロットと勝手に交渉し、勝手に領空侵入を許可し、勝手にこちらから指令で出ている『撃墜実施』に従わなかったというのだね」
「はい」
「侵入を許したsu35は対艦ミサイルを搭載していた。対国の戦闘機が自国から来た船より、元より摩擦があり敵視していた空母を、君を騙して簡単に侵入迎撃を解除させた状態で爆撃するとは思わなかったのかね」
「もちろん、迷いました」
「その迷いが許可という判断にさせたのはなんだ」
総司令の厳しい声にも、御園准将は躊躇せずに返答する。
「フランカーのパイロットの家族が人質に取られ、脅されての指令で動いていると知ったからです」
その情報はまだ伝わっていなかったのか、さすがに夏目中将が驚き、そこで一旦口をつぐんだ。そして大崎中佐の資料をめくっているが、やはり見つからないらしい。
「わかった。だが、それもフランカーのパイロットの出任せだと君なら疑ったはずだ」
「聞いたのはフランカーのパイロットからではありません。ハーヴェイ少佐が『フランカーのパイロットは家族を人質にとられているから、侵犯をして撃墜される危険を冒してでも、雷神が侵犯船舶を爆撃しないよう上空で引きつける指令をやらざる得ない』と発言し、私とフランカーのパイロットが直に交渉するのを恐れた様子をみせたからです。フランカーのパイロットの言葉を信じれば、ハーヴェイ少佐にとって確かに不利になると判断しました」
また、今度はメインデスクにいる総司令官も中佐二名もそろって息引いたように驚き固まっている。それは隣にいる海東司令も『そんなことになっていたのか』と漏らしたほどだった。
「フランカーのパイロットはなんと言っていた」
「こちらの国のことはなにも気にしなくて良い。自分達の家族のことも気にしなくも良い。妻は良くわかっている。後始末は自分達でしたい。それがどうしても必要なことだからやらせて欲しいと切に願っておりました」
「だから、許可をしたというのだね」
「さようでございます」
いつものアイスドールの無表情さではっきりと返答した。
心優も改めて思った。卑怯な少佐よりも、王子との絆がいつのまにかできていて、そして声を聞き合っただけで御園准将と彼は疎通ができていた。
これが会って話したことがある『力』? そうとしか思えない。
そこで夏目中将が眼鏡の大崎少佐が持っている書類を一緒にめくって、ひそひそと小声でなにやら話し合っている。
「最後に。御園准将。対国のパイロットとの交渉について、どうして海東司令に報告し指示を仰がなかったのか」
「間に合わないと思ったからです。su27のパイロットはもう攻撃が始まると言っていましたし、不審船がどのようなミサイルを準備していたかわかりませんが射程距離に到達し攻撃を受ける危機回避の緊急を要していました。コーストガードのようにこちら空母も砲弾やミサイルなどを撃ち込まれたら炎上は避けられなかったでしょう。その際は、空母艇体のみならず艦載機は爆破破損、死傷者も出ます。領空侵入の許可をしなければ漁船から攻撃を受ける、許可をすればもしかするとフランカーから対艦ミサイルで爆撃されるかもしれない。どちらにせよ、爆撃される危機にある。ですが『騙されていたとしても』あちらの国の事情と利害が一致したため、一縷の望みにて、被害がでないほうを選びました」
そこで夏目中将が席を立った。そしてそのまま御園准将と海東司令が座っている正面にやってきた。
中将が正面に立ったのは御園准将のほう。もう心優は彼の目が見られない。光太もそう、行儀良く膝の上で握っている拳が少し震えている。
「御園准将、覚悟はできてるのだろうね」
「はい。もちろんです」
「どのような処分でも構わないのだね」
「はい。悔いはありません」
「わかった」
それだけいうと、夏目中将は背を向け、メインデスクの真ん中の席へと戻っていった。
「こちらにて検討をする。報告には二、三日かかると思う。他隊員からの聴取も参考にする。しばらく司令部内の指定場所のみの拘束を続行する。待機するように」
そこで、この夜の短い聴取は終わってしまった。
夏目中将と大崎中佐がこの大会議室を退室する。
「御園准将、貴女って人は……」
海東司令が若白髪の頭を項垂れたまま、声を詰まらせこちらを見た。
「海東司令、このようなことになり申し訳ありません」
「だがクルーは護った。それに元々、貴女とは一蓮托生の覚悟、沈む時も一緒。案じないでください」
『少将、そこまでです。言葉を交わさない約束です』。こちらも厳しい監視の元の拘束だったのか、司令部の補佐官に会話を止められ、海東司令も退室を促される。上官と部下で口裏合わせをさせないようにということらしい。
それでも海東司令も覚悟ができているのか、溜め息ひとつだけ付くと胸を張って立ち上がった。そのまま監視の補佐官に連れられていく。
「御園准将も、お部屋へ戻って頂きます」
こちらも春日部中佐と司令部の補佐官に促され、最後にこの大会議室を後にする。
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