28.タブーを守る、秘書官の務め

 いらっしゃい、吉岡君。

 よく来たな、吉岡。あがれよ。


 週末土曜の夜、光太が官舎に住まう城戸夫妻の自宅を訪ねてくる。

 静かな週末の夜。ひっそりと『その話』が受け継がれていく。


 『御園家のタブー』は話題にしてはいけない。被害者も加害者も上層部に関わる若い隊員であって、そこで多数の死者がでてしまったから。


 そこに大人達の事情に巻き込まれた、子供の御園准将がいた。

 事件の根は深く、怨恨が消え失せるまで十数年。始まりも終わりも、そこに御園姉妹の悲劇があった――。


 初めて……、心優がそれを後輩に受け継ぐ。新婚の自宅、リビングで。雅臣が明るく迎え入れ、彼ご自慢の『男カレー』をご馳走して、ひとまず楽しい会話をしてその食後……。心優が淹れた珈琲を前に、心優が語る。


 心優に受け継いでくれた雅臣、城戸大佐は、そうして受け継ぐ心優が慎重に言葉を選び淡々と語る様子を見守ってくれる。言葉に詰まったら、大佐殿が代わりに捕捉してくれた。


 当然……。心優同様『噂も聞かない世代』である光太の顔から血の気が失せていく。


 最後には聞くのが苦しそうにうつむいていた。

 これで吉岡光太も御園のタブーを知った一人となる。


 この話をしたので、心優は基地の秘書室ではおおっぴらに話せないことを、次々と教えた。


 艦に乗ったら艦長は数日は眠らない可能性がある。PTSDの症状を発症することもある。医師から問題ないと診断は受けているが、立場上、派閥の摩擦から公表はしていない。艦長業務にリスクがあると知られないよう厳守すること。


 そして、艦長はもう艦を降りる心積もりであって、周りの大佐や准将に司令、連隊長はみなご存じで密かに協力してくれているが、御園大佐だけ知らないということ――。


 光太が『え、ご夫妻なのに?』と驚いたが、心優は『ご夫妻だからだよ』と答える。御園葉月という准将にいつまでも前に突き進んで欲しいと願って、誰よりもサポートしてくれ、期待を抱いているのが御園大佐だからこそ――と。光太も納得してくれた。


 ただ心優は違うと思っている。葉月さんが艦を降りると決意した時は、突然すぎて言えなかったのかもしれない。でも、いまは御園大佐も聞き入れられる体勢になっている気がする。前回の空母巡回任務で辛そうに任務を遂行する奥様を目の当たりにして、あんなに哀しそうに辛そうに一人で夜明けを迎えていたあの男の寂しい姿を心優は知っているから。


 でも。奥様の葉月さんは、そんな旦那様を知らない。そして心優から軽々しく伝えられない。




 聞くのに全神経を使い果たしたとばかりに、すっきりしない表情の光太が帰るため、玄関先で心優と雅臣は一緒に見送った。


「じゃあ、明日は日曜で休日出勤だけれど忘れないでね」


 空海との緊急訓練をしているため、土曜日は中休みとして空海も雷神も休息日として休みになるが、日曜は続けて訓練をする予定で心優も光太も、そして雅臣も出勤予定だった。


「イエス、マム。でも……准将は明日も空母へ行かないかもしれないですね」


 空海の日程は訓練実質予定日はあと三日。初日も翌日も御園准将は空母へと監督へ行くことはなかった。それについて、いまは高須賀准将も大佐達もなにもいわない。それは雅臣も同様に。


 空母で訓練があるから日曜出勤。でも御園准将が空母へ行かなければ、結局は心優も光太も准将室でお仕事のお手伝いをするだけの出勤になりそうだった。


 そこで雅臣がふと呟く。


「放っておいたらいい。あの人にはあの人の考えがあるんだろう」

「でも、その、この前の――」


 光太が言いにくそうに、でも聞きたそうにしている。雅臣も察した。


「ああ、俺が切り札用意しておけと生意気叩いて、葉月さんをめちゃくちゃ怒らせたこと?」

「大丈夫なんですか……」

「大丈夫だって。黙って見ていたらいい。そろそろあの人も気がついてくれそうだからさ」


 うわー、臣さんがほんとうに『生意気なお猿』に見えてきた。なのに『あの人が気がつかないことを俺、いまやっているんだ。そろそろ気がつくでしょ』なんて、ミセス准将を捕まえてこの上から目線ぽい発言。ほんと夫とボスの間に挟まれる心優としてはハラハラしてしまう!


「それよりさ、これ、吉岡にあげるよ」


 雅臣の手に、細長く丸めたポスターが。それを雅臣がお土産だと差し出した。


「さっき和室で見せた、広報のポスターな」


 コックピットにいる雅臣を採用したスワロー時代の広報ポスター。いまは和室に貼ってある。


「え! あのかっこいいポスター。いえいえ、滅相もない! あんな大事にしていらっしゃるんですから大佐の手元に是非!」

「いや、これ予備だから。いくつかもらったんだよ。で、サインしておいたから」

「えーーーー!!! まっじっすか」


 素で驚いた光太だったが、心優には気兼ねなくても、大佐殿に憧れのソニックにいつもの軽い言葉遣いをしてしまい、急にはっと我に返った顔に。


「あはは、いいっていいって。俺、いま大佐じゃなくて、心優の夫な。売られていないDVDも持っているから、今度また見に来いよ」


「わーー、嬉しいっす! 絶対に来ます!! 男カレーうまかったです!」


 心優に会いに来るよりも、雅臣目当てで来そうだなと心優は苦笑い。


「おじゃましました! これ、俺の一生の宝物にします、家宝にします!」


 暗い顔で帰ろうとしていたのに、元気いっぱい敬礼をして、官舎をでていった。


 心優もほっとする。


「臣さん、フォローいっぱいありがとう」


 上手く伝えられなかった時の捕捉に、最後に元気いっぱいになれるようソニックからのプレゼントの準備。


「まあな。伝えることが確実に重たい話だとわかっているから。気が重いばかりの週末が半減されたらと思ってさ」


「助かりました、大佐」

「だから。週末は大佐はナシだって」


 玄関の上がり口で、雅臣に抱きつかれる。


「こっちも気分切り替えよう。一緒に風呂はいろ、な」


 頼もしい大佐殿から一気にお気楽なお猿さんになった雅臣に、耳元にちゅっとキスをされる。


「もう~、だめだよ。片づけがあるし」

「そんなの明日でいいだろ、明日で。俺もさ、これでもストレスたまってんの」


 光太が来るのでちょっとお洒落で着たワンピースの裾をめくられてしまう。その手がもう心優のまるいお尻を撫でているし!


「たまってるって。臣さんが葉月さんをわざと怒らせたんでしょう」


「怒らせる、のにエネルギーがいるんだよ。心優のお父さんと一緒で、ヒール役は倍の気力がいるんだって」


 おしり触りながら、お父さんの話しないでよ――と、心優はいまはその腕から逃れようよした。でも、元パイロットお猿の逞しい腕には敵わず、心優はすぐそこの壁にまた押さえつけられる。

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