67.もう指揮はできない人
「まさか、この謹慎部屋に閉じこめられるだなんてねー。英太だけかと思ったわよ」
艦橋下層にある謹慎部屋へと、御園准将と心優は拘束される。入室と同時に、警備と護衛のための装備は全て回収されてしまった。
鈴木少佐とクライントン少佐が謹慎されたのと同じ部屋。二段ベッドとトイレとシャワーがあるだけの部屋だった。
ドアの前には警備隊員が二名、つねに警護についている。
時間は午後の十二時を過ぎた。御園准将が上部についている細長いだけの僅かな隙間しかない窓を見上げる。
「空、晴れているわね。海上はどうなったのか」
「艦長業務が停止になったから、准将にはもうなんの報告もないのですか」
「……かもしれないわね」
そこで准将が溜め息をつきながら、一段目のベッドへ腰を掛けた。
なにも言わなくなる。それを心優もただ眺めているだけ。空母艦内でのすべての指揮権を剥奪されたのだから、いきなりなにも考えるなと言われても落ち着かないようだった。こんな葉月さんは初めて見ると心優は思った。それだけいつも何かを考え判断をしなければならない環境に日々置かれているのが通常の人だとわかる姿。
そこでこの部屋に来て初めてノックが聞こえた。
「諸星です。昼食をお持ちしました」
外鍵が開けられる音がする。ドアを開けたのは諸星少佐。開いたドアの隙間にはきちんと逃走されないため、警備隊員が挟まるように立った。それを見て心優は本来はこうあるべきだったんだなあと、鈴木少佐を部屋から出してしまいそうになったあの失態寸前を思い出してしまった。
室内の机の上に二人分の食事が置かれる。それが思いの外豪華で御園准将が驚き、諸星少佐に言い放った。
「以後、私にはこのような気遣いはいらないと是枝大尉に伝えてちょうだい」
苛立った様子で机をバンと叩いたので、諸星少佐も恐れおののいた顔に。
「是枝シェフが准将の拘束を知り、それでも是非にと……。昨夜から仕込んでいて本日の昼食にする予定のものだったそうです。御園大佐の許しを頂いていたものですから、お持ちしました」
「シェフは艦長専属。交代でくる艦長のために作るように伝えて」
でもそこで御園准将が栗毛の中に顔を隠して、そっと囁いた。
「でも……、ありがとうと伝えて。貴方の食事が励みだった。最後においしくいただくと……伝えて」
諸星少佐もその言葉を聞いただけで何かが込みあげてきた表情を見せる。普段はクールな面差しを整えている人なのに。
「かしこまりました。では……、すべてがこれが最後と言うことでお許しください」
食事のトレイを置いたデスクに、後ろにいる警備隊員から差し出された箱などを受け取って、さらに御園准将に差し出した。
「お好きなチョコレートの箱です。女性二人でお喋りしながら楽しめと御園大佐から預かりました。そして、こちらも……」
御園准将お気に入りのチョコレートの箱が置かれ、その箱の上にタブレットが置かれた。
「艦内LAN設定ができない状態にしているため、wifiでの通信など利用不可になっています。画像だけ閲覧できます。御園大佐の判断です。以後の情報はなにも伝えられないとのことです」
御園准将がまた吼えるかと諸星少佐は構えていたが、今度、彼女はすんなりとそれを受け取った。
「わかったわ。ありがとう。貴方達もランチは取ったの? 他のクルーも食事はできているの?」
午前中にあれだけの騒動があってクルーも大わらわの状態だろう。そんな中、拘束されたとはいえ、自分だけゆっくり食事をしても良いのか。御園准将がそれを案じているのが心優にはわかる。まだ心は艦長のまま。それは諸星少佐にも伝わった。
「大丈夫です。交代で食事はできています。自分も最後にいま取って参りました。貴女の警護を任されています。正面にいますから、なにかあれば遠慮なく申してください」
「わかったわ。でも、貴方も少し休息しなさい。今回はブリッジを完全に護ったわね」
「はい……」
諸星少佐が何故か心優を見た。
「園田教官が大魔神とまで称されるほどに娘をぶん投げたあの厳しさがあったからこそ。いまあの時の教官が自分達を案じていたお気持ちがどれほどだったかを噛みしめています」
父のおかげなんだと諸星少佐が心優に微笑む。
「本当ね……。ありがとう。護ってくれて」
「いいえ……。最後まで准将と航海を終えたかったです」
「どうなるかわらないけれど、小笠原で待っている。無事に航海を」
准将が敬礼をすると、諸星少佐もキリッとした敬礼を返してくれる。
ではこれで――と少佐も下がっていった。
「さあ。食事にしましょう。せっかくの是枝さんの気持ちだから」
「はい」
お洒落なローストビーフ丼と、綺麗なサラダに、わたし達がいつもはしゃいで喜んだ是枝シェフのかわいいデザート。そしてミルクティーだった。
二人で向かい合って食事をする。ささやかだけれど海の波の音も聞こえてきた。
「英太とフレディもこうして食べていたのかしらね」
「食べていましたよ」
クライトン少佐がマーガリンもジャムも鈴木少佐に毎回あげてしまい、それを遠慮なく自分の分も合わせてべったりとパンにぬって食べるやりとりが日常だったと教えると、葉月さんが軽やかに笑った。
「そうなのよ。うちに泊まりに来ても英太って子供みたいな味覚で、ジャムをべったり塗るの。英太が来るとジャムが一気に消費されるから大瓶にしようなんて海人が言うほどよ」
「大瓶ですか。でも御園家だと元より大瓶じゃないと保たないような?」
「え、心優それってどういう意味」
「だって、葉月さんもとっても甘党……」
「そうなんだけれどね。そうよ、海人にも大量消費の一人として要注意人物に特定されているもの」
やっぱり――と心優が笑うとまた彼女も笑ってくれた。
その御園准将が心優を見て言った。
「話し相手がいるだけで、こんなに心持ちが違うのね。心優、ほんとうにありがとう。ついてきてくれて」
「大丈夫ですよ。私の戦闘能力を見てくれましたよね。護りますよ。そのために引き抜かれてきたんです。そしてそこで生きていくと決めているんです」
気恥ずかしくなって心優は彼女から目線を逸らしてしまう。そして、二人揃ってなにも言わなくなった。
食事が終わって、二人はすぐに一緒にベッドに腰を掛け、タブレットの電源を入れた。艦内LANのwifi設定を排除されていて通信ができないようにされてはいたが、御園大佐があらかじめ用意してくれていたフォルダをタップすると幾つかの動画ファイルが保存されていた。
その画像をタップして再生させると、海上が赤く染まる映像だった。大きな火柱が見えた後に黒い煙の塊がいくつも噴き出し、さらに何度か炎が上空に燃えあがる映像。空母の甲板がその爆発でちかちかと赤い閃光に覆われる様が映っている。管制ブリッジのカメラ映像らしい。
「王子達のフランカーが漁船を爆撃した時の映像でしょうか」
「そうみたいね」
通路で戦闘対戦をしていた心優と准将はすぐ拘束されここに謹慎となったので、外の様子をひと目も見ることもできなかった。
さらに他の映像も確認する。
「これは、英太のバレット機のカメラ映像ね。目の前のフランカーは王子の機体だわ」
王子のsu-27の尾翼に、ロックオンする前の照準リングが当てられている。鈴木少佐が指示通りに狙いを定めながらも、ロックせずに追尾しているものだとわかった。
雅臣とバレットの無線通信も録音されている。
『su27、su35、不審船へと接近中。7号機バレット、追尾中。このまま追います』
『爆撃後、王子フランカーがなにかに狙われていないかも要注意だ』
『イエッサー』
『爆撃ロックオン完了との通信。あと50秒、爆撃成功後、雷神全機も退避――。ただしsu27とsu35の監視は続行しろ』
雅臣が淡々と指示している声。それを葉月さんはうんうんと頷きながら聞いてくれている。
やがて鈴木少佐のガンカメラに映っているその向こうが赤く光ったのが見える。
『爆撃完了――との通信。雷神も退避せよ』
『沖縄方面のフランカーも爆撃完了。おなじく追尾中の雷神も、退避中』
『こちら6号スプリンター。監視していたsu27、su35、領空線から退去確認』
『こちら1号スコーピオン。対象のsu27とsu35の退去を確認、パトロール中』
つぎつぎとその通信が聞こえてきた。
もうひとつの映像も、1号機スコーピオンが沖縄方面まで監視したスホーイsu35が爆撃を成功させる映像だった。
その映像には、スコーピオンが空母へ帰還するまでに偵察として撮影したものも。攻撃を受けたコーストガードの巡視船の映像だった。
「沈没していない」
御園准将がほっとしたひと言を漏らした。心優もほっとする。煙をあげていて左舷が壊れているのが上空からも見えたが、海上に停泊している。
「ハーヴェイ少佐のはったりだったのかしらね」
「まあ、准将もドッグワンなんて架空の部隊ではったりを言っていましたからね」
「はったりも戦法ってことよ」
「百戦錬磨の先輩方の戦闘をみて良くわかりました」
なんて、そこでまた笑い合ってしまう。
「それでも今回はコーストガードにとっては大惨事だわ。国際問題になるでしょうけれど、大陸国から出てきた海部隊であっても『彼等は我が国の部隊ではないテロ集団だから責任はない、だがこちらの国から出てきたため後始末はした』、『迷惑はかけたが、被害最小限、やることはやった』とか言い出しそうね」
心優はそこで王子が『自分の父親は甘くない』と言いきっていたのを思い出す。
「あちらのお父様も戦略家ですね」
「そのようね。あちらの国内でなにか分裂か組織的衝突があったのでしょう。すっかりそれに巻き込まれてしまったけれど、こちらの日本国側から『侵犯だから規則通りに迎撃撃墜する』としたとしても、軍武装とは判断つかない大多数の船団を一掃するように攻撃できたとは限らない。いいえ、きっとできなかった、民間の船舶にカモフラージュしていたから。もし民間の船舶であったのなら……。そんな迷いを持つよう逆手にとってあのスタイルで攻めてきたのよ。そこをこちらの軍事事情を考慮してくれて、自分の国から出てきた不始末だからとあちらから一掃してくれたんだと思う」
「そうですね。わたしもそう思っていました」
御園大佐が言葉で報告できない代わりにこっそりと忍ばせてくれたタブレット映像を見終えると、御園准将はベットに横になる。
「そして、本国日本側の不始末もこれから原因究明ってところかしらね。まずこの私――」
一段目のベットに寝転がって、上段ベッドを見上げている。
そんな彼女に心優は問う。
「これで良かったのですか、本当に」
彼女が穏やかに微笑む。
「うん。思い残すことはない……と言いたいけれど、サラマンダーのアグレッサー部隊は見たかったかな。でもそれも橘大佐か平井中佐に託すわ。彼等なら大丈夫」
ううん。やっぱりそれは貴女に創って欲しい。心優は言えず、その言葉を呑み込んだ。
それほどに彼女の微笑みがいままでになく穏やかだったから。
悔いなく戦いを終える軍人の顔だと悟ったからだった。
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