55.ミセス艦長は渡さない

 水平線に現れた太陽が昇りきった頃、警備隊の特攻チームが集合。

 光太もハワード少佐もシドもブリッジ指令室と艦長室から駆けつけていた。


 金原隊長と諸星少佐を正面に、チームが輪になってデスクを囲む。


 諸星少佐がざっと地図を広げた。


「本日未明、空が明るくなる頃だ。この位置で本国のコーストガードと不審船が近距離でぶつかり合ったそうだ」


 金原隊長がその位置に赤い×印をつけた。


「国籍は不明。まあ、おそらくこの緊迫状態から大陸国のものと予測されている」


 さらに金原隊長の説明がつづく。


「甲板にはロケットランチャーを所持している乗員が目視で確認されている。薄暗い夜明けに乗じてなにかあれば発射させる予定だったかもしれない」


「コーストガード側の被害は」

 シドがすぐさま質問した。


「大きな被害ではないが、船首とあちらの左舷が接触したそうだ。警告を繰り返し追跡をしていたそうだが、追いつく寸前に向こうが反撃するように接近してきて衝突したようだ。その後、南に逃走している。これは予測だが……」


 隊長の予測はなにか、皆がその返答に固唾を呑む。


「この艦を狙って向かってきていることも否めない」


 警備隊特攻班の男達の表情が険しくなる。自分たちのところに、武装をした兵隊がほんとうに向かってくる。そう覚悟したのだろう。


「空ではパイロットを浚っていくといい、海上でもこのように平穏ではない。しかも全て向こうから仕掛けてきている。なにか大きな作戦が行われるのではと考えている」


「同時多発的なものでしょうか」


 諸星少佐の質問に金原隊長は頷く。


「かもしれないな。なんとなく、こちらの防衛を崩す目的があるような気もする。その上で……」


 金原隊長が躊躇いを見せた。心優も黙って聞いていると、先日ハワード少佐が自分から言ったように『個人の憶測』になるから言えないなにかを隊長は予測しているのだと思えた。口にすると個人の憶測が、隊長としての見解と変化してしまうから迷っている。


 でも隊長はなにか見通しをつけている。それなら心優も知りたい。

 その躊躇いを払拭しようとしたのは、隊長の絶対的右腕である諸星少佐が促した。


「おっしゃってください。隊長。自分たちも一緒に判断しますし、考えますから」


 右腕の男に言われ、金原隊長が重い口を開ける。


「戦利品がいるのだろう」


 戦利品? 心優も、ここにいる男達も揃って首を傾げた。


「それが飛行隊、空では『ホワイト戦闘機とパイロット、或いは、御園艦長』なのだろう。もしくは、海上からもなにかを持ち帰ることで日本国に脅威を示そうとしているのかもしれない」


「それで御園艦長は狙われているということですか。なるほど」


「持って帰った部隊の手柄になるのかもしれない。海上からならば、侵入をして艦長を浚う。空ならば戦闘機とパイロットを浚う。先に手に入れた者が有利になる、あちらの国で有利な立場を得られる。そんな気がしている……」


 金原隊長がデスクに両手をついてうなだれる。そうなると『俺達、警備隊だけで阻止できるのか。それに見合う部隊が必要なのではないだろうか』と言いだした。


「ここにいるおまえ達は俺より若い者ばかりだから、知らない者も多いだろう。御園艦長は俺より少し先輩で年上だ。彼女が大佐に昇進したその頃、俺はまだ駆け出しの隊員だった。ミセス准将が、マルセイユの航空管制基地がテロリストに占領された時の奪還作戦の功績者というのは誰もが知っていると思う。しかし、彼女の最大の功績は捕獲された隊員を全員救い出したこと。しかしその救出の過程で、彼女がテロリストにどのような扱いをされ人質にされたか知っている者はいるか?」


 若い隊員達が顔を見合わせる。『作戦の内部までは知らされない』そういうものだから、若い隊員達は『彼女の功績はこのような実績があったから』は知っていても、『実績を得た任務の詳細、過程』は極秘にされることもよくあるので知るはずもなかったのだ。しかし心優は……。それを知るかのように、金原隊長が心優を見た。


「園田も知らないか」


「いいえ。御園准将の護衛となった後、ボスの経歴は隈無く知りたいと思い、ラングラー中佐の許可を得て確認をしたことがあります」


「では、その時、御園准将は捕らわれた隊員の代わりに、たった一人、引き替えに人質となった。犯人はなぜそれを了承したか知っているな」


 心優は『はい』と頷き、資料通りに告げる。


「当時、マルセイユの岬管制基地が占領され、その奪還救出作戦の責任者であった司令、御園元中将の娘だったから。そしてご実家が資産家であることから、人質として金銭的な要求ができると目論んだから、です」


 その通りだ――と金原隊長も頷いた。そこにいる若い隊員達がゾッとした顔を揃えた。


 彼等が口々に話し始める。


「人質になったということは聞いたことがあります」


「わざと盾になって、海野准将が犯人を撃ちやすいように前に出たというのも聞きました」


「大佐に昇進できたのも、その勇敢さと判断と、突入し捕獲された隊員も全て救出成功した功績からだと聞いています」


「ですが……。犯人がどうして御園准将を複数人の隊員と引き替えにたった一人人質として容認したのか……、理由までは知りませんでした」


 おおまかな経緯は語り継がれても、犯行と経緯の詳細までは伝わらない。そんなものだった。


 そこで隊員の誰もが『もうわかった』という表情になっている。心優も同じくだった。


「つまり。今回も同じ事だ。御園准将を人質にすれば利用価値がある。二十年前は父親が司令という利用価値があった。現在は、フロリダ本部のフランク大将と親戚のような関係。それを大陸国の幹部が知れば、その関係を逆手に取るとことも思いつくと思わないか?」


 心優もようやくゾッとしてきた。


 あの王子め。こちらが助けてやった恩を仇で返すのか。あんなに品良く、おぼっちゃまとお嬢様という雰囲気で和やかに会話をしていたのに。いや……。心優は首を振る。そうだった。葉月さんも言っていた。『その国で生きていくための正義があるのだ』と。そうせねば生きていけない場所にいるのかもしれない。心優もまだ王子のことは信じたい……。


 だがここでシドが割って入り、冷たく言いきった。


「父は……、いえ、フランク大将は、もしミセス准将が人質にされるようなことがあれば、もうそこで御園准将を切ると思います」


 息子であるシドの発言に、皆がギョッとした。しかし金原隊長と諸星少佐は暗い顔で溜め息をついていた。


「きっとそうだろうな。あれほどの責任ある立場になられたら、妹分であっても手は差し伸べないだろう」


 大将としての立場を貫き、お兄様としての感情は決して持たない判断をする。そうでなければ大将は務まらない。心優もそれは理解できる。


「御園准将ご自身も、そのような状況に陥ったなら『自分のことは切れ』とおっしゃるでしょう。ですから。自分たちで絶対に艦長を護らねばなりません。絶対に敵方の男達に渡してはいけない」


 シドのアクアマリンの瞳がいつも以上に光った気がした。シドにしてみれば、父親の妹分、幼い頃から親しんできたおば様でもあるのだから、その気持ちは人一倍なのかもしれない。


「シドが言うとおりだ。あちらが艦長を名指しで欲している以上、司令部の方針通りに所在は明かさないよう護衛する。いいな」


 イエッサー! 男達が敬礼を揃えた。心優も同じく。今から自分はなによりも御園艦長の護衛官になる。


 もう還るまで、城戸心優にはならない。園田心優という護衛官を貫く。そう誓った。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 警備隊特攻班のメンバーと艦長護衛官で意思の疎通を図り、確認し、解散となった。


 夜が明け、艦長室は朝支度の時間となる。


 艦長のお目覚めのお水を準備したり、朝食の受け入れ準備、朝食が終わったら指令室艦長室合同のミーティング。


「心優、休憩してきていいわよ」


 基地でいうところの業務開始時刻に、朝の支度お疲れ様という気遣いで休憩の許可が出た。


 光太は仮眠に入っているので、午前一杯は艦長に付いてなくてはならない。なのでここで一度ひといき入れておこうと素直に頷いて、艦長室の外に出た。


 休憩ブースが簡易的に設置されている場所で、心優はレモネードを二本買う。二本の内もう一本はもちろん葉月さんのぶん。


「うえ、なんだいたのか」


 おなじく休憩ブースに入ってきた黒い戦闘服の男、シドだった。


「お疲れ様です。フランク大尉。では、失礼いたします」


 ほんとうはそこに座ってひとりゆっくりするつもりだったけれど、シドがあからさまに嫌味な顔をしたのと、心優もいまはもう同僚の馴れ合いやいつもの気易い口喧嘩みたいなものもする気持ちがなくて、去ることにした。


「お疲れ、じゃあな」


 それはシドも同じ? 心優をあっさり見送って、ひとりきりになったブースのベンチにどっかりと座った。


 座ったまますぐそばにある自販機で、カップコーヒーのボタンを押している。


 でも、心優は去る前に『フランク大尉』にひとこと。


「ありがとうございました。絶対に、御園准将を守るとおっしゃってくださって」


「そりゃ、俺の最大の使命だからな。護れなかったら俺の実力も疑われるし……。帰還してから『あっちの家族』からめっちゃ説教されるわ、また未熟者扱いされるわで、面倒だからな」


 豆挽きからやってくれるカップコーヒー自販機、コーヒーが出来上がるまでのその間も、シドは心優を見ないで黙っていた。


 お礼だけ言いたかったので、心優も背を向けようとしたその時。


「初めて会った時。九歳か十歳だったと思う。瀬川アルドという男に胸を刺されたばかりで、車椅子に乗っていた」


 瀬川アルドという名を聞けば、心優もそこを去れなくなる。そしてボスの前では決して言えない男の名が出てきたから心優は振り返った。


「車椅子って……。シド、その時の葉月さんの姿を知っているの?」


「うん。御園家総動員でさ、うちの母親も仲間のおっちゃんたちも日本に大集合だったんだよ。俺も連れて行かれた。東京のホテルに閉じこめられて、せっかく憧れの日本に来たのにちっとも遊びに連れて行ってもらえなかった。それもそうか。瀬川アルドを追いつめる最後の決戦で大人達は神経を尖らせていたからな。いまなら理解できる」


 子供の頃の話なんて滅多にしてくれないから、心優はそのままシドの隣に座った。


「刺されたばかりの葉月さんがいる病院で会ったということなの?」


 シドと御園准将の意外な過去の接点だった。

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