【Final】お許しください、大佐殿3

市來 茉莉

1.憧れのパイロットがいっぱーいヽ('∀')ノ

 結婚すると環境が変わるというけれど――。


「心優さ~ん、俺、俺、気絶してもいいですかあー」


 久しぶりに御園准将が空母艦で雷神の訓練を見たいと言い出し、秋晴れの珊瑚礁の海を連絡船で渡って、空母に着いたところだった。


 艦載機が待機しているすぐ下のフロア、甲板レベル1に、パイロットが詰める待機ルームがある。訓練前もパイロットたちはここに集合し、ブリーフィングを行ってから、甲板に赴き離艦する。


 今から演習訓練を始める白い飛行服の雷神パイロット達も、その部屋に集まって、いま雷神の飛行部隊長に就任した橘大佐と代理の地位についた雅臣の大佐二名を監督とし、飛行隊長である1号機スコーピオンのウィラード中佐がブリーフィングの進行をしている状態だった。


 その一室の後方にて、御園准将と心優は静かに控えているところ。



 初めて空母艦に付き添ってきた後輩の吉岡光太が、心優の後ろでずっと興奮しっぱなし。



「ソニックの隣のいるのが、もしかして、もしかして、マリンスワロー飛行部隊のアクロバットを指揮していたエンブレム、橘大佐?」


「そ、そうだね」


「雷神の、右から七番目! 黒髪の日本人男性。あの人が、もしかして、もしかして、もしかして……、雷神エースの、バレット。鈴木少佐?」


「そう。彼の右隣にいる六番目の栗毛の男性が、バレットと僚機の、」

「スプリンターっすか!」


 うわー、うわー、俺、雷神のDVDいっぱい持っている! あの映像のあの人、あのアクロバットをしていたあの人、あの人はタッククロスが綺麗で……。と、心優の後ろでずうっとずうっとマニアックな呟きをしている。


 そのささやきに、心優の前にいたミセス准将が振り返る。


「コータ、興奮しすぎ」


 アイスドールの冷ややかな眼差し。頬に赤みもない感情も宿していないその顔は、まだ慣れていない光太にはゾッとしたようで、一瞬にして押し黙った。


 心優の後ろでシャキンと姿勢を正すと彼も真顔に。なのに、そこでミセス准将がふっと母親のような柔らかい微笑みを見せた。


「まったく、駒沢君みたいね」


 あ、そういえば似ているかも。心優もそう思えた。夏に栄転で小笠原から司令部広報室へと異動してしまった駒沢少佐も、海軍、戦闘機、パイロット、空母、大好きな飛行マニアで、その熱い航空愛で広報を盛り上げていた男性。その少佐に負けぬ航空愛を、新人護衛官、吉岡光太は発揮している。


 くすっと僅かに微笑んだミセス准将だったが、すぐに視線は雷神のパイロット達へ。


「いまの、俺、まずかったですか……」


 心優の隣で、光太がこそっと呟く。


「ううん。むしろ、和んだんじゃないかな。でも謹んでってことだよ」

「う、和んでいたんすか? わ、わかりにくいっす。噂には聞いていたけれど――」


 まったく読めない無感情ミセス――というのが、まだ慣れていない吉岡光太のミセス准将への感想。


「大丈夫だって、でも、いまからコンバットだからどんなにスゲエと思っても心のなかで、だよ」


「了解です。でも、すげえ、雷神のコンバット!」


 だめだ、顔に出ているよ――と心優も苦笑い。またミセス准将がほんの少し微笑んで振り返ったのを、光太は気がついていない。


「航海までに演習に集中するように。行け」


 雷神の指揮隊長である橘大佐の険しい声で、パイロット達が待機ルームを出て行く。すぐ側にある出口の階段を上がり、甲板へ。カタパルト装着前の戦闘機へと散らばっていく。


「では、准将。ブリッジへ行きましょうか」


 橘大佐も今日は笑っていない。彼も今回は任務に着任はしなかったものの、部下のパイロット達を航海に出すまでは、彼等が還ってこられるようにみっちりとしごく覚悟のようだった。


「雅臣、今日はどうする。バレットとスプリンターの指揮につくか、敵機になる八機につくか」


「今日のところは二機の動きを見定めたいので、バレットとスプリンターの指揮でお願いします」


「じゃ、俺は他の八機につく……が、」


 そこで橘大佐が、潮風が吹き込んでくる鉄階段へと向かうパイロットを静かに見送っている御園准将に向かった。


「葉月ちゃん、そろそろケジメつけてほしいんだよな」


 ケジメ? なんのことだろう。心優はすぐになんのことかわからず、首を傾げる。


「わかっています。今日、そうします」


 准将にはひとことで通じている。


「それから。雷神に対応してくれてるフライトチームを手配してくれよ。雷神の十機だけで演習は、今回は無理だ。バレットとスプリンターの敵機をこなす前に、八機の雷神は、このエレメントの援護という役割を今回は磨き上げていかなくてはならない。そのための、雷神ではないチームを手配してくれ」


「わかりました。ご希望は――」


「小笠原ならベテランチームのダッシュパンサーか、コリンズ大佐が監督をするビーストーム、あるいは、岩国の空海だ。できれば、空海。すでに奴等を見ているからな」


「そうね、そういたします」


 橘大佐が描く指揮に、御園准将は「わかった」と頷くだけで、口を挟むことはない。


 以前なら、彼女が先手を打ってどんどん提案していたと思う。こういう姿を見ると、本当に彼等に譲って自分は手を引こうとしているんだなと心優は感じている。


 橘大佐もブリッジの階段を上がり始めると、溜め息をついた。


「そうだな。こんな時、専門にやってくれるアグレッサーが必要だと俺も思うわ。マジで作るなら早く実現して欲しい」


 橘大佐にもその旨はもう伝えられているようで、今回の大陸国の攻撃に遭い、切実に感じているようだった。


 御園准将はそこでは、橘大佐と暫くは見つめ合っていたが、なにも言わない。この人達も、もう目で会話ができちゃうんだなと心優も思っている。そのパートナーとしての仕事も、そろそろ解消かという空気も感じていた。


 だからなのか、二人の間に静かな寂しさを漂わす波もある。でも、まだそこに本人達も周囲の人間も触れない。


 それぞれの行く道を決めている覚悟もありそうだった。

 指揮官たちはブリッジの上階へと階段を使って移動する。

 甲板が見渡せる管制室へと入り、コンバット訓練の準備をする。


 ブリッジの指揮カウンターに雅臣がヘッドセットをして立つ。

 橘大佐もすぐ隣のカウンターに、そして御園准将は、最前線へ出すと決めた二機の様子を見たいのか雅臣の横に立った。


「あなた達も見ておきなさい」


 付き添い護衛でついてきた心優と光太にもヘッドセットが渡される。ただしマイクは使うなと頭の上に上げた。


「うう、なんかすげえ緊張してきました」


 管制室の緊迫感、そして雅臣と橘大佐の気迫を見せる横顔。そして目の前の、アイスドールの冷たい眼差しをしたまま淡々としているミセス准将。これだけの指揮官が放つキリキリとした空気を感じないわけがない。それが光太にもわかるようだった。


「雅臣、全機、キャプティブ弾を搭載済みだ。容赦しねえからな」


 キャプティブ弾は、模擬弾のこと。発射はできないが、センサーのみつけられており、航空機が放出する熱源にむかって感知しトリガーを引いた時点で、ロックオンしたかどうかを判定する機能がついている。


「機関砲については、機関砲の照準に重なった時点でキルコールする」

「はい、徹底的にお願いします。できれば、英太を怒らせるぐらいで」

「簡単じゃねえか」


 橘大佐がニヤッと不敵な笑みを見せた。


 ――雷神、行きます。

 管制クルーの報告。1号機のスコーピオンから順に、カタパルト発進をし上空へと散らばっていく。


 もうそれだけで、心優の横でぶるぶるとした興奮を必死に抑えている光太の姿。心優もちょっとだけ和んでしまいそうだった。


 それでも光太は初めての空母艦を目の前に、きちんと大人しく控えてくれていた。


 にしても……。心優は滅多にない切迫した指揮官達の鬼気迫る横顔に、また不安を覚える。


 でも、臣さん。官舎ではいつだって、心優には優しくて楽しくて、頼もしいお猿さんでいてくれる。


 今日、ここで彼のそんな大佐殿の険しい顔を知らないままになりそうだったと、思い改めさせられた気持ちになる。


 自宅では、少しでも心優と楽しく過ごしたいという彼の気持ちも忘れたくない。妻としてなにを肝に銘じるべきか。心優はまだ自分はとっても未熟だと痛感してしまう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る