33.護って還ってこい

 それはハワード少佐もおなじく、襲撃役は園田教官と思いこんでいたという焦りの表情になっている。でもベテランの彼は落ち着いている、艦長を背後に構え、襲撃ポイントから遠ざける動きに移っている。


 しかし光太が護衛部長の後藤中佐に敵うはずがない。あっというまにロッドを弾き飛ばされ、体勢を崩され、横へとふっとばされた。


 後藤中佐が狙うはハワード少佐、その背後の艦長。そうはさせない!


「心優さん!」


 床へとへたり込んでいる光太が懸命に叫んだ。その声に、心優ははっと背後へ振り返る。後藤中佐に襲撃され驚いた隙を狙って、今度は父が心優へと向かってきていた。


 光太が教えてくれなくちゃ、気がつかなかった! でも艦長が! 負傷上がりのハワード少佐だけじゃ……!


「心優、いけ! こっちは大丈夫だ! 光太、こっちに来い!!」


 ハワード少佐が低い姿勢でロッドを構え、後藤中佐を迎え撃つ姿を目の端で確認する。


 新人だったわたしを勇ましく指導してくれたハワード少佐の姿だった。ベテランの眼差しに気迫。きっと大丈夫。だって誰よりも艦長を護衛してきた少佐なんだから!


 ならば心優が集中するのは目の前の敵のみ!


 すっとんでくる父を見据える。父がロッドを手に取りこちらへと振りかざしてくる。


 だが心優はロッドを手に取らない。わたしね、素手の方が得意だから。そうでしょ。お父さんが仕込んでくれたんだから! 


 上から睨み落とす父の目と、下から迎え撃つ娘の目線がかち合う。『父娘対決だ』とざわついた空気も弾き飛ばし、心優は迷わず恐れず、大男の大魔神の懐に入れる位置にくるまでじっと耐える。


 そんな大振りに、ロッドを振って。大きな男の人はいつだってそこが一瞬がら空きになる。大男同士ならいざしらず。貴方より小柄だからそこにいける。


 その懐へと心優も低い姿勢からダッシュ。振り下ろされそうなロッドに恐れず、突入する!


 うまくいく時はいつもそう、なんの邪魔もなく、かっちりとなにもかもがはまったように、するっとうまくいくもの。いまがそれ。


 父の懐に入ったと肌で感じた後は、いままでどおりに勝手に身体が動く。


 でも父の襟元、腰を掴みながら、心優は泣きたい気持ちになっていた。

 ――お父さん、わたしがこうできるように。ここだけが隙だと気がつくように、わざと、わざと。教えてくれたんだ。


 これも実は園田教官が仕込んだ『こうなればいい』という正解ありきの模擬戦のやり方だとわかっていて、心優はありったけの力を込め、ありったけの声を張り上げる。


『ヤーッ!』

 空手は父が祖父が、柔道は兄が教えてくれた。

 ドサッと大きな音が道場床に響く。


 ―― やった、うそだろ。

 ―― マジか、やっぱすげえ。


 道場にざわめきが広がっていく。だが心優はまだ油断しない。


 ここで気を緩めたら、またこの大魔神からしっぺ返しを喰らう。今度こそ腰のロッドを抜き、いつかのように大男の身体の上に乗り上げる、ロッドで両肩を押さえつけた。


「心優……、そうだ。あの一瞬の隙によく気がつき、入ってきたな。あれを制覇してこそだ。素手でも恐れず、自分の得意とするもので、そして俺をギリギリまで引きつけるまで焦らず落ち着いて動かず見極める。よくやった。だが女の腕では制圧に限りがある。前回もそうだっただろ」


「吉岡海曹! こっちにきて!」


 父が言いたいこと、最後に心優に踏まえて欲しいことがわかって、すぐに相棒を呼んだ。


「そうだ。すぐに力ある男を頼れ。それが女性隊員には常に念頭に置いて欲しいことだ。男の力を借りなくても、女でも一人前に出来るようと意地を張らずに。あの時、護衛官ではなくとも雅臣君に協力を仰ぐべきだった」


「そうでした……。もう二度とあの失敗はしたくないです」


「ハワード少佐はもう大丈夫だ。これでわかっただろう。いままで通りに彼の実力を信じて、いまのように心優は心優の目の前のことに必死になれ。このチームワークで充分だ」


 あちらも後藤中佐を見事に撃退している。さすが、ハワード少佐! 怪我の心配をしていたけれど、これで絶対に自信を取り戻したと思う。きっと、これも父の作戦だったに違いない。


 そして光太がすっ飛んでくる。


「吉岡。……心優は女だ。制圧には限りがある。かといって、おまえはまだ新人で細すぎる。二人一緒に制圧するんだわかったな」


 心優に押さえつけられたままのくぐもった声、そして情けなく押さえつけられた大魔神の姿で、駆けつけてきた光太を見上げて父が教示する。


「イエッサー、教官。城戸中尉のアシストに全力を尽くします」


 光太も護衛部で習ったとおりの姿勢で、二重の制圧姿勢を取ってくれる。


「絶対に護るんだぞ。艦長を。そして艦を。そして絶対に還ってこい。わかったな」


 制圧する若い護衛官二人に、大魔神が初めて微笑む。


 娘の心優だって涙ぐみそうなのに。先に光太が『はい、教官っ』なんて泣いちゃったので、心優の涙が止まる。


「行ってきます、お父さん」

「バカ、ここでは父さんじゃない」


 でも娘に制圧された園田教官のその顔は、もう心優が大好きなお父さんの顔だった。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 警備隊の訓練が終わり、心優と光太は准将室へと急ぐ。


「今日も空母の訓練どうなったんだろうね」


「空海が毒をどう扱ったかですよね。俺も気になります。そろそろ高須賀准将が帰ってくる頃。御園准将にまたどんな怒りをぶつけることか。うまくいけばいつもの穏やかさのままでしょうけれどね」


 光太もそこを案じている。心優も気になるので急いでいた。護衛部の訓練に出ている間は、ラングラー中佐が准将のアシストをしてくれているとは言え、やはり気になる。


「心優」


 陸部訓練棟の道場を出て急いでいたところ、後ろからそんな声。振り向くと父だった。


「園田教官、お疲れ様です」


 もう訓練は終わったのに、こうして声をかけられることも珍しい。しかも仕事上では『城戸』と呼ばれているのに、『心優』と呼んでくれて。


 心優と光太が立ち止まったところまで追いついた父が、ちょっと光太がいることを気にして照れたように言う。


「おまえ、一緒に食事する時間、取れるか。できれば雅臣君も一緒に」


 父としての用事のようだった。


「うん。私と雅臣さんならいつでもいいよ。お父さんが帰る前に一度は食事したいねと話していたから」


「雅臣君はどうだ。葉月さんから全て任されて、雷神を全面的に指揮しているんだってな」


「うん……、ソニックらしくなっているみたいだよ」


 父がほっとした顔になる。


「そっか。よかった」


 娘よりも婿殿の責務を心配しているようだった。


「あと、帰る前に……。やはり葉月さんとも一度ゆっくり話す機会を設けて欲しいんだが。これは、城戸中尉ではなくてラングラー中佐に申し込んだほうがいいのかな」


「大丈夫だよ。わたしから准将に伝えおくね。ラングラー中佐から時間の連絡が行くと思うからそこで相談して」


「わかった」


 またほっとした顔に。父も親心となるとこんな案じるばかりの人になるんだなと改めて思ってしまった。


 『お父さん、なに食べたい?』と聞こうとした時だった。


「園田教官!」


 今度は父を呼ぶ声が背後から。声の主は金髪の青年、シドだった。黒い戦闘服と訓練装備のまま、やっと見つけたとばかりにこちらに駆けてくる。


「うわわ……」


 何故か父がギョッとした顔になりわたわたと逃げたそうにして慌てている。


「お父さん?」

「心優は彼と親しいのか!」


 そう言いながら、大魔神とあろう教官が娘の背後へと逃げてしまう。


 心優と光太は顔を見合わせ首を傾げる。だがもうシドがもの凄い形相で駆けてくる。


「園田教官! お願いします! 帰るまでに時間外の指導もお願いします!!」


 心優の目の前に来ると、心優が見えていないかのように背後にいる父へとビシッとシドが敬礼をしている。


「言っただろ。時間外はしない! フランク大尉だけ特別に指導というわけにはいかないだろ。時間内の訓練のみだ!」


「俺、園田教官のような格闘技を覚えたいんです!」


「だからいまは時間内だけだ!」

「時間外もお願いします!!」


 今度は深々としたお辞儀をシドがする。心優の目の前で、背後にいる父に。そして父はおろおろしている。

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