32.大魔神、最後の仕上げ

 週明け。空海との訓練はあと二日。

 しかし心優自身の訓練も大詰めになってきていた。


 心優はCの護衛チームで、護衛の時に必要な最低限の技を光太に仕込んでいる。


「こことここを掴んで、腰はこう使う。わたしが投げられる役をするから思いっきりしてみて」


「はい」


 訓練着のどこを掴んでどうするか、或いは敵がどこからどう襲ってきた時は、まずはどう対処するかなどと教え込む。


 元より覚えたくてやってきた青年だから、素直に聞き入れ、真摯に取り組むため、覚えも早かった。


「ハワード少佐もどうですか」


 前回任務の負傷が癒えたばかりで、ずっと訓練を休んでいたためか、ハワード少佐は『腕がなまっている』と嘆いていた。


「まだ時々、肩がひきつるんだ。手術痕がなんとも」


「無理しないでください。今回は吉岡君もフランク大尉も指令室で一緒ですから」


「そうだけれども……。完全ではない俺がまた一緒に艦に乗っていいのかどうか。ラングラー中佐を連れて行ったほうがよっぽど……」


 完全たる回復はしていないため、気に病んでいるようだった。


「精神的な支えでもあるとわたしは思っています。准将にとってもハワード少佐がそばにいるだけで安心できるんですよ」


「それは、嬉しいけれど……」


「ハワード少佐が負傷して先に帰還した後も、御園准将はなにかを頼みたい時にうっかり『アドルフお願い』と言ってしまったことがあったんですよ」


 彼がいなくなった後の艦長室の出来事を教えると、やっとハワード少佐がじんわりと泣きそうな顔になった。


「そうなんだ、知らなかった。葉月さんが……、俺のこと……」


「それだけおそばにいて欲しいし、当たり前になっていたんです。特に、葉月さんは精神的なサポートも重点に置かなければなりません。わたしもハワード少佐にそばにいて欲しいです」


「よし、心優。俺とも組み手してくれ」

「はい、もちろんです」


 一緒に練習をしていた光太を休ませ、心優は大男のハワード少佐と向きあう。


 だがそうして護衛の練習をしていても、あちらのAチームの熱気がぶつけられてくる。


「GO、GO!」


 今日も諸星少佐がリードする声が響き渡る。


 Aチームの彼等が向かうそこには大魔神が率いる『不審者チーム』。心優の父がいつのまにか横須賀から部下を呼びつけ、こちらも仮想敵チームを作り上げてしまっている。


 諸星少佐のチームにはシドも必ず選抜されている。彼等は警棒ロッドを片手に果敢に横須賀アグレッサーへと向かっていく。


 園田教官率いる大魔神の陣営に次々と切り込んでいくが、大魔神チームの雄々しい仮想敵も次々と切り返していく。


 見ていると、父はラスボスポジション。そこに辿り着こうとする諸星警備隊チーム。


 それでも、初日に比べてものすごくまとまったスピード感が生まれていた。的確なポジションと役割、無駄のない攻めと防御。とてもリズミカルな動きにまとまってきたと心優も感じている。


「なんかすごい一気にレベルアップしているような気がするな。あんなにスピーディーではなかったよな」


 ハワード少佐も同じように感じている。

 そして光太も。


「かっこいいっす。やっぱAチームの先輩達、凄腕ですね。横須賀の大魔神チームもおっかないけど、めっちゃ強敵でかっこいい」


「光太は怖ええか、かっこいいだな」


 ハワード少佐が笑う。


 キンキンとロッドがぶつかり合う音でさえリズミカル。

 そして大魔神殿は訓練時間が終わるまでに、護衛のCチームにも指導に来るようになった。


 Aの警備隊は猛烈な特訓で父も容赦なかった。だけれど、こちらの護衛チームに来ると大魔神という雰囲気がなくなる。


 その日も、訓練時間の最後に父がCチームにやってくる。Aチームの熾烈な特訓は部下に任せてという形だった。


「ハワード少佐、そして城戸、吉岡。来てくれるか」


 園田教官に呼ばれ、三人一緒に向かう。今日は父の横に、三十代ぐらいの父の部下が一緒にいた。正面に来ると、父が告げる。


「こちらの三人は艦長室に配属され、常に艦長のおそばに寄りそう護衛官。今日は私の部下の一人を艦長と見立て、いざというときの護衛を訓練したいと思う」


「イエッサー!」


 艦長室護衛官三人で敬礼をする。


「では、二分後に開始。それまでこのような事態が勃発した際の対処を三人で決めて欲しい」


 父が襲撃をする場所をどこにするか読まれないよう、外周をくるくると歩き始める。


 父の部下、艦長と見立てた男性を目の前に、ハワード少佐をリーダーとして話し合う。


「俺はまだ全快ではない。でも光太もまだ未熟だ。でも俺が最初に盾になる」


「ですが、本番でもそのつもりなんですか」


 また盾になって負傷する結果を望むのかと心優は案じた。


「わたしが前線で食い止めます。吉岡君とハワード少佐で二重のガードをするというのはどうでしょう」


 そこで光太も真剣に話に入ってきた。


「最後の最後、食い止めなくてはならないのは艦長の目の前ってことですよね。それならば、まだ未熟な俺より、ハワード少佐か心優さんが適任だと思います」


 俺は真ん中ですぐにやられてもいい。でもやるからには時間稼ぎぐらいには食い止めると、彼がいつにない男らしい目で言った。


 心優とハワード少佐は顔を見合わせる。


 全快ではないハワード少佐を前線に置き突破されるのが前提、そのかわり艦長の目の前を心優が手堅く護るか。コンディション抜群の心優が前線を死守し、もし前線を突破されたら、新人の光太とベテランだが負傷上がりのハワード少佐が必死に護るか。どうする?


「前線を手堅く護る方針で行きましょう。怪我もなにもしていないわたしが立ちます。吉岡君はわたしの背後援護、ハワード少佐まで辿り着いた時もアシストして」


「そうだな。全快なら俺が前線で、心優に艦長そのものの護衛を頼むところだが、いまはそれが不安な体勢になるな。心優が突破されたら、俺が艦長目の前を必死で護ることにしよう」


 つまりは、『艦長の目の前を危うくするくらいなら、離れている前線で心優が絶対に食い止める』という方針になったということ。


 ついに『父vs娘』の真っ向勝負をすることになりそうだった。


 方針が決まった。それぞれのミリタリーウォッチを眺める。


「来るぞ」


 ハワード少佐が艦長役の男性を護るように立ちはだかる。心優と光太はひとまず同じ位置にいる。


 二分経過。でも父は背を向けてまだうろうろしているだけ。それどころかAチームの激しいスピード感ある訓練を眺めている始末。


「油断するな。ふだんもあのように一般人や一般隊員を装っていきなり来ることもある」


 それでも園田教官が襲ってくるとわかっているからまだ構えていられる。


 でも父はCチームが訓練をしているスペースの外周へと距離を置いたままたたずんでいるだけ。


 一分が経過……。いきなり襲ってくるのだろうが、これだけ時間が経つと緊張感が高まるだけ。非常に多大なストレスとプレッシャー。それを蓄積させる作戦なのだろうか。


 護衛部の後藤中佐も他の部署に配属されている護衛警備員達も『艦長を護るべき艦長室護衛官の訓練』に固唾を呑んでいる。


 心優はじっと父を警戒していた。ハワード少佐も……。


「心優さん!」


 最初に気がついたのは光太だった。心優の後ろに控えていた光太が先に三段ロッドを振りかざしていた。『ガチン』とロッドとロッドがぶつかり合う音が心優の目の前に。光太が阻止している! しかも光太を襲っていたのは、護衛部長の後藤中佐!


 嘘でしょ! しまった、油断した! 父は『俺が襲撃役をする』なんてひとことも言っていなかった!? 


 ハワード少佐が警戒したとおりに、普段なんともない人に紛れて突然襲ってくる。その通りの状態に置かれた!

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