49.到着! ホットスクランブル!

「英太、止まれ!! 落ち着け!!」


 クライトン少佐のキンと尖った怒声に、鈴木少佐も我に返ったのか立ち止まった。


「園田さん、早く! そこのドアの施錠を!」


 この悪ガキが飛び出さないうちに締めて欲しいという意味。


「心優、行くぞ」

 シドに腕を引っ張られ、心優も我に返る。

「失礼いたします。後ほど参ります!」


 シドと一緒にさっとドアを出て、その鉄ドアを閉めようとするのだが。一度立ち止まった鈴木少佐の形相が変わり、ドアが閉まる隙間に狙いを定めたようにしてこちらにダッシュ、向かってくる!


「心優、閉めろ」


 またシドに言われ鉄ドアをがしんと閉めた。閉めたけれど! 鈴木少佐がガンガンと内側から叩いてきて、夫の雅臣のようにガタイの良いエースパイロットの剛力に押し返されそうになる。


 ガンガンと叩かれるたびに、閉めたはずのドアに隙間が空く。


「なにやってんだ!」


 女の力では押し返されるとわかってか、心優の頭の上からシドがたくましい両腕をつっぱっねてドアを押し返してくれる。


「はやく鍵をかけろ! 英太兄さんの闘志にスイッチがはいるとなかなか鎮まらないと知ってるだろ! 早くしろ!!」


「わ、わかってる。待って、いますぐ!」


 ガンガンと叩かれる鉄ドア、勇ましいシドがぐっと抑えてくれている間に、心優も電子ロックをかけ、鍵穴のロックをやっと済ませる。


「落ち着け、英太!」


 ドアの向こう側でクライトン少佐が興奮してしまった鈴木少佐を宥める声。


「待ってくれ、園田さん! 俺とフレディをすぐにこの部屋から出すように、葉月さんに頼んでくれ!」


 どう返答していいかわからず、鍵をかけるだけで精一杯、謹慎中の大事なパイロットが再度処分をされるようなアクシデントに発展しなかったことに胸を撫で下ろすだけ。


「くっそ。知らされていた到着日数より早めじゃねえかよ! またあの姉貴が、俺達もまとめて裏をかいたんだろ! 葉月さんがやりそうなことだ。俺達が謹慎している間に、雷神の先輩達だけで事足りなかったらどうするんだよ!!」


「そのようなことは、艦長と城戸大佐がなんとかしてくれることだ。俺達は謹慎が最優先。それ以上のことはいまはなにもできない状態だと弁えろ。このような時に役に立てないと口惜しい思いをしてしまう。それが謹慎だ。落ち着け!」


 ドアの向こうのやり取りに心優もハラハラする。だがシドは違った。


「おまえ、危なかったぞ。あれで英太兄さんが部屋を飛び出していたら、英太兄さんはもう今回の任務から外されたし、俺も心優もなんらかの処分を受けていただろう」


 心優はまた青ざめる……。


「……ごめん、シド。シドがいなかったら……」


「俺だってびびったよ。それよりも、ついにこっちから出撃なんだからブリッジに行くぞ。もういままでのことは忘れろ。いまからだ、いまから気を引き締めろ」


 泣きそうになってこぼれそうになった涙を心優は堪え、強く頷いて前を向く。


 ついに開戦か。それは夫の指揮官としての戦いの始まりでもあった。


「行こう、シド」


 彼と一緒にブリッジ管制を目指す。その時にはもう戦闘機がカタパルトから飛び立った轟音が聞こえた。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 ブリッジ管制室へ向かう階段を上りきったところで、シドが立ち止まる。


「俺は警備に戻る。スクランブル発進があった時の警備体制があるんだ。心優は管制へ」

「ラジャー。シド、気をつけて」


 金髪の彼が敬礼をして、でもクールな面差しを残してブリッジ外へ出る通路へと駆けていく。


 心優も管制室へ急いだ。ドアを開けて入ると、指揮台には御園艦長、そして御園大佐、レーダーの前には既に雅臣がヘッドセットをして先頭に立っていた。


「艦長、ただいま戻りました」


 雅臣の後ろに控えているミセス准将に声をかけると、彼女も頷いてくれるだけ。


「明日の到着まで、他の基地が対応してくれるのではなかったのですか」


 葉月さんに裏をかかれたと憤っていた鈴木少佐の疑念は、同じように心優の中でも湧き起こっている。


「そうね。でも、そろそろいいかなと思って――『到着』ということにしたの」


 しらっとした横顔で、ミセス艦長がこともなげに告げたことに心優はショックを受ける。


「どういうことですか」


 彼女のやることをただ側で見ているだけでいい。心優はまだそういう位置づけの若い護衛官だとわかっている。でも、シドも『葉月さんは腹の底を見せない』と言っていた、鈴木少佐は『また俺達まとめて裏をかいた』と言っていた。心優もおなじ気持ち! 『わたしにはなにも告げずに予定を変える』!


 それでも御園准将は雅臣の背中をじっと見つめたまま、完璧なアイスドールの横顔のまま。


「横須賀の中央指令管制センターに『到着』と報告した途端にこれよ。おそらくあちらの地上の基地でもかなり緊迫していて負担がかかっていたのでしょう。早く雷神に出撃してほしいと心待ちにしていたことでしょう。そう思って、わたしの一存で『少し早めのところで、到着にしよう』と最初から決めていたのよ」


 最初から、決めていた? その心積もりにも心優は仰天する。


 しかし、そこで心優はまたシドの言葉を思い出す。『内側にいるかもしれない』、『情報を知っている者は少数にしておくのも防衛』。シドのその気構えそのままのことを、わたしのボスがやっているのだと。


「城戸大佐はご存じだったのですか」


「いいえ。でも昨夜から、そろそろなにがあるかわからないから、いつでも飛び出せるよう準備しておくようには言っておいたわよ」


 これが艦長の仕事と判断。心優は久しぶりの艦長の采配にぞくっとしたものを感じた。


 その御園艦長がヘッドセットをした雅臣の背を見つめながら、ふっと微笑んだ。


「待たせたわね、王子君。お待ちかねの白い飛行隊よ」


 ――『機影、確認』。

 雅臣がみつめている1号機スコーピオンのガンカメラの映像が夜が明けた空を写しだしている。


 そこにあの大陸国飛行隊のペイントがあるスホイが遠くに見える映像が……。


「来てやったぞ、待っていただろ俺達を!」


 ヘッドセットをしてパイロット達の指揮についた雅臣の目が輝いていた。ソニックの目、シャーマナイトの目。彼の手元にあるモニターにはグレーの機影、そして1号機スコーピオンのヘッドマントディスプレイに反映されている高度などのデータメモリーも見える。夫の心はもう空へ飛んでいる!


 ミセス艦長の隣に、眼鏡の大佐殿もやってきた。ご夫妻が若手の指揮官である雅臣の背中を見守っている。


「近づいてくるのか、こないのか」


「どうかしらね。あちらの『白い飛行隊を出せ』という要求に応えたわよ。では……どうするのか……」


 雅臣も様子を眺めながら、肩越しに振り返って御園艦長に報告する。


「機影は見えますが、近づいてきません」

「そのままスコーピオンとドラゴンフライに撮影と措置をさせて」

「2号機のドラゴンフライのアナウンス続行します」


 誰も彼もが落ち着いている。ハラハラしているのは心優だけ。やっぱりまだこの現場、本番は、パイロットではない心優にはとてつもない緊張に縛られる。




 白い飛行隊を出せ。大陸国飛行隊の挑発、希望どおりに、ついに白い飛行隊『雷神』が彼等の前に出現。


 彼等の希望に応えた。大陸国はこれからどう出る?


 雅臣が眺めているレーダーに、機影が一機二機、三機四機と見えた。

 こちら領空に迫ってきている機影は二機、あとの二機は防空識別圏の外。後ろに控えたようにして前方二機とは距離がある。


 こちらからは、リーダー機である雷神1号スコーピオンと2号機ドラゴンフライのエレメントのみ。


 前回はここで現実的に国と国が戦闘機で接することに震えた心優だったが、今回は落ち着いて見ていられる。あちらが四機で来ようと、たとえ十機で来ようとも、こちらの対応は決まっている。『通常の措置をすること』。


 指揮を任された雅臣もわかっているから、あちらが四機で来ようと落ち着いていた。


「こっちが艦でギリギリのところを通過すると嫌がるくせに。そっちは空のラインは平気で越える。今回はどこまで寄せてくるつもりだ」


 じっと近づいてくる機影を見つめているだけ。

 ついに雅臣の手元にあるモニター、スコーピオンとドラゴンフライにつけているガンカメラの映像に、スホーイが映った。


 灰色の機体に赤と白のペイント。明らかに一機だけ、こちらに堂々と近づいてくる。


 官制室長がちらりと肩越しに振り返る、一段上の指揮台にいる雅臣へと落ち着いた目線で告げる。


「あちらから通信が、いま届けます」


 御園准将と御園大佐も顔を見合わせる。特に御園准将の表情が強ばる。御園大佐がさっと動き、雅臣が耳にできる無線音声と同じものが聞けるようにしたヘッドセットを三つ用意する。


「園田も聞いておけ」


 ヘッドセットを渡され、心優も頭につける。


 雅臣の目線が艦長へ。そして彼女が聞ける準備ができたことを確認し、無言で頷いた。


 雅臣が前方を見据え告げる。


「管制、繋いでくれ。自分が応答する」

「ラジャー、 国際緊急チャンネル、繋ぎます」


 担当官制員の一声に、そこにいる誰もが緊張し姿勢を強ばらせているのが心優にもわかる。


『……彼女を出せ、聞こえているんだろ』


 そんな英語が聞こえてきた。あちらはこのチャンネルの合わせ、ずっと問いかけている様子だった。


 心優は夫の雅臣の背を見つめる。飛行隊についてはもうほぼ彼が引き継いだも同然。もう艦長同様の対応を彼が行うことに。


「こちらは日本国、……」

 艦隊名を告げる。

 雅臣のその応対が始まった途端だった。


『やっときたな。彼女と代われ』


 心優の耳にもはっきりと男の声が聞こえる。先日、空海が緊急発進した時に聴かせてもらった男の声と同じだと感じる。隣にいる眼鏡の大佐もじっと管制の窓を見据え、遠い水平線へと目線を馳せているが鋭い眼差しで黙っている。御園艦長は愕然とした顔だった。


 きっと彼女も思ったのだろう。『王子に間違いない』と。

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