カクヨム先行 おまけ⑤ 艦長が残したもの(あの日の管制室)

『国際緊急チャンネルに繋いで』


 決して応答はしないという、司令部からの指示があったにもかかわらず、御園艦長はずっと『私が応答したらどうなるのか、なにを要求してくるのか』を知りたいという気持ちを持っていた。

 だが司令部の指示通りに、一個人としての気持ちは押し込め、それに従っていた。


 だが、ここにきて、やはりその捨てきれない気持ちを前面に出してきた。


「副艦長、国際緊急チャンネルから、再度、su27のパイロットから呼びかけがあります」


 管制から何度も、数分おきにその報告があるが、雅臣は無視をしてきた。

 

 御園大佐が動き出す。


「クリストファー、船団の解析はどうなった」


 管制員が監視を続けている設備の隣は、各データの分析と記録を行っている空部管理官たちの業務場だ。


 そこの長である、クリストファー=ダグラス中佐は、御園艦長とは古い付き合いがある同僚でもある。


 こちらも、おおらかな同世代仲間という軽やかな笑顔をいつも見せているのに、今日は男らしい険しい横顔を見せている。


「ミッキーが送ってきた漁船に搭載されているのはミサイルと見て間違いありません。おおよその型でいま分析、しかし、その分析の候補のなかで、いちばん飛距離があるタイプになると――」


 ダグラス中佐が一時、黙り込んだ。


「どうした、クリス。個人の所感でもいい、教えてくれ」


 日頃から先輩後輩として付き合いがある御園大佐からの進言で、ダグラス中佐が口を開く。


「もう時間がありません。十分あるかないかです。この空母に着弾した場合、甲板レベル1,2,3―― どこも被害に遭います。艦載機も炎上、負傷者どころか死者も――」


 ミサイルが飛んでくるかもしれない。それはミッキーが撮影して送信してきた映像を確認した時から、この管制室にいるどの隊員も懸念し覚悟したこと。動揺は見られない。だがそこには『艦長が回避してくれる、して欲しい、信じている』という彼らの信頼があるからだ。


 雅臣は決する。

 だが、隣にいる眼鏡の大佐も、同じように雅臣を見て決意の目をしていた。


 お互いに、無言で頷いた。


「よろしいですね」

「かまわない。いざというときは、俺と葉月が責任を取る。その後のことは任せたぞ、雅臣君」


「ですが――」

「俺と葉月は前にいる者、雅臣君はその後を行く者だ。後に行く者にすべてを置いていく。わかったな」


 雅臣は一時、どうしようもない感情がこみ上げ、それを抑え込むために、大きく一息吐いた。


 これは。いつか俺がそうなる立場で姿だ。

 前をゆく、この人たちが。先へ行こうとしているこの人たちが残してくれるものだ。


 それを受け取る覚悟も、後の者として心に刻んだ。



 目を開き、雅臣はブリッジから見える海原を見据える。

 きっともうすぐ目視出来る状態で船団が見えてくるのだろう。



「艦長のインカムへ、国際緊急チャンネルを繋げ」

「ラジャー」


 御園艦長の無線と国際緊急チャンネルが繋がれる。



『こちら日本国、国際連合海軍――艦隊、私は艦長である』


 

『やっと出てきた。遅い』

『お久しぶりね――と言えばいい?』

『はい、お久しぶりですよ』

『パイロットとして、無事に復帰おめでとう』

『ありがとうございます』


 丸聞こえである会話が、管制室にも響く。


「やはり王子だったか」

「一度、顔を合わせて会話していなければ、こんなに通じないですよね」


 そんな二人の会話を黙って聞いていると、とんでもない要求を王子側から突きつけてきた。


『こちらの国のことはなにも気にしなくても良い。だから、いまから数分で結構。そちら領空への侵入を許可して欲しい。後始末は自分達でする。その間の迎撃の解除を要求する』


 さすがに管制室内、管制員と空管理官が揃ってざわめいた。


 御園艦長と王子のやり取りも白熱している。

 筋を通すならいち艦長の私ではない中央官制センターへ――。

 そんなことをしていたら間に合わない。お偉いさんが決断するまでに、射程距離に入る。もう撃たれるぞ――。


「クリス、あと何分だ」

「もう五分です」


 御園大佐が警戒しているのは、こちら空母がいつ『射程距離に入るか』。


 雅臣が気にするのは――。


「管制。中央官制センターか、海東司令からの連絡はないのか」

「近辺、護衛艦から砲撃迎撃の許可は出たようです。ですが、まだ射程照準準備中とのことです」


 雅臣と御園大佐はそろって顔を見合わせる。


「これ、間に合わないぞ」

「俺もそう思います」

「あいつもわかっていると思う」


 雅臣もそう思う。

 しかし、それをやったら彼女は、葉月さんはもうお終いだ。二度とここに立てなくなる。それどころか懲戒免職になる可能性もある!


 でももし、いま俺が艦長だったらどうする。

 雅臣は後悔していた。彼女に『カード、切り札の準備をさせた』ことを。


 だが、それは艦長たるもの、いつでも胸に秘めて乗船するもの。わかりすぎるから、雅臣は余計に口惜しく、唇を噛む。


 そして、彼女が決断をする。


『三分よ。わかったわね』

『ラジャー。許可後、テロと判断する不審船に対し爆撃体勢にて侵入をする』


 管制室に重苦しい空気が流れている。

 しかし誰もなにも言葉を発しない。

 わかっているからだ。艦長がそうしてくれなければ、この艦を護ってくれるものはいま誰もいないからだ。

 

 雅臣もそう思っている。

 間に合わないのだ。

 それでも最後、雅臣は管制に問う。


「……横須賀司令部からの指示は? 海東司令からの連絡は……?」


 管制からの返答は『ありません』だった。


『雅臣。聞いていたわね』


 艦長からの問いかけに、雅臣は頷くしかない。


「はい。あちらの六機が侵入してきたらそれぞれの背後に撃墜体勢で追尾させます。担当するパイロットへいまから指示します」


 そして彼女は最後、夫にも。


『隼人さん……』

「なんだ……」

『いままでありがとう』


「ずっと前からおまえの散り際も見る覚悟だったよ。大丈夫だ。思うままに行ってこい」


 眼鏡の夫が優しい微笑みを湛えている。

 こんな時なのに、本当の夫婦というのは、こんな時、穏やかにその人を包める人なのだと、雅臣は目の当たりする。

 気のせいか。どこかから、すすり泣く声が聞こえてしまった。(ダグラス中佐のような気がするけれど――)


 最後、御園葉月艦長の指令が艦内に響き渡る。


『こちら国際連合海軍――艦隊、艦長。上空のsu-27、su35に告げる。三分間の迎撃を解除、希望の六機のみ侵入を許可する!』


 雅臣は口元のマイクに集中する。


「指示した雷神機に告ぐ。担当を命じたフランカーの背後につけ。こちら艦隊を護ることを優先とする。艦隊への危害のための侵入と判断した時点で、撃墜を命じる。そのつもりで、追跡せよ!」


『こちら、雷神1 スコーピオン。ラジャー』

『こちら雷神6 スプリンター ラジャー』

『こちら雷神7 バレット、ラジャー!!』


「バレット。おまえはsu27 王子の機体につけ」

『ラジャー、キャプテン』

 

「su27より通信―― 船団を目視で確認。ロック、爆撃を実行するとの通信」


 管制のカウントダウンが始まった。

 

あと50秒――。


あと30秒――。


15,14,13,……9,8,7,……


 ブリッジ目の前の海原に閃光が走る。

 海も空も雲も、一気に真っ赤に染まり、激しい爆撃音が響いた。


 燃え上がる火柱。それを御園大佐が眼鏡に映して、じっと静かに見つめている。


「散る――か」


 あの炎は、決断した妻の最後の姿とでも言いたそうだった。

 


艦長、切り札を用意しておいてください。

貴方の言う切り札はね! 艦長になった時にこの胸に隠し持って搭乗するもの!


 あんな生意気、言うんじゃなかった。

 真っ赤な光とびりびりと震える波動を感じながら、雅臣の目尻に少しだけ涙が滲んだ。


 見届けましたよ。俺も。

 艦長とはなんたるものかを。俺は、先行く貴女から、きちんともらいましたよ。


 俺も、切り札を持って行こう。

 雅臣は胸に刻んだ。

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