カクヨム先行 おまけ④ 落ち着こう、夫だから(あの日の管制室)

 ブリッジ指令機関すべての封鎖、ロックをされる。

 まさかの、最悪の危機のための防御を実際に行う日が来るとは、そして自分の目の前で起きるとは、覚悟はしていても雅臣にとっては驚愕だった。


 もっと最悪なのは『不審者』を見つけ報告してきたのが、妻の心優で、即座の指令系統機関のロック封鎖が行われ、その時、その室内にいなかった隊員は全て閉め出される形になったということだ。


 それだけではない。


「私は外へ出る。潜入してきた彼らの目的は私よ。私が外にいれば、管制室の中にいるより外で足止め出来る。管制室へのリスクを外で減らせる」


 艦長がこの緊急時にとんでもないことを言い出した。


「光太、アドルフ。外に出るわよ。ついてきて」

「イエス、マム」


「クリストファー! 外で艦長メインの指揮が出来る無線通信の準備をして。管制、アドルフ、心優、金原と常に通信が出来る準備を! アドルフと心優と光太用のメインインカムの準備!」


「ラジャー、艦長」


 誰もが異を唱えない。

 彼女が『行く』という決断を誰も止めない。

 彼女は艦長だ。ここで最後の砦で指揮をしなくてはならない隊員だ。なのにここよりも『外へ行く』という、この人はそんな仕事をする役割を持つ人ではない。


 そうだ。この人なら止めるはず。

 すぐ隣に控えてくれていた眼鏡の大佐を確認する。

 だが黙っているだけで、その人は妻である艦長が『不審者がいる通路へ、自ら飛び出す』と言っているのに止めもしない。


「よろしいのですか、御園大佐。奥様、いえ、艦長が不審者である戦闘員と対面すると仰っているのですよ」


 雅臣ほど、艦長の夫である御園大佐は慌ててなどいない。いつもよく見ている、彼が静かに妻を見守っている眼差しをしているだけ。


 その奥様の周辺に、ダグラス中佐の部下たち『空部管理官』が無線インカムを持ってきて、ハワード少佐に至ってはホルスターや警棒を艦長のために準備して持ってきている。


『艦長、失礼いたします』

『こちら無線です。チャンネルは設定中です――』


『艦長、警棒をつけます』


 男たちが外に出て行くという艦長の身体に装備を取り付け囲んでいた。

 御園艦長も耳元へとイヤホンとマイクが一緒になっているメインインカムを押し込もうとして――。少しは動揺か焦りがあるのか、ワイヤレスの小さなイヤホンマイクを床に落としてしまった。


 そこでやっと御園大佐が、雅臣の隣から男たちが取り囲む奥様の元へと向かっていく。


「落ち着け。久しぶりすぎて、少しは自信がないとか? もう若くないもんな」


 眼鏡の大佐が、妻が落としたワイヤレスのイヤホンを拾う。


「若くないなりに、鍛えてきたわよ。戦闘能力は、理系の貴方より高いと思うけれど?」


 護衛官で空手ファイターである妻とおなじことを言う御園准将の言葉に、雅臣は驚く――。

 


 夫の大佐が、栗毛の妻の後ろに立った。そっと妻の耳元に被る栗毛をかきあげ、のぞき込み、夫の手でイヤホンが押し込まれた。

 そして本体機器は彼女の胸ポケットに。


「チャンネルの切り替え、わかるな」

「わかってる」

「ちゃんと護って帰ってこい。いいな」

「ここをお願い。絶対に開けないで」

「任せろ」


 大佐が准将を励ます空気ではない。

 どう見ても、妻の背を押す冷静な夫であって、雅臣は釘付けになる。


「いいか、生きて帰ってこなかったら、その時点で離婚だ。弔いには俺は行かない。そこで俺たちは終わりだ。そのつもりで行け」


 御園大佐のその言葉に、どの男も一瞬……、動きを止めた気がした。

 そんな夫の酷い激励に、妻の御園准将が薄い笑みを浮かべている。アイスドールの不敵な笑みだったが、その目に闘志が宿ったのを雅臣は見てしまう。

 


 そして自分も……。

 いまこの中枢である指揮機関を保護するためにこの管制室は内側からロックをして密閉された状態。外に、妻を、残して――。しかも、シドが負傷している状態で、そのシドを刺した男と心優が向き合ってる状態なのだ。



「こちら、管制室前通路の監視カメラより。園田中尉とハーヴェイ少佐の姿を確認。戦闘態勢で対峙しています。フランク大尉は確認できず」


 資料室前の通路に心優がいると、戻ってきた光太から報告は受けていたが、ついに戦闘を開始しフロリダの海兵戦闘員と心優が通路まで姿を表しているということらしい。


 すぐそこに――心優が! 行きたい! 雅臣は振り返りたくなる。


「艦長、心優がたった一人で戦っています!」


 ハワード少佐が焦燥を滲ませ、いまにもドアを開けて出て行きたそうにしている。

 

「準備がまだよ!」

「自分が先に行きます」


 ハワード少佐がドアノブに手をかけたが。


「俺が行きます。少佐は艦長についていてください」


 光太がドアを開けてしまった。


「待て、光太! 艦長、光太が!」


 その後、すぐだった。

 ドアの向こうから銃声が聞こえた。


『離れろ! その手を離せ!』


『床に伏せろ! 伏せねば撃つ!』


 光太のその声に、心優がハーヴェイ少佐と対峙し不利な状態でいるのが雅臣にはわかった。


「無線チャンネル設定、まだなの。早くして!」


「艦長、装備は完了です」

「各チャンネル、確認中です。あと1分」


 御園准将が珍しく急かす焦りを見せた。


「待てない! 先に行く。アドルフ、足りないインカムを後で持ってきて。私は先に行く!」


 男たちがあっと思った時にはもう、その人はドアを開け、吉岡海曹の後を追っていた。



「艦長が出て行ったぞ! インカム設定、早くしろ!!」


 いつもは穏和なハワード少佐さえもが鬼気迫る大声を張り上げた。



「無線セッティング完了。こちら艦長依頼個数のインカムです」

「ご苦労、では行ってくる!」


ハワード少佐がドアを開け飛び出していく。


「ロックしろ。以後、何人たりともここに入れるな!」


 御園大佐の声で、すぐ側にいた空部管理官がドアをロックした。


 御園大佐が、雅臣が監視している指揮モニターのカウンターに戻ってくる。

 そして一段下にある管制室を見渡した。


「安心しろ。彼女が大佐になった功績を知っているな。マルセイユの岬管制基地がテロリストに占拠された時、飛行隊の指揮官として上空防衛の援護をするための任務だったはずなのに、その役目を終えた帰りの輸送機から海上で待機していた『シークレット』と待ち合わせの地点まで、たったひとりでパラシュートで降下し、シークレットと共に岬に潜入。そこで囚われていたフロリダと小笠原の隊員の救出に成功している。父親が準備していたシークレットと同行だったとはいえ……」


 そこで御園大佐が言葉を止めた。

 ヘッドセットをしている管制員が数名、肩越しに振り返る。


「そこで拘束されていた隊員の中に、俺がいた。彼女は……きっと、俺も、小笠原の部下も見捨てられなかったんだ」


 知っている古参の隊員はそのまま管制の役目を続け、若い隊員は驚いた様子を見せていた。

 雅臣は知っていた。だがご本人から当時のその時のことを耳にするのは初めて――。


「だから。園田のこともフランクのことも、新人の吉岡のことも見捨てられないのだろう。行かせてやってくれ。あの女は闘志を燃やしたら誰も止められないし、やり遂げる。だからこそ――、ここを俺たちで護るぞ。いいな!」


 御園大佐の号令に、管制員らが『ラジャー!』と声を揃えた。


 そんな御園大佐が、動揺している雅臣を見た。


「落ち着こう。……これでも俺もハラハラしているんだ」


 やっと……。雅臣がよく知っている『隼人さん』の顔になった。

 もうほんとうに、うちの奥さんにはやれやれなんだよ。いつも工学科科長室で雅臣と向き合ってお茶をしている時の、旦那さんの顔だった。


 本当はベテラン旦那様の彼だって、肝を据えているように見せて、実はもう内心は大慌てなのだろう。

 でも――だ。


「戦闘能力が高い妻を持った男同士。俺たちは完璧なバックアップだ。行くぞ、雅臣君!」


 ふと時計が気になる。

 妻が閉め出され、危険な男がいる戦闘現場に取り残されたとわかった先ほどなんか、血の気が引いて頭の中が真っ白になった。

 でもその時も、雅臣はふと時計が気になった。どうしてなのかわからないが、『落ち着け』と言われている気がしたのだ。親友に。

 


 俺の妻になる心優。めっちゃ強いんだ。

 へえ、だったらさ。心優さん、俺の目の前で雅臣をぶん投げてくれるかな。


 もし生きていたら。そんな紹介をしていたと思う。



 おまえの女房、最強なんだろ。あれ、嘘だったのかよ。



「違う。嘘なもんか。めちゃくちゃ優秀な戦闘員だ。オヤジさんなんか、大魔神なんだからな」


 すっと心が再度落ち着く。そう落ち着こう。


「御園大佐、まだADIZに王子の飛行隊が残っています。警戒続けます」

「よし。こちらはあの船団の解析にはいるぞ。クリストファー! 先ほどの映像の解析をしてくれ。いますぐ。横須賀の中央官制より最速にだ!」


「イエッサー、御園大佐!」


 夫は夫での最善を尽くす。

 この艦を守ること、国境を護ること。それが夫にも妻にも課せられた任務。


 こちら管制室も、船団の接近と、横須賀指令部の中央官制センターとの連携で精一杯になる。

 メインインカムから流れてくる御園准将とハーヴェイ少佐の攻防と、卑怯な手引きをしていた情報も耳に伝わってくる。


 そのやり取りの最中、御園艦長からこちら管制に通信が届く。


『国際緊急チャンネルに繋いで』


 外から届いたその静かな声に、雅臣と御園大佐は顔を見合わせる。

 きっと同じ事が頭の中に浮かんでいる。


「王子と話すつもりですよね、これ」

「あいつ、まだそんなことを――」


 しかし御園大佐は黙り込んで、『繋げるな』とも言わない。

 眼鏡の奥の黒い瞳がじっと管制室の向こうに見える海を見つめている。


『どうしたの。今度は繋いで』


 艦長の指示は絶対だ。

 しかしそれを諫められる力を持っているのは、ここにいる副艦長の雅臣と、夫で指令室長大佐である御園大佐。


 どうする。王子の呼びかけには応えない。それが司令本部からの指示でありスタンス。


 葉月さんはずっとこだわっていた。王子と直接に話せば、なにかがわかるかもしれないからと。


 夫ふたり、目線が合う。

 夫二人の答えは――。



(次回の、おまけ⑤に続く)

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