第4話 春日井新団地(ロ)

 日本再生機構の支配地で二番目に大きいゾンビ・ファンガス胞子汚染地帯――多治見から名古屋居住区へ侵入するNPCを食い止めるためだ。道樹山、大谷山、弥勒山――春日三山の制圧維持は以前からNPC狩人組合の手で積極的に行われていたのだが、つい先日、日本皇国軍陸戦第一、第二、第三軍団が山中へ展開し、多治見へ野砲を使用した砲撃を加えるための大要塞を完成させた。

 俺たちが今、前哨基地代わりに使っている春日井新団地は皇国軍が作った春日三山要塞の西に位置している。内山狩人団は新団地から装甲車で国道十九号線を突っ切って――皇国軍の砲撃で崩れていないのが奇跡だ――予定通り正午前に多治見へ侵入した。事前に皇国軍の砲撃で露払い――NPCの駆除はあるていど成功したように見える。侵入した時点でNPCの姿はなかった。一昼夜続いた砲撃で多治見の西部は空襲後の有様だ。見える家屋はほとんどが瓦礫の山になっている。内山狩人団の総勢五百名余は山間を抜けて視界が開けた十字路に装甲車を配置しただけの仮の陣地を形成し、偵察の小集団を北、南、東へ派遣した。この仮本営に残っているのは内山さんやリサ、それに俺を含めた二百名前後の団員だ。

 最初の目標は多治見西部で仮の防衛拠点に使えそうな施設――公民会館だとか、学校だとか、老人ホームや病院のような、大きくて損壊の少ない施設を確保することになる。これは汚染前の地図を頼りにした作業だ。多治見地区の航空写真か衛星写真が入手できると楽なのだが、それを保持しているのは米軍だ。NPC狩人組合員にそこまでの融通は利かない――。

「周辺に胞子の反応はないが、耐胞子マスクを外すなよゥ!」

「何があるか、まだわからんからな!」

「除菌剤の散布を急げ!」

「うぉーい、ミニガンの予備バッテリーはどこにあるんだよォ。いつも見当たらないんだけどさあ――」

「自動擲弾発射器の動作テスト、やっとくかあ?」

「ストライカー装甲車を購入とは、うちの団長も気張ったよなあ!」

 団員が怒鳴り声を上げながらバタバタやっているなか、

「いっそ、皇国軍がそのまま進撃すればいいんじゃねェか」

 ハンヴィーから降りた俺は西の春日三山を眺めていた。トーチカが山腹を埋めてこちらへ砲身を向けている。あれが皇国軍が突貫工事で形成した春日三山大要塞だ。もっとも、春日三山要塞は俺たちの連絡を受けて砲撃を停止している。要するに俺たちは今、皇国軍の斥候役のような仕事をしていることになる。

「?」

 横でリサがまぶたをすっと落とした。

 彼女が伝えた俺に感情は「不信感」だ。

 頷いた俺は、

「ああ、そうだよな、リサ。気軽にあの要塞へ砲撃支援を要請したらNPCごとまとめて俺たちもふっとばされるかも知れんよ。皇国軍は本当に信用ならん」

「!」

 リサは瞳を益々細くして俺を見上げた。

 おおむねは同意と言ったところだろう。

「そもそも要塞ってのはさ、敵を迎え討つために作るものだろ。この規模を見るとどうも奴らは多治見を抜けてくるかも知れんロシア極東軍も警戒をしているようだが――」

 俺が呟くと、

「?」

「?」

 リサの方は首を二度も捻って見せた。我が天使様が敵と認識するのはNPCだけで人間同士の争いごとには興味を示さない。よくわからないなぞなぞを聞いたような眉の寄せ方を見ると「人間の争い事はよく理解できない」と言ったほうが適切なのか――。

「――皇国軍の支援砲撃な。いざってとき本当に使えるのかどうか、わからねェからなあ」

 そう腐しながら内山さんが歩み寄ってきた。手にFN-SCAR-Hを持っている。M203グレネードランチャー付きの高級品だ。俺も団から借りた同じものを使っていた。

 リサがSG553片手にふんっと頷いて見せた。

「な、リサちゃんもそう思うだろ?」

 内山さんは目を細くした。

「第一から第三陸戦軍団と言えば皇国軍の主力だろ。皇国軍は――日本再生機構は多治見がそこまで欲しいのかな――?」

 こう言ったのは、俺の横に来た島村さんだ。

「島村さん、今回は公式に皇国軍側から組合へ作戦協力の申し出があったんだろ?」

 俺が訊くと、

「そうだよ、黒神さん。だから後方でご自慢の戦車部隊の展覧会をしてくれるのかなと、俺たちのほうでは期待をしていたけどね――」

 島村さんは要塞へ目を送ったままボヤいた。まあ、見ての通りだ。皇国軍は春日三山要塞に全軍を待機させたまま多治見の偵察をする俺たちを高みの見物だった。事前に聞いた話だとこちらから無線で要請をすれば要塞から砲弾が――迫撃砲の雨あられが指定座標に届く手筈になっているらしいが――。

「小池の言う通りだな、コノヤロー」

 内山さんが呟いた。

「――うん?」

 俺が促すと、

皇国軍やつらが何を考えているのか、さっぱりわからねェぜ、バカヤロー」

 内山さんが春日三山要塞を睨みつけた。

「実際、あの腰抜けどもは要塞に篭りっきりだ」

 島村さんが声に出して笑った。

 俺は苦笑いで、

「まあ、腰の抜け方は笑えるけど、やっぱり笑いごとじゃないよ。内山さんは事前に向こうの――要塞にいる皇国軍の責任者とは話をしていないのか? 組合に何度か呼び出されていたよね?」

「それがなァ、黒神」

 内山さんが言った。

「俺も島村も向こうの――皇国軍の下っ端にしか会ってねェんだな。何とかって大佐と少佐だ。大将は出てこなかったんだよ。勿体をつけやがってよォ、バカヤロー」

「皇国軍の大佐?」

 俺は唸った。

「!?」

 リサがざっと殺気立った。

 皇国軍の大佐と言えばリサと俺が真っ先に思い浮かべるのがあの怪物の笑みだ。

 御影洋一――。

「その大佐ってのは誰――」

 俺の問いに被せるように、

「ああ、黒神さんね。あの春日三山要塞の指揮官は皇国軍の陸軍元帥だか何だかって話なんだ」

 島村さんが言った。

「名前は児島――何といったかな――ああ、児島大吾元帥だ。その児島元帥は汚染後、独断で活動し始めた陸上自衛隊関西方面軍団を指揮していた自衛隊幹部の一人らしい。ま、皇国軍の重鎮だよな。もちろん、忙しいのもあるのだろうけど、たいていのお偉いさんってのは、下々に顔を見せるのをケチるものだろう?」

 島村さんは目を細くしている。島村さんの髭面は耐胞子スポーツタマスクで半分以上覆われているから、それが皮肉の笑みなのか、本当に面白くて笑ったのかはよくわからない。

「元帥か。あの要塞には皇国軍で一番のお偉いさんがいるわけね――」

 俺はもう一度、春日三山大要塞へ目を向けた。

「どうせ俺たちの偵察が進んでから――その何だ、誰だった?」

 内山さんが島村さんへ顎を向けた。

「団長、児島元帥だよ」

 島村さんが言うと、

「その児島元帥殿な――」

 内山さんが唸った。

「俺たちの仕事が終わってから、のこのこと現場に顔を見せるつもりじゃねェのか。お偉いさんって生き物はそういう仕事をするものだろ、バカヤロー?」

「――えっ、ちょっと待ってくれよ?」

 俺は顔を向けた。

 内山さんと島村さんがじっと俺を見つめた。

 リサも俺を見上げている。

「俺たちの偵察が全部終わってから、要塞にいる皇国軍の部隊が、後方へ展開を始めるって話になってるの?」

 俺が訊くと、

「そういうことなんだよ、黒神さん――」

 島村さんは真面目腐った顔で頷いて、

「そうだ、これは大仕事だぜ、バカヤローコノヤロー」

 内山さんは深く頷いて見せた。

「!」

 リサまで頷いて見せた。

「ちょっと待って、俺たちの団の手だけで――五百人だけで東京の次に危険だって言われているこの多治見を全部、偵察してこいって話になるのか。それまで皇国軍は高みの見物?」

 俺は目を丸くしていると思う。

 返事がない。

 内山さんも島村さんもリサも、俺をじっと見つめていた。

 返事がねェ――。

「――ああもう、だから言ったじゃないか」

 俺は言った。

「この多治見全域を内山狩人団の手勢だけで偵察できるわけないだろ。前回の偵察でもNPCの数が多くて逃げ帰ってきたわけだからな。だから俺は今回の任務で人数の水増し詐欺をやるのは反対だと言って――」

「昨日までやっていた要塞の砲撃で多治見西にいるNPCが少しでも数を減らしているといいんだけどね」

 島村さんが内山さんへ目を向けた。

「今回はどうにかして仮前哨基地を確保してェな、コノヤロー」

 内山さんが頷くと、リサも大きく頷いて見せた。

 俺の言うことなんて何も聞いちゃいねェ――。

 まあ、見ての通り内山狩人団における俺の立場はこのていどだ。もちろん、俺だって団の運営が厳しいことを理解している。今、組合から拡張工事中で大きな仕事が発注される名古屋居住区は他の居住区から名だたる狩人団が集まって意地を張り合っているのだ。他と並べて見ると、元々内山狩人団は中規模の集団だった。どちらかと言えば大手に吸収される側だろう。だが負けず嫌いの内山さんだ。強引な形で団の規模を拡大している。最近では中古のストライカー装甲車を買って団員へ貸し出す装備品類も更新した。だから、どうしても金が――団の運転資金が必要なのはわかるのだが――。

 俺が視線を送ると、リサは要塞からの砲撃で崩れた街並みを見つめていた。

 俺たちが――内山狩人団が多治見に入ったのは今回で二度目だ。前回の偵察は失敗だった。新入りの手際が悪かった。偵察を始めて早々新入りの班がNPCの群れをひっかけて、それへ不用意に反撃した結果、追ってくるNPCの数が雪だるま式に膨れ上がった。それで結局、新団地へトンボ返りをする羽目になった。撤退中に死人も出た――。

 俺は耐胞子スポーツタマスク越しに溜息を吐いて、

「あのね、内山さんに島村さんね。ちょっと聞いてくれ。今回も失敗をしたら無理をせずに組合本部へ相談をして、他の狩人団からの増援を頼むのも――」

 そう言っている最中だった。

「来てるぞ、NPCだーッ!」

 団員の怒鳴り声だ。

「北東からだ、北東から来てる!」

「おい、若いの落ち着け!」

「あっ――」

「馬鹿、指示が出る前に撃つな!」

 怒鳴り声が飛び交うなか、

「団長、団長!」

 八反田がストライカー装甲車から飛び降りて、

「北方面に出ていた偵察班がNPCに囲まれて限界みたいっス。今から南へ退くって無線連絡が――」

八反田シゲ、今、偵察班を回収するのはタイミングが悪いんだろ。勝手に許可を出すんじゃあねェよ、何を考えてやがる、バカヤロー!」

 内山さんの怒鳴り声が爆発した。

「――つっても、団長、もう撤退をしているって連絡だったっス。今さら、偵察班は引き返せないっスよ!」

 八反田も怒鳴り返した。

 仕事となるとこの三下キャラも腰を引かずに怒鳴り返すことが多い。

 狩人団はそういう野郎どもの集まりだ。

「バカヤロー、コノヤロー、敵は北東のどこらだ、距離と数を報告しろ!」

 内山さんが北へ――歩道橋が落ちた十字路の方へ走っていった。

 それを島村さんが追っていく。

「仮前哨基地の構築すらままならないか。まあ、想定内だよな。多治見へのアタックは十年近く繰り返して、まだ一度だって成功をしていないわけだから――」

 俺はFN-SCARのセーフティロックを外した。

「!?」

 リサがSG553を背から下ろした。

 そうはさせじと天使の眉間は凍りつく。

 仕事熱心なのは大いに感心だけどね――。

「おい、リサ、無理をするなよ?」

 俺はそう言ったが、リサは殺気立ったまま、内山さんを追って北へ走っていった。遅れて俺が歩み寄ると、十字路にいた内山狩人団の古参が何人か集まって怒鳴り合っていた。リサが俺の横でぶんぶん顔を振って険しい顔を突き合せるおっさん連中へ視線を送っている。

「――南と東に出ている偵察もこっちへ戻すだと? 偵察が進まないだろうが、このバカヤロー!」

 内山さんは徹底的に主戦論のようだが、

「団長、そうは言ってもな?」

「そうだよなァ?」

 深沢さん兄弟は首を縦に振らない。周辺のおっさん連中も同じだ。ここにいる古参の団員は食堂でやっていた賭け将棋に参加していたおっさん連中が多いので、これを「将棋組」と命名しよう。まあ俺のなかだけでだ。

 怒鳴り合う将棋組のなかで一人黙って考え込んでいた島村さんが、

「――いや、団長。ここは穏便にいこう。これ以上の犠牲者を出すとウチの団の士気にも――特に新入りの士気にも影響するだろうからね」

 内山さんが鼻先にシワを寄せて十字路の北を見やった。

 ヒト型NPCが何匹か肉眼でも見える。

 距離はまだ遠いが――。

「あっ、まずいわ――」

 声を上げたのは、いつの間にか横にいた秋妃さんだ。

「ああ、NPCの群れは北から撤退してきた連中のほうへ――」

 俺は呟いた。

「挟撃されるぞ、バカヤロー!」

 内山さんが怒鳴った。

「奴らはそれを狙っているのか?」

 島村さんが眉根を寄せたところで仮本営側からの散発的な発砲が始まった。撃っているのはハンヴィーの車載機関銃に取り付いた若い団員が多かった。

「バカヤロー! 今、銃を撃つと撤退してくる連中に弾が当たっちまうだろ。おい、お前ら、収拾しろ!」

 内山さんが怒鳴り散らすと、

「馬鹿どもが――」

「団長、奴らを止めてくる」

 深沢さん双子兄弟が最初に動いて、すぐ他の将棋組も散開した。特別な役職がついているわけではないが、ベテランNPC狩人の将棋組はそれぞれの分散して団を指示するような役割分担になっている。

「おゥ――」

 内山さんが島村さんへ目を向けた。

 頷いて返した島村さんが、

「おい、八反田。こちらから反撃して北のNPCを駆除するぞ。無線を使って北の偵察班の退路を変更させろ。西の道へ迂回だな。北や東はまずい」

 八反田に指示を出した。

「――あっ、副団。うっス!」

 八反田がストライカー装甲車へ走って戻った。

 全速力だ。

 その直後だった。

「これはやばいぞ、内山さん」

 俺は呻き声を上げた。

「何だ、黒神、コノヤ――」

 俺の視線を追った内山さんが言葉を失った。

「くっそ、あれは――!」

 珍しく島村さんが悪態をついた。

「!?」

 リサがばっと俺を見上げた。

「ああ、リサ、猪型だ。あれが北から撤退してくる連中の車列に当たると最悪だよな――」

 俺は硬く頷いて見せた。北の道路の東、背の高い廃屋の影からだ。白い胞子を――ゾンビ・ファンガス胞子を撒き散らしながら、動物型NPCの個体が姿を見せた。たぶん、こいつは長い間、多治見で生きてきた個体だと思う。肉体を食い破った巨大なゾンビ・ファンガスの傘を何個も背中につけた猪型NPCだった。そいつはまるで小山のようで、俺がこれまで見たなかでも最大級の大きだ。ヒト型NPCがその猪型を護衛するような形で移動していた。戦車に追随する歩兵のような有様だ。

 まるでNPCの軍隊――。

「黒神、八反田の連絡待ちだ。まだちょっとの間、こちらからの発砲はできねェぜ――」

 内山さんが苦しそうに言った。

「でも、このまま手をこまねいて見ていたら死人だけが増えるぜ――」

 俺は唸って急かした。

「これはどうする、団長――」

 島村さんが顔を向けたところで、

「!」

 リサが北へ飛び出した。

「――あっ、おいおい、リサは何をするつもりだ!」

 俺は声を上げたが天使は振り返りもしない。

 リサは北へ出現したNPCの群れ一直線に突っ込んでいく。

 背で黒い髪が広がって、それはまるで翼のように見えた。

 絶句した内山さんの横で、

「駄目よ、今はグレを使わないで!」

「ミニガンも駄目だ、車載機関銃の発砲をやめろ、やめるんだ!」

 秋妃さんと島村さんが立て続けに怒鳴った。

「車載機関銃を使うな!」

「使うなよーッ!」

「手持ちのライフルをセミオートで使え!」

 そう応じる声で車載機関銃の発砲は止まった。

「リサちゃんは囮になって、あのNPCの群れを全部こっちへ呼ぶつもりか、無茶しやがって――手前ら、全員でリサちゃんを援護しろ! リサちゃんの背中に弾を当てるなよ。当てたら俺がそいつをブチ殺すからな。絶対にぶっ殺してやるからな、憶えておけ、バカヤロー!」

 内山さんが怒鳴り散らしながらFN-SCARを構えた。

「――黒神さん。リサちゃんが前に出たからグレを使えない。猪が相手だと対物狙撃銃が必要だわ」

 秋妃さんはSAKO RK95(これは彼女が愛用している渋いアサルトライフルで私物らしい――)を発砲をしている。距離は四百メートルくらいあるのか。秋妃さんは遠目に見て豆粒大のヒト型NPCへ弾をビシビシ当てた。銃を使っているときの秋妃さんは何があっても絶対に動じない。この彼女もまたプロのNPC狩人ハンターだ。

「ああ、俺がハンヴィーからバレットを取ってく――あっ!」

 俺はリサへ視線を残しながらハンヴィーへ駆け寄っている途中に立ち止まった。

「リサちゃん!」

「ああ、猪に突っ込まれたぞ!」

 他の団員も声を上げた。

 言った通りだ。

 リサに気付いた猪型NPCが突っ込んだ。

 俺の全身は冷や汗に濡れたが、

「お、お、おう――!」

「避けた!」

「避けたぞ!」

「リサちゃんは生きてる!」

「すげえ、リサちゃんは走りながら弾を当ててるぜ――」

「ひっえ、何て腕前だよ――!」

 団員は歓声を上げた。

 あまりにも図体が大きい猪型NPCの動きは一直線で、それが幸いした。リサは路面を転がって猪型の突撃を紙一重で避けた。目標を外した猪型は脇の廃屋へ突っ込んで土煙を上げている。リサはその音に反応して南へ振り向いてヒト型をNPCへ、バック・ステップを踏みつつ、銃弾を浴びせかけた。全弾が必中だ。

 NPCの群れの注意を引きつけたリサが今度は走って戻ってくる。

 走るリサを交差点に待機していた団員が援護した。

 向かい風と一緒に弾丸は頬を掠めるが、天使はそれに怯える様子もない――。

「――天使様はどうか知らん。そんな無茶をすると人間の心臓には悪いぜ」

 俺はハンヴィーの荷台からバレットM82A1を持ち出した。怪物には怪物で抵抗する。こいつは一二カンマ七ミリ弾をぶっぱなす地上最強の狙撃銃だ。廃屋を崩しながら身を起こした猪型NPCがリサへ顔を向けた。遠目に見ても白い粘土みたいなよだれが垂れている。俺は適当な場所へ走ってバレットと一緒に腹這いになった。

「NPCの群れをこっちへ引き寄せた!」

 団員の誰かが叫んだ。

 俺はバレットのコッキングレバーを引いてスコープを覗いた。

 リサの特攻で北に出現したNPCの群れがすべてこちらへ突っ込んでくる。

 駆け寄ってきた八反田が、

「団長、団長、北の偵察班は、西回りに退路を変更するって、今、連絡ついたっス!」

「まだだ、リサちゃんがこっちへ来るまで車載機関銃を撃つなよ、グレも使うなよ、バカヤローども!」

 内山さんが声を張り上げた。

 俺のスコープはリサを捉えていた。

 その真後ろに猪型が迫っている。

 距離は百メートルあるかないか。

「リサ、俺の射線から身体を外せ、外れろ、外れるんだ!」

 俺は喉が裂ける寸前まで怒鳴った。

 遠くてよく聞こえなかっただろう。

「!」

 だがリサは即座に身体を前へ投げ出した。

 リサと俺は相棒だ。

 相棒に細かい言葉は必要ない。

 スコープへ大写しになった猪の顔へ、

「天使のタッチダウンだ。くたばれ、この猪野郎」

 俺は笑いかけてバレットのトリガーを引いた。一応、この銃は初期型を改造した低反動機構になっているのだ。それでも凄まじい衝撃が肩へ伝わった。発射音だって馬鹿でかい。イアプロテクターなしでは鼓膜が無事ですまないのではないかと勘ぐるほどだ。猪の額が割れると、その巨躯は揺れたが、まだ倒れなかった。だが、こいつは恐れ入谷の鬼子母神のセミオート。俺はトリガーを引いて二発目の大砲を敵の額へ叩き込む。猪型がぐわんぐわんと戸惑っているような動きを見せた後だった。その場に「どおん」と崩れ落ちて暴れた。

 白い胞子が粉塵と一緒に舞い上がって、俺の腹の下にある地面まで振動する――。

「――黒神さんが猪を仕留めたッ!」

 おおっと団員たちが歓声を上げた。

 息を荒げて戻ってきたリサへ、

「こんな無茶をするな!」

 俺は怒鳴った。

「!?」

 リサは肩を上下させたまま俺を見下ろしている。

 今回の俺は本気で怒っている。

 リサをまっすぐ睨み返しながら、

「よし、内山さん、突っ込んでくるヒト型を車載機関銃で叩――」

 俺が大声で言っている最中に、

「!?」

 グキッ、だった。

「あ、痛っ! いきなり何だよ、リサ――」

 俺はリサに頭を掴まれて捩じられて無理に北へ顔を向けて、

「――いや、駄目だ。まだ車載機関銃を使うな。向こうにいる偵察班に当たる!」

 首の痛みを忘れて叫んだ。北の道から偵察班の車列が走ってくる。これで偵察班と仮本営の間にNPCの群れがいる形になった。一旦はこちらへ――俺がいる仮本営側へ走り寄ってきたヒト型NPCの群れが後方から来る餌に気付いて足を止めた。

八反田シゲ、偵察班は退路を変えていないだろ。どうなってるんだ、このバカヤロー!」

 内山さんが八反田の胸倉をひっ掴んだ。

「えっ、何でっスか――確かに無線の連絡では退路を変更するって――」

 八反田は戸惑っている様子だ。

「くっそ、内山さん、北の偵察班は西からも敵に追われている!」

 俺が怒鳴ると、内山さんはぶん投げるようにして八反田の胸倉を放して北へ目を向けた。俺の横でリサが眉間を歪めた。西へ退路を変えた筈の偵察班の車列がすべてバックで戻ってきている。装甲車をUターンさせる暇を惜しむ勢いだ。

「西の道にもNPCの群れがいたのか――」

 島村さんが呻いた。

「また猪型もいるわ――」

 秋妃さんが囁いた。

「ああ、偵察班の装甲車が猪にやられたぞ!」

 団員の誰かが叫んだ。

 猪型の体当たりでハンヴィーが転がった。

 そこへヒト型NPCがわっと群がっていく。

 あの車にいる連中はもうどうやっても助からないだろうね――。

「八反田!」

 内山さんが怒鳴った。

「無線で東と南へ出た偵察班へ連絡しろ、撤退準備だ!」

「団長もストライカー装甲車のなかへ入ってくれ!」

 八反田がストライカー装甲車の上で叫んだ。

「全体は装甲車へ移動して弾幕を張れ、もう遠慮をしなくていい!」

 これは島村さんの指示だ。

 北にいるNPCの群れに向けて仮本営の車載機関銃が一斉に火を噴いた。

 グレネードも使っていた。

 流れ弾に当たって味方が死ぬかも知れない。

 しかし黙って眺めていると味方は全員死ぬ。

 もう誤射を承知で発砲するしかない――。

「――黒神ィ。俺としては面白くねェけどよォ、バカヤロー」

 そう唸りながら内山さんがストライカー装甲車へ向かった。

「ああ」

 頷いた俺が戦場をまだ睨んでいたリサを促して団から借りたハンヴィーへ足を向けた。

「こりゃあ、黒神さんが言う通りだな――」

 島村さんが呻くと、

「新団地へ戻ったら組合本部にヘルプを頼むしかなさそうよね――」

 その横で秋妃さんが頷いた。

 内山さんの背中はムッと沈黙したままだ。

「そうだね、人数がもっといるよ。倍か、いや、それ以上は――」

 俺は沈黙した大顎の横で言った。

「あとは、島村ァ、バカヤロー」

 内山さんが唸った。

「ああ、わかってる。皇国軍へ支援砲撃の要請をしておこう――」

 島村さんが弱い声で言った。

「もうこれって完全に戦争だよなあ――」

 俺はハンヴィーに乗り込んだあと声を出さずに笑った。銃声やらグレネードの炸裂音で、ちゃんと聞こえたかどうかわからない。しかし、向こう側からハンヴィーへ乗り込んだリサは眉間を歪めたまま強く頷いて見せた。

 リサと俺はハンヴィーの車載機関銃を――ブローニングM2重機関銃を撃ちまくった。

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