第15話 猿の社(ヘ)

「猿神様――」

 百目鬼老人は現世うつしよ顕現けんげんした猿神へ這いつくばって頭を垂れた。声も丸めた背も震えている。脇には巫女の亡骸があった。

「沙也加――」

 猿神が言った。

 NPCが巫女の名前を呼んだのだ。

 間違いなく――。

「――馬鹿げてる。あの人外は人間の言葉を喋るのか!」

 呻いた俺へリサが視線を送ってきた。

 リサの瞳は闘志で燃えていた。

 それは灼熱の炉に入って溶けきった鉄のように――。

「申し訳ございません、猿神様。巫女様が愚かものの手によって、このようなことに――」

 百目鬼老人が震え声で言った。

「沙也加!」

 猿神が「ギャ!」と叫んで――悲鳴のような叫び声を上げて沙也加に覆いかぶさった。俺はそのまま食うのかと思った。それは違った。吐き出した。猿神は抱きかかえた沙也加へ白い液体を吐きかけた。強力な再生能力を肉体へ付与するゾンビ・ファンガス菌糸だ。もっとも、普通の生命体に菌糸が付着した場合、ゾンビ・ファンガスに寄生され支配されるので、再生能力の恩恵を受けられるのはNPCのみだ。落ちた菌糸の力で沙也加の白衣がはだけた。青白い乳房の上を白い菌糸が舐め回すように蠢いている。そこにある傷を――銃創を塞ぐ目的でだろう。

 菌糸は動いても巫女も頭も手もだらりと垂れ下がったまま――。

「――間ニ合ワナカッタ」

 猿神が呻いた。

 錆びた鉄のような声だった。

 百目鬼老人が這うようにして猿神に身を寄せて、

「猿神様、猿神様、どうか、お怒りをお鎮めくだされ。巫女様の代わりは沙也加の他にもおりますゆえ――同志ペドロ、あの組合員の女だ。天乃河秋妃をここへつれて来い!」

 その百目鬼老人のこめかみに爪が食い込んだ。

 猿神の鋭い爪だ。

「愚カモノ――」

 猿神が百目鬼老人の頭を片手で掴んでいる。

「ハンナ中佐、やはり、サルガミサマの様子がおかしい!」

 ペドロがロシア語で叫んだ。返事はなかった。ハンナ中佐は猿神を凝視していた。境内にいるものもすべて同じだ。リサも俺も息をひそめて見つめている。状況を忘れてしまうほど、かがり火の照明を受けた拝殿の舞台で行われているそれは異質な光景だった。

「さ、猿神様、おっ、お怒りをお鎮めくだしあっ――」

 百目鬼老人が絶叫した。

「コノ俺ガ沙也加ヲ選ンダ――」

 猿神が立ち上がった。

「ぐげ、ぎっ――」

 猿神の腕力で高く浮いた百目鬼老人が足をばたつかせながら猿神の腕へ両手の爪を立てた。NPCのそれと違って非力な老人の爪だ。傷すらついていない。

「沙也加ノ代ワリナドイルモノカ!」

 猿神が吠えた。

「げびゅっ――」

 断末魔の声と一緒に百目鬼老人の頭がバクンと爆ぜた。猿神の握力で潰されたのだ。首をなくした神主が拝殿の階段をごろごろと転げ落ちると、そこにいたロシア兵の列から絶望的な呻き声が上がった。

「神主様?」

「神主様が――」

「ああ、神主様が!」

 境内にいた集落の住民もざわめいた。百目鬼老人の死でここにいた人間が悪夢から現実の地獄へ覚めつつある。沙也加の亡骸を胸に抱いて拝殿に立つ地獄の主は無力な人間を睥睨へいげいしていた。

 人間はただそれを見上げている――。

「――あの変異種・NPC、まさか、泣いているのか」

 俺は呻いた。

 そこは軒の下だから雨に濡れているわけでもない。

 猿の神が泣いている――。

「馬鹿な、奴らに――NPCに感情まであるのか!」

 情けない話だ。

 悪寒で震えあがった俺は身を寄せていたリサへすがるような視線を送った。

 リサはただじっと俺を見上げた。

 落ち着きなさい。

 そう言われた気がした。

 俺は頷いた。

 リサも頷いた。

 そうだった。

 今は神社から生きて脱出することが最優先だ――。

「――ペドロ大尉とその部隊は聞け。作戦は失敗だ。プロフェッサー・ドウメキの主導した変異種ミュータント・NPCと意思疎通を図るこの実験。どだい最初から無理があった。社の猿どもを撃ち殺して処分せよ。境内にいる日本猿ジャップも生かして帰すな。駆除を終えたら、下の基地まで撤収する!」

 ハンナ中佐が耐胞子マスクで顔を覆った。その指示は日本語ではなくロシア語だった。俺のロシア語の知識で翻訳したものだから細部では少し違うかも知れない。何にしろ、ハンナ中佐が決断したのは間違いない。

「――ヴォイスカ、NPC、ナチュロアタキ!」

 ペドロ大尉が怒鳴ると、ロシア兵が一斉に発砲を始めた。猿神に向けてだ。後ろに控えていた猿型NPCが「ギャ!」と鳴きながら前へ出た。猿型は手近なロシア兵を攻撃するのだろうか。

 俺はそう思ったが――。

「――サルガミを守ったか!」

 ハンナ中佐が叫んだ。拝殿から飛び出てきた猿型NPCの群れは猿神の前で肉壁を作っている。何体かはロシア兵の銃弾で倒れた。しかし大半は身を覆う獣毛を血に染めてまだそこに立っている。身体が大きい。後ろ脚で立つと、猿型NPCの全長は三メートル近くある――。

「ギャ、ギャ、ギャアァアァアァア!」

 猿神が星も月もない夜空へ吠えた。

「ギャ!」

「ギャア!」

「ギャッギャ!」

「ギャ、ギャ!」

「ギャギャギャ!」

 周囲三六〇度の上方から猿の鳴き声が応えた。

「囲まれている――」

 俺は上を見上げて呻いた。

 境内を囲って突っ立った木の上で何かが飛んでいた。

 巨大な猿の影だ――。

「――!?」

 リサが眉間に殺気を漂わせた。

「ヴォイスカ、ヴィヴォド(部隊は下がれ)!」

 ペドロ大尉の指示でロシア兵の列が発砲を続けながら下がってきた。

 境内にいた集落の住民が悲鳴を上げ始める。

 恐慌の前兆――。

「はっ、怒っているのか猿ども――」

 天乃河隊長がAN-94片手に笑った。

 これは憎悪の笑みだ。

「兄さん――」

 その横で秋妃さんがうなだれている。

「天乃河、逃げるぞ、石段を使うんだ!」

 俺は怒鳴って踵を返した。怒鳴るくらいしか、今の俺にできることはない。大人を四人も担いで逃げるのは無理がある――。

「ファッキン、エテ公だらけだ。どうするよ、姫野ヒメ!」

 宍戸が大声で言った。

宍戸シド、もちろん戦うさ。猿どもめ、よくも俺たちの狩人団を、みんなを――」

 姫野が唸った。

 戦うと言っても二人は武器を持っていない。

 宍戸と姫野はまだ毒きのこの幻覚のなかにいる――。

「駄目だ、すぐ逃げろ!」

 俺は鳥居へ向けて移動をしながら怒鳴った。

 横で視線を背後へ送ったリサが眉間を歪めた。

 声が出るならだ。

 リサだって怒鳴りたい気分だろう。

「春奈は先に逃げるんだ」

 天乃河隊長の声で俺の足が止まった。

 リサも足を止めた。

「違うわ、兄さん、私は秋妃よ!」

 秋妃さんが叫んだ。

 秋妃さんは泣いている。

「礼音、礼音!」

 宍戸が怒鳴った。

「春奈さんは袋井居住区で猿どもに――!」

 姫野が泣き顔で叫んだ。

「――そうだった。俺の春奈は猿どもに殺された。残ったのは秋妃だった」

 天乃河隊長が秋妃さんの顔を見つめた。

 亜紀さんも兄の顔を見つめている。

「天乃河、木の上の猿型が降りてくるぞ!」

 俺の背はリサの背へつけた。

 リサは背を俺の背へ預けた。

 四方八方、木の上から猿型NPCの強襲だ。着地した猿型NPCは近場にいる人間を――集落の住民を掴んだ。掴まれた瞬間、その箇所がへし折れる。NPCの握力だ。ただその手に捕まるだけで人間などひとたまりもない。

 猿型NPCは起立した姿勢のままぶらんと頭をぶら下げたその男の死体を放り投げて、

「ギャ、ギャ、ギャギャ、ギャギャギャギャギャギャーッ!」

 境内にあった悲鳴が絶叫に変わった。集落の住民が逃げ始めた。

 さあ、パニックの始まりだ。

 俺は声を出さずに笑った。木の上から次々と猿型NPCが飛び降りてくる。退路が戦場に変わったのに気づいたロシア兵の部隊が後ろへも――鳥居のある方角へも発砲を開始した。境内にいる住民への被弾などお構いなしだ。その非道に怒りを覚えたのかどうかは知らない。拝殿のなかにいた猿型NPCの群れが一斉にロシア兵の列へ突っ込んだ。ボッボッと続けて血しぶきが上がった。ロシア兵の手足や首が振り回された猿の腕に当たって千切れ飛んでいる。身体自体を宙へ飛ばしているものもいた。境内はどこへ目を向けてもこれと同じ光景がある。

 リサと俺の近くにも木の上から猿型NPCが着地して猿の顔を向けた。猿は猿だ。カメレオンのような眼球の動きと、口から恐竜のような牙が突き出た、人間より身体の大きい猿だった。俺はその猿の顔へグロック短機関銃モドキを使って九ミリパラベラム弾を送り込んだ。トリガーを引きっぱなしにして全弾を叩き込む勢いだ。これはこう使う銃なのだ。銃弾で顔を削り取られながら進んだあと猿型NPCは前に倒れた。俺の足元の先の三十センチに猿の手がある。それがまだ暴れて石畳を叩き割っていた。頭部を破壊したので立ち上がることはもうないが――。

 俺は舌打ちをした。

 この状況にこの銃では威力不足。

 かさばってもSG553を持ってくればよかった。

 俺は視線を背後へ送った。

 背後でリサのクリス・ベクターも銃弾を飛ばしている。

 リサはもう三匹の猿型NPCを撃ち倒していた。

 俺の背中は天使が守っている。

 背後だけは心配はない――。

「――くっそ、天乃河、他の奴らもだ、鳥居へ向かって走れ!」

 俺は近い位置に着地する猿型NPCへ弾を飛ばした。そこでグロック仕様短機関銃モドキがホールド・オープンした。弾切れだ。弾倉を叩き込んでいる間に一匹の猿型が突っ込んできた。俺は身体を捩って時計回りに反転をした。応じたリサが時計回りに身体を捩った。

「――ギャ、キィィィィィィイ!」

 俺の背後で猿の悲鳴だ。

 突撃してきた猿型は俺の天使が片付けた。

「早く鳥居へ走れ!」

 俺はグロッグ仕様短機関銃モドキに長い弾倉を叩き込んだ。

「えぇえ、黒髪さん、猿がこんなにいるのに逃げんの?」

 宍戸が身体を捻って俺に顔を向けた。

 次の瞬間、横から突っ込んできた猿型NPCの腕が宍戸をさらった。

「あおっ――!」

 声を上げた宍戸は、猿の手でぐるんと振り回されて石畳へ激突した。そのまま、おかしな方向へ首を曲げた宍戸が俺を見上げている。動かない。

 ああ、宍戸は死んだな。

 俺はそう思った。

 ひどく無感動な気分だった。

「おい、エテ公、宍戸シドを放せえ!」

 近くにいた姫野が叫んだ。

「駄目だ、さっさと逃げろ、姫野!」

 俺はまた怒鳴った。

「!」

 リサが銃口を向けたが発砲はできない。

 姫野の背が射線を遮っている――。

「――猿風情が、人間様を舐めやがってェェェェェェエ!」

 身を低くした姫野が宍戸を殺した猿型NPCに突っ込んだ。猿型NPCはその姫野の首をすばやく掴んだ。姫野は骨太自慢らしい。首は折れなかった。だが姫野の喉は猿の手でぶちゅんと握りつぶされた。

「こっ、ひゅ――!」

 呼気の音と一緒に血が姫野の口から流れ落ちた。

 姫野は仰向けに石畳へ倒れた。

「ギッ、ギャ!」

 右手に死んだ宍戸の足を、左手に姫野の喉にあった肉を握った猿型NPCが、リサと俺へ猿の顔を向けた。

 その猿の顔が、

「ギャン!」

 悲鳴と一緒にガクンと横へ倒れた。二発の銃弾が猿のこめかみを貫いている。猿を仕留めたのは天乃河隊長だ。その近くで秋妃さんが拳銃を右手にぶら下げてぼうっと突っ立っていた。AN-94で近場の猿型NPCを撃ちまくる天乃河隊長は笑っている。綺麗でも端正でもイケメンでもない。目尻と口角が吊り上がった笑顔だった。天乃河礼音は悪魔の笑みだ。

「!」

「!」

「!」

 俺の背から離れたリサが秋妃さんの手を引っ張って促した。秋妃さんは天乃河隊長へ視線を残しつつ移動を始めた。

「リサ、あまり無理をするなよ!」

 俺はそれをグロッグ短機関銃モドキで援護した。左の手で秋妃さんを確保したリサは、右手だけでクリス・ベクターを撃っていた。拳銃より重い短機関銃を使って片手での射撃だ。それでもリサの狙いは正確無比だった。接近してくる猿型NPCを天使の銃弾はすべて撃ち殺していく。

「黒神、弾だ、もっと弾をくれ。猿どもはここで皆殺しだ!」

 天乃河隊長が笑いながら怒鳴った。

「もうアバカンの弾はないよ、天乃河!」

 怒鳴り返した俺は発砲を続けながら鳥居へ移動し続けた。

「いや、猿どもをできるだけ殺そう!」

 笑顔の天乃河隊長が俺へ駆け寄ってきた。脇から猿型NPCが飛びかかった。俺は脇からきたその猿型NPCを撃った。天乃河隊長に手をかける寸前、その猿型NPCはぶっ倒れた。この状況で敵に背を向けるのは正気でない。それでも、天乃河隊長は退路へ進んできてはいる。

 不幸中の幸いか。

 面倒事が追加されたのか。

 これは判断に迷うところだ――。

「兄さん、すぐ逃げなきゃ駄目よ!」

 リサが何度も振り向いて叫ぶ亜紀さんの手を強くひいた。

 鳥居の上に猿型NPCがいた。

 鳥居の下にも猿型NPCがいた。

 境内から逃げてきた集落の住民がそれを見て足を止めた。

「リサ、退路を確保する、鳥居だ!」

 俺が怒鳴ると亜紀さんの手を引いたリサが俺の横に並んだ。

 鳥居側にいた猿型NPCの掃討を開始。

 走り寄ってきた天乃河隊長もこれに協力した。

 銃声の合唱に空薬莢の落ちる音がリズムをつけた。天乃河隊長が弾を切らしたAN-94を放り捨てたところで鳥居の周辺にいて退路を塞いでいた猿型NPCはすべて倒れた。

 退路の確保に成功――。

「――よし、行け、進め、鳥居を越えろ!」

 俺は怒鳴った、怒鳴りながら鳥居を潜った。リサも秋妃さんも天乃河隊長も続いた。後ろへ視線を送るとロシアの部隊はまだ境内で発砲を続けている。鳥居を突破した俺たちに気づいた集落の住民がふらふらとこちらへ向ってきた。その途中で猿の一撃をもらって倒れるものも多い。

「他の奴らがどうなろうと知ったことか――」

 俺は呟いて逃走経路へ目を向けた。長い石段の脇に並んだ灯篭に火が入っていた。石段の視界は確保されている。四人で石段を降り始めると、リサが上へ発砲した。

「ギャ!」

 猿型NPCが木の上から落下してくる。猿型NPCは落下地点で暴れているが立ち上がってくる気配はない。頭部を撃ち抜かれて肉体の制御を失ったNPCはこうなる。石段の周辺に頼りない光があっても上は真っ暗だ。しかし、リサは木の上を移動する猿型NPCの頭部へ正確に弾を当てたのだ。俺が上へ視線を送っても、かろうじて梢の間に動く猿の影が見え隠れするていどだった。リサの目に暗視装置などは当然ない。

 猿でない本物の神様はリサの口を閉ざした。

 しかし、その代わりに俺の彼女へ特別な能力を与えたらしい。

「リサ、クリス・ベクターの弾が足りなくなったら俺のグロッグを使ってくれ。今はお前だけが頼りだ――」

 俺は呻きながら秋妃さんの肩を抱いて石畳を降りるだけだ。それしか今できることはない。秋妃さんは頼りない足取りだったが抵抗しなかった。

「武器があれば――」

 天乃河隊長が俺の後ろで唸った。俺は天乃河隊長が弾を切らして助かったなと思った。石段を半分くらい降りたところで、クリス・ベクターの弾を切らしたリサが俺の手にからグロッグ短機関銃モドキを持っていった。リサはグロッグをフルオートからセミオートに切り替えて上空へ撃った。リサが小気味よく発砲をするたび、「ギャ、ギャア!」と悲鳴を上げた猿型NPCが石段の脇にある草むらへボトンボトンと落っこちる。

 まったく、どうやって弾を当てているんだ?

 俺は呆れながら石段を降り続けた。

 全力疾走で駆け下りると、さすがにリサでも銃を撃てないだろう。

 きのこの毒の影響下にある天乃河隊長と秋妃さんの足も遅い。

 それでも急いだ。

 できる限り急いだのだが石段を降り切る直前だった。

 リサが使っていたグロッグ仕様短機関銃モドキがホールド・オープンした。俺のガンベルトには予備の弾倉がもうない。弾切れだ。リサが俺へ視線を送ってきた。眉間が歪んでいる。見上げると石段の両脇にそびえる木の梢は揺れていた。

 猿型NPCはまだ木の上にいる――。

「くっそ、リサ、とにかくあとは走るしかない。木のない平地に出れば多少は安全――」

 俺はそう言ったが死を予感した。NPCと鬼ごっこをしても勝てるわけがない。乗っ取った肉体の性能をすべて引き出すNPCには制限速度を守っているていどの自動車と並走できる脚力がある。ヒト型NPCの話だ。動物型NPCはどれだけの速度で移動できるのか見当もつかない。

 悪い予感はすぐ当たるものだ。

 石畳の先を塞ぐようにしてストンと猿型NPCが一匹、飛び降りてきた。

 こいつと素手で格闘しても無駄だ。

 背を見せて逃げても無駄だろう。

 打つ手なしか――。

「ギャギャ、ギャ!」

 俺が勝ち誇ったような鳴き声を上げた猿型NPCへ諦めた笑顔を見せた瞬間だった。

「――伏せろ、伏せろ伏せろーッ!」

 猿型の後ろから怒鳴り声が聞こえた。

 この男の声は――。

 俺とリサの視線が交錯した。

 俺は秋妃さんの頭を抱いて石畳の脇へダイブした。グロック短機関銃モドキを放り投げたリサは天乃河隊長のみぞおちへ右拳を深々と突き入れた。そのあとで、リサは頭を抱えて石段の脇へ寄った。天乃河隊長は、「おっ、ぐぇおえぇえ――」と、綺麗な顔を歪めて膝をついた。そこでげえげえと吐いている。俺は秋妃さんと一緒に身を低くしたまま声に出して笑った。

「――キィ?」

 俺たちの前に立ちはだかった猿型NPCが異変を察知して振り返った。

「パタタタタタ、タタタ、タタタタタタタタタタタタタタッ!」

 猿型NPCは連続射出された銃弾で頭を吹き飛ばされて仰向けに倒れた。その向こう側に――石段を下りきったところに、ミニミ軽機関銃を構えた中年未満の男が立っていた。組合の支給品ではない。あれは姫野が個人で持ち込んできた銃だ。

「三久保、どうして、ここへ来た!」

 俺は怒鳴った。

 それでも俺は笑顔だったと思う。

「どうだ、黒神さん。最善の判断だっただろ!」

 三久保が笑って怒鳴り返した。

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