第16話 猿の社(ト)

「輸送トラックはどうした!」

 俺は笑顔を消して怒鳴った。

「そこの駐車場に停めてあるよ。これ使ってくれ、黒神さん!」

 三久保が林の上へ軽機関銃でけん制射撃を続けながら背を俺へ向けた。そこにスリングで吊られていたのはSG553だ。

「いや、三久保、それはリサに渡――」

 俺が言い終わる前に、

「!」

 駆け寄ったリサが三久保が持ってきたSG553をひったくった。

「あえっ、あ、リサちゃん――」

 発砲を止めた三久保に代わって、

「!?」

 リサが林の上へSG553を発砲した。

 バタタ、バタタ、バタタ――。

 三点バーストの射撃が三回だ。

 それで三体の猿型NPCが上から落っこちてきた。

「すげェな、リサちゃん。こんな暗いのに必中って――」

 三久保は口をぽかんと開けて絶句している。

「三久保、猿の処理はリサに任せておけばいい」

 俺は少し笑った。

「ああ――良かった、秋妃も礼音も無事だったか!」

 三久保が秋妃さんと天乃河隊長へ大声で言った。

「ああ、何とかな――」

 俺は抱きかかえていた秋妃さんへ視線を送った。

「あっ、三久保君なの?」

 秋妃さんが顔を上げた。

「そうだ、三久保が助けにきてくれたよ。秋妃さん、行くぜ」

 俺は肩に手をかけたまま秋妃さんを促した。タクティカル・グローブ越しだ。それでも、そこにあった震えが極端に低下した彼女の体温を俺の手に伝えた。

「私、どこへ行けばいいの?」

 亜紀さんが顔を向けた。瞳が平たい色で俺の顔に焦点があっていない。

 薬物の影響がまだ強く残っている――。

「とにかく、もう秋妃さんはここから逃げたほうがいい――天乃河も、さっさと行くぞ!」

 俺は曖昧な返事をして、石段のほうへ怒鳴った。そこでまだ屈みこんでいた天乃河隊長が顔を上げた。笑顔だ。目尻と口角を吊り上げた笑い顔だった。たぶん、これが三久保の言っていた「怖い状態」の天乃河礼音なのだろう。悪魔の笑みを浮かべた天乃河隊長の後ろに集落の住民が見えた。石段を降りてくる。その人間の列を木の上から飛び降りてくる猿型NPCが好き放題に虐殺していた。恐怖で動けなくなってもおかしくない状況だ。しかし、後ろから押されているのか、まだ毒きのこの効果が残っているのか。石段をふらふら降りてくる集落住民の足が止まる気配はない――。

「――黒神さん、私は逃げたほうがいい?」

 秋妃さんが囁いた。

 俺は返事をしなかったが、そのほうが絶対にいい筈だと確信していた。世間様の建前とは大違いだ。人間というものは辛いことからできる限り逃げたほうが幸せになれる。辛いことから逃げるため、避けるために、たいていの人間は必死で努力をしている。そうしても、ほとんどの人間は不意打ちをしてくる不幸から逃げきれない。

 理不尽で過酷な運命からはな――。

 俺は石段を降りきって視線を巡らせた。そこは神社の駐車場だった。かなり広い。きっと月日神社は初詣で賑わったのだろう。離れたところに輸送トラックが止まっていた。ヘッドライトは消してあるがエンジンはまだかかっている。

 人間の目では補足不可能な木の上の猿型NPCへ、必中必殺の銃弾を見舞っていた我が大天使様へ、

「リサ、もういい、輸送トラックへ移動しろ!」

 俺は怒鳴った。

「!」

 リサは木の上から近づいてくる敵へ銃口を向けて警戒しつつ下がってきた。その途中でリサは三久保のガンベルトから弾倉を引っこ抜いて、SG553のリロードを手早く終えた。戦時における我が天使の優秀さには、俺もただただ舌を巻くしかない。

 同じく驚いた様子の三久保が、

「あっ、黒神さん、ちょっと待ってくれ。宍戸シド姫野ヒメの姿が見当たら――」

「――三久保、俺にそれ以上の文句を言うな。男は約束を守ろうぜ」

 俺は秋妃さんを促しながら輸送トラックへ向かった。俺の背を守るようにして、後ろ歩きで移動するリサも一緒だ。

「わかった、黒神さん。畜生、ちくしょう、宍戸シド姫野ヒメ――」

 三久保が呻き声と一緒に踵を返した――。

「――その機関銃を俺に貸せ、三久保ミック!」

 俺はその怒鳴り声で振り返った。

「あっ、礼音、何をするつもりだ!」

 三久保が呻いた。

「決まってる。猿どもは皆殺しだ!」

 天乃河隊長が三久保のミニミ軽機関銃をひったくって発砲を始めた。天使の瞳ならいざ知らずだ。今、人間の目に見える敵は石段の上にいる集落住民を襲う猿型NPCだけだった。

「おいおい、天乃河――」

 俺の足が止まった。

「!」

 リサが瞳を見開いた。

「ああ、兄さん、だめ、逃げてくる集落の住民に当たってる!」

 秋妃さんが叫んだ。天乃河隊長は境内から逃げてくる集落の住民に向けて発砲していた。むろん、そこにいた猿型NPCにも銃弾は当たっている。しかし、大半の流れ弾は、石段を駆け下りてくる人間をなぎ倒していた。

「あんぎゃあ!」

「ギャ、キイ!」

「げっひ!」

「助けえ――」

「ギャギャン!」

 猿と人間の悲鳴が代わる代わる耳に届く。どちらが猿の悲鳴なのか人間の悲鳴なのかわからない。絶命した猿と人間が石畳をごろごろ転げ落ちてきた。天乃河隊長が使っているのは敵陣へ多くの弾を短時間に送り込むよう開発された軽機関銃だ。人間の集団へこの銃を使って弾を送り込めばそこで虐殺が起こるのは必然だった。

 まあ、どのみち境内にいた集落の住民の大半は助からなかっただろうけどね――。

「礼音、しっかりしろ、今すぐ逃げるんだよ!」

 三久保が顔を真っ赤にして叫んだ。薄化粧が雨で流れ落ちていた。アイシャドーが三久保の頬に青い涙を作っている。

三久保ミック、俺は逃げない。猿どもだ、お前も殺せよ!」

 天乃河隊長は悪魔の笑顔で怒鳴り返した。その足元で大量の空薬莢が跳ね回っている。ミニミ軽機関銃はベルト供給で残弾がたくさんある。これを撃ち尽くすのは時間がかかるだろう。

「天乃河はどのくらい殺せば気が済むんだろうな――」

 俺は呟いた。

 リサも動きを止めていた。

 天使も戸惑いを覚える天乃河隊長の凶行だ。

「礼音、今は逃げなきゃだめだろ!」

 三久保がまた怒鳴った。

「よくも俺の春奈を!」

 軽機関銃で射撃を続ける天乃河隊長の返事だ。

「礼音、一体どうしちゃったんだ!」

 三久保は泣き声で怒鳴った。

「春奈だよ、あの猿どもが、俺の春奈を殺したんだ。三久保も見ただろう!」

 天乃河隊長が吠えた。

「それは知ってるけど――」

 三久保がうつむいた。

「猿どもが!」

 声も表情も行動もだ。

 天乃河隊長のすべてが憎悪で燃えている。

「だけど、礼音、もういい加減に忘れろよ。秋妃の気持ちはどうなるんだ!」

 三久保が泣き声で怒鳴った。

「猿どもは皆殺しだ!」

 天乃河隊長も怒鳴った。笑う悪魔と化した優男の隊長はこの場にいる誰も見ていない。薬の影響で精神の均衡を失っている。

「三久保、機関銃の弾が切れたら、天乃河をブン殴ってでもつれて来――」

 俺が言っている最中だった。

「――あっ!」

 俺は目を見開いた。自分の目の玉が飛び出ているような感覚を受けるほどだった。背を向けていた天乃河隊長が振り向いた。その動作の途中で手からミニミ軽機関銃が滑り落ちた。

「!」

 リサが息を呑んだ。

「あっ、秋妃――」

 三久保が呻いた。

 秋妃さんがロシア製の拳銃で天乃河隊長をまた撃った。

 俺の横で乾いた銃声が鳴った。

 空薬莢が落ちてそれがチンと音を鳴らした。

 実妹の放った銃弾は実兄の眉間に突き刺さった。

 天乃河隊長は仰向けに倒れた。

 濡れたアスファルトの上で何かに驚いたような顔のまま天乃河礼音は動かなくなった。

 秋妃さんは良い銃の腕前だった。

 良い腕前なのだが。

 しかし、何故、妹は兄を殺した――。

「――あ、秋妃さん?」

 俺は硬い声で呼びかけた。返事をする代わりに亜紀さんは拳銃を持った両手をだらんと下げた。その拳銃は手から滑り落ちて彼女の兄の死体が横たわっているのと同じ硬い地面に落ちた。秋妃さんの唇も顔も真っ青だ。その眼球から瞳がなくなっている。失神の兆候を見せる秋妃さんの真横に俺はいた。俺は驚きがすぎて動けない。目の前にいるリサも同じだ。気絶した亜紀さんが地面へ激突する寸前に抱きとめたのは、駆け寄ってきた三久保だった。視線を惑わせた俺はリサを見やった。リサは目を丸々とさせたまま俺を見上げた。俺たちはお互いを見つめてまだも絶句した。

 まあ、絶句と言っても、リサはまったく喋れないけど――。

 三久保は何も言わずに輸送トラックの後部座席へ、気絶した秋妃さんを放り込んで、

「黒神さん、リサちゃん。輸送トラックを出すから早く乗ってくれ!」

「あっ、ああ、そうだったな――」

「!」

 リサと俺は輸送トラックの後部座席へ乗り込んだ。ドアが閉まった瞬間、三久保が輸送トラックのアクセルを踏んだ。サイドミラーに天乃河礼音の死体があった。それはすぐ見えなくなった。

 少し遅れて輸送トラックのヘッドライトが点灯した。


 §


 輸送トラックが片輪を浮かせ、車体に取りついた猿型NPCを振り落としたとき、リサも俺も肝を冷やした。横転したらそこでお陀仏だ。そのあとは月日集落を出るまで猿型NPCの姿を見なかった。ヒト型NPCの姿も見なかった。月日神社にいた猿型NPCの群れは、車で逃走した俺たちに特別な興味を払わなかったようだ。車の速度を上げればさすがにNPCだってついてもこれない。現状で心配なのは森区の大農工場へ戻る途中の山道が、また土砂崩れで埋まっている可能性があることだけだ。雨はまだ降っている。山道の途中に小さな落石は一ヵ所あったが、それで道が完全に閉じられていることはなかった。これは幸運だった。

 車内はほぼ無言だった。

 三久保はタイヤを空転させる乱暴な運転で輸送トラックを走らせながら、ときおり思い出したように、

「黒神さん、秋妃の様子はどうだ?」

 そう訊いてきた。後部座席にいる俺とリサは失神したまま目を覚まさない秋妃さんよりも、三久保の乱暴な運転のほうが気がかりだ。俺たちの顔は気絶したままの秋妃さんと同様に青ざめている。奇跡的にだ。自損事故を起こさずに阿南集落まで辿り着いたところで、雨のストックをようやく切らしたらしい雨雲の切れ間から朝陽が見えた。三久保は追手がないことを確認してから輸送トラックを停車させた。

 以前、休憩する場所として選んだ名倉商店の前だった。

「おい、どうした、三久保――?」

 俺は訊いた。

 リサも運転席を見やった。

 三久保の肩が震え始めた。

 泣くかな?

 俺はリサへ視線を送った。

 泣かないと思う。

 リサは小さく首を振った。

 ハンドルに突っ伏した三久保はやはり泣いた。

 賭けは俺の勝ちだ。

 しかし、勝敗には関係なく、リサも俺も視線を落とした。俺は三久保の嗚咽をしばらく聞いたあと、車内の無線で組合本部へ連絡を入れた。

『待たせたな。本日の午前中には土砂で埋まった山道が開通しそうだ』

 これが返信だった。こちらからは猿型NPCの発見報告と被害者の報告だけに留めておく。月日集落で起こったあの出来事を――奇妙な虐殺を、ここで詳細に語っても信用してもらえるかどうかわからない――。

 俺は運転を代わるつもりだったが、

「黒神さんは疲れているだろ。後ろで寝てくれよ」

 運転席の三久保から親切心で拒否された。余計なお世話とはまさしくこのことをいう。輸送トラックがまた乱暴な運転で南の山道を上り始めた。俺たちは阿南集落の小休憩で濡れた服を代えたし、缶入り飲料とビスケットを使って空いていた腹も満たした。だが、三久保の運転では怖くて眠ることはできそうにない。秋妃さんはまだ目を覚まさなかった。

 腹が満たされた所為か。

 集落から遠ざかった安心感からか。

 三久保は少しだけ元気を取り戻した様子で、

「黒神さん。あの月日神社で、何が起こったんだ?」

 と、訊いてきた。

 隠す必要がないことだ。

 教えておく必要もあるだろう。

 俺は三久保の質問にぽつぽつ短く応えた。

 その途中で宍戸と姫野の死もはっきり伝えた。

 ボヤかして伝えると、むしろ残酷だと思ったからだ。

 それは良い判断だったのか、悪い判断だったのかはわからない。

「そうかあ――」

 三久保は鼻をぐすんと大きく鳴らしてそれだけ言った。

 今度は泣かなかった。

 三久保と俺のやりとりを横で聞いていたリサが、ジャケットの内ポケットから黒い手帳を引っ張り出した。それを俺の胸元に押しつけて顎をくいくいしゃくっている様子を見ると「これを読め」ということらしい。俺もこの黒い手帳には見覚えがあった。これは百目鬼の書斎にあったものだ。俺は雲間から覗く弱い陽光を頼りに黒い手帳の内容を確認した。虫眼鏡が必要なほど細かい文字は、読むひとに喧嘩を売っているような達筆で読み辛い。それでもざっと眺めると、どうやらこれは月日神社で何が行われていたかを記した百目鬼直永の手記のようだ。

 リサが肘で俺の脇腹をどすどすやった。この達筆ではリサに読めないだろう。だから、俺に音読をせよという要求だ。俺は缶珈琲を片手に黒い手帳を読み上げた。判読できない部分は飛ばし飛ばしだ。リサは粒入りのグレープフルーツジュースを飲みながら俺の朗読をじっと聞いていた。

 運転席で沈黙した三久保も耳を傾けている――。

「――えっと、要するに百目鬼直永とロシア極東軍は、月日神社で変異種・NPCと意思疎通するための実験をやっていたってことなのか?」

 三久保が大雑把に黒い手帳の内容をまとめた。輸送トラックは制限速度を十キロほど下回って山道を運行中だ。黒い手帳の内容に気を取られている三久保は前よりむしろ安全運転だった。猿の集落から距離が遠ざかって急ぐ必要がなくなったのもある。

「ああ、そうなんだろうな。あのロシア人――いや、ウクライナ人か。とにかく、あの境内で、ハンナ中佐もそんなことを叫んでいたぜ」

 俺は頷いた。

 リサも頷いた。

「あの狂暴なNPCを餌付けだなんて本当にできるのか。餌を与えていたから、月日集落では猿型NPCの襲撃がなかったのか?」

 三久保がハンドルを回しながら首を捻った。

「そうなんだろうな」

 俺は呟いて返した。

「そんな狂った実験があそこでは成功をしていたのか――」

 三久保が呻いた。

「三久保もその結果は見ただろ、最終的には失敗したぜ」

 俺は黒い手帳へ目を落としたまま少し笑った。

「百目鬼直永のほうから猿型NPCと接触をしたの?」

 三久保が訊いた。

「――ん、手帳の内容を見るとな。どうも、それは違うみたいだぜ」

 俺は黒い手帳を前半部分に戻した。

「うん?」

 三久保が促した。

「最初は護送されてきた定年組を、そのまま集落の外れへ置いておいたらしい。まあ、これは集落を襲撃するNPCの餌代わりだよな。それで案の定、月日集落の付近で活動していた猿型NPCは定年組を月日神社がある山へ持ち込んで食っちまった、と――」

「うん」

「重要なのはここからだ。猿型NPCはそれでしばらく大人しくなって、月日集落を襲わなくなった」

「あの狂暴な猿型NPCが?」

「そうらしい」

「どうしてだよ? 奴らは――NPCは満腹でも人間を襲う筈だぜ。それがどんな個体でも共通するNPCの習性だ」

「百目鬼の手帳に猿型NPCが大人しくなった理由は書いてない」

「そうか――」

 沈黙した三久保がアクセルを踏んで輸送トラックのスピードを上げた。山道は濡れていたが凍結はしていなかった。

「――ああ、薬かもな」

 俺が呟くとリサが視線を送ってよこした。

「あえ?」

 三久保が気の抜けた声を上げた。

 輸送トラックのスピードがまた落ちた。

 俺は言った。

「定年組には強い向精神薬が投与されているだろ。それを頭からガブリと食ったら、どうなると思う?」

「ああ、定年組に投与していた薬の効果で、NPCの攻撃的な性質があるていど抑制されたのか。それってマジで盲点だったぜ、黒神さん――」

「それだけじゃないぜ。月日神社には猿型・NPCを操っていた個体が――変異種がいた。猿どものボスだ」

「ああ、黒神さんが言っていた例の猿神様?」

「そうだ。猿神が猿型NPCの行動をコントロールもしていたんだろ。それで味を占めた月日集落の住民は大農工場から排出される定年組を積極的に受け入れて、利用するようになった――」

「利用――」

 三久保が呻いた。

 サイドミラーに映った三久保の顔がはっきりと歪んでいる。

「月日神社への供物としてだ。定年組は猿の生餌にされたんだな」

 俺は無感動な声で言った。

「そんなの狂ってるぜ。月日集落にはNPCと戦う余力だって、十分にあった筈だ。食料は多かったし、武器だって持っていたし、あそこの施設はほとんど生きてた――」

 三久保はひどく苦しい言い訳をしているような口調だった。

「――しかしなあ、三久保」

 俺は呼びかけながらリサを見やった。我が大天使は後部座席で丸まったまま目を覚まさない秋妃さんの様子を気にしているようだ。リサが亜紀さんの青い頬にかかった髪の毛を手で払った。秋妃さんには毛布をかけてある。車内の暖房は必要以上に効かせて、その身体を冷やさないよう気を配ってもあった。だから、これ以上、憂いの彼女の具合が悪くなることはないだろう。

 以上、これは俺の希望的観測だ。

「――うん、何だ、黒神さん」

 三久保が俺の話を促した。

「まず一番に狂ってるのは大農工場――複合企業体の連中だぜ。奴らはボロ雑巾になるまで使役した社畜を――人間をゴミみたいに区外へ排出しているわけだ」

「ああ、うん――」

「直接手を下さないにしろだ。これは殺人と変わらないさ」

「うん――」

「俺たちも、その殺人に加担した。だから、月日集落の連中を批判する権利はないぜ。みんな共犯者なんだ。今の日本で生きているやつはたいていそうだよな――ふあぁあ――」

 俺は大きなあくびをした。

 リサも自分の手のひらに向けて、小さなあくびをした。

 あくびは伝染するものだ。

 リサも俺も一晩中、寝ていない――。

「三久保、眠くなってきたよ。この調子で――安全運転で頼む。もうそれほど車を飛ばす必要もないだろう――」

 黒い手帳を脇に放って腕を組んだ俺は、後部座席の背もたれへ全体重を預けた。

 しかし、まぶたを閉じる寸前、

「黒神さん、話はだいたいわかったけどな。まだ、俺は納得いかないんだ」

 三久保が俺の寝入りばなを妨害した。

「――うん、なんだ?」

 俺は眠たい声で訊いた。

 リサも眠たそうな目で三久保を見やった。

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