第8話 彼女もしくは彼の名前

 俺は貸し部屋のドアに向けてダッシュしたリサを後ろから確保した。逃げ道は一本しかないのだから捕まえるのは簡単だった。顔を真っ赤にしたリサはぱたぱた暴れた。

 俺が声を出して笑ったところで、

「おい、黒神は部屋におるかあ、コノヤロー!」

 こんな大声と一緒に貸し部屋のドアがどかんどかんノックされた。その勢いでドアが外れそうだ。殴っているのに等しい。

 リサを解放してドアを開けると、

「おゥ、黒神。遅いよ、コノヤロー」

 内山さんが余所行きの服装でお宿の廊下に立っていた。頭に白い中折れ帽子をかぶって首からは赤いマフラーが下がっている。真っ白なスーツにトレンチ・コート。足元は光沢のある黒いローファーだった。マフィアの親分的な服装の内山さんはマフラーと同じ色の花束を抱えていた。

 赤いバラの花束――。

 そんな感じの内山さんを見上げたまま、何秒か言う言葉に迷ったあと、

「――ああ、ええと、内山さんどうかしたの?」

 俺は訊いた。

 そう訊くしかないような服装だ。

 体格のいい内山さんにはよく似合っているのだが――。

「どうって、黒神。もう夕方だろ。今から俺と酒を飲みに行くぞ、コノヤロー」

 笑いもせずに内山さんは言った。

「――ああ、内山さんが俺に酒を奢ってくれるの?」

 俺は腕時計へ視線を送った。午後五時三十分。今日はリサと遊んでいるうちに陽が暮れた。まあ、まだ本格的にリサと遊んでいないが――。

「ゴタゴタ言わずに、ついてこい」

 内山さんが大顎をしゃくった。

「強引だなあ。入団のお誘いなら断るよ?」

 俺が弱く笑うと、

「うるせえな、俺がついてこいと言ったら黙ってついてこいよ、コノヤロー!」

 内山さんが怒鳴った。お宿の廊下の隅々に響き渡るような怒声だ。悪気はないのだろうが本当にすぐ怒る男だ。俺のほうは苦笑いだった。苦笑いの俺が着ている茶色いセーターを後ろからぐいぐい引っ張る奴がいる。

 セーターが伸びるだろ。

 引っ張るな、この馬鹿たれめが――。

「――セーターが伸びるだろ。引っ張るな、この馬鹿たれめが」

 俺は後ろへ視線を送って発言した。もちろん、俺のセーターを伸ばそうとしていたのはリサだ。ムッと眉を寄せたリサはセーターを引っ張ったまま俺を見上げている。

「――おっ、リサちゃんも俺たちと一緒に行くか?」

 さっきまで全開で怒っていた内山さんが目尻にシワを作って甘い態度になった。

「駄目、お前はついてくんな」

 俺は厳しい態度で宣告した。

 リサはギッと歯をくいしばった。

「今から内山さんと俺が行くのは酒場だよ。お前、まだ酒が飲めないだろ?」

 俺はセーターを掴んだリサの手をピシピシ叩いた。

 すると、踵を上げたリサが俺の胸倉をガッシと両手で掴んだ。

「――何だよ?」

 俺は呻くようにして訊いた。

 リサの視線は俺の顔と俺の腕時計を行ったり来たりしている。

「――ああ、わたしだけお宿のマズメシを食べるのは絶対に嫌か?」

 俺は訊いた。後一時間ほどで若女将の紅葉さんが、この貸し部屋へ輝くような笑顔と一緒にマズメシを持ってきてくれる。お宿にいるときはそれが常だ。

 リサは力強く頷いた。

 鼻息が荒い。

 顔が赤い。

 これは相当に切羽詰まった態度だった。

「金はちゃんと渡してあるだろ。適当に外で食ってこいよ」

 俺は顔をしかめた。

 顔を下向けたリサはガクガク震えながら俺を強く揺さぶった。

「ああ、女将さんがしつこい?」

 俺が言うと、リサがシャッと顔を上向けて何度も頷いた。

「何とか工夫をして逃げろ」

 俺は冷たく言った。

 またリサが俺を揺さぶった。

「ああもう、うっるさいな――」

 俺が身を捩ってしつこいその手を振りほどくと、

「――ごふっ!」

 みぞおちにリサの右拳が突き刺さった。ボディブロウではない。腰を落とした本格的な正拳突きだ。リサの身長だと俺のみぞおちへ正拳突きがちょうど収まる形になる。俺の両膝が床へ落ちた。

 崩れ落ちた俺の横をリサが走り抜けていく。

「――おい、いいのかあ、黒神?」

 内山さんが言った。

「――げふっ?」

 まだ呼吸をするのが難しい。

 俺は床にうずくまったまま内山さんを見上げた。

 内山さんは廊下をぱたぱた走っていくリサの背へ視線を送ったまま、

「リサちゃん、一人でどっか行っちまうぞ?」

「ま、大丈夫でしょ――リサだって一応はNPC狩人ハンターだからね――」

 俺は呼吸を整えながら立ち上がった。リサが単独行動するのは今日が初めてというわけでもない。買い物にはリサ一人でよく出かけている。そうすると、たいていは無駄な買い物をたくさんして帰ってくるのだ。

 まだ俺の膝が笑っていた。

 俺の顔は笑っていない。


 §


 俺と内山さんは宿の表で待たせてあったタクシーに乗った。内山さんは藤枝駅から南へ少し離れたところにある「BAR・胡蝶蘭・セカンド」という売春BARに俺をつれてきた。黒い建物に虹色のネオンサイン。見慣れた看板だ。静岡居住区にあったBAR・胡蝶蘭とまったく同じ店構えに見える。

「この店はまさか――」

 俺は呻きながら出入口の扉を押した。

 そのまさかだった。

 カウンター・テーブルの向こう側にバーテン姿のサダさんがいる。

「おおっ、本当に黒神さんだ!」

 サダさんがカウンター・テーブルの向こうから飛び出てきて、俺の前まで来ると視線を惑わせた。お互い男だ。抱き合ったり手を取り合ったりして、無事を喜び合うのも気恥ずかしい。

 だから、俺は声を出さずに笑って見せた。

 サダさんも柔和な笑顔を返してきた。

「――俺はこのサダから聞いたんだよ。静岡にいた頃の黒神はサダの店の常連だったんだろ。またここの女に稼いだ金を落としてやれよ、コノヤロー!」

 内山さんも笑った。俺と内山さんは並んでカウンター席へ腰を下ろした。内山さんがボトルを奢ってくれるという。サダさんがアイス・ペールと一緒にカウンター・テーブルへ置いたのは、七面鳥のラベルがついた酒瓶だった。この荒くれ七面鳥は、世界で一番スタンダートなバーボン・ウィスキーと言ってもいいだろう。ラベルには十二年の数字がついている。目を見開いた俺の喉が鳴った。サダさんを制した内山さんが手ずから俺のグラスへ氷を入れて荒くれ七面鳥を注いでくれた。

 しかし、俺としてはだ。

 この酒に氷を入れるのは少々惜しいと思ったが――。

 それでも、いい酒は俺の喉と胸を優しく焼いた。

 内山さんも俺の横で同じものを飲んだ。

 グラスの脇にバラの花束が置いてある。

「へえ、静岡居住区が壊滅したあの日、サダさんはそこのアロワナの世話をしに、BAR・胡蝶蘭の二号店へ――藤枝居住区へ来てたんだ?」

 俺はバーボンの味に目を細めたまま訊いた。

「ええ、そうなんです。ちょうど、あの日にあいつの水槽がこっちの店へ届きましてね。ちなみに、黒神さん、あのコはねえ――」

 カウンター・テーブルの向こうのサダさんが俺の後ろへ視線を送った。

 そのままサダさんは黙っている。

「――ん、サダさん、どうしたの?」

 俺がサダさんの視線を追うと薄暗い店の中央に水槽がある。大きな円柱型のものだ。そのなかを黄金のアロワナが一匹、悠然と泳いでいた。まだ時間が早くて客は多くない。まばらにいる客と女の子の会話よりも、店に流れているBGMの方が大きく聞こえた。BGMは歌のないジャズだった。

「――黒神さんね。あのコはね、マリリンって名前なんです」

 柔和な笑顔のサダさんは散々気をもたせたあと本当にどうでもいいことを言った。

 あの黄色いアロワナの名前はマリリンらしい。

「――ああ、マリリン・モンローの?」

 俺は訊いた。

 すごく平坦な声だった。

 完全に棒読みだったと思う。

「そうです、ズバリそうです。あれはいい女ですよね?」

 サダさんが嬉しそうに言った。

「じゃあ、あのアロワナってメスなの?」

 俺が訊くと、

「さあ?」

 サダさんが肩を竦めた。

「ええ――」

 それしか反応ができなかった俺は内山さんへ視線を送った。

 内山さんはグラスを傾けながらニヤニヤしているだけで何も言わない。

「アロワナって外見で雄と雌を区別するのがすごく難しいんですよ。黒神さんは知っていました?」

 サダさんは真剣な顔だった。

「――知らない。それでもマリリン?」

 俺は無表情だったと思う。

「黒神さん、あのコって金色ですよね?」

 サダさんが言った。

「――ま、そうだね」

 俺はグラスのバーボンを口のなかで転がした。

「だから、マリリン・モンロー。あの色合いって、まさしくブロンドでしょう?」

 サダさんも頷いた。

「ああ、そうなんだ――」

 俺の視線が卓上に落ちた。顔が映り込みそうなほどぴかぴかの黒いカウンター・テーブルだ。

「しかし、サダは運がいいよな。抜け抜けと生き残りやがって。昔ッから要領がいいんだよ、コノヤローはよ」

 内山さんが笑いながら言った。

「あははっ!」

 声を上げて笑ったサダさんが、

「内山さん。私の運は良くないですよ。静岡では従業員にほとんど死なれましたしね。あそこにいたアロワナのジェームズも――」

 その笑顔を小さくした。

「ああ、そうだったな――じゃ、黒神、俺は店を出るぜ。あとはゆっくりやれ、コノヤロー」

 笑顔を消して頷いた内山さんが空にしたグラスを置いた。

「えっ、内山さん、もう帰るの。まだボトルがこんなに残って――」

 俺はバーボンの瓶を見つめた。封が切られたばかりのボトルはまだ内容の大半が残っている。

「それくれてやる。お前が全部空けちまえよ。黒神は好きなんだろ、バーボン――」

 内山さんは椅子を回してカウンター・テーブルへ背を向けた。

「きゃあ、お久しぶり、内山団長ウッチー!」

 と、 その内山さんへ声をかけたのは若い女だ。サダさんの店の従業員だろう。髪の毛を金髪に染め上げた、おっぱいとおしりが大きい女だ。青い瞳だったが、その青い瞳がついた顔は凹凸が少なくて、すこぶるアジア人的だった。それに肌が浅黒い。国籍が不明瞭な女の子だ。年齢もよくわからない。もっとも、サダさんの店にいるのは静岡でもこんな感じの女の子が大多数だった。

 俺はこれは何国人なんだろうなあと考えながら、

「ああ、なるほど。内山さん、楽しんでね」

「黒神、また仕事のほうは頼むぜ」

 内山さんが外套を羽織りながら言った。

「うん、こっちからも頼む。本当に助かってるよ」

 俺は頷いた。

 中折れ帽子を、たいていの人間から見ると高い位置にある頭へ乗せて、国籍不明の女の子へ左腕を預けた内山さんが、

「――黒神」

「――うん?」

 俺は顔を少し傾けて見せた。

「俺の団ならいつでもお前の世話をするぞ。一匹狼はいろいろと苦労が多いだろ。ああ、黒神の場合は子連れ狼になるのか、コノヤロー?」

 内山さんが目尻のシワを少し増やした。一緒に仕事をしてみたが、内山さんは団員からの人望が厚いように見える。仕事の段取りも的確で滞りがなかった。

「ああ、内山さん、それは大丈夫。俺は慣れているからね。リサだって慣れてきたと思うよ」

 納得して頷いた俺はそんな曖昧な返事をした。

「もちろん、リサちゃんもまとめてだぜ。可愛いよな、リサちゃんは――」

 内山さんが目尻のシワを多くすると、

「何、内山団長ウッチー、リサって誰のこと!」

 横にいた国籍不明の若い女がキッと表情を変えた。

「ああ、マユミ、違う違う――喋る女はこれだから面倒なんだよな、バカヤロー」

 内山さんがカウンター・テーブルに置いてあったバラの花束を怒った女――マユミの大きな胸へ押しつけた。

「――きゃあっ、綺麗!」

 嬌声を上げたマユミの曲がったご機嫌はすぐ直ったようだ。内山さんとマユミは店の裏口から出ていった。

 俺は奢られたバーボンのグラスを傾けながらそれを見送った。

 グラスを空にすると、

「――黒神さん、人気者なんですね」

 内山さんに代わって、サダさんがバーボンを注いでくれた。

「サダさん。それはどうかなあ――?」

 俺は苦く笑った。

「黒神さんは、どうして狩人団に所属しな――」

 サダさんの言葉を、

「――サダさん」

 俺は苦く笑ったまま遮った。俺も西の狩人団に所属していたことがある。その狩人団にいた連中はほとんどが死んだ。ただそれだけの話だ。他人へ聞かせて面白い話でもないだろう。

「内山さんってさ――」

 俺は酒で喉を焼きながら言った。

「――はい」

 柔和な笑顔でサダさんが俺の話を促した。

「内山さんってどういう経歴のひとなの。サダさんの言える範囲でいいから教えてくれる?」

 俺は残っていた内山さんのグラスを横目で眺めながら訊いた。

「あ、はい。汚染前、内山さんも私と同じ興行系の仕事をやっていたんですよね。私は人材の方の派遣でしたけど、内山さんは会場手配が主でした。まあ、プロレス団体だとかアイドルやロックバンドが使う会場の手配ですよね――」

 サダさんが内山さんのグラスを片付けた。

「じゃあ、サダさんと内山さんは昔から付き合いがあったの?」

 俺が訊くと、

「ああ、いえ、当時は顔見知りていどでしたね。内山さんと本格的にお付き合いさせてもらえるようになったのは、私が静岡居住区でお店をやるようになってからですよ」

 サダさんが応えた。

「ああ、そうなると内山さんも元ヤクザなの? 見たところ、小指はちゃんとついてたけどなあ――」

 俺は自分でそう言ったものの、何かその発言が違うような感じがして首を捻った。

 同じく首を傾げたサダさんが、

「うーん――?」

「うん?」

 俺はグラスの上から視線を送ってサダさんを促した。

「――内山さんは昔から『半々』でしたね」

 サダさんは視線を上へやって言った。

「半々、か――」

 俺は視線を落とした。

「はい、内山さんは半々でしたよ」

 サダさんが頷いた。

「じゃあ、内山さんは作り物の小指をつけてるとか?」

 俺は顔を上げて訊いた。

「――ああ、いえ、黒神さん、それは違います」

 サダさんが真面目な顔になって、

「まあ、ヤクザ者と付き合いがあっても、あくまで内山さんは堅気カタギだったという話ですね。ただですねえ、内山さんは本気で怒るともう怖くて怖くてね。話がわかるし、スジはしっかり通すひとでしたから敵は少なかったけど――まあ、汚染前からヤクザ顔負けのひとではありましたよ」

 見るとサダさんの指は左右で計十本ちゃんと揃っていた。張りのある綺麗な手だ。加齢は手に出やすい。しかし、サダさんの手は必要以上に若々しい。東京を中心にゾンビ・ファンガスが発生したとき、俺は自動車販売営業所の社員を辞めた直後でかなり若かった。俺にあるまともな社会人経験は実質二~三年だ。話を聞いているとサダさんは汚染前の社会人経験(ちょっと特殊ではあるが)が、俺よりもずっと長いように思える。

 だから、俺よりサダさんは大分年上の筈なのだが――。

 俺は首を捻りながら、

「ああ、確かに、内山さんはそんな感じだね」

「まあでも、黒神さんに全然害はないでしょ。ちょっと怒りっぽいくらいで――」

 サダさんが洗ったグラスを磨きながら笑った。

「――ま、それはそうだね」

 俺も少し笑った。

「そうでしょう?」

 頷いたサダさんに、

「それはそうとね、サダさん。あいつ、こっちの――藤枝の店にもまだ来てるの?」

 俺は訊いた。

「あいつ?」

 サダさんが笑顔を消して顔を傾けた。

「木村兄弟の弟の木村徹」

 俺は言った。

 俺は空にしたグラスを見つめている。

「――ああ、こっちの店にはまだ一度も来ていませんね」

 サダさんの言葉と一緒に空のグラスがバーボンの琥珀色で半分足らず埋まった。

「そうか、美玲がいないからか――」

 俺はグラスを見つめたまま呟いた。

「ああ、いえ。木村徹はパンク寸前だから金がないんでしょう。うちの任侠連かいしゃで聞いた噂ですけどね。兄貴が死んでから落ち目の木村はお仲間も含めて全員、NPC狩人組合内の格付けがC等級まで落ちただとか――ま、私が言うまでもなく、組合の事情は黒神さんのほうが全然詳しいですよね」

 サダさんが胸元から煙草の箱を取り出して一本咥えた。

 それは幸運をぶち抜く銘柄だった。

「――うん、そうだね。見たところ、木村徹はそんな感じだったよ。ああ、ありがと、サダさん」

 俺も目の前にきた煙草の箱から煙草を一本引き抜いた。

「NPC狩人組合の組合員って、C等級以下のランクはないんですよね」

 サダさんがマッチで俺の煙草に火をつけてくれた。

「――うん、無いね」

 俺は煙草の煙を真上に吹き上げた。

 天井のプロペラ型換気扇を眺める俺の視界が少し揺らいでいる。

「あれって――組合員の等級付けって、どういうシステムになっているんですか?」

 サダさんが自分の煙草に火をつけて、カウンター・テーブルへ灰皿を置いた。

 透明なガラスの灰皿だった。

「ああ、サダさん、知らなかったの」

 俺は煙草の煙と一緒に、バーボンの熱い塊を呑み込んで、

「――簡単だよ。組合から得た報酬でポイントが増える。組合から受け取った報酬=ポイントね。団を運営しているなら受け取った報酬を団員の人数で振り分けるでしょ。狩人団は所属している団員の場合は全員の等級がCから下がらないように、団長か副団長あたりが報酬の分配を調整するわけ」

「ふむふむ」

 頷いてサダさんが促した。サダさんは背の高いグラスに入った烏龍茶を飲んでいた。仕事中に煙草は吸っても酒は飲まないのがサダさんの信条らしい。これは前にサダさんから聞いた話だ。

 俺は俺の話を続けた。

「――うん。獲得したポイントと照らし合わせる等級は組合側が――組合のお偉いさんが勝手に決めて四半期ごとに発表をするんだ。そのつど、組合員がそれまで獲得したポイントはリセットされる。まあでも、そんなに厳密なものでもないんだ。NPC狩人組合がやっている等級付けって使えない組合員の足切りが目的だからね。等級が上だからと言って、組合員おれたちが得をすることはほとんどない。一応、仕事の報酬に等級別給付金がつくけどそれだって微々たるものだし――あとは等級が高いと多かれ少かれ同業者からの信頼は得られるのかなあ、ていどかな――」

「黒神さんの等級は――」

 サダさんが烏龍茶を飲みながら訊いた。

「俺はいつだってS等級だよ」

 俺は指の先で半分になった煙草を短くしながら言った。

「Sって一番上の等級ですよね。へええ、すごい!」

 サダさんが目を開いた。

「ああ、サダさん、全然すごくないよ。俺の等級ってアブラ狸のインチキ計算だからな」

 俺は冷めた声で言った。

 これが現実というやつなのだ。

「――え?」

 サダさんが笑顔を消した。

「まともに計算しても、B等級以上にはなっている筈なんだけど――どうなのかな?」

 俺はサダさんへ視線を送った。

 そんなことを訊いても、サダさんに答えられるわけがない。

「――ええと、黒神さん。C等級から落ちて組合員資格を剥奪されると、その組合員はすぐ奴隷階級なんですか?」

 サダさんが灰皿で煙草をもみ消して話題を変えた。

「いや、再生機構が発行する住民票があれば区民だね」

 俺は短くなった煙草を粘って吸った。

 吸い口のフィルターに火がつきそうだ。

「なるほど――」

 サダさんが頷く前に、

「でも、そういう人間は――区民になりたがる人間は組合員に少ないと思うよ。たいていのNPC狩人ハンターって、ヤクザよりも埃っぽくて刹那的だから」

 俺はそう付け加えた。

 そこで俺は短くなった煙草で指を焦がした。

「熱いな、くそっ!」

 俺は役目を終えた煙草を灰皿へ叩き込んだ。

「――あははっ!」

 笑い声を上げたサダさんが、

「じゃあ、木村徹も必死だ?」

「まあ、サダさんさ――」

 俺は指先に作った火傷をグラスで冷やした。

「はい」

 サダさんが頷いた。

「木村徹がどれだけ必死だろうと、俺の知ったことじゃないよ」

 俺はうつむいたまま吐き捨てた。

「――やっぱり、黒神さんは都会人アーバンですね」

 サダさんが頷いて見せた。

「それは、よくわからないな――」

 俺は冷たいグラスを一気に呷った。

 喉元までは冷たかった酒が腹のなかで燃える。

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