第7話 情熱の昼下がり

 小池主任に報告を終えた俺たちは表の駐車場で待機していた内山狩人団の面々と合流した。団員八十人以上の大所帯だ。

「――反省会でもやるのか?」

 俺は集まってきた団員へ指示を出している内山さんと、その横に立った島村さんを遠巻きにして眺めていたが、しかし、彼らはすぐ解散した。

「黒神、お疲れ。リサちゃん、気をつけて帰れよ、コノヤロー!」

 大声で怒鳴ったのは自分で運転しているハンヴィーの運転席から身を乗りだした内山さんだ。

「ああ、内山さんもお疲れ――」

 俺が言っている最中に内山さんは駐車場からハンヴィーで出ていった。

 リサも内山さんのハンヴィーを見送っている。

「うちの団はかなりの大手だからね。組合の倉庫を間借りしてるんだ。そこにたいていの車両や備品を置いてあるんだよ」

 歩いてきた八反田が言った。その八反田の話だと内山狩人団が身内でやる会議は定宿のロビーで開催されることが多いらしい。そこで報酬の分配も行われると言う。訊くと内山狩人団の使っているお宿は俺の定宿――藤枝のお宿もみじの近所にあった。

「へえ、案外、近くに住んでいても気づかないものだね」

 俺は言った。八反田と雑談をしていると仲良く並んで歩いてきた斎藤君と橋本から昼めしに誘われた。

「藤枝居住区にはとても旨いラーメン屋がある」

 陰気と熱血は異口同音に言った。

「ラーメンが嫌いな奴っているのかな?」

 俺は横にいたリサを見やった。

 両方の瞳を期待で満たしてリサは俺を見上げた。

「八反田も一緒にラーメン行く?」

 頷いた俺は八反田へ視線を送った。

「ああっ、黒神さん、俺のほうはちょっとアレとアレが忙しくってさ――また今度にしとくわ――」

 八反田はゴニョゴニョと言いながら離れていった。

「――何だ?」

 俺は足取りも軽く去っていく八反田の背嚢のない背中を眺めながら首を捻った。

「八反田は――」

 視線を落とした斎藤君はこれまで聞いたなかで一番に暗い呻き声を上げた。

「女だ!」

 橋本は真正面を向いて熱苦しく吠えた。

 この二人も背嚢を背負っていないので荷が軽そうだ。団のほうでまとめて荷物を管理しているのだろう。俺の背にはブレイザーR93と背嚢があった。リサもワンちゃんの背嚢を背負ってクリス・ベクターを肩から下げている。

「ああ、そうなの。八反田は昼めしも抜きでか。お盛んだね――」

 俺は少し笑った。

 笑った俺のジャケットの袖をぐいぐい引っ張って、リサが昼めしを急かした。

 俺も腹が減っている――。


 歩いて十分前後だ。

 斎藤君と橋本に案内されたラーメン店は組合本部の北の狭苦しい通りにあった。小さな建物の表についた黄色い看板の前にひとの列ができていた。リサと俺もその列についた。昼どきを過ぎていたので、さほど待たされることもなく店内へ入れた。

 飾り気は皆無。雑然とした狭苦しい店だった。小汚いカウンター席に座った客は、それをするのが当たり前という態度で作業的にラーメンを口へ運んでいる。店内に会話はほとんどない。その店は先に食券を買うシステムになっていた。出入口にあった食券販売機で斎藤君と橋本は「大ブタダブル」という食券を購入した。橋本は他にも細々とした食券を買っているようだ。リサも「大ブタダブル」を希望した。俺が食券販売機へ硬貨を入れる前に、リサはそのボタンを連打していた。大だとかブタだとかいう文字に、リサは強い興味を示したようだ。こいつは腹ペコキャラなのだ。

「――大だと量が多すぎないか?」

 俺は一応渋ってみた。リサは大ブタダブルボタンの連打をやめない。一度ワガママを吠え出すと(声は出ないのだが)絶対にリサは譲らないので、すぐ俺は諦めて食券販売機に金を入れた。俺も「大ブタダブル」の食券を購入した。このラーメン店の常連らしい斎藤君や橋本と同じものを頼むのが手堅いだろうな。俺はそう考えたのだ。あとから考えるとこれは安易だった。

 ともあれ、話を続けよう。

 大ブタダブルの値段は千九百八十円だった。俺とリサと合わせて三千九百六十円だ。ラーメン二杯がこのお値段だ。馬鹿のように値段が高い。だが、居住区内の物価はどこでもたいていこんなものだ。特別、外食は値段が張る。

 俺、リサ、斎藤君、橋本。

 左からこの順番で並んでカウンター席に座った。

 購入した食券をカウンター上の棚へ揃って並べた途端、

「メンカタメヤサイアブラマシマシ、カラメマシ、ニンニクマシマシ――」

 斎藤君は暗い声で、

「メンヤワラカゼンブマシマシ、辛イノ、辛イノニシテクダサイ!」

 橋本は熱い声で呪文を詠唱した。

 手を置くのに躊躇するほど、べたべたするカウンター・テーブルの向こう側で、

「そっちの兄さん、にんにく入れる?」

 テボ(※ラーメンを茹でるときに使うザル)を片手に訊いてきた店主の親父は、この上なく不機嫌そうで、ぞんざいな態度だった。ニコリともしない。

「――あっ、えっと、何だって親父さん?」

 斎藤君と橋本の真剣さに圧倒されていた俺は訊き直した。

「にんにく」

 店主の親父がまた言った。

 ニコリともしない。

「ニンニクって?」

 俺が訊くと、

「にんにく」

 店主の親父がもう一度言った。

 ニコリともしない。

「ああ、ニンニクをラーメンに入れるか? ってことか。じゃ、入れてくれ――」

 俺は頷いた。

「そっちのお嬢ちゃんは――」

 頷いて返した店主の親父が俺の横にいたリサへ視線を送った。リサは両方のまぶたをすっと半分落として見せた。そこで不愉快なほど偉そうで横柄だった店主の親父が態度を「うっ!」と変えた。意味もなく睨まれたと思ったのかも知れない。実際、腹ペコのリサは殺気立ってもいる。

「ああ、リサは『ニンニク少し』らしいよ」

 俺は翻訳してやった。

 リサはまぶたを半分落としたまま小さく頷いた。

「――ああ、にんにく少しね」

 店主の親父はニコリともしない態度に戻って頷いた。

 すぐ注文したラーメンのどんぶりがカウンターの上の棚に並んだ。

「――!?」

 リサは身構えた。

 斎藤君と橋本は無言でラーメンをカウンターへ下ろすと胸元のロザリオを握った。

「これはすごい盛りだ。食券は小でも十分だったか――で、上に乗った大量の野菜に隠れてまったく麺が見えないんだけど。これってどうすればいいの、斎藤君?」

 俺の言葉通りだ。上に乗った野菜類でラーメンにある筈の麺が見えない。野菜は茹でたモヤシとキャベツのようだが――。

 横に視線を送ると、ロザリオを握りしめて食前の念仏を唱えている斎藤君と橋本の前にあるどんぶりは俺とリサのものよりも壮絶だった。そこにあるのは誇張抜きで野菜の山だ。

 チョモランマだ――。

「――ククッ、どうやらお前はド素人のようだな、黒神」

 念仏を終えた斎藤君が暗く笑いながら割り箸をパキンと割った。

「ああ、そうだよ、斎藤君。この店には今日初めて来たって、俺はさっき言ったじゃあないか?」

 俺は棒読み台詞で答えてやった。割り箸を持ったリサは、茹で野菜が積まれたどんぶりを厳しく睨んでいる。肉食系のリサは真っ先に肉を食べたいのだ。

「よく聞けよ、ド素人ども。まずは全体をひっくり返すんだ。こうやってなあ、クク、クククッ――」

 斎藤君が割り箸を使って野菜の山をどんぶりの底へ封印した。すると野菜の下に隠れていた麺がデロンデロンと出現した。ものすごい大きさのブタ肉の塊もゴロゴロ召喚される。

「天地返し!」

 同じ動作をした橋本が吠えた。橋本のラーメンは大量のウズラの卵がトッピングされていて、その上に粉チーズと粉唐辛子がどっさりとぶちまけられていた。脇にはニワトリの生卵が入った小皿もある。ウズラとニワトリで卵もダブルだ。

 しかし、俺はラーメンに粉チーズってのを初めて見たなあ――。

「――ああ、そうすると麺を食べられるね。二人とも器用だなあ」

 俺も割り箸を使ってどんぶりの底から麺をほじくりだした。

「黒神もリサちゃんも本当に二郎系は初めてか。信じられんな。クックククッ――」

 斎藤君が陰気に笑いながら「ずびび!」と音を立てて麺をすすった。

「汚染前に噂では聞いていたけどね。でも、俺の地元にはこの系統のラーメン店がなかったから――うっわ、麺がうどんみたいに太くて多い。その麺がどろっとしたスープを――ああいや、これタレだな――タレを吸って完全に着色されているね。そのタレに浮いた油がぶ厚くてクッソヤバイよ。大丈夫なのか、こんな不健康そうなものを食べて――なあ、これって旨いか、リサ?」

 ひと通り呻いた俺はリサへ視線を送った。恐れ知らずのリサは異形のようなラーメンを相手にもう奮闘中だ。リサはどんぶりを抱えて極太麺をツルツルやりながら、眉を強く寄せ、まぶたを半分落として、俺へ視線を返した。

「――よくわからんか?」

 俺が訊くとリサは大きく頷いた。

 リサの鼻の先に汗が浮いてる。

「くっ、黒神――」

 斎藤君が呻いた。

「ああ、何、何なの、斎藤君?」

 俺が視線を向けると見開いた両目を血走らせた斎藤君の向こうで、

「ギルティ、ギルティ!」

 赤い頬を膨らませた橋本が唸った。

「――何なの?」

 俺は訊いた。

「だっ、黙って食うんだ!」

「ロットが乱れる!」

 斎藤君と橋本が同時に唸った。

「ああ、確かにここの客は誰も喋っていないね――」

 何だよロットが乱れるって。

「うちゅうのほうそく」みたいなものか?

 俺は釈然としない気分のまま異形のラーメンに箸をつけた。斎藤君と橋本は異形のラーメンを完食して、さらにタレまで飲み干した。貧乏性の俺は異形のラーメンを無理やり腹へ収めきった。タレはさすがに飲み切れなかった。これ半分近くが油だもん。どうやったって、このどんぶりを空にするのは無理だろ、健康にも悪そうだし――。

 俺が何とか麺だけ無くしたどんぶりを上げたときには完全に疲弊していた。少しでも気を抜くと胃へ詰め込んだ極太麺が鼻から飛び出しそうだ。ふんふん顔を赤くして頑張っていたが、結局、異形ラーメンを食いきれなかったリサは、内容の三分の一をどんぶりに残した。リサはカウンター席を立ち上がるとき、どんぶりに残った麺だとか野菜だとかを強く睨んで涙ぐんでいた。考えるとリサは出されたものを必ず残さずに食べているなと俺は思った。お宿のマズメシですら、リサが食べ残しているのを見たことがない。

 斎藤君と橋本は悔しがるリサを見て笑っていた。

 そのラーメン店を出たところにあった飲み物の自販機の前で、リサはピタリと立ち止まった。俺は何も言わずに頷いて自販機へ金を入れてやった。いつもは甘い飲料を好んで飲むリサが烏龍茶のペットボトルを迷わずに購入した。俺も同じ自販機で同じ烏龍茶を買った。

 やはり同じ自販機で同じ烏龍茶を買った斎藤君と橋本が、

「このあと、俺たちは教会で懺悔をする」

「黒神とリサちゃんもどうだ?」

「――ああ、俺たちには必要ないと思う」

 俺は少し笑って視線を落とした。

 リサは暗い斎藤君と熱い橋本を見上げていた。

 しつこく宗教勧誘をされるのかもな。

 警戒している俺は視線を落としたままだ。

 だが、

「そうか、気にするな。信仰は他人へ無理強いするものではない――」

 斎藤君は暗い笑顔で頷いて、

「気が向いたらでいいんだ。苦しくなったら神の愛を確かめに来い!」

 橋本は熱い笑顔で頷いた。それぞれの笑顔を別れの挨拶代わりにした斎藤君と橋本は狭苦しい路地を仲良く並んで歩いていった。

 俺とリサが帰る道とは逆の方角だ。

 あの先に、彼らの信じているものがある――。

 今の世界は断定的に非情で、その非情な世界に生きる人間は喜劇的に無力だ。不可解で過酷な運命に抗い、しかし、非力なまま死んでいく人間を、俺は数えきれないほど目にしてきた。繰り返される絶望のなかで生きる人間は、何かしらの精神的な支柱がないと人間性を失っていく。それも俺はよく知っている。それをはっきり自覚しているのだが、俺は無信心で無宗教で無関心でいる。

 何も無いことを俺は誇る気になれない。俺には俺以外の何かを信じきる強さがない。俺の心には俺以外の何かを受け入れる余地がない。ただそれだけのことだ。信仰が無いことを誇るのは、自身の内部にある無様と惨めと矮小さを――不寛容を公言して歩いているようなものなのだろう。この考え方が正しいのか間違えているのかは知らん。俺自身はそう考えて納得しているという話だ。

 汚染後、俺は何も信じないまま今日まで生きてきた。その結果、俺に残っているのは、ただ今日一日を生きているだけという無味乾燥の現実だ。

 俺は遠くなった熱心な二人の背を見つめて小さく笑った。斎藤君と橋本の背には熱がある。それは人間性を保って生きるために必要な熱だった。情熱と言い換えてもいい。同じようにして彼らの背中を見送っていたリサが俺を見上げた。熱の無い笑顔のまま俺はリサへ視線を返した。

 烏龍茶の冷たいペットボトルを胸元で抱えたリサは天使のように無表情だった。

 リサと俺はゆっくり歩いてお宿へ帰った。

 帰り道はよく晴れた冬の入り口だ。

 頬を撫でる風は暖かくも冷たくもない。


 §


 貸し部屋にはベッドが並んで二つある。

 藤枝のお宿もみじの貸し部屋へ帰還した俺とリサは、お互いが無言でそれぞれのベッドで天井を眺めていた。いつも頼んでいる(頼まなくても出てくる)お宿の夕めしは受付にいた主人へ断りを入れた。胃もたれと胸やけで今日の夕めしはとても食えそうにない。そうでなくても女将さんの夕めしは平らげるのに骨が折れる。俺の判断にリサも異存がないようだった。

 毎週木曜夜九時に放映されているリサが大好きなテレビドラマ(それは頭の悪そうな男女がドタバタやる恋愛もので、俺自身はどこがどう面白いのかさっぱりわからない)を、横から眺めていると例のマズメシ女将さん――二階堂紅葉にかいどうもみじという女将が貸し部屋へ、水と一緒に胃薬を持ってきてくれた。

 気配りのできるひとなのだ。黒いミディアムボブヘアの、ものすごい和装美人でもある。

 俺は女将を見るたび熱い溜息がでる。

 リサは羨ましそうな顔をする。

 女将の髪はさらさらで、何か動作をするたびきらきら流れるような動きなのだ。リサは癖っ毛で油断をすると長い髪のどこかしらがすぐ跳ね上がってしまう。

 ただ、この美人女将の作るめしは絶句するほど不味い。

 胃薬だけを腹に入れた俺たちはそれぞれベッドへ潜り込んだ。

 シャワーを長く浴びたのだが、身体はまだニンニク臭い――。

 次の日の昼頃に目を覚ますと、俺の胸やけは収まっていた。隣のベッドでまだ惰眠を貪ろうとするリサを叩き起こした俺は、お宿の隣の喫茶店は~もにいへ出向いて昼めしを食べた。寡黙な主人とお喋りな奥さんの老夫婦が経営する小さな喫茶店だ。リサが選んだ昼めしはスパゲッティ・ナポリタンと珈琲だった。俺はたらこスパゲッティの大盛と珈琲を頼んだ。

「イタリアのナポリにナポリタンという料理はないのだ、リサ」

 カウンター席で俺がどうでもいい知識をひけらかすと、横でリサが怪訝な顔を見せた。お代は俺とリサと合わせて千八百九十円。ここの珈琲は無料で三杯までお代わりができる。居住区では安い値段だ。それに、喫茶店は~もにいの軽食は何を頼んでも結構旨い。朝、昼、晩といつ来ても客席の八割程度は埋まっている。この界隈ではなかなかの人気店なのだ。

 少し前、お喋りな奥さんが訊きもしないのに教えてくれた。

 喫茶店は~もにいの厨房にいる寡黙な主人は、大きなホテルの厨房長をやっていた本格的なコックだったらしい。

 ゾンビ・ファンガスに日本列島が汚染される以前の話――。

 お宿もみじのご主人から聞いた話だ。

 リサと俺が定宿にしている藤枝のお宿もみじは元々純和風建築の建物だったのだが、震災後に貸し部屋の半分をリフォームしたと言う。リサと俺の貸し部屋はもみじの三階にある洋室だ。狭くてもベランダと窓がついている。監獄のようだった静岡居住区のお宿に比べるとそれだけでも解放感があった。それに南側に面したこの貸し部屋は、もみじの最上階にあるので見晴らしも陽当たりも悪くない。ベランダの近くには小さいテーブルがあって、そこに向かいあった二つの肘掛椅子も置いてある。昼めしを終えたリサと俺はラジオを聴きながらそのテーブルに向かい合って銃のクリーニングをした。

 その作業が終わるとリサも俺も暇になった。

 アブラ狸の話通りだと、今回は一週間近く仕事が空いてしまう。

 暇を持て余した俺はベッドサイドテーブルの棚からトランプを手にとった。リサは軽く頷いて見せた。プレイヤーはリサと俺の二人だけだ。俺はリサとババ抜きをやった。感情が顔にすぐ出るリサは、ジョーカーのカードに俺の手がかかると、必ずニンマリする。勝負は俺の全勝だ。楽勝もいいところだった。

 俺が十回負かしたところで、

「他のゲームに変更せよ!」

 リサがジェスチャーを使って要求をした。正確には激高したリサが卓上にあったトランプを全部とっ散らかした。

「――次は神経衰弱にするか?」

 俺はテーブルから床へ広く散らばったトランプを眺めながら提案した。顔を赤くしたままのリサはふんっと強く頷いた。神経衰弱はリサの全勝だった。集中力が異常に高いリサは開いたカードを全部覚えた。一度も取るカードを間違えない。まるで記憶装置だ。俺はほとんど札を取れなかった。十回負かされたあとで、俺はリサのドヤ顔を睨んだ。リサはドヤ顔を益々ドヤドヤさせた。

「良し、憂さ晴らしだ。時間は少し早いがこいつをまた慰みものにしてやろうかな?」

 苛々してきた俺は考え始めた。そう声に出して脅してもみた。俺は気が向いたときリサを欲望の捌け口に使っている。俺の下になると未だにリサは激しく暴れて抵抗する。しかし、気持ちはどうか知らん、彼女の肉体のほうはいやがっている風でもないし、最終的には喜んでもいた。俺は何度もそれを確認している。リサは喋れないので本当のところは何を考えているのかわからない。俺もそれを訊くつもりがない。筆談を使えば細かいことを訊けるのだが俺はそれをしない。

 そのほうが、俺にとっては都合もいいし――。

 俺はにっこり笑顔になった。

 椅子からすっと立ち上がったリサは、トランプで占領されたテーブルからすすっと離れていった。部屋の隅っこで壁に背をつけたリサは俺をギリギリ睨んでいる。

 休日のリサは、白いブラウスと紺色のロングスカートにクリーム色のカーディガンを羽織った恰好だった。これはリサの私服だ。リサは俺の仕事のパートナーだ。だからリサにも(少しだけだが)金を持たせてある。しかし、金を持たせるとリサはすぐに無駄遣いをする。俺がいくら「無駄遣いをするなよ」と忠告しても全然言うことを聞かない。ベッドの下の衣装箱はリサが無駄に買ってくる可愛いお洋服やら下着やらでもう満杯だ。いよいよ衣装箱の蓋が閉まらなくなった。

「ああ、うん、これはリサにうんと長くて厳しいお仕置きがどうしても必要なんだろうな――」

 俺はそう考えて、そう声を上げて、椅子から腰を上げた。

 リサは激しくキョロキョロとしながら退路を探していた。

 貸し部屋の逃げ道なんて出入口しかないのに馬鹿な奴だ。

 この馬鹿たれめが――。

 俺はリサとの間にある距離をジリジリ縮めながら声を出さずに笑った。

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