終章

南の空の下のベル・ボトム・ブルース(前)

 赤道直下の海上は一年中が夏にある。

 太陽に焼かれた海風を裂く、この白いトローリング船を操舵する俺の後ろは甲板になっていて、そこにあるビーチ・チェアに寝転んでいた、パナマ帽子で薄らハゲを目深に隠し、趣味の悪い派手な赤いアロハシャツを着て、真っ白なハーフ・パンツを履いた、ぱつんぱっつんに固太りの肌の浅黒い中年男が、

「御影洋一と、この俺はなァ。汚染前の仕事――例の特班の仕事をしてた頃から、ちょっと折り合いが悪くてなァ――」

 と、言った。

 網膜を染めるような美しい南海を走るピカピカの白いトローリング船に同乗しているのは、世界のどこにいたって薄汚く見える、この小池幾太郎皇国陸軍大佐だ。

 操舵室で舵を握る俺は大いに不愉快だった。

「汚染前の日本政府も大概だよな。あんたみたいな汚い狸を使ってその諜報局――幕僚運用支援班は一体、どんな仕事をしていたんだ?」

 俺は怒鳴るようにして訊いた。

「まァ、あの頃の俺たちがやっていたのは、中共の産業スパイを東京湾に浮かべたりだとか、大企業のお偉いさんにとって都合の悪くなった人間を山に埋めたりだとか、朝鮮やロシアから入ってくる工作員へ死にたくなるほどのヤキを入れた挙句にブッ殺したりだとか、まァ、そんな内容の仕事が多かった。いっやァ、懐かしいよなァ――おゥ、もう一杯、同じものを作ってくれやァ」

 小池大佐が持っていた空のグラスを傍にいた愛空へ渡した。

 愛空は黙ったまま卓の上でアラックのオレンジジュース割りを作って、それを小池大佐へ手渡した。それを聖空が横目で眺めている。それぞれ褐色の肌をえんじ色と黄色の丈の短いワンピースを覆って(布より肌の露出のほうが多い――)、麦わら帽子をかぶった二人の美少女はニコリともしなかった。話を聞くと皇国軍の慰安施設でこの美少女姉妹を見て気に入った小池大佐は日本を出るとき彼女たちを持ち出してきた、らしいのだが――。

「――そのまんま、昔のあんたがやっていたことはヤクザだよな?」

 操縦を自動操舵に切り替えて甲板に出た俺を聖空と愛空が宝石みたいな笑顔で迎えてくれた。汚染列島で出会った頃同様、俺の喉元を熱くさせる褐色肌の美少女姉妹だ。いや、あの頃より少し育ってずっとセクシーになった気がする。

 それはともあれだ。

 この美少女姉妹は眼下のビーチ・チェアの上にドテッと寝転がっている、このギトギトネトネトしたアブラ狸野郎には、もったいない上玉だと断言ができる。

 寝っ転がりながら、アラックのオレンジジュース割りを飲み飲みだ。

「いやァ、黒神ィ、それは違うぜェ」

 小池大佐が間延びした声で言った。

 南海の空の下にいる人間は、自分のなかで流れる時間が遅くなってしまう。

 例外はない。

 この小池大佐ですら、そうなるのだ。

 もちろん、この俺だってそうだ。

「へえ、どう違うんだ?」

 俺は愛空から小池大佐が飲んでいるものと同じグラスを受け取った。まったく同じグラスを作って手に持った聖空が愛空を横目で睨んでいる。聖空は妹の愛空よりものんびりした性格なのだ。その行動が妹よりワンテンポ遅い。

 俺は不貞腐れた聖空に笑いかけた。

 俺の笑みを見た聖空はグラスをテーブルに置いてぷんと鼻を鳴らした。

 愛空はそれを見てニヤニヤ笑っている。

「当時は当局の締め付けが厳しくなって暴力団組織は縮小する傾向にあったからな」

 小池大佐が言った。

「日本にいるヤクザ連中は小利口な仕事しかできなくなっていた。老人を相手に細かい詐欺をやったり、ハッキングしたATMから金を抜いたりだとか、公的な助成金や民間の保険金をチョロまかしたりだとか――まァ、コソコソとやる集金活動だよなァ。本格的にヤクザらしいヤクザの仕事を――暴力の仕事を請け負う連中は、もうそのたいていが日本に見切りをつけて東南アジアへ拠点を移していたんだよォ――」

「ああ、ふーん――」

 俺はアロハシャツの間からはみ出した中年男の黒い腹から視線を外して水平線を見やった。空と海の境界線は驚くほど濃い青の横一線で、その上には背丈の低い小ぶりな雲が魚影のような形を作っていた。

 今日も快晴だ。

 バリ島は一年通してじめじめと長雨になる日が少ない。雨季になっても、雷様が癇癪を起したようなスコールになるだけでお湿りは短く終わることが多かった。

「だから、当時の政治家を通してだなァ。元々暴力団に任せていたような荒仕事が特班へ舞い込んでくるようになった。まァ、そんな感じだよなァ――」

 小池大佐が呟くように言った。

「そうなると、自衛隊にあったその諜報局――幕僚運用支援班だか特班だかってのは、公金で運営されるヤクザ組織みたいなものだったのか?」

 俺は水平線を見やったまま訊いた。

「乱暴に言うと、そうだったのかも知れねェよなァ。世の中でのたくってるのはよォ、善意ばかりじゃねェだろ。だから、どうしても必要になるんだよなァ、汚ねェ役割をやる人間がな。ヌクヌクと日向ひなたで生きていける運のいい連中は、たいてい、俺たちみたいな日陰者を嫌う。でもな、日向は日陰を必ず作るモンだろォ。だから、日陰でジメジメ生きる奴がいなくなると、日向で困る奴は多くなる。最悪だぜ。日向にいる連中だって、日陰で起こる面倒事を処分するのに、自分の綺麗な手を汚さなきゃいけなくなる。そんな根性も覚悟も、微塵もねェ癖にだなァ。汚ねェ仕事をしている俺たちへ後ろ指をさして、ピーピー、ギャーギャー、阿呆みてェな綺麗事を並べやがってだなァ――まァ、黒神。そういう方面に――日陰に顔を突っ込んで長く仕事をしているとだなァ。自然とその筋の連中ともパイプができるって話だよォ」

 小池大佐は長く語ったあと、グラスの酒をぐいぐい飲み干して俺へ目を向けた。

「それで、汚染後のあんたはサダさんと組んで仕事をやっていたのか?」

 俺は視線を返さなかった。

「あの若頭――ああ、今は大門寺組の組長だったな。とにかく、サダと俺は汚染前からの付き合いで――あの内山団長ウッチーだって汚染前からの付き合いだったぜ」

 小池大佐は空にしたグラスを掲げた。

 視線と視線でお互い「どうぞどうぞ」をしたあとだ。

 聖空のほうが、溜息と一緒にアラックのオレンジジュース割りで空のグラスを満たして、それを小池大佐へ渡した。小池大佐はネットリとした笑顔だが聖空に笑顔はカケラもない。

内山佐次郎あいつは死んじまったよなァ――」

 小池大佐がグラスに口をつけたまま呟いた。

 遠い声だった。

「――ああ。それで今のあんたは、いよいよ、ヤクザ商売を本業にしているってわけか?」

 俺は空にしたグラスを近くの卓へ置いた。

 聖空と愛空が競うようにして俺のグラスへ酒を注ごうとしている。

「ああ、聖空、愛空。気持ちは嬉しいけど酒はもうやめとく。俺は船長だからさ。酔っぱらって船を転覆させるわけにもいかないだろ?」

 俺が笑いながら言うと、美少女姉妹が揃ってプンとむくれた。

 不貞腐れてもまだ可愛いのだからこの彼女たちは大したものだ。

 俺は声に出して笑った。

 小池大佐が聖空と愛空を無表情で眺めながら、

「それはどうかなァ。サダとはあくまで商売上の付き合いだぜェ。兄弟杯を交わしているわけでもないからなァ。俺の籍だってまだ日本皇国軍の諜報部にちゃんとある」

「この狸が何か祖国のために働いているのかよ。そうは見えないぜ。一応、向こうに籍が残っているってだけの話だろ」

 俺はせせら笑った。

「まァ、一応はだなァ――」

 小池大佐もニヤニヤ笑った。

「どう転んでも、あんたはやっぱりロクでもねェ野郎だよな――」

 俺は蔑んだ視線を送ってやったが、冷たい酒のグラスを呷る狸のほうは、屁でもないと言いたそうな顔だった。

 俺の皮肉は効果なしだ。

「それはそうとだな。どうして小池幾太郎は皇国陸軍大佐の肩書をつけたまま、東南アジア界隈をウロチョロしているんだ?」

 俺は作った笑顔を消した。

「あのときなァ。サダの店でお前らが御影洋一を勝手に消しちまっただろ?」

 小池大佐が俺を見上げた。

 真面目腐った顔だった。

「あのな、それを頼んだのは小池幾太郎、あんた自身だろうが」

 俺は唸った。

「殺人教唆って言葉を知ってるか? 他人を教唆して犯罪を実行させた者は正犯の扱いになる。つまり全部あんたが悪い。俺たちは何も悪くねェ」

「おいおい、あの仕事は元々が児島のおやっさんの――児島元帥の指示であってだなァ。俺のほうは何も――」

「いーや、あれが小池幾太郎の独断でなければ、あんたがそうして逃げ回る必要はない筈だからな。毎度毎度そうやって自分の責任を有耶無耶うやむやにしやがるよな、あんたって男はな!」

 怒鳴った俺をしばらく眺めていた小池大佐が、

「――まァ、黒神。それはともあれだぜ」

「それはともあれじゃあねェだろう、このゲロ狸め――」

「御影洋一を消したところでだなァ。日本皇国軍内にいるタカ派は、とっ捕まえたNPCを使って、ピーチクパーチクやるのをやめなかったんだよォ。それで俺も結局、ほとぼりが冷めるまで外の仕事をやることにしたわけな――」

「簡単に言うと、皇国軍内部の派閥争いに負けたあんたは、東南アジアで逃げ回っているのか?」

「この俺様が負けただとゥ?」

 小池大佐はぐにゃりと空間を歪ませるような笑みを見せたのだが、しかし、陽気極まりない南の太陽の下のそれは、どうも前に見たような迫力がないように俺は思えた。

「ああ、そうだよ。この腰抜けのアブラ狸めが――」

 俺は鼻で笑った。

「だからァ、まだ俺の籍は皇国軍にあるんだぞォ、俺は大佐様だぞォ、これは外遊だぞォ?」

 小池大佐が目を丸くして訴えた。

「知らねェよ、そんなことどうでもいい――こんなところまで追っかけてきて、汚ねェ仕事の片棒を俺に担がせやがってな。迷惑だって話だ。あんたは海へ落ちて死ねよな、マジでな――」

 俺はビーチ・チェアの傍らにあった何個かのスーツケースへ目を向けた。

 それはついさっき寄ってきた漁船から受け取った荷だ。

 なかには何が入っているのだろうね。

 俺はそれを絶対に知りたくないんだよね――。

「黒神ィ、なんで俺の仕事が汚いと断言を――」

 ニタァと笑った小池大佐は横にいた愛空のおしりへ手を伸ばしたのだが、

「――あっ、痛」

 その手はすぐに引っ込んだ。

 バチンと主人の手を払いのけた愛空がふんっと目尻を吊り上げた。

「愛空は性格がキツイよなァ。まァ、そこがまたいいんだけどなァ――」

 ニタニタァと笑顔を大きくした小池大佐が今度は聖空のおしりへ手を伸ばしたのだが、

「――あっ、痛」

 その手はまたすぐに引っ込んだ。

 バチンと主人の手を払いのけた聖空が「ぷいっ!」と発音と一緒にそっぽを向いた。

 このアブラ狸は奴隷としてつれてきたこの美少女姉妹から徹底的に嫌われているのだ。

 まったくざまぁねェ。

 俺は声を出して笑ってやった。

「――何だァ何だァ、聖空まで。お前らはそれがセックス奴隷の正しい態度だと思っているのかァ?」

 小池大佐が叩かれた手の甲へ息を吹きかけながら分厚い唇を尖らせた。

 マジでむかつく顔だ。

「日本以外に奴隷制度はないもんね、お姉ちゃん!」

「そうだよね。ここはインドネシアだもんね、愛空!」

 聖空と愛空が顔を見合わせて強く言った。

「あはァ、まだまだこいつらには厳しい性教育が必要みたいだよなァ――」

 分厚い唇を舌で舐め回す小池大佐を見て、身を寄せ合った聖空と愛空が「うっ」と一歩退いた。

「いや、聖空、愛空、それでいい。気にくわないなら、この狸を海へ突き落として殺しちまえよ。俺はそれを見なかったことにするからさ」

 俺が腰のホルスターにあるリボルバーへ手を置いてそう勧めると、無言のまま視線を交わした聖空と愛空の眉間がビキビキ凍えた。

 うん、これは本気っぽいね。

 危険察知能力は非常に高いのだ。

「だっ、だいたいなァ、黒神。俺は今、サダの仕事の仲介役をしているんだぞ。そんなに嫌がるなよなァ?」

 小池大佐が俺をすがるように見つめた。

「いや、俺は全力で嫌がる。あんたの顔なんて見るのも嫌だからな」

 俺の声は平坦だった。

 小池大佐がスーツケースの一個をさっと胸に抱いて、

「あー、黒神、黒神よ。海に落とすのは考え直せよォ。何しろ、ここにあるスーツケースの中身は末端価格でなァ――」

「――うっ、あぁん!」

 これは俺の唸り声だ。

 それで驚いた様子の聖空と愛空が俺を見つめた。

「何だァ、黒神?」

 小池大佐がゲジッとした眉根を寄せた。

「聞きたくねェ。それを聞かせるな。俺をあんたの犯罪行為に巻き込むんじゃねェ」

 俺は唸った。

 そのまましばらくお互い睨み合ったあとだ。

「はァ、あの黒神武雄が観光客を相手にしたトローリング船の船長をねェ――?」

 小池大佐が溜息と一緒に分厚い顔を捻じ曲げた。

「そうだよ。お天道様の下で働けるなら悪い商売じゃねェだろうが。あんただって俺の船でカツオを二本も釣っただろ」

 俺は吐き捨てるように言った。

「案外、釣れるもんだよなァ――」

 小池大佐が甲板のクーラー・ボックスへ目を向けた。

 今日の釣果がそこに入っている。

「あのカツオ、ここで食っちまうか、酒だってあるしな。おい、黒神、ここであのカツオを刺身にでもしろや――」

 小池大佐が顎をしゃくって見せた。

 エラソーに俺へ向けて顎をしゃくりやがったのだ。

「俺ができるのは活け絞めだけだ。刺身を作れるほどさばけねェよ」

 俺は唸った。

「かァ、こいつは本当に使えねェ男だなァ!」

 小池大佐の大声だ。

 こンの野郎は、マジで、くっそ――。

「――無理を言うな。俺は船長であって板前じゃねェ。包丁を使ってできるのはせいぜいリンゴだとか狸の皮をぐくらいだぜ?」

 俺はできる限界まで低い声で言った。

「しかし、本当にどうすっかなァ。釣ったはいいがまるっとでかいカツオが二本だ。ちょっとこれは持て余すよなァ――」

 小池大佐が本気の様子でボヤいた。

 どうにかこうにかだ。

 俺は喉元へせり上がってきた苛立ちを腹へ戻して言った。

「ああ、俺の船で釣った魚は胡蝶蘭・バリ店へ、あんたの荷と一緒に持っていけばいい」

「サダの店へこのカツオをか? サダって魚をさばけるのか?」

「ああ、それは違う。胡蝶蘭の横でやっているレストランがあるだろ、あそこもサダさんが経営しているんだ。『フランジパニ』って店な」

「ああ、あったなァ――」

「魚を持ち込めば、あそこにいるコックがさばいてくれるぜ」

「あそこのコックは日系人だったな」

「何だよ、知っているじゃねェか」

「ふぅん、そうか、横のレストランは食材の持ち込みも受け付けてくれるのか――」

「俺の船に乗る客はたいてい釣った魚をフランジパニのコックに頼んでさばいてもらうんだ。あの髭面のコックは――セイジさんって言うんだけどな。セイジさんは何でも作ってくれるよ。言葉数は少ないけどね、料理の腕は抜群にいいから――」

「今夜はカツオで一杯も悪くねェなァ――」

 頷いた小池大佐は納得したようだった。

「あんた、海釣りはどうもズブの素人みたいだよな?」

 俺は訊いた。

「汚染前も汚染後もだ。釣りみたいに悠長な趣味をやっている暇が、俺は全然なかったよなァ――」

 小池大佐は遠望の声で言った。

 この男の目も遠くを見ていた。

 たぶん、小池大佐が見つめているのは自分の過去だ。

 汚染前の光景。

 そこにあった祖国の日常。

 どう考えても、その態度や手法には明らかな問題があったのだろう。

 しかしこの男は、今はなくなったあの国を守るため、おそらくは人生のすべてを捧げて――。

「――今の俺は海釣りの専門家だからね。一目見ればすぐわかるんだ。でも釣りの素人のあんただって、俺の船では簡単に釣れただろ?」

 俺は少し笑って見せた。

「あァ、ものはついでだからやってみたが釣れるものだよなァ。あれは素直に驚いた。俺には釣りの才能があったのかァ?」

 ビーチ・チェアの上の小池幾太郎は真っ青に染まった空のてっぺんを見上げていた。

「いや、それは違うね。船長をやっている俺の腕がいいんだ。魚が釣れる海域だって船の油を散々無駄にして研究した。今の俺はトローリング船の船長だけでも――観光客相手の海釣り指南役だけでも十分に食っていけるよ」

 俺は言った。

 自分へ言い聞かせるように言った。

「でも、黒神は密輸もやっているだろォ?」

 ニタアと笑顔になった小池大佐だ。

「それは知らん!」

 俺はこのゲス野郎から目を逸らして怒鳴った。

「今、こうして、やっているじゃねェかァ!」

 小池大佐はスーツケースの列を指差して嬉しそうに叫んだ。

「だから、知らねェよ」

 俺は唸った。

「たまにこの船でサダさんから頼まれた荷を受けているだけだ。俺は受けている荷の中身を知らないし、それを知りたくもないね。知らん知らん」

「はァあ、情けねェ話だよな。あの黒神武雄が、S等級NPC狩人ハンターの黒神武雄が、俺の知る限り最も非情な殺し屋の、あの黒神武雄がだぜェ。サダの舎弟分にまで成り下がったのかァ?」

 小池大佐がニタニタ笑いながら俺を見上げた。

「やっている仕事はトローリング船の船長だけじゃない。俺はこれでも一応、インドネシア国軍が新設した対NPC部隊の教官殿だ。ま、正確には軍人でないから特殊公務員だよな。当面の稼ぎはこの二つで十分間に合っているぜ」

 俺は顔をしかめて見せた。

「その教官の仕事だってサダの斡旋なんだろ?」

 ニタニタ笑顔の小池大佐だ。

「――まあ、そうだけど」

 俺の返事は小さかった。

「そうなると、やっぱり黒神はサダの舎弟分だよなァ。ああ、お前はもう大門寺組の杯を受けたのかァ?」

 片方の眉を吊り上げて見せた小池大佐へ、

「うるせェよ。しつこいよ。サダさんの組から杯なんて受けてねェからな。今の俺はまっさら堅気なんだ。そろそろ陸につく。俺は操舵室へ戻るぜ――」

 俺は背を向けた。

 バリ島の都市――デンパサールの街並みがもう北の近くに見える――。

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