第4話 静岡居住区(イ)

 検問ゲートを抜けて静岡居住区に入ると道はそれなりに修復されて生きた建物が増える。道路を行き来する人間も増えた。運送屋のトラックも通る。モノ不足で燃料も高くつく今の日本で道を走る自動車の数はさほど多くない。荷物の乗ったリヤカーを引いて歩く人間のほうが遥かに多かった。自転車に乗ってるひとも目立つ。道を埋める人波に遮られた自動車はまともに走れない。クラクションが何度も鳴った。そのクラクションへ通行人が怒号で応じている。

 周囲の喧騒に目を丸くしたリサは右へ左へ顔を振りながら、小奇麗な恰好で歩く区民や道端に様々な色合いの看板を掲げて狭苦しく並ぶ様々な店や、倒壊していない電柱や建物を観察するのに忙しく全然落ち着きがなかった。

 生活インフラがNPC発生前の日本と同じくらいにまで整った――とまではいかないものの、それなりの生活環境を保っているし、人口が過剰に多い居住区の光景は区外から来る人間にとって物珍しいのだろう。

 おそらく幼いリサはNPC発生前の日本を知らないのだろうし――。

「――こら、勝手な行動をするな」

 俺は近くにあった飲食店の暖簾を潜ろうとしたリサの襟首をとっさに掴んだ。

「――!?」

 振り向いたリサは頬を赤くして俺を睨んだ。

 目の色が完全に変わっているし鼻息もかなり荒い。

「腹が減ったのか?」

 俺が訊くと、リサはぶんぶんと何度も頷いた。

 暖簾の向こうからめしの匂いが漏れてくる。

 正直、俺のみぞおちのあたりもきゅっと締まった。

「それは、まあ、俺だって腹は減っているけど――」

 視線を送ると、リサが潜ろうとしていた紺色の暖簾には、『鮮魚めし処 あおい』と店名が書いてあった。

 戻りカツオの刺身定食、四九八〇円。

 カジキまぐろの刺身定食、四五二〇円。

 金目の煮つけ定食、三九八〇円。

 さんまの塩焼き定食、二八九〇円。

 季節の海鮮丼は時価――。

 表に出ていた看板には、この他にも色々と品書きがあったが、軒並み値段が馬鹿のように高い。それでも居住区ではこれが適当な値段になる。屋内でする外食などは特別な金持ちの贅沢だ。俺のような庶民がやることでもない。今の日本はそうなった。そもそも俺が必要以上に腹ペコなのは、今朝方、リサが勝手に俺の缶詰を食ったからだ――。

 思い出した俺も苛々しながらリサを睨みつけた。

 真正面から俺を睨み返してくるリサは怯む様子がない。

「めしを食う前に、行く場所がある」

 諦めた俺は溜息と一緒に言った。

「?」

 リサが顔を傾けた。

 区外をはいずり回ってきたリサの顔は黒く汚れている。

 俺もおそらく同様だろう。

 風呂にも入りたいよな――。

「とにかく、今回の仕事の仕上げだよ。黙ってついてこい。あと少し歩くだけだ。ま、そう言っても、お前の場合は喋れないか――」

 俺は声を出さずに笑いながら歩きだした。

「!?」

 横についてドスドス歩くリサが歯を剥いて怒った形相を見せた。真珠のような白い歯だった。

 俺が所属する日本NPC狩人組合の静岡本部があるのは東海道本線の静岡武装駅の北だ。そこで今回の仕事の報告を終えれば組合から報酬を受け取れる。しばらく南東へ歩くと日本NPC狩人組合の静岡支部が見えてきた。震災の揺れに耐えた百貨店を改造した八階建ての建物だ。その裏手にある敷地には警備を担当する組合員が使う、機関銃を備え付けたハンヴィーやオフロード・バイクが並んでいた。


 §


 日本NPC狩人組合静岡本部の正面の自動ドアは常に開け放たれている。その一階は組合員でも区内の警備担当――区内警備員の職場になっている。ざっくばらんじ言えば震災前の警察に当たる居住区の司法執行機関だ。区民はこの場所へ日常生活の苦情や災難を申し入れに訪れる。窓口では怒髪天を衝いたおばちゃんが受付嬢を怒鳴りつけていた。聞いていると盗難被害の申し立てのようだ。他にも、あれこれと苦情や用事で訪れる区民が多くいた。これに加えて組合に物品を搬入しにくる業者が頻繁が出入りする。この騒がしい窓口奥に並んだデスクでは電話やラジオが好き勝手にウォンウォンと鳴っていた。そこにいる職員が何か言うときは常に大声だ。お互い怒鳴り合っているようなものだった。この光景に煙草の煙とひといきれが濃くあるから、天井を見上げると白い霞がかかっていた。

 空気の悪さに顔をしかめていたリサへ、

「――この建物の五階だ。ついて来い」

 俺は声をかけて階段へ向かった。八階建てのこの建物にはエレベーターがついているのだが、最近は静岡居住区内でも電力供給不足が深刻で頻繁に停電が発生する。小便が漏れるまで箱のなかに閉じ込められるのが趣味なら使えばいい。建物の五階から上は居住区を防衛する障壁の管理とその外の――居住区外のNPC問題を処理する組合職員が仕事をしているフロアだ。階段を上がる途中はめいめい好き勝手な銃を持つ同業の姿が目立った。俺はひとりで仕事をしているので挨拶を交わすような顔見知りはほとんどいない。何か気になるのだろうか。リサは階段ですれ違う埃っぽい男たちへじっと視線を送っていた。

『日本NPC狩人組合静岡本部・NPC駆除任務類斡旋事務所』

 そう書かれた看板がチェーンで垂れ下がった先に俺の仕事の報酬がある。

 組合に事務所へ続く鉄扉は解放されていた。


 受付に並んでいた俺の前にあった男の背が消えた。

 その中年男は自動小銃――M16を背負っていた。

 開口一番、

「主任は事務所にいる?」

 俺は受付嬢に訊いた。シャツの襟もとから彼女の胸を隠している下着の端っこが見える。色は赤紫だ。

「――どの主任さんのこと?」

 受付嬢はボールペンを片手に卓の書類へ視線を落としたまま応えた。

「アブラ狸だよ。その上に薄ら禿の主任さんだよな」

 俺が言うと、

「――あっ、黒神組合員ね。偵察の仕事は終わったの?」

 受付嬢が顔を上げた。

「うん、今朝、終わったんだ西本さん」

 俺は少しだけ笑って見せた。この受付嬢――西本さんと俺はこの受付で何度も顔を合わせている。たいていの男を笑顔にさせる程度の容姿を持つ若い女性。それがこの組合事務員の西本さんだ。

「アブラ狸の薄ら禿って――小池主任なら、ほら、向こうにいる――」

 西本さんは笑いながらボールペンの先で職員とNPC狩人が顔を突き合わせているテーブル席を指し示して、

「――筈?」

 と、首を傾げた。

 俺が視線を送ると窓際の広いスペースにあるソファに挟まれた二十ほどのテーブル席は満席で込み合っている

「まあ、こっちからアブラ狸のところへ押しかけるよ。受付の長椅子に座ると夕暮れまで待たされるのがオチだろ?」

 俺は窓口から離れた。

「小池主任には先客いたから押しかけてもちょっとは待つかも?」

 西本さんが俺の背に言った。

「アブラ狸はいつも忙しいから、まあ、そうだろうね。ご忠告、ありがとう」

 俺が背中越しに視線を送ると、

「――あ、いえいえ、どういたしまして」

 西本さんは俺の後ろをトコトコついてくるリサを眺めていた。

 探していたアブラ狸は窓際の小さなテーブル席に座って、対面にいる大きな顎がしゃくれた大男と打ち合わせをしていた。アブラ狸のお相手は組合ジャケット着て、腰のホルスターにデザート・イーグルを差し込んでいた。現状で最強クラスの拳銃弾――五〇AE弾を射出するこの自動拳銃の威力は申し分ないが、しかし、ひどい反動キックがある。これを下手な姿勢で撃つとその反動で肩や手首を痛めたり、最悪、拳銃が手からすっぽ抜ける。これほど強い反動があると当然、トリガーを引くたびに銃身は高々と跳ね上がって照準がブレる。これでは自動拳銃である意味も今ひとつ不明瞭だ。俺からいわせてもらえば、マグナム弾を使う自動拳銃は趣味の拳銃の部類になる。やはり、リボルバーなのだ。一撃必殺のマグナム弾を使うなら動作の信頼性と命中精度が高いリボルバーに限るのだ。

 もっとも、俺の目の前にいる大顎の男はプロレスラーのような体格だから、この大口径自動拳銃も容易に扱えるのかも知れないけど――。

 何にしろ、この大顎の彼も組合に所属するNPC狩人だ。

 ここを訪れるたいていの人間は俺の同業者になる。

「――で、これが、今朝の組合緊急理事会で決議された障壁警備計画の変更案な」

 ソファから腰を浮かせたアブラ狸が、対面の男――大顎の男へ手元のファイルから書類を突き出した。

「――ああそうかよ、小池、コノヤロー」

 大顎の男が書類を手にして唸った。

「ざっくばらんに言えば北西区にある障壁の警備人員と火器を、倍に増やす必要があるって話だなァ――」

 額に手をやったアブラ狸は呆れたように言った。

「おい、簡単に言ってくれるじゃねェか、コノヤロー」

 大顎の男が上目遣いにアブラ狸を睨んだ。なかなかの迫力だ。この大顎の男は、どこか大手の狩人団の団長をやってるのかも知れないな、俺はそう思った。この五階フロアの事務所では障壁の警備や区外の偵察のような危険な任務を発注している。必然的に、ここを訪れるのは相応に物騒な――NPC狩人のなかでも最も埃っぽい野郎どもが多い。

内山団長ウッチー、お前の団が担当している区画――障壁の西北方面な。人員と武装を増やして欲しいんだ」

「小池主任、コノヤロー。先に賃金の方を増やしてもらわないと人手を増やせないんだろ、バカヤロー?」

「ああ、金、金、金なァ。監視塔の方の装備だとか偵察用の備品は、むろん、こっちで融通するぞ。ただ人員のほうは今までの予算で何とかできんかァ、なァ、内山団長ウッチー?」

「――今でも安月給だろ。命張って仕事をしているうちの若い奴らが可哀想だろ、コノヤロー!」

「うーん、組合こっちの予算も苦しいんだァ」

「小池主任さんから静岡の組合長へ――いや、もうこの際、再生機構の審議員へ話を通してくれよ。できるだろ、コノヤロー?」

「うーん。どうしても内山団長が無理というのなら、他の団にこの仕事を回すしかないんだが――」

「おい、今度は脅しか、コノヤロー。小池、コノヤロー。お前は昔からずっとやり方が汚ねェんだよ、アンフェアなんだよ、コノヤロー!」

 俺がそんなやり取りを眺めていると、アブラ狸ののらりくらりとした対応に大顎の男が激高した。これがアブラ狸――NPC狩人組合の障壁・区外任務発注担当をやっている、小池主任の対応だ。このクソ親父は、いつでも誰に対してもこういう態度だ。

 小池主任が視線を惑わせたところで、

「――おっと、黒神ィ!」

 その迷った視線が、近くにいた俺を見つけた。

「ああ、今、戻ったよ」

 俺は短く答えた。

「黒神だと、コノヤロー。へええ、こいつが西から流れてきた噂の一匹狼か、おい、コノヤロー?」

 大顎の男――内山団長が俺へ値踏みをするような視線を送ってきた。内山団長は顔を見るとシワが多い。しかし、頭髪は黒々としている。その少なくなる気配のない髪を油を使って後ろへなでしつけてあった。この彼はいかり肩の立派な体格もあって若々しい印象の中年男だった。

「えっと、どこかの狩人団の団長さんかな?」

 俺は立ったまま訊いた。

「お前が俺を知らなくても俺のほうはお前を知ってるぜ。黒神武雄だよな。俺は内山佐次郎うちやまさじろうだ、おい、コノヤロー、俺は静岡居住区でそれなりの狩人団を運営しているんだがな、コノヤロー――」

 内山団長がコノヤローコノヤローといいながら笑顔を見せた。

 目尻のシワを多くすると、案外、人懐こい顔になる。

「ああ、そうなの――」

 俺は軽く頷いた。

「噂だとお前、組合からS等級認定を受けてる凄腕のNPC狩人ハンターだって話だよな、コノヤロー。本当なのか、おい、コノヤローッ!」

 内山団長は、「コノヤロー、コノヤロー」と言っているが、それで悪気があるわけでもないようだ。これが口癖なのだろう。

「話は何かな。仕事の依頼ならたいていは断らないよ?」

 俺が言うと、

「ああ、そうだ、仕事の話だよ、コノヤロー。いやいや、タイミングがいいぜ、うちの団員がな、今、ちょっと足りてなくてな――」

 内山団長が笑顔を大きくして入団を勧めてきたが、

「ああ、悪いけどそれは断る。俺は他人と組んで仕事をやらない主義なんだ」

 俺はその言葉を遮った。

「おいおい、話だけでも聞けよ、コノヤロー」

 内山団長が目つきを鋭くした。

 俺は困って言葉に詰まった。

「――おい、内田団長ウッチー

 小池主任がうつむいて書類を眺めたまま呼びかけた。

「何だよ、小池、コノヤロー?」

 内田団長が顔を向けて小池主任を睨んだ。

「黒神はお高いんだ。誘ったところで時間の無駄だから諦めろ」

 小池主任が油っぽい笑顔を内田団長へ見せた。

 内田団長はズドンと右拳を机に叩きつけて、

「おい、小池、てめえ、コノヤロー。お前が俺へ団の人員を増やせと、今、要求したんだろうが、てめえ、コノヤローッ!」

 ものすごい勢いだ。

 俺は「こいつ、面白い男だな」と思った。

 面倒になりそうなので笑うのは堪えておく。

 隣にいたリサも珍しい動物を見るような目つきで内山団長を眺めていた。

「――あー、安藤君、安藤君。ちょっといいかあ!」

 小池主任が立ち上がって、デスクに座って書類を眺め眺め大きな電卓を叩いていた若い男を呼んだ。一応、デスクの脇には事務用の大型PCがあるし、デスクの上にはモニタとキーボードも乗っている。だが、頻発する停電でPCのデータはよく飛ぶ。ここの職員は組合から支給される電子機器を全然信用していないらしい。

無停電電源装置UPSをつけても、あれのバッテリーが持つのって、せいぜい三十分程度でしょ。パソコンを使っていると停電のたび仕事に差し支えて――」

 以前、俺は受付の西本さんからそう聞いた。

「――あっ、はい、小池主任?」

 デスクにいた職員――安藤職員が顔をこちらへ向けた。安藤職員はぬぼっと肌が生白く、どこか間の抜けた顔の青いネクタイをつけていた。中途半端に長い髪が寝癖で片方ハネ上がった見るからに間抜けな野郎だ。

「安藤、お前、ちょっと、今からこっちの対応を――内田団長ウッチーの打ち合わせを引き継いでくれや!」

 小池主任が怒鳴った。

「えぇえ、僕は僕の仕事がまだこんなに――」

 机の上にある書類の山を見りながら、モゴモゴと答えた安藤職員は露骨に嫌そうな表情だった。動きも鈍い。これは仕事が大嫌いな労働者の態度だ。

「おい、逃げるのか、小池。またお前は逃げるのか。俺の話を最後までちゃんと聞けよ、小池、このバカヤローッ!」

 内田団長がソファから腰を浮かした。

「あー、安藤、安藤! この野郎を頼んだぞ。俺は黒神の対応へ回るからなァ!」

 ソファから滑り落ちるようにして立ち上がった小池主任は、するする打ち合わせ用フロアの隅まで移動していった。ゴキブリに近い動きと速さだ。内田団長は赤鬼のような顔でカサコソと逃げる小池主任を睨んでいる。

「えぇえ――何で僕が――」

 うなだれた安藤職員が頭を掻き毟りながら寄ってきた。内田団長は嫌々の態度で歩み寄ってくる安藤へ怒りの形相を向けた。もう怒りをぶつける対象は誰でもよくなったのだろう。

「――あっ、黒神、黒神。こっちだこっち!」

 小池主任がフロアの隅から俺を呼んだ。俺は黙ったまま歩いていった。俺の背のほうから内山団長がガミガミ怒鳴っている声が聞こえた。他にもたくさんあるテーブル席で、組合職員とNPC狩人が仕事の打ち合わせをしている。卓上にある大きな灰皿から立ち上る煙草の煙がどこも濃い。リサは顔をしかめっぱなしだった。俺は背負ってきた背嚢とライフル銃を、ソファの傍らに置いて、小池主任の対面に腰を下ろした。その俺の両膝をリサがひょいと跨ぐ。

 こいつ何をするつもりだろう。

 怪訝に思っていると、窓際に近い方へちょこんと座ったリサは、窓の外を眺め始めた。

 この窓からは静岡居住区が見渡せる。

 建物の屋上からは駿河湾まで見えるらしい。

 これも受付の西本さんから俺は聞いた――。

「――報告は無線で大まかに聞いた。発注した依頼は完遂ということだよなァ。ご苦労さん、と」

 小池主任が言った。

「ああ」

 俺は外の景色から脂っこい中年男へ視線を移した。

 リサはまだ窓の外を眺めている。

「じゃ、黒神。デジカメのSDメモリカードと報告書を提出――」

 小池主任が突き出した褐色の手を、

「小池主任、先に報酬の確認をさせろ」

 俺は無視して言った。そのまま、俺は小池主任の顔を眺めた。目の下と唇が厚ぼったく浅黒い肌。腹の突き出た浅黒い体全体を脂肪で覆った、どこを見ても厚みがある中年男だ。当然、このアブラ狸は面の皮もぶ厚い。薄くなった髪の間から覗く頭皮がテカテカ油ぎっている。

「――そうか。まあ、そうだよなァ。世の中はギヴ&テイクだよなァ。おーい、ルリカ、ルリカ!」

 粘っこい笑顔になった小池主任が自分の奴隷を呼んだ。

 奴隷は姓を名乗ることが許されない。

 下の名前もカタカナ表記のみに限定される。

「――あ、はぁい、ご主人様。すぐ参りまぁす」

 職員のデスクが並んだほうから甘ったるい声で返答があった。高いヒールのカカトを鳴らしながら、胸元が大きく開いたレディス・スーツを着た美人が俺の席へ歩み寄ってくる。犬がつけるような黒い首輪を巻いた女だ。錠がついていて簡単に取れない構造になっている。これは日本再生機構へ奴隷登録を済ませると支給されるものだ。区内で活動する奴隷はこの首輪をつけることを義務付けられている。

 正確に言えば飼い主への義務付けになる――。

「――どうしました?」

 ルリカは小池主任の脇で腰を曲げて訊いた。背から尻の曲線のラインでピッチリとしたスーツがはちきれそうだ。その極端に短いスカートから突き出したぽってりとしたルリカの白い太ももが、もじもじと蠢き震え始めた。

 寄ってきたおしりを躊躇なく鷲掴みにして乱暴に揉みながらだ。

「おう、ルリカ。お茶と組合員三七五六四号――黒神武雄の書類と報酬を持ってきてくれや」

 小池主任が脂ぎった笑顔で言った。

 ルリカは鼻を鳴らして身をくねらせている。

 しかし嫌がっている素振りはまったく見せない。

 よくしつけけられた奴隷の対応だよな――。

「はい、ご主人様、少々お待ちを――」

 頷いたルリカが背筋を伸ばして、頬にかかった長い髪を手でかき上げながら、俺へ視線を送ってきた。肉厚な赤い唇の端にひとつある黒いほくろが印象的な若い美貌だ。この若くていい肉体からだの女――ルリカは小池主任が飼っている概ねは性欲処理用の奴隷になる。

 この薄汚いアブラ狸め。

 どれだけの金を貯め込んでいるんだかな。

「ルリカ、俺は珈琲を頼む」

 俺は小池主任が左手首に巻いている高級そうな金色の腕時計を眺めながら注文をした。

「はい、黒神さん。かしこまりました」

 笑みで瞳を細くして頷いたルリカが、

「あら、そちらのおちびさんもお茶が要るの?」

 おや、と表情を変えた。

 俺が横へ視線を送るとリサが右の手をピンと上へ伸ばしていた。

「ああ、いいんだ、ルリカ。こいつの分は必要がな――」

 呆れた俺がそう言っている最中だった。

「――痛ッ!」

 リサが靴のカカトで俺の足の甲を思い切り踏みつけた。乱暴をした当人は俺の足の甲を完全に砕くつもりだったらしい。しかし、俺の足は頑丈なブーツで守られている。骨はどうやら無事だった。しかし、十分痛い。俺はリサを横目で睨んだ。右手をピッと挙げたままリサは横目で不服そうに俺を睨んでいた。ルリカはクスクス笑いながら高々としたヒールを返して、グラマラスな――男にとってはおそろしく魅力的なおしりを俺のほうへ向けた。

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