第13話 追憶の復讐者(ロ)

「うーん、カルロス、カルロス――」

 頭を振った御影大佐が、

「天竜自治区の住民は、すべて大農工場が社畜として接収する予定だ。私の立場上、ここから自主的な判断で退出をする連中を見過ごすのは、できない相談になる――私の心情的には元同僚を見逃してやりたいがな?」

「伊里弥が死んでもいいのか。こいつ、お前の部下なんだろ?」

 そう言ったものの、カルロスの言葉から力が抜けた。下がった右手の先にマカロフがある。伊里弥少佐へ巻き付いた左腕はそのままだ。恐怖しているらしい伊里弥少佐が動く気配はない。だが、一番危機的な状況は去った。

 大きく息をついた俺の腕のなかにいたリサも肩の力を抜いたのがわかった。

 カルロス、それでいいんだ。

 生きていればまた浮かぶ瀬もある。

 それに聖空と愛空を残して死ぬのは良くないぜ。

 あの褐色肌の美少女姉妹はお前の他に身寄りがないんだろ、カルロス――。

 俺は声を出さずに笑った。

 弱々しい笑みだったと思う。

 リサはうなだれていた。

「うーん、伊里弥少佐は私の部下だよな?」

 御影大佐が伊里弥少佐を見やった。

「あは、はっ、はい、自分は大佐の部下であります!」

 伊里弥少佐が甲高い声で応えた。

「――しかし、使えない部下だ」

 笑顔を消して怪物は低く唸った。

「あっ、えっ――」

 視線を惑わせた伊里弥少佐の横で、

「――あれ、何だ、どうした?」

 カルロスが顔を上げた。

「――伊里弥秀人!」

 怪物の雷喝だ。

「あえっ――」

 伊里弥少佐が背筋をピンと伸ばした。

「伊里弥秀人陸軍少佐、貴様は最近、小宮山中将と随分仲良くしているらしいではないか。浜松居住区の飼い犬になっている爺さんだ、よく知っているだろう――」

 御影大佐が笑窪だけで笑った。

「あっ、そっ、そんな、御影大佐、自分は皇国復興のため心身を捧げて職務に邁進し――」

 言い訳にならない言い訳を始めた伊里弥少佐を無視して、

「佐々木大尉?」

 御影大佐が横にいた佐々木大尉へ視線を送った。

「はいっ、了解です、御影大佐!」

 返事をした佐々木大尉が後ろに回した手を前へ持ってきた。

 短機関銃と一緒だった。

 UMP45だ。

 それは当然のように火を噴いた。

「おっ、おいおい――」

 俺は呻いた。

「!」

 リサは息を呑んだ。

 佐々木大尉は伊里弥少佐とカルロスを至近距離から撃った。

 ひとたまりもない。

 カルロスと伊里弥少佐は崩れ落ちた。

 跳ねた空薬莢が何個かその上へ落ちた。

 倒れた二人に佐々木大尉は弾倉にある弾をすべて撃ち込んだ。

 遅れて悲鳴が上がった。

「カルロスおいちゃん!」

「カルロスおじさん!」

 最初に悲鳴を上げたのは愛空と聖空だ。

「ああっ、そんな――!」

 まりあ先生の呻き声だ。

「カルロス、カルロス!」

 子供たちが喚いた。住民の集団がざわめいた。皇国軍兵士の列は口を開かない。伊里弥少佐配下にいた連中は顔を青くしていた。

 聖空と愛空を抱えたまま唖然としていた一刻が、

「おい、これは聞いていた話とは違う。カルロスの命は取らないと――うっ!」

 一刻は口をすぐ閉じた。

「奴隷どもは、こちらの指示があるまで動くな!」

 怒鳴った佐々木大尉の笑顔と銃口は住民の集団へ向いていた。周囲にいる兵士の列の銃口もそちらへ向いている。聖空と愛空が泣きながら飛び出しかけたが、それは、まりあ先生が掴んで引き留めた。間一髪だった。

「私の敵の味方はすべて私の敵だ。一人残らずな。こんな簡単なこともわからないのか、この大馬鹿たれめが――部隊、見ての通りだ。反乱分子を処分する際の事故で佐々木秀人陸軍少佐は殉職した。当年とって、えーと――」

 御影大佐が機械の兵隊どもへ向き直って、そう言っている途中、佐々木大尉へ視線を送った。

「――大佐、伊里弥は四十二歳でした」

 佐々木大尉が応えた。

 頷いた御影大佐が、

「当年とって四十二歳だった。うーん、まだ若かったのに惜しい男を亡くしたな。ま、部隊で敬礼のひとつもしてやるといい」

「はっ、御影大佐殿! 殉職した伊里弥秀人先任少佐殿に、一同、敬礼!」

 茶番もいいところだ。部隊は揃って敬礼をしている。死体を作った佐々木大尉も真面目腐った顔で敬礼だ。こいつら完全に頭がイカレていやがる。御影大佐にとって何か不都合があったらしい伊里弥少佐は意図的に危険な任地へ送られた上、どうにかこうにか生きて帰ってきたところで殺された。

 そのついでにカルロスも殺された――。

「リサ、動くな、動くな」

 俺はリサを強く抱きとめた。

 顔を赤くしたリサは身を捩っていた。

 たぶん、すぐにリサは聖空と愛空のもとへ駆け寄りたいのだろう。

 友人を抱きしめてやりたいのだろう。

 だが、今は駄目だ。

 それは危険すぎる――。

「リサ、懐にある拳銃を捨てろ――」

 俺はレッグ・ホルスターにあったM686を地面へ捨てた。

「!?」

 リサが俺を睨んだ。

「早く捨てるんだ!」

 俺は彼女の耳元で強く言った。

 俺を睨んだままだ。

 リサは懐のP232を捨てた。

 それを確認して、歩み寄ってきた御影大佐が、

「うーん、やはり黒神は賢い」

 顔を背けた俺は応えなかった。

 リサはその怪物を真正面から睨みつけていた。

「ああ、その女の子が黒神の相棒のリサか。もう話は聞いている。その子はかなり『特殊』らしいな――」

 御影大佐が呟いた。

「リサはあんたにまったく関係ないだろ?」

 俺は唸った。

 リサは歯ぎしりの音を鳴らした。

「――まあ、そうだな」

 御影大佐が頷いた。

 それでもまだリサを見つめている。

「これから、あんたは俺たちをどうするつもりだ?」

 俺は訊いた。

 ここでリサと俺を消しても御影大佐が得るものは何もない。

 だから、殺すつもりはないと思う。

 俺としては、それがないと思いたい。

 しかし、この怪物は恐ろしく気まぐれだから絶対に油断はできない――。

「それは別にどうするつもりもない」

 御影大佐が笑窪だけの笑顔を見せた。

「――本当か?」

 俺は身構えたままだ。

 もう身構えたところでどうこうなる状況でもないのだが――。

「実際、どうこうもできないだろう。黒神武雄もそこのリサもあくまで居住区の住民だ。日本皇国軍は本来、居住区内の住民を――皇国民を保護する目的で結成された組織だからな――」

 御影大佐が判で押したような答えを返して横へ目を向けると、

「ええ、そうですよね」

 そこにいた佐々木大尉が笑顔で頷いた。

「あんたの部下は知らん。だが、あんたはカルロスを特別な理由もなく殺したんだぜ。俺があんたを信用すると思っているのか?」

 俺はカルロスの死体を見やった。

 その近くに子供たちが輪を作って佇んでいた。

 聖空と愛空が腰を落として泣いている。

 俺を見上げるリサはまだ横にいた。

 その表情を見ると、亡骸を囲む輪へ近寄ることを怖がっているような態度だった。

 俺は意味もなく頷いて見せた。

 リサは視線を落として応えた。

「まあ、ここで不運にも殉職した私の部下の話はこの際、置いておこう」

 前置きをした御影大佐が、

「大農工場の社畜として収容したところでだ。あのカルロスがそこで大人しくしているとは思えんだろう。これはやむを得ない処置だった。ここから逃がすこともできない。日本再生機構は――いや、リベラルな浜松居住区はともかくだな。皇国軍は区外の不法滞在を原則的に認めていない。区外の住民はすべて皇国民として管理されるべきなのだ。ああ、黒神、これは私の意見ではないぞ。私のいる立場上、それに準ずることしかできないという話になる」

 俺は黙っていたが、

「ええ、大佐、そうなりますよね!」

 佐々木大尉が笑顔で頷いた。

「――いや、それは違うな」

 俺は呟いた。

「うーん?」

 御影大佐は促したがあまり聞きたくもないような態度だった。

 唇の端にあった深い笑窪が消えている――。

「あんたはようやくここでカルロスを殺せたことになるよな?」

 俺は顔を上げて訊いた。

 リサは俺を見つめていた。

「そうなんだろう?」

 俺はもう一度訊いた。

 顔を傾けた怪物は俺をじっと見つめている。

 整った顔だ。

 そこについた両目が穴ぐらのようになっていた。

 こいつは人間的な要素が何もない男だ。

 そこを覗いて何の内容もないことに誰しもが恐怖する。

 それはすべての存在を呑み込む虚無――。

「あんたのダンマリは昔から肯定だった。今もそれは変わらない」

 だが俺は正面から言い放った。

 低い声だった。

 勘違いをしやがって。

 今の俺にはお前への恐怖が何も無い。

 御影狩人団の解散後、お前は豚の兵隊の組織でぬくぬくと生きてきた。

 俺は汚れきったクソみたいなこの世界を野良犬のまま生き抜いた。

 クソ家畜の、クソ豚野郎風情がな。

 野良犬の一本気を安く見積もりやがってな――!

「――うーん」

 御影大佐が顔を傾けたまま眉根を寄せた。

「――ああ、俺にも話が見えてきたぜ!」

 俺は野良犬の気概で唸り続けた。

「あんたは五年前に『こうする』予定だったよな。後方に控えていたあんたが送ってくる予定だった増援が遅れに遅れた。それで俺たちは――俺とカルロスの部隊は、この東にあった集落で――二俣集落でNPCの群れに囲まれて孤立した」

 御影大佐は何も言わなかった。

「あれは二俣集落を全滅させるためにあんたが――御影洋一が意図してやったことだった。当時、二俣集落は皇国軍に対して最も反抗的だったな。今、あんたがつけている陸軍大佐の肩書はあのときの対応の見返りか?」

 構わずに俺は唸った。

 返事はない。

 御影大佐は俺をじっと見つめているだけだ。

「おい、俺の質問に答えろ!」

 無駄だと知っていた。

 それでも俺は怒鳴って返答を促した。

「――黒神、お前は変わったな?」

 御影大佐が笑った。

 例の片方にだけ笑窪のある笑顔だった。

 俺は唸り続ける。

「御影、俺はな、何一つとして変わってねェんだぜ?」

「いや、変わった。昔のお前は知らなくていいことを知りたがる男でなかった。そこが、私としては気に入っていたのだが――」

「便利さ加減を褒められても不愉快なだけだ。俺は道具じゃねェからな」

「うーん、黒神は怒っているのか?」

「あんたの目には俺が楽しそうに見えるか?」

「あのとき――私の団が請け負った二俣集落の防衛戦だ。お前には撤退指示を送った筈だが?」

「ああ、あのとき、俺の判断はあんたと同じ即時撤退だった。だがカルロスはまだいけると踏んだ。他の団員どももだ。二俣集落の住民だって戦意は高かった。それを俺はあんたへ通達しておいた筈だがな?」

「ああ、それで黒神は逃げ遅れたのか――」

 頷いた御影大佐が、

「――この、馬鹿たれめが」

 と、笑った。

 目まで細めやがった。

「この、クソ野郎が――!」

 俺の我慢にも限界がある。

 禁を破った俺は今目の前にいるその男を正面から罵倒した。

「うーん?」

 御影大佐が佐々木大尉へ目を向けた。

「あっ、はい、何でしょう、御影大佐?」

 笑顔で姿勢を正した佐々木大尉へ、

「黒神武雄をここで殺してメリットがあるものかな?」

 御影大佐が訊いた。

 リサがざっと殺気立った。

 そのリサを俺は手で制した。

 はったりだぜ、こんなもの――。

 実際、佐々木大尉は苦笑いで、

「大佐、それは判断しかねますね。少なくとも今、NPC狩人組合を敵に回すのは面倒です。それに黒神武雄とリサへ手を出すと、あの小池さんがいい顔をしないですよ。そういう約束でもありましたし、あのひとは本当にウルサイから――」

「あっ、そうだったな。小池さんがねえ、それを忘れていた。ああ、うーん――」

 御影大佐が目を泳がせた。

 珍しい――。

「小池ってアブラ狸のことか?」

 俺は呟くように訊いた。

「黒神、そのアブラ狸とは?」

 御影大佐が訊いてきた。

「アブラ狸はNPC狩人組合職員の小池幾太郎だ。他にいるか?」

 俺が言うと、リサが死ぬほど嫌そうな顔で頷いた。

「ああ、確かに、あれはアブラ狸だ、ぴったりのあだ名だ――」

 御影大佐が深く頷いて見せた。

 これは納得の表情だ。

「あんたは小池主任あれを知っているのか?」

 俺が訊くと、

「黒神は小池さんのことを何も知らないのか?」

 御影大佐が怪訝な顔を俺へ寄せてきた。

 声まで潜めている。

 こいつの性格を考えると本当に珍しい態度だ――。

「――本当に知らんぜ。アブラ狸のことなんか知りたくもないね。だから、それ以上、言うな」

 俺は言った。

 断言した。

「ああ、黒神は知らんのか。よく聞いてくれ。あの小池幾太郎という男は元々が自衛隊の幕僚運用支援班にいた――」

 御影大佐が口を開いた。

 こいつは、そういう奴なのだ。

 俺のほうは、

「ああいや、それはいい。知りたくねェから絶対にそれを言うな。俺に聞かせるなよ――」

 さっきから、こうはっきりと言っているだろうが。

 このクソ野郎めが――。

「――うーん?」

 御影大佐が佐々木大尉へ目を向けた。

「あ、はい、大佐。何でしょうか?」

 佐々木大尉は笑顔を向けて大佐に応えた。

「やっぱり、この黒神は昔からあまり変わっていないのかな?」

 御影大佐が顔を傾けた。

「いや、大佐。ぼくにそれを言われてもよくわかりませんが――」

 珍しく佐々木大尉は困り顔だ。

「――はあ」

 溜息を吐いた俺は、

「――おーい、栄倫さんね。ちょっと俺の質問に答えてくれる?」

 少し遠くから、

「――あっ、はい、何でしょうか?」

 栄倫が声を返した。

 俺は歩み寄りながら、

「五年前からこの天竜自治区は――二俣にあった集落も含めてだぜ、大農工場の建設候補地になっていたのか?」

「あ、はあ、まあそういうことですねえ」

 栄倫は饅頭のような笑顔で応じた。

 悪びれもしない。

 まあ、悪党が悪びれたらそれは悪党でなくなるよな――。

「だが何故、ここにきて白旗を揚げたんだ。天竜自治区の運営は成功していた筈だがな?」

 俺は訊いた。

 平坦な声で平坦な表情だったと思う。

 俺に寄り添ったリサは栄倫をはっきり睨んでいた。

「私どもとしても、まあ、色々ありましてねえ――」

 栄倫が禿頭へピシャリと手を置いた。

「本当に色々か? 大農工場の管理職が餌だろうが?」

 俺は唸ったが、栄倫は応えなかった。

 ただ、饅頭のような笑顔で俺を見上げている。

 リサが鋭く舌を鳴らした。

「この、乞食坊主がよ――」

 俺も舌打ちをした。

 リサがカルロスの亡骸の近くで蹲っていた聖空と愛空の肩へ手をかけた。

 聖空も愛空も顔を上げなかった。

 リサは何か声をかけたくても、その喉から言葉が出ない――。

 視線を落とした俺へ、

「――いえ、黒神さん、これは天竜自治区の総意ですよ」

 まりあ先生が声をかけてきた。

「これが総意だと? そうは思えねェけどな? 方々に抵抗をした形跡があるぜ。へえ、中国人はみんなまとめて殺したかよ。血も涙もねェよな?」

 俺は道端で折り重なった死体の山へ目を向けた。

 その死体はたいてい後ろ手で縛られていた。

 やはり、ここで行われたのは処刑だ――。

「――俺の質問に答えろ! 誰でもいい。本当にこれは天竜自治区の総意だったのか!」

 俺は周辺にいた連中へ――天竜自治区の全員へ視線を巡らせた。

「黒神さん、天竜自治区を住民の手だけで運営するのは限界だったんだよ」

 俺の怒鳴り声に応えたのは近くにいた天竜自警団の団員だった。

 元、天竜自警団の団員だ。

 今回の作戦中何回か言葉を交わした若い男だった。

 周辺の連中が頷きながら、

「そうなんだ、黒神さん。最近は防衛戦で毎日のように死人が出てた」

「天竜自警団だけでは猿型NPCの群れを対処できない」

「実際、佐久間前哨基地は壊滅しただろ。でもうちの団長は――カルロスさんは、犠牲者に構わないひとだったから――」

「自治区にいた中国人どもとだって、好きで付き合っていたわけじゃねェよ」

「中国から来る行商は道の往来で大声を出すし、自治区で決めた売値をまったく守らない。それで元からここで商売をしていた住民も困ってた」

「でも、集落は外から入ってくるものを拒否できないだろ」

「外からの物品に頼らないと自治区の生活は成り立たねェだ――」

「俺たちは普通の生活がしたいだけなんだ――」

「普通の――NPCと戦わない生活――普通の仕事だけやって生きていきたいよ」

 豚どもが口々にぶうぶう言った。

「――普通の生活か。それが、奴隷でもか?」

 俺は訊いた。

 誰も返事をしない。

 聞こえてきたのは聖空と愛空のすすり泣く声だけだった。

 その近くにしゃがみ込んだリサがうなだれている――。

「――まあ、俺としては手前らクソどもがどうなろうと、もうどうでもいい話だ――おい、御影大佐殿よ?」

 俺は奴へ目を向けた。

「うーん?」

 これが奴の返事だった。

「リサと俺は天竜からすぐ出ていく。それで文句はないな?」

 俺は唸るように訊いた。

「まあ、それで皇国軍こちらとしては文句がない筈だよな、佐々木大尉?」

 御影大佐が目を向けると、

「ええ、はい。それで構いませんよ」

 笑顔で佐々木大尉が頷いた。

「それでは仕事へ戻るか――」

 脇を抜けていった御影大佐を、

「――おい、ちょっと待て、この野郎!」

 俺は怒鳴って呼び止めた。

 どうして、こんな馬鹿なことをしたのかわからない。

 目の前にカルロスの亡骸が横たわっていたからか。

 その近くで聖空と愛空が泣き崩れていたからか。

 瞳を揺るがせたリサが、俺をじっと見上げていたからか。

 クソのような天竜自治区の住民に苛立っていたからか。

 それとも、御影洋一を、今この手で殺したいと考えたからなのか。

 このうちの、どれが動機だったのか――。

「うーん、まだ何かあるのか黒神?」

 御影大佐が足を止めた。

「これだけは、しっかり覚えておけ。俺があんたらを恨んでいないと思ってくれるな」

 俺は背中で言った。

 この顔を奴に見せることはできない。

 今の俺は殺し屋の顔になっている――。

「――昔から忠告している。貴様のその余計な一言は命取りに繋がるぞ」

 背で怪物の声が響いた。

「へえ、怖いな。だが、それを今は絶対にできねェんだろ。あんたが俺を殺したければとっくに殺している筈だ。せいぜい、抜かしてろよな」

 俺は唸った。

「――うーん。やっぱり黒神は少し変わったよな?」

 そう言い残して、怪物は俺の背後から消えた。

「あんたは昔からまったく変わらない。どうやったら、どうしたら、そうなるんだ――」

 俺は視線を落として呟いた。


(第4章 追憶の復讐者 了)

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