第6話 パーラー・アテナの籠城戦(イ)

 多治見から逃げ帰ってきた内山狩人団の要請に、組合のお偉いさんは要求以上の対応を――予想外の対応をしてくれた。俺としては「こんな危ない仕事はもう嫌だな。組合は多治見の攻略を諦めてくれないかなあ」そう声を大にして言いたい気分だったのだが、組合の考えは全然違ったのだ。どうもNPC狩人組合総本部は多治見を本気で陥落させるつもりらしい。名古屋居住区は拡張工事中だ。確かに対NPC障壁のすぐ向こう側にゾンビ・ファンガス胞子の大発生地――多治見を抱えていると居住区の存在意義が薄れてしまうのは理解できる。

 でも、そんなことは俺の知ったことではないからな――。

 ともあれ、春日井新団地へ帰ってきた内山さんの話を聞くと、今後はエリア制圧の終わった可児市方面、元から名古屋居住区の障壁内にあった安全な瀬戸市方面、それに俺たちがいる春日井方面から、多治見へ同時侵攻作戦が行われるらしい。

「多治見に仮前哨基地の形成を成功した後には、消耗した人命と物資の追加を、ジャンジャン送り込む」

 組合はそう約束してくれたようだった。

 ぶっちゃけて解釈すると、

「人命の犠牲を大前提でサポートをしてやるぞ」

 これが組合の方針だろう。

 俺としてはありがた迷惑な話だったし、一緒に内山さんの話を聞いていた団の連中の顔色も総じて冴えなかった。

 どうやらこの任務には退路がないらしい。テーブル席の上で額を強く掴んだ俺は溜息を吐いたのだが、リサだけはキリッと表情を引き締めて何度も何度も頷いていた。本当に俺の彼女は好戦的なのだ。

 あのなあ、リサよ。

 俺たちは多治見で二人とも死んじゃうエンドになるかも知れないよ?

 俺は戦意に満ち満ちて凛々音を鳴らしそうなほど輝く天使の横顔を、そんな思いでじっと見つめたが、リサは視線すら返してこなかった。

 畜生、やる気満々だ――。

 次の日、春日井新団地で多治見侵攻作戦へ参加する各狩人団の団長との顔合わせがあった。どの団長もそれぞれ埃っぽい野郎どもで荒仕事では頼りにはなりそうな印象ではある。彼らとの打ち合わせを終えた内山狩人団の四百五十名余と合同することになった落合狩人団の三百五十名余は、装甲車で十九号線を突っ切って(もう二度も逃げ帰ってきた道だ――)多治見へ侵入した。前述の通りだ。同時刻に多治見の北と南から多治見侵攻作戦に参加する狩人団も侵入したと無線連絡があった。NPCにはおそらく戦うための知性がある。しかしそこまで高度なものでもない。これは希望的観測だ。NPCが持つ知性がそこまで高度なものではないだろうと人間側は思いたい。

「北、西、南の3方向から同時に多治見へ侵入すれば、NPCも分散して行動する。どこかしらで、攻略の足がかりになる前哨基地を設営できる筈だ」

 これが春日井新団地の食堂でやった打ち合わせで出ていた結論だった。

 当然、多治見に侵入した俺たちをお出迎えにきたのはNPCの群れだ。そこで俺たちはまた戦争みたいな戦闘をやった。前回と違って今回は大人数の合同作戦でこちらの手数も多い。事前の想定通りNPCは多治見へ同時に侵入した三方へ散って迎撃に当たったようで以前よりは数を減らしていた。春日三山要塞からのしつこい砲撃も多少効果があったのかも知れない。

 NPCの群れを蹴散らした俺たちは東へ強引に進み、持ち込んできた重機や機材を使って多治見西部へ前哨拠点を形成することに成功した。成功をしたのだが、それ以降、多治見のNPCと胞子の駆除はまったく進んでいない。多治見の中心部へ近づくと昼でも大気が白く霞んでいた。長くNPC狩人をやってきた俺でもここにきて初めて見た。多治見は体内で育って大きくなったゾンビ・ファンガスが肉体の外まで突き破っているNPCの個体が多くいる。そいつらは生きたまま胞子をまき散らしているのだ。胞子・放射線観測機が悲鳴を上げるような胞子の濃さだった。こうなると耐胞子マスクだけで胞子を防げない。俺たちはできるかぎり肌を露出しない服装の間をテーピングで厳重に塞いだ上、前哨基地に出入りするたび除菌剤をかぶってからしつこく仮設の風呂へ入る羽目になった。逐一その手間で作業効率は悪くなる。その上でだ、進撃を目論んで前哨基地から偵察の班を出すたび、そいつらはNPCの群れを引きつれて撤退してきた。犠牲者は増える一方だった。これまでに内山狩人団からは五十人、合同していた落合狩人団からは百人に近い死者が出た。回収できた亡骸は駐車場で焼いて骨にした。回収できなかった死体はNPCの腹のなかだ。

 そんなこんなで俺たちがいるのは、多治見の西部中央にある元は大きなパチンコ屋だった前哨基地だ。店名にちなんでこの前哨基地を『パーラー・アテナ』と呼んでいる。

 くどくどと長くなったこれまでの話を簡単にまとめよう。

 内山狩人団と落合狩人団の合わせて五百名余はパーラー・アテナで大量のNPCと胞子に囲まれて孤立した。


 パーラー・アテナの事務室が指令室の代わりだ。

 休憩を終えたリサと俺が、外から聞こえてくる銃声と怒号を背に指令室へ入ると、そこでは内山さんと島村さんが無線機を睨んでいた。数日前までだ。指令室には落合狩人団の団長をやっていた落合さんと副団の蒲生さんもいたのだが、北へ偵察に出た彼らは――落合狩人団は半分以上がパーラー・アテナに帰ってこなかった。帰ってこなかった人間のなかに落合団長と蒲生副団もいた。今はまとめて内山さんが落合狩人団の生き残りも指揮している。今のところ、パーラー・アテナに待機している二百前後の人員が、屋上の駐車場に配置した装甲車の車載機関銃――ミニガンとM2重機関銃、それにMk19自動擲弾銃で襲撃してくるNPCを撃退しているものの――かろうじてだ、安全に猪型NPCを駆除するには対戦車ミサイルが欲しいと思う――いつまで防衛が成功するのか不明瞭だ。昼夜を構わずに続く対NPC戦闘と胞子感染への恐怖、それに後方の補給線が断絶して五日目に突入した不安で人員の疲労は濃い。

 近いうちに、パーラー・アテナの維持は限界が来る――。

 俺は内ポケットの煙草の箱へ手を伸ばして「ぐぅえあっ!」と呻き声を上げた。喫煙を試みた俺を止めたのは横にいたリサの肘鉄だった。脇腹を押さえて斜めになった俺が視線を送ると耐胞子マスクを首から下げたリサが横目で睨みつけている。胞子の侵入を防ぐためだ。パーラー・アテナの窓や使わない出入口は持ち込んだ建材で塞ぎ、その隙間もできる限りダクト・テープで密閉してある。場内で淀んだ空気をかき混ぜているのはホールのほうへ(元はパチンコ台やらスロット台があった場所が寝泊まりする場所になっている)置かれた胞子フィルタ付きの空気清浄器が数台だ。ここで煙草をふかすと淀んだ空気が益々淀む。元はパチンコ屋が完全禁煙になっているのは皮肉な話だよな。胞子で空気が霞む外へ出たところで耐胞子マスクを外せないから煙草を吸えない。まあ、今の俺は煙草を吸う場所がないのだ。

「リサは飴ちゃんを持ってるか?」

 俺は喫煙を渋々諦めて訊いた。頷いたリサがジャケットの内ポケットから飴玉の缶を取り出した。飴玉の缶を取り出した。飴玉の袋を取り出した。もうひとつ飴玉の缶を取り出した。最後にキャラメルの箱も取り出した。

 お前はジャケットのなかにいくつ飴玉の缶や袋を持っているんだ――?

 俺はじっとリサを見つめた。

 リサは飴玉セットを抱えて俺を見上げている。無表情だ。抱えている飴玉の袋のなかに珈琲味があったのでそれをひとつもらった。俺は甘いものが嫌いだし飴玉も当然好きではないが、何かで気を紛らわせていないと苛々する。

「おゥ、リサちゃん、俺にもキャラメルをひとつくれるか?」

 内山さんは歩み寄ってきて手を出した。リサは表情を変えないまま、キャラメルを一個、内山さんの手の上に置いた。弱く笑った内山さんは何も言わずにキャラメルを口に入れた。内山さんの鬢のあたりがほつれている。ダンディでスタイリストが信条の内山さんは年齢不相応の黒々とした髪を、いつもきっちりオールバックにしてあるのだ。内山さんも疲れていた。不眠不休の籠城戦が続くと誰だって疲労が表へ出る。若く見えるが内山さんはもう還暦に近い年齢でもある。でも内山さんは俺と違って溜息を絶対に吐かない。

「おい、北にいる狩人団のケツをもう一度叩いてみろよ」

 内山さんが島村さんの背へ言った。

 島村さんは無線機のレシーバーを握りしめたまま、

「団長、さっきも連絡を取ったよな。北にいる狩人団はそれぞれ確保した仮前哨基地で釘付けになっているんだ。何度言っても返答は同じだろうね――」

「いつまで釘に刺されているつもりだ、あのバカヤローどもはよバカヤロー。今、北にいるNPCがこっちへ――パーラー・アテナへ流れてくると対応しきれねェだろ――」

 内山さんがソファへどっかと腰を下ろした。

 島村さんは返事をしない。

 前哨基地で釘付けになっているのは、パーラー・アテナで四面楚歌を謳歌している内山狩人団だって同じだからね――。

「――北から侵入した連中が前哨基地にしているのは物流センターだったかな?」

 言葉に迷った俺はあまり意味のないことを呟いた。練乳ミルク味の飴ちゃんを口にいれたリサは、椅子の上で無線と地図を交互に睨む島村さんの背を見つめている。

「ああ、そうだそうだ。黒神さん、ついさっき悪い話が入ってきたんだけどね――」

 島村さんが椅子を回して身体を向けた。

「その悪い話はどこからきたの?」

 俺は訊いた。

「組合本部からだよ」

 島村さんが弱く笑った。

「島村さん、いい話のほうはないのか?」

 俺も苦笑いを返した。

「ん?」

 島村さんが落ち武者ライクな頭を傾けた。

「ああいや『いいニュースと悪いニュースがあるがどっちを先に聞きたい?』って言い回しがよくあるよね、映画だとかだとさ――」

 俺は苦笑いのままで言った。

「それがね、黒神さん。多治見でグッド・ニュースはひとつもないんだよ」

 島村さんがハゲ頭を左右に振った。

「参ったな――」

 俺は顔を歪めてリサを見やった。リサは口のなかで飴ちゃんをコロコロやりながら表情を変えずに横目で視線を返してきた。

「もったいつけずにさっさと教えてやれよ、コノヤロー」

 内山さんがペットボトルのミネラル・ウォーターを飲みながら島村さんへ目を向けた。

 島村さんが内山さんの対面のソファへ移動して、

「先日、制圧が終わった筈の可児市の状況だ」

 島村さんがテーブルから手に取ったのはウーロン茶のペット・ボトルだった。

「多治見の北だな?」

 俺は近くの机にあったローラー付きの椅子を引いて腰かけた。

「!」

 頷いたリサが俺の上へ腰かけた。甘えているわけではないと思う。自分で椅子を用意するのが面倒なのだろう。こいつそういう性格だしな。俺がじっと後頭部を見つめていると、リサが肩越しに視線を送ってきた。チラッと一瞬だけだ。無表情だった。

 島村さんがペットボトルの紅茶をひとくち飲んで、

「うん、制圧が終わった筈の可児市にまた大量のNPCが出没したみたいだ。多治見が騒がしいから流れていったのかも知れないな。で、多治見の北にある前哨基地へ――物流センターへ後方から補給の輸送に当たっていた狩人団が今は可児新団地のなかで立ち往生中――」

「?」

 リサの頭が傾いた。

「マジかよ。可児新団地までNPCが押し寄せているのか?」

 俺は呻いた。

 島村さんが頷いて、

「話を聞く限りではそうだね。可児新団地自体は仮でこさえた前哨基地と違って作りが頑強だから現場はまだ余裕があるらしいけど――」

「北方面の狩人団は可児新団地から補給を受けていたよな。そうなると北に進出した狩人団も後方の補給線を絶たれているのか――」

 俺は呟いた。返事はなかった。内山さんも島村さんも視線を落としてペットボトル飲料が並んだテーブルを眺めている。

 リサが出入口へ顔を向けた直後だ。

 指令室のドアが開いて、

「その回復に注力しているから、北の前哨基地にいる狩人団は動けないの?」

 秋妃さんが入ってきた。

「おゥ、秋妃か。前哨基地周辺の状況はどうだ?」

 内山さんが顔を上げた。

「周辺のNPCは退いたわ。犠牲者も感染者も無しよ」

 秋妃さんが濡れた髪をタオルで拭きながら応えた。屋外でNPC迎撃の指揮をとっていた秋妃さんはシャワーを浴びてきたのだろう。ビニールで覆いを作ったホール出入口の脇に簡易シャワー室が何個か設置してある。外から前哨基地へ入ってくる人間は必ず除菌剤をかぶって検疫を受けるのがパーラー・アテナの規則になった。あの強力な薬品は人体の健康に良くないらしい。それでも背に腹は代えられない。まだ貯水タンクに生活用水は残っている筈だが、それも後一日か二日で尽きるだろう。以降は胞子感染対策の不安が出る。仮設トイレを定期的に処理しないと衛生面の心配もある。だが、それをするために使っていた後方の輸送路――西へ春日井新団地へ続く道路はNPCで埋まっていて、装甲車を使っても通行することが難しくなった――。

「――そうか、ご苦労さん。疲れただろ。秋妃も座って何か飲め」

 内山さんが促した。

「今回は撃退できた。でも、自動投擲銃に使うグレネード弾の在庫がなくなりかけているのよ――」

 ソファに腰を下ろした秋妃さんは、ロイヤル・ミルク・ティーのペットボトルを手にとった。

「あァ、それなァ、他の奴からも報告があったぜ」

 内山さんが顔を曲げた。

 顔を曲げたあとの言葉は続かなかった。

「一二カンマ七ミリ弾だけでは頼りないわ。みんながみんな、リサちゃんや黒神さんみたいに弾を当てるのが上手なわけじゃないもの。すぐグレネード弾の補給を――」

 秋妃さんは言葉を止めて視線を落とした。

 今はそれができない状況にある――。

「――!?」

 リサの肘鉄だ。

 俺の肝臓に突き刺さった。

 俺の膝の上に座ったリサは前を向いたままだけど狙いは正確だね――。

「――げっふん。あーと、ハイ」

 俺は呻き声と一緒に手を挙げた。

「何だ、黒神ィ」

「いい意見があるのかい?」

「言ってみて、黒神さん」

 内山さんと島村さんと亜紀さんが同時に俺へ顔を向けた。

「えっと、今朝に内山さんや島村さんから俺は聞いたよね」

 俺は言った。

「南にある前哨基地は――脇之島前哨基地の後方輸送路はまだ生きている。今、外へ出ている斎藤君の班が脇之島前哨基地までの輸送路を確保できれば、そっちから補給を融通できるよな」

「それがね、黒神さん」

 島村さんはテーブルを見つめて、

「南の前哨基地は――阿武隈さんの狩人団が全体の指揮をしているらしいんだが、北へ出ていた偵察の班を引き返させたらしいんだ」

「副団、ちょっと待って! 私たちは班を南へ突出させているのに、南からはその出迎えもなしなの?」

 秋妃さんがばっと顔を上げた。

「今、そこを何とか粘れないか脇之島前哨基地へ打診していたんだけどね――」

 島村さんの声が弱くなった。

「!」

 リサがビッと背筋を伸ばして、

「それなら、島村さん。すぐ南に出ているうちの偵察班を――斎藤君たちを撤収させないと――!」

 俺の声が大きくなった。

「黒神、今、その連絡をしていた。じきに斎藤の班はパーラー・アテナへ戻って来る筈だぜ、コノヤロー」

 内山さんが空にしたペットボトルを指令室の隅へ放り投げた。そこは空き缶やら空のペットボトルで小山ができている。

「南にいる連中は臆病風で動けないのかしら?」

 秋妃さんが呟いた。

「臆病風にこう多く胞子が混じっているとなかなかね――」

 俺はリサの耳元で言ったが彼女は頷かなかった。

 銃声がなくなると前哨基地は静かだ。

 この静寂が胞子で死んだ街の音になる。

「阿武隈はビビったか。そうであってもおかしくないがな、バカヤロー」

 内山さんが呟いた。

「阿武隈さんってあの頬髯が真横にびょーんと伸びた団長さん?」

 俺は言うとリサが肩を揺らした。笑ったみたいだ。顔合わせで見たその阿武隈団長はかなり印象的な容姿だった。

「そうだ、その阿武隈の野郎だ」

 内山さんが頷いた。

「かなりの強面だったよね。それで、内山さんと同じくらい背丈があった」

 俺は少し笑った。

鍾馗しょうき様みたいな顔つきだったけどな、案外あれで根性がない――」

 島村さんは渋面を作った。島村さんの髭面も十分強面なのだが、このひとは人当たりが柔らかさが目元に出ている。

「阿武隈のところが千人に近い大所帯の団と言ってもなァ――」

 内山さんの声が重かった。

「あの面構えの上に、そんな人数を抱えて臆病風に吹かれているのか?」

「!」

 俺の言葉に膝の上のリサが頷いた。

「黒神さん、名古屋にいる狩人団はどこもウチと状況が変わらないんだ。たいていが臨時で作られた連合軍だからね。古参のNPC狩人は見栄を張りたがるだろ。若い奴らはそうでもないが――」

 島村さんがテーブルの上へ地図を広げた。多治見の西部だ。そこに形成した何ヵ所かの前哨基地が青い●で記されていて、赤い×がついた道はNPCが封鎖中の道になる。島村さんは無線で各所と連絡を取ってこれを確認していたらしい。

 道は×印で真っ赤になっている――。

「前哨基地を繋ぐ輸送路を形成するのは無理なのか?」

 俺は呻いた。

 リサの反応はない。

 指令室が沈黙した。

 内山さんが内ポケットに手を突っ込んで顔を歪めた。

「――内山さん?」

 俺が呼びかけた。

 内山さんが煙草を吸っているところを俺は見たことがないけど――。

「あんだァ、黒神ィ?」

 顔をうつむけたまま、内山さんがギロリと目を向けた。

「煙草なら俺が――ああ、いや、内山さんが前に言ってた増援はまだ来ないのか?」

 思い直して俺は他のことを訊いた。禁煙を邪魔するのは気が引ける。俺も過去に何度か禁煙を試みたが三日で喫煙者に戻った。俺が比較的熱心に働くのは酒と煙草と女に不自由しない生活をするためだ。それ以外の意図はない。無駄な我慢するのは本末転倒だと考えだしたら禁煙をするのが馬鹿らしくなってしまった。

 話を戻そう。

 合同していた落合狩人団が偵察先で半壊したときだ。顔色が悪くなった団員へ、「足りなくなった人数は数日のうちに補充するからな、もう少しの間もちこたえろ」そんなことを内山さんがハッパをかけていたことを俺は思いだしたのだ。

「ああ、有馬狩人団か。明後日には来る筈だぜ。そこは心配するな、バカヤロー」

 ずっと不機嫌だった内山さんが笑顔を見せた。

「その有馬狩人団は信用できるの?」

 俺は単刀直入に訊いた。この物言いだと内山さんが怒り狂うかも知れない。だが今は椅子の上にいる俺の上にリサがいる。内山さんはリサへ怒鳴ったりはしない。その後ろにいる俺も被害を免れるであろうという計算だ。リサは都合のいいことに内山さんをじっと見つめているようだ。

 内山さんが俺ではなくたぶんリサへ頷いて見せて、

和義カズは――有馬和義って男はな、汚染前から俺と付き合いのある奴で――まあ、腐れ縁だぜ、コノヤロー。俺が呼べば和義カズは必ず来る。奴が呼ぶと俺はいの一番に駆けつける。奴と俺は昔からそういう間柄だ。黒神やリサちゃんも一度、和義カズの顔を見た筈だけどな、コノヤロー?」

「?」

「見たことがあるかな?」

 リサと俺は傾けた顔を見合わせた。

 島村さんが少し笑って、

「団長、たぶん、黒神さんとリサちゃんは覚えていないよ?」

「んん、俺から紹介しなかったかなァ――」

 内山さんは眉根を寄せた。

「黒神さん、藤枝居住区で仕事をしてきたときだ」

 島村さんが言った

「中学校の拠点に引き継ぎにきたのが有馬団長――有馬狩人団だ。ほら、カウボーイハットの、ほら、笑い声の大きい男だ――」

「――ああ、フクス兵員輸送車に乗ってたあの彼か?」

 俺は頷いた。

「おゥ、黒神、そいつが有馬和義カズだ。あれは同業者のなかで、1番、信用できる男だ。だから、ここの増援へ向かわせるよう、組合を通して俺が直々に指名した」

 内山さんが頷いて返した。

「へえ、その有馬さんの狩人団も名古屋で仕事をやってたのか?」

 俺が訊くと、

「ああ、黒神さん。元々俺たちは――内山狩人団は有馬狩人団をヘルプするために名古屋居住区へ来たんだよ」

 島村さんが教えてくれた。

「ああ、なるほどね。それで有馬狩人団の人数はどのくらいなの?」

「?」

 俺とリサは同時に顔を傾けた。

「方々へ声をかけて五百は人数を連れてくるって、言ってたらしいがなァ――あいつ、昔から見栄っ張りだから、そこらはどうだかな。数は怪しいな」

 内山さんがニヤリと笑った。

「そうか、希望がないわけじゃないんだな」

 俺も少し笑って返した。

 リサは軽く頷いて見せた。

「黒神さん、リサちゃんも、秋妃もちょっと聞いてくれ――」

 島村さんが声を上げて、

「――秋妃?」

 もう一度、秋妃さんを呼んだ。

「――ん?」

 顔を上げた秋妃さんだ。とろんとした目つきを見るとソファの上で居眠りをしていたらしい。秋妃さんだって疲れている。深沢さん兄弟を中心とした将棋組は偵察班を指揮しているから、秋妃さんが前哨基地の防衛の総責任者をやっていた。私生活ではどうしようもなく面倒な女だ。しかし、秋妃さんは仕事となると本当に根性が据わっていて頼りになる。普段からこのくらいテキパキしていると付き合いやすいのだけれどね――。

「――うん」

 島村さんが言った。

「俺たちは今、この前哨基地で――パーラー・アテナで孤立しているが、それでも決して、組合から見捨てられたわけじゃない。実際、NPC狩人組合だって最優先で人員と機材をここへ回してくれている。胞子フィルタ付きの空気清浄器に簡易シャワー、バリケード用の資材、クレーン付きのトラック、それに何台かあるMk19自動擲弾銃だって組合からの借り物だからね――」

「ああ、あれは全部、組合からのレンタル品なのか――」

 俺は頷いた。

 リサも頷いて見せた。

 まあこれは何となくの同意だろう。

「黒神ィ、組合はケチ自慢だろ?」

 内山さんが言った。

「ああ、うん、それは知ってるけど――」

 俺が目を向けると、

「だから、貸し出した道具を放っておかねェぜ。組合は強行手段を使ってでも、必ず貸した道具を回収しにくる。そうだろ、バカヤロー?」

 内山さんが声を出して笑った。

 俺も笑って見せた。

 リサは強く頷いて見せた。

 島村さんも破顔した。

 秋妃さんも少し笑った。

 笑顔が収まったところで、

「そうか。少しは安心した。それで斎藤君たちの――外に出ている偵察班からの連絡はあったのか?」

 俺は訊いた。

「心配よね――」

 秋妃さんの美貌が曇った。

「団長、もう一度、こっちから偵察班へ無線連絡を入れてみるか?」

 島村さんがソファから立ち上ると、

「おゥ、しつこくてもこまめに連絡を取ったほうが賢明だよなァ。前哨基地こっちから偵察班を出迎えに行く必要だってあるかも知れん。これ以上、ウチの団員を減らすわけにはいかねェぜ、バカヤロー」

 内山さんが唸り声で返事をした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る