第10話 パーラー・アテナの籠城戦(ホ)

「口を大きく開けて、俺に見せろ」

 俺はオイル・ライターを手に命令した。

 何をしたいのかを察したらしい。

 リサは大人しく口を開けた。

 俺はオイル・ライターの灯りを頼りにその口内を確認した。

 唾液は濁っていない。

 ゾンビ・ファンガスに寄生された人間は白い菌糸で体液を濁らせる。

 未発症イエローが確定。

 まだ感染者キャリアの懸念が消えたわけではない。

「次は眼球の検査だ。目を閉じるな。そのままじっとしてろ――」

 俺はジャケットの内ポケットから感染者テスタを取り出した。

 形状は小型のルーペに近い。

 ごく薄い茶色の光彩の大きな瞳だった。

 折り重なった上まぶたが有機的なオルガンのように見えた。

 リサの瞳を拡大した感染者テスタが、

「ビィィィィィイ!」

 と、警告音を鳴らした。

 感染者レッドが確定――。

「――覚悟はいいな?」

 俺はリボルバーの銃口をリサの額へ向けた。

 何を考えているのだろう。

 月下のリサは静かに微笑んだ。

 天使へ向けた俺の銃口が震えている――。


「――だめだ、撃つなッ!」

 俺は叫び声と一緒に跳ね起きた。

 嫌な汗で全身を濡らした俺は簡易ベッドの上にいた。

 ここはパーラー・アテナの一階ホールだ。

 覚めた悪夢の先にいた俺はやはり悪夢のような現実にいたのだが、

「!?」

 寝ていたときに見ていた悪夢と違う。

 横の簡易ベッドに、むくりと上半身を起こして、俺を睨みつけるリサがいた。

 天使はまだ俺の傍にいる。

 だからまあ同じ悪夢でも、こっちはだいぶマシだよな――。

 俺は気まずい気分で笑って見せた。

 リサは眠そうな顔で俺を睨んだまま笑わない。

 腕時計に目を向けると、時刻は朝の四時前だ――。

「屋上駐車場の見張り交代時間だ。そろそろ、上へ行こうか?」

 俺は苦笑いのままベッドから下ろした両足へブーツを履かせた。

 リサも眠そうな顔のままそうした。

 そうやってだらだら準備をしているうちだった。

「とうとう、来たぞォ、全員すぐマスクをつけろ!」

 怒鳴り声が上から飛んできた。

「襲撃だァ!」

「周辺のNPCが一斉に動き出した!」

「西のバリケードをもう突破されそうだぞ!」

「北駐車場出入口をすぐに封鎖してくれ!」

「寝ている連中は、起きろ起きろ!」

 ホールに怒鳴り声が飛び交った。

 リサと俺が慌てて耐胞子マスクをつけた直後だ。

 ホールに何個も備えつけてある胞子・放射線計測機の警報が一斉に鳴り始めた。

「何だ、また基地へ穴が空いたのか――」

 俺は呻いた。

「!?」

 リサがSG553片手に顔を向けた。

「うん、屋上か階下か、どっちに行くかな。どっちにいってもヤバそうだが――」

 俺は枕元にあったFN-SCARを手にとった。今は非常事態なのでホールで休憩している連中も武器を手元へ置いてある。

「おゥい、黒神はリサちゃんをつれて屋上駐車場へ行け!」

 内山さんが怒鳴りながらホールを走り抜けていった。

「他のお前らはこっちだこっちだ。階下のバリケード後方を固めろ!」

 そんな指示を飛ばしているのは島村さんだ。

「――団長と副団の指示通りにしよう。リサ、俺たちは屋上へ行くぞ」

 俺はリサを促して正面出入口を足を向けたところで、

「うぬぅーおっ!」

「!?」

 リサと俺は銃をぶっ放した。

 そこから入ってきた奴らはもっと驚いただろう。

 ヒト型NPCが何体かだ。

 そいつらはリサと俺の銃弾に頭をふっ飛ばされて床でジタバタしている。

「――おいおい、NPCがこんな近くまで来ているのか!」

 俺は弾倉を代えて警戒をしながら正面出入口から表へ出た。

 パーラー・アテナの南は広い駐車場になっている。そこに屋上の探照灯を浴びた人影がたくさんあった。すべてNPCだ。そいつらは屋上とバリケード背面からの射撃を受けて千切れ飛んではいるが、それでも敷地外から続々と無傷のヒト型NPCが駆け込んでくる――。

「くっそ、敷地内にこんなたくさん――」

「!」

 表で立ち止まったリサと俺へ、

「走れ、今ならまだ屋上へいけるぞ!」

 と、声がかかった。脇にあるバリケードの向こう側で分隊支援火器を使っていた団員の声だ。

「リサ、行くぞ、外の階段だ!」

 リサと一緒に俺は走った。先日の熊型の襲撃でホールの階段が壊れてしまったので、今はパーラー・アテテの外側に設置された非常用階段を使うしかない。壁沿いに走れば屋上の射角からは銃弾が届かないから味方に撃ち殺される恐れだけはない。

 リサと俺は階段を駆け上ると、

「黒神さん、リサちゃん、車載機関銃の射手が足りないの!」

 そう叫んだのは屋上駐車場を双眼鏡片手に走り回っていた秋妃さんだ。元から見張りについていた何人かの団員がハンヴィーの銃座のブローニングM2機関銃やミニガンを使っていた。だが、空いている車両のほうが多い。一応、東西南北とすべての方角をカバーできているようだが――。

「――ああ、今すぐにやる!」

 俺は近くの壁際に停めてあったハンヴィーへ飛び込んだ。一緒に来たリサの方が素早く銃座についた。我が天使は撃つ気満々だ。

 俺は一二カンマ七ミリ弾の給弾ベルトをM2重機関銃へセットして、

「リサ、俺たちはどうにかして生き残ろう。上手くいけば、今日の夕方には有馬狩人団がパーラー・アテナへ到着する筈だろ。どっちにしろ、そこで内山狩人団の生き残りは有馬狩人団に吸収される筈なんだ――」

「?」

 M2のトリガーに取り付いたリサが顔を傾けた。

「俺たちへは何も言わないけどね」

 俺は言った。

「内山さんはたぶん、そんなことを考えている筈なんだよ。あれはそういうひとだからね。だが、そこは有馬狩人団の誘いを断って、リサと俺は居住区へ戻る。俺たちは居住区でもっとマシな――安全な仕事やって生きていこう」

「?」

 リサが顔を向けた。

「やる仕事は何だっていい。もう選り好みをしない。何しろ命あってのモノダネだからな。でもさ、昨日にも言ったけど、俺って男はすごく不器用だからな、一緒にいると不便をかけるかも知れないよ。リサはそれでもいいか?」

 俺は早口で訊いた。

 少しの沈黙があったあとだ。

 リサは耐胞子マスク越しにある瞳をすごく細くした。

 表情が見えないから、それがどういう感情だったかよくわからなかった。

「うん。そうか。何にしろだよ。こんなところで、リサと俺が無駄死になんて絶対に御免被――何だあれは?」

 俺は言っている最中に絶句した。

「熊よ、北の道に熊型NPCが集結している!」

 双眼鏡を使っていた秋妃さんだ。

「何てこった、熊がスクラムを組んでるぞ――!」

 叫んだのはミニガンを使っていた三久保だった。

「おい、北面に装甲車をもっと移動させろ、熊がまとめて突っ込んできそうだ!」

 俺は怒鳴ってみたのだが、

「それ、無理だよ!」

「他の方角だって――こっちだって、迎撃するのに手一杯だ!」

「どの方角も、弾幕を切らすと下へ突っ込まれるぞ!」

 こんな怒鳴り声が返ってきただけだった。屋上駐車場にいるのは、リサや俺、秋妃さんや三久保を含めてたかだか三十人前後の団員だ。

 射手が全然足りていない――。

「まだ熊が来てる、まだ来てるわ――」

 秋妃さんの声が上ずった。

 しかし、こんな非常時にものんびりした奴はいるものだ。

「おーい、ミニガンの予備バッテリーはどこだよォ。いつもいつも所定の場所にないんだよなァ――」

 とぼけた声を上げながら、西側に配置してあったハンヴィーから降りてきた団員の男が、

「――あぎゃあ!」

 悲鳴と一緒に屋上駐車場を囲った低い壁の向こうへ消えた。

 そのトボけた団員の男を引き込んだ毛むくじゃらの長い腕だった。

「猿だ猿だ!」

「西から猿型NPCがよじ登ってきているぞ!」

「射角が取れない位置につかれているんだ、下の壁際だ!」

「みんな、装甲車から降りて猿を迎撃しろ!」

 西側の壁面を防衛していた連中から悲鳴のような警告があった。

 俺と一緒に銃座にいたリサがピタリとM2の発砲を止めた。

 リサが俺を見つめている。

 天使の眼光が切れるような鋭さだ。

 渋々の気分だった。

「――ああ、M2の射手は俺がやる。リサは西の猿を片付けろ」

 俺はリサと射手を交代した。

「!」

 強く頷いたリサがSG553を片手に銃座から飛び降りた。広い屋上駐車場を西へ走りながらだった。リサは発砲している。外壁をよじ登ってきた猿型の頭が次々と弾けて飛んだ。モグラ叩きみたいなものだった。

「おお、リサちゃんが、こっちへ来てくれるぞ!」

「こいつは、ありがてえ!」

 西側の防衛をやっていた団員が歓声を上げた。

「正直、俺から離れてほしくないけどな――でも、今は仕方ないから、俺の天使をお前らに貸してやる。でもな、絶対にリサを無事にこっちへ返してくれよな!」

 俺は怒鳴った。

「黒神さん、北!」

 秋妃さんが叫んだ。

「ああ、撃ってはいるけどね――何て奴らだ。あの熊公どもはM2の掃射を受けながら、まっすぐ突っ込んできやがる――」

 俺はM2を使いながら呻き声を上げた。数えると十五匹いた。密集して進んで来る熊型へ俺はM2の銃弾を浴びせているのだが、倒れて足を止めたのは、二匹だけだった。そのなかの何匹かをパーラー・アテナへ侵入させれば成功。奴らがやっているのはそんな陣形の進撃だ。

 知性を感じる。

 犠牲を承知で敵を殺しきる邪悪な知性を――。

「これは、かなりヤバいぞ、秋妃!」

 三久保が叫んだ。

「階下にだって銃はあるわ。だから、どうにかして熊の数を近づかれる前に減らして!」

 叫んで返した秋妃さんは壁際に備えつけてあったバレットM82に取り付いた。そのバレットと同じ大口径弾を連発できるM2重機関銃でも熊型は簡単に足を止めない。たぶん、熊を止めるには本気で対戦車ミサイルがしこたま必要だ。それか戦車砲だよね。しかし、その装備を俺たちは持ち合わせていない――。

 俺の射角から熊の姿が消えた。

「何匹かは止めたよ、でも全部は止められない――」

 俺はハンヴィーの外へ出た。熊型が階下へ侵入してくるとなると、そちらを最優先して片付ける必要がある。あれと正面から対峙するのは危険だが他に道もない――。

「おいおい、北から熊に侵入されるぞ、もう俺たちは終わりかよ!」

 三久保が絶叫した瞬間だ。

「ドォーン!」

 派手な音が鳴って、

「フォォォォォォォォォォォォォォォォン!」

 熊型の咆哮がそれに重なった。

「――あっ!」

 俺は動きを止めた。下の駐車場からストライカ―装甲車が、寄ってきた熊型を跳ね飛ばして飛び出したのだ。パーラー・アテナへ侵入しようとしていた熊型の数体は、そちらのほうへ気を取られている。

「ストライカー装甲車が下の駐車場から、どうして――」

 秋妃さんが声を上げた。

「まさか、あれに乗っているのは内山さんなのか?」

 俺は呟いた。

「ああ、見ろ、下にあったハンヴィーも下の駐車場から全部出ていく!」

 三久保が叫んだ。

 内山さんがストライカー装甲車のハッチから顔をひょいと出して、

「おゥい、屋上にいる奴ら俺たちを――特攻班を援護しろ。味方に弾を当てるなよ、バカヤロー!」

「おいおい、それは無茶だ、すぐに戻れ、内山さん!」

 俺は怒鳴って返した。

「黒神ィ!」

 ハッチからAA‐12を撃ちまくる内山さんだ。車載のM2も火を噴いている。これは車内から操縦できるものだ。

「もう、これしか手がないんだ、コノヤロー!」

 内山さんが笑いながら怒鳴った。

「そうだ、もうこの他に手がないからなあ!」

 これは島村さんの声だ。

「ああ、島村さんまであそこに――」

 俺は呻いた。

「黒神さん、ここから遠い場所。熊に乗っているヒト型NPCがいるの!」

 秋妃さんが駆け寄ってきた。

 俺は秋妃さんから双眼鏡を受け取って、

「熊に乗っているだって――なるほど、道理であの熊どもは統率が取れている筈だぜ。あれは変異種だ、変異種ミュータント・NPCだ!」

「変異種だって? どこ、どこにいるよ!」

 ミニガンを使っていた三久保がキョロキョロしている。

「あれが熊型NPCを操っている個体ね。すぐ撃ち殺したいけれど、距離がかなり遠い――」

「どこだ、変異種はどこにいるんだ、秋妃!」

 三久保の怒鳴り声だ。

「――まだ暗いし、ミニガンやM2のアイアンサイトじゃ、とても当たらない距離だから!」

 秋妃さんが怒鳴り返した。この女性の怒鳴るのを聞いたの初めてだよ。やっぱり三久保と秋妃さんは仲がいいのだ。お前らはもう諦めて結婚しろよな。

 ま、ここから生きて帰れたらね――。

「三久保君は下で展開した団長達の援護を優先しなさい!」

 秋妃さんがまた怒鳴った。

 これは命令だ。

 三久保が渋々の態度でまたミニガンを使いだした。

「ああ、秋妃さんも、そっちに――内山さんたちの援護へ集中してくれ。あの変異種は俺が何とかする」

 俺は双眼鏡を覗いたまま言った。

「――わかったわ。変異種の処理は黒神さんに任せる」

 秋妃さんは俺の使っていたハンヴィーの銃座についてM2を使いだした。

 夜間望遠鏡で見ると敵までの距離は一キロ近くある。

 薄雲りの東の空は白みはじめているが光の量は足りていない。

 まだ視界が悪い。

 一発目を外すと敵はすぐ狙撃を察知して身を隠すだろう。

 変異種・NPCにはその知性がある。

 一発で敵を仕留める必要がある――。

「――リサ、戻って来い!」

 俺は怒鳴った。

 普段のリサは俺の言うことをあまり(というか、全然)聞いてくれないのだが、

「――!?」

 このときのリサはすぐ走って戻ってきた。

「よし、俺が後ろで支えてやる。リサは今からバレットを使え。これで熊型に乗っかっている変異種の頭を綺麗にぶっ飛ばすんだ。いいな?」

 俺が言うと、持っていたSG553を放り投げたリサが近くの壁際に設置してあったバレットM82へ取り付いた。

 後ろからリサを抱え込んだ俺は双眼鏡を覗いて、

目標ターゲットは二時方向。ちょうど十字路の中央の熊の上だ――」

 と、天使の耳元へ告げた。

「――!」

 天使はトリガーを引いた。

 シッパーンと派手な発砲音と一緒に天使の銃弾が飛んでいく。

 リサと俺はその反動を一緒に受け止めた。

「――ダウンだ。目標は――変異種・NPCは熊型から落ちて動かない。よくやったぞ、リサ」

 俺が双眼鏡で目標が倒れたのを確認すると、顎の下からリサの頷いた気配が伝わってきた。

「――見て、熊型の動きが乱れているわ、めいめい勝手な方角へ進みだした!」

 秋妃さんが叫んだ。

「なるほどな。獣使いがいなくなれば、ただの獣ってわけか――」

 俺は声を出さずに笑った。

「!」

 リサが強く頷いて見せたところで、

「悪魔どもめ、我らが主の御心に適いしものの怒りをここで知るがいいッ!」

 と、下から絶叫だ。

 こんなときに何を言っているの。

 呆れた気分の俺と、たぶん似たような気分のリサが壁から身を乗り出して下の駐車場を覗くと、

「!」

「あっ、斎藤君まであの特攻班にいるのかよ――」

 斎藤君がハンヴィーのミニガンを使って奮闘していた。

「このバカヤロー、斎藤、手前は屋上駐車場へ移動をしろと――」

 内山さんは怒鳴ったが、

「この悪魔どもめ死ね、死ね、死ねェイ!」

 ミニガンを撃ちまくりながら絶叫する斎藤君は聞いちゃいなかった。

 下の駐車場ではストライカー装甲車を中心に、何台かのハンヴィーが円を描くような形で停車して一応の陣地を作っている。その車載機関銃や車から降りてきた特攻班が、全方向から襲い掛かってくるNPCへ向けて銃を撃ちまくった。三十人くらいだ。でもこれは自殺行為だ。NPCの一匹二匹でも突っ込まれたら全滅しかねない。パーラー・アテナの周辺にいるNPCは数えきれないのだ。それは上から見ているだけでも背筋が凍る光景だった。四方八方からNPCの群れが迫っている。ここにいる人員のすべてが内山さんたちを援護しているわけでもない。ただ、内山さんのほうへ、押し寄せてきたNPCは集中しているので、屋上駐車場の防衛は少しだけ楽になった。

 下はどう見たって地獄だが――。

「――!」

 俺の横でSG553を使っていたリサが無言の悲鳴を上げた。

 声は出ないが俺には雰囲気でわかる。

「島村さん、後ろだ!」

 俺はFN-SCARを使いながら怒鳴った。

「島村ーッ!」

 内山さんが吠えた。

 突っ込んできた猿型NPCが、ストライカー装甲車のハッチで分隊支援火器を使っていた島村さんの首を掴んで引きずり出した。

「ぐがっ――」

 島村さんは猿型NPCと一緒に地面に落下して、そんな声を上げた。そのまま動かなくなった。その猿型NPCは、内山さんが怒鳴り声と一緒に撃ち殺した。

「島村さんが――」

 俺は呻き声と一緒に空になった弾倉を代えた。

「副団が、副団があ!」

 三久保は泣き声だ。

「猿型は動きがすごく早いの。だから、手持ちのライフル銃で正確に狙わないと!」

 M2を撃っていた秋妃さんは、そう叫んで警告をしたが、しかしそれは少し遅い警告になってしまった。

 俺はFN-SCARで援護射撃を続けながら、

「しかし、どうしたもんかな、全然、射手が足りないよね」

 横でSG553を使っているリサは反応しなかった。

「もう、マジでここまでかなあ――」

 俺はボヤきながらトリガーを引いた。弾は出なかった。ここで弾切れだ。銃の照準の先で、下にいた特攻班の1人が、熊型NPCの一撃を食らった。どう見てもその彼は即死だった。死んだのは将棋組の誰かだ。次々と死んでいく。今はハンヴィーから降りた秋妃さんがRK95、三久保はミニミ軽機関銃を使っていた。どうも車載機関銃に使う弾がなくなったらしい。

 武器庫に行けば弾はまだあるのかな。

 この状況だと、もう弾の在庫も怪しいのかも知れないよね――。

「屋上駐車場にいても時間の問題かもな。どう頑張ってもな、死ぬのが早いか遅いかで――いや、違うんだ。俺は死んでもいいんだよ」

 俺はリサへ顔を向けて、

「でも、リサだけは――」

 リサが横目で視線を送ってきた。

 耐胞子マスクに隠された天使の顔は見えない。

 最後の最後でこれは無念だ。

 俺はリサの顔が好きだった。

 たぶん顔だけでなくてリサのすべてが――。

「――リサ、俺って女々しいか?」

 俺が声を出して笑ったところで――。

「――おお、西から来たぞ、とうとう、来てくれたぞォーッ!」

 西側の壁面で頑張っていた団員が絶叫した。

「――本当なの?」

「――本当にもう来たのか!」

 秋妃さんと三久保が背後へ同時に顔を向けた。

「おいおい、また敵の増援かよ。もうさすがに対応はできねェぜ――」

 俺はがっくり視線を落とした。

「団長、もう少しだけ、もう少しだけ持ちこたえて!」

 秋妃さんが叫んだ。

「秋妃、俺は武器庫から弾を取ってくるから!」

 三久保が武器庫になっているプレハブ小屋へ走っていった。

「あのよゥ、こっちに助けを呼ばれても、もうどうしようもできねェぞ、バカヤロー!」

 内山さんの返事だ。

「ここで、終わりかな――」

 うなだれた俺をリサが横目で睨んでいる。

「違う違う、黒神さん!」

 弾の箱をたくさん抱えて戻ってきた三久保だ。

「黒神さん、増援よ、増援が西から来たの、きっとあの車列は有馬狩人団よ!」

 秋妃さんが言った。

「――来たのか、まさか増援は――有馬狩人団は、今日の夜中に春日井新団地を出発していたのか?」

 俺は西へ視線を送った。

 確かに見えた。

 まだ遠い。

 しかし、それは確かに装甲車の車列だ。

 NPCではなく人間の列だ――。

「――呆れたよ。さすが、内山さんの信用した男だ。命知らずの連中だよな」

 俺は声に出して笑った。今は明け方だから有馬狩人団が春日井新団地を出発したのは夜中になる。区外の夜間行動は自殺行為だ。しかしどうも有馬狩人団はそれを強行したようだった。

「あァ、敵でなくて、味方の増援が来たのか。くっそ、来るのが遅いぜ、和義カズ!」

 内山さんが笑った。

「!」

 リサの肘鉄が脇腹に刺さって、

「げふん」

 俺は呻き声を上げた。

「あっ、退いてるわ――」

 秋妃さんが囁いた。

「NPCの群れが全部、退いていくぞ!」

 三久保が叫んだ。

「まさか、奴らは俺たちの増援に気づいたのか――?」

 俺は呟いた。

「認めたくないけれど――」

 秋妃さんが囁くように言った。

「奴らにも――NPCにも知性があるんだろうな――」

 三久保が呻くように言った。

「それでも、NPCは人間様並みのオツムではないさ。せいぜい畜生並みってところだろうぜ」

 俺が吐き捨てると、

「!」

 リサが強く頷いた。

 パーラー・アテナの防衛は成功したのだ。

 しかし、何人の犠牲者が出たのだろう。

 かろじて生き残った俺達のなかに何人の胞子感染者がいるのだろう。

 そもそも、この有様で前哨基地の防衛が成功したと言えるのだろうか。

 敷地には銃弾でグズグズになったNPCの死体と、NPCの腕力で捻じ曲げられて死んだ人間の死体が数えきれないほど転がっていた。

 見渡す限りだ。

 俺は朝陽が昇りきっていることにここでようやく気づいた。

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