第14話 その銃口を自由の方角へ向けよ

 駅南にいる皇国兵は無線を使って各所に展開中の部隊と連絡を取っていた。駅の北側から聞こえる砲声はどんどん多くなる。駅から南でも散発的に銃声が聞こえ始めた。列を乱して射殺された区民がけん制になって、まだここに押し寄せた避難民は恐慌状態に至っていないが誰もかれも不穏そのものだ。避難民が暴徒と化すのも時間の問題に思える。皇国軍の列へ発砲が一発でもあれば、装甲車や戦車のなかへ引っ込んだ彼らは避難民に向けての攻撃を開始するだろう。俺は装甲車の上部についた自動擲弾銃へ視線を送った。あの弾倉のなかにあるのが暴徒鎮圧用の催涙ガス弾ならまだいい。しかし、四方八方からNPCが迫っている状況を考えると、グレネード弾が装填されている可能性のほうが高い――。

 俺は保野田さんを拉致したまま、ひとの列が動くのを待っている。

 リサが俺へ視線を送ってきた。

 検問の流れが十分以上も滞っている。

「――皇国軍は何をモタモタやっている。どういうことだ?」

 俺は呟いた。

 リサが頷いた。

「わ、私にそう訊かれても――」

 保野田さんが呻いた。

 そこでひとの列が一気に前へ動いた。駅の西へ――高架の上へ視線を送ると、武装ディーゼル機関車が汽笛を鳴らして発車中だ。俺たちが乗り込むのは、あれの次の便になるようだ。自動小銃を持った皇国兵が並ぶ検問が近づいてきた。

「――失礼、検疫の前に身分証を拝見」

 検問の皇国兵が耐胞子マスク越しに言った。

 検問にある自動小銃の銃口は俺たちに向いていた。たいていはFN-SCARだ。五カンマ五六ミリ弾を使用する型のものだった。俺は検問で保野田さんに身体をぴったりと寄せていた。胸元にある日本NPC狩人協会のシンボル・マークを隠すような形だ。リサも向こう側で保野田さんの身体身を寄せていた。俺のリボルバーだけはレッグ・ホルスターに納めてあった。ここまで俺の背にあったライフル銃――M24SWSは駅の植え込みに捨てた。泣く泣くだ。

 俺が愛用していたあのライフル銃はかなりの高級品で――。

「わっ、私は大豊コーポレションの商品企画営業部の保野田敏夫、立場は本部長で――」

 保野田さんがスーツの内側に手を突っ込んだ。

「ああ、急がないで保野田さん。ゆっくり懐から手を出してください」

 皇国兵が平坦な声で警告をした。保野田さんが震える手で革ケースに収められた身分証を取り出して、それを皇国兵へ渡した。

 それを確認した皇国兵は、

「――確かに、大豊コーポレーションの身分証明書ですね。これは失礼しました。保野田さん、送風ゲートを通過後、検疫を受けてください」

 保野田さんへ身分証を返して敬礼をした。緊張した頬をぷるんと下げた保野田さんが歩きだした。

 俺たちも彼の横にぴったりとついていったが――。

「――あっ、保野田さん、ちょっと待ってください。後ろのお二人は?」

 皇国兵に呼び止められた。

「この彼らは、わっ、私の部――」

 保野田さんが足を止めて俺の顔を見つめた。俺は視線に殺気を込めてこの中年男の顔を見つめ返した。髭の剃り跡が青々とした中年男の顔が近い。俺は不愉快だった。だが、表情へ出さないように努めた。

 それが上手くいったのかどうかはわからない。

「――私の奴隷?」

 保野田さんが言った。

「保野田さんは奴隷と一緒に出張ですか?」

 皇国兵が訊いた。声が硬くなっていた。下がっていた自動小銃の銃口がまた上がっている。俺たちは銃口に囲まれていた。

「ま、まあ、奴隷と言っても、二人とも私の優秀な部下だから――」

 保野田さんが目を泳がせた。俺は皇国兵と視線を惑わせないようにしていた。リサは周囲にいる皇国兵を睨みながら、眉間に殺気を漂わせていた。敵意むき出しの目つきだ。検問も厄介だがリサもかなり厄介だった。

 こいつは好戦的すぎて何をしでかすかわからない――。

「はあ、保野田さんの奴隷――?」

 皇国兵は怪訝な返事だ。俺はその皇国兵へ笑って見せた。内心は祈るような気持ちだった。皇国兵はまだ迷っている様子だが、とりあえず銃口は下ろした。

 ほっとしたところで横から、

「そっちの貴様は拳銃を持っているな?」

 と、低い声が聞こえた。歩み寄ってきたのは周囲の皇国兵と同じ耐胞子マスクに防護服姿の兵士だったが、この彼は自動小銃を持っていない。防護服の襟元についた階級章は桜の下に三角形と二本の線。日本皇国軍の上級軍曹だ。検問で徒歩の兵士の人数は四十人程度。こいつがこの検問にいる小隊の隊長らしい。

「ああ、隊長さん、拳銃ね。俺たちはこの彼の――保野田本部長のボディ・ガードを兼ねているんだよ。ほら、見ての通り表はこんなにも物騒でしょう。もちろん、この銃は本部長からの借り物なんだけど――」

 俺は笑顔を作って嘘を吐いた。

「そ、そうよ、この彼らは私のボディ・ガードなの。ねえ、兵隊さんたちもういいでしょ?」

 保野田さんは引きつった顔と声で言った。ここで騒ぎを起こすと俺と一緒に保野田さんも撃ち殺される可能性がある。皇国軍は容赦をしない。保野田さんが馬鹿でなくて俺は少し安心した。

「一応、こいつらの奴隷証明書を確認できますか?」

 上級軍曹が言った。

「そっ、それが、慌てていたから首輪も証明書もホテルへ置いてきてしまって――」

 保野田さんの返答だ。顔は青ざめているし声は硬いし明らかに挙動不審だが、検問を潜るのは追い詰められた避難民ばかりなので、この対応でも疑われることはない。

 俺はそう思いたいのだが――。

「それに何だなんだ。そんなにくっついて――」

 上級軍曹は怪訝な声だった。

 俺は保野田さんに身体をぴったり寄せている。

 リサもそうだ。

「ああ、兵隊さん。俺たちは白状するとボディ・ガードというか――」

 大きく笑った俺は保野田さんの髪をひっ掴んでその唇を奪った。

「むぐっ!」

 保野田さんがくぐもった声を上げた。ぽってりと厚い、ぬらっとした唾液で濡れた、中年男の唇だ。ガサガサ荒れた感触と甘ったるい酒と煙草の味だ。俺が掴んだ保野田さんの髪は中年男の油と整髪料でヌルヌルしている。どれもこれも、気分が悪くなるような代物で――とにかく、何もかもが不愉快――。

「――この彼は俺の大事なひとなんだ。理解できる?」

 しかし、保野田さんの唇を解放した俺は笑顔を見せた。

 歩み寄ってきた上級軍曹は二歩くらい後退している。

「な、そうだよな、ダーリン?」

 俺はうなぎのような保野田さんの髪を撫でながら言った。この気持ち悪い中年男をここで撃ち殺してやりたかったが、俺は根性で笑顔を維持している。こみ上げる怒りと不快感で顔が熱くなるのがわかった。しかしこの場合、別の意味で興奮しているように思われて丁度いいだろう。

 寄り添った俺と保野田さんを、目を丸々とさせたリサが見つめていた。

 この馬鹿たれめが。

 そんな目で俺を見るな――。

 しばらく俺を見つめていた保野田さんが、

「あっ、ああ、そう、そうなのよ。この男性ひとは私のダーリン!」

 声が上ずっている。

「ダ、ダーリン――そっ、そういうご趣味の奴隷ですか――じゃあ、そっちの小さいのも男の子?」

 上級軍曹がリサを見やった。俺が視線で促すとムッと眉を寄せたリサが小さく頷いて見せた。今のリサは男子のような恰好をしている。

 やはりこいつは運のいい奴だ――。

「どうしますか、隊長?」

 後ろで彼の部下が言った。

「大豊コーポレーションか――まあ、奴隷証明書はいいでしょう。オラ、お前らもさっさと通って検疫を受けろ」

 上級曹長が顎をしゃくった。

 俺たちは誰も死なずに駅前の検問を突破した。

 俺たちは駅の出入口に設置された通風装置で埃を飛ばして皇国軍の検疫を受けた。そこには死体袋が用意されていた。まだそこに収まっている死体はなかった。おそらくこれからは増えるだろう。

 皇国軍の手で行われた検疫の結果は俺もリサも保野田さんも非感染グリーンだった。

 保野田さんを拉致したまま階段を上がると、静岡駅の巨大なプラット・ホームは避難民で一杯だった。路線の東から来るはずの武装ディーゼル機関車を今か今かと待ち侘びている様子だ。それでも駅の表に比べればここにいるひとの顔には落ち着きがある。少数だがキヨスクで買い物をしている悠長なひとまでもいた。ここで警備しているのは皇国兵よりも武装ディーゼル機関車の運行に携わる駅員が多かった。駅員と言っても彼らも皇国軍関係者だ。腰のホルスターには小型拳銃がある。

 北へ視線を送ると皇国軍の砲撃を受けた箇所から黒い煙が上がっていた。街並みは地上から赤く照らされている。火災だ。半年前、俺は静岡駅のプラット・ホームに降り立ったとき、ここから見える人工の光の多さに感激をしたものだったが、今はそれが炎に包まれている――。

 ひとが多い乗り場から少し離れた場所で、俺とリサは保野田さんを確保して機関車の到着を待った。

 何も話さなかった。

 保野田さんも無言だった。

 随分と待っていた気がする。

 近くのスピーカーからチャイムが鳴った。

「間もなく、二番乗り場に、二十一時五分発、臨時、名古屋方面ゆき武装ディーゼル機関車が二十両編成で参ります。危険ですので黄色い点字ブロックまでお下がりください――」

 女性の声でゆったりとしたアナウンスが流れた。

 腕時計を見ると、俺たちがプラット・ホームに辿り着いてから経過した時間は十五分くらいだった。プラット・ホームの人波が、「おおおっ――」とどよめいた。

 すぐにそれは歓声に変わった。

 線路の東から寄ってくる武装ディーゼル機関車のヘッド・ライトを見て、

「ああ、ほらほら、機関車がちゃんと来た。これで、私を解放してくれるわよね!」

 保野田さんが言った。

 リサは俺へ視線を送ってきた。

 俺は保野田さんへ視線を送った。

「そっ、それとも、何かね。本当に君は私のことを――」

 何かを期待しているような、うるんだ瞳だ。

 すごく気持ち悪い――。

 その感情を押し殺して、

「ああ、そうだね。保野田さん――」

 俺が笑うと保野田さんも笑った。その生白い頬が少し上気していた。そこで、武装ディーゼル機関車が、黒煙を吹きながらプラット・ホームへ侵入してきた。大質量の鉄の塊で大気が動く。

「ああ、本当に助かった、よっと!」

 両手を組んだ俺は一歩下がって、保野田さんのうなじへ、渾身の一撃を叩き込んだ。

「ぎょえ!」

 ヒキガエルのような声を上げて保野田さんは前のめりに倒れた。

「なっ、何を――」

 保野田さんが身を起こそうとした。俺はその顎を蹴り上げてやった。そこで気絶したらしい保野田さんは床で動かなくなった。周囲の注意は入場してきた機関車にある。俺の暴行を目撃したものはいないだろう。俺は動きを止めた保野田さんを見下ろしながら、手の甲で自分の唇を拭った。そうしたところであの感触は消えなかった。

「無事に気絶したか。俺としては、あんたにはこのまま死んで欲しいけどな――」

 俺は唾液と一緒に吐き捨てた。

 眉間を寄せたリサは俺と保野田さんを見比べている。

「おや、お連れさん、どうかなさいました?」

 近くにいた老紳士が床で伸びた保野田さんに気づいて、声をかけてきた。黒ぶち眼鏡をかけた白い髭の老人だった。品のいい茶色のスーツの上に、似たような色の長い外套を着込んで、頭にはソフト・ハットを乗せていた。外見は金持ちの爺様と言ったところだろう。

「――さあね? これ、俺の知らないひとだよ」

 俺は肩を竦めた。

「いや、でも、さっきまであなた方は、一緒にいたようだが――」

 白い髭の老人が白い眉をひそめた。

 駅員を呼ばれると面倒だ。

 俺は身構えたが、

「早く機関車に乗ってください、ご主人さま!」

 左右にいたメイド服姿の二人の幼い女の子が白い髭の老人の背中をぐいぐい押した。

「あっ、ああ、そうだったな。急がないと――」

 白い髭の老人は到着した武装ディーゼル機関車へ先に乗り込んだ。メイド服姿の幼女は二人とも奴隷の首輪をつけていた。

 随分といい趣味だ。

「リサ、乗るぞ。保野田さんは隙を見て、俺たちのことを皇国軍へ密告しようとするだろ。だからこうしておくのが安全なんだ」

 俺は笑いながらリサを促した。客車は乗客で満杯だった。座席は座れそうにない。まあ、贅沢は言えないだろう。俺たちが乗り込んですぐ客車の分厚い扉は閉じた。武装ディーゼル機関車は全体に装甲板を施した上で前後車両の上部に起動砲を並べ、各客車の天井部にも幾つかの自動擲弾銃やら人の手で照準をつける機関砲がついている。これらをコントロールするのは専用車両に常駐している皇国軍の仕事になる。もっとも高架上を走る武装ディーゼル機関車を襲撃するNPCは少なく軍の仕事のなかでも武装ディーゼル機関車の運行は楽な部類になるらしい。

 リサと俺は路線を走る要塞に乗って汚染列島を西へ向かう。


 §


 静岡駅のすぐ隣――焼津駅で降りても良かった。ラジオを聞いている限りでは、焼津居住区にNPCの被害は及んでいないという情報もあった。実際、焼津駅で降車する避難民も多かった。俺とリサは焼津駅で降りなかった。空いた座席に移動すると、リサが俺の背嚢を勝手に漁って缶詰の飲料を取り出した。リサは桃の味がする炭酸飲料を選んだ。俺はジンジャ・エールを手に取った。俺たちはお互いに無言で缶の蓋を開けた。揺れた缶から泡と一緒に内容が溢れた。一息にぬるい炭酸飲料を飲んだあと、俺は喉がひどく乾いていたことに気づいた。向かい合った座席でリサが缶詰の飲料を両手で包んでいる。リサは車窓の外を眺めていた。俺も車窓の外へ視線を送った。車窓から見える暗い景色は、外部についた鉄格子の枠で分断されていた。星のある夜空に明石山脈の稜線が黒々と見える。居住区の外には街の灯がほとんどない。

 景色らしき景色がない風景を眺めながら俺は考えた。

 これから、どうするか。

 俺の経験上、居住区を壊滅させたNPCの群れはしばらくそこに留まって食料を確保する。

 そのついでに奴らは仲間を増やしていく。

 脱出する際、俺は静岡居住区で殺しをやった。

 プラット・ホームでは複合企業体のゲイっぽい社員を叩きのめした。

 俺が殺しをやったのは初めてではない。

 赤の他人を後ろから殴り倒したことも数えきれない。

 もっとも、そのたいていはゾンビ・ファンガスを潜伏させた人間だったが――。

 しかし、俺は犯行現場からの少し距離を取ったほうがいいかなと考えていた。NPCの群れが行動を起こした近くの居住区のほうがNPC狩人の仕事は多くなる。莫大な犠牲を払うだろうがNPCの襲撃を受けた静岡居住区が持ちこたえる可能性もゼロではない。静岡居住区に近い場所の居住区に滞在して、しばらく様子を見るのが賢いとも思えた。

 何にしろ、また宿を探して、仕事で使う長物の銃を調達しなければ――。

 色々と考えているうちに、

「乗客のみなさま、次は、藤枝居住区、藤枝駅、藤枝駅です。両側の扉が開きます、お忘れもののないようにお気をつけください――」

 と、男の声でアナウンスがあった。

「――決めた。リサ、ここで降りるぞ」

 俺は背嚢を背負って立ち上がった。

 リサは座席から俺を見上げていた。

 両手で包んだ缶詰の飲料は空のようだった。

「――どうした?」

 俺が訊くと、脇に置いてあったアーミー・ワーク・キャップをかぶって、リサが立ち上がった。帽子の鍔でリサの表情は影になっていた。俺は機関車から降りた。入れ違いで列車へ乗り込んだ企業戦士風の二人組が声をひそめて何かを話している。プラット・ホームに降りると横にいた筈のリサがいない。

 背中にひやりとしたものを感じて、俺は振り返った。

 そうして、

「おおっと――」

 俺は笑った。

 客車のなかでリサがクリス・ベクターを構えている。

 その銃口は俺の心臓を狙っていた。

 周辺にいたひとが、足を止めてざわついた。

「リサは俺を撃つのか?」

 俺はプラット・ホームから訊いた。

 客車のなかに残ったリサは何も応えない。

 異変に気づいた駅員が腰の拳銃を抜いて駆け寄ってきた。

「ああ、いいんだいいんだ、駅員さん。これは痴話喧嘩だから銃を撃たなくていいぞ!」

 俺は笑顔で怒鳴った。

 駆け寄ってきた二人の駅員はリサへ銃口を向けたが発砲をしなかった。

 駅員は怪訝そうな顔で俺とリサへ交互に視線を送っている。

「リサ、早く撃てよ。俺が憎いんだろ?」

 俺は言った。

 リサの返答は眉を寄せただけだった。

「――撃たないのか?」

 俺は訊いた。

 リサは小さく頷いた。

「ああ、このまま、俺だけは、どこかへ行っちまえっていうことか――リサ、奴隷は嫌か?」

 俺は訊いた。

 リサは何もリアクションをしない。

「だが、聾唖のお前はどうがんばっても区民にはなれんぞ。社畜は区内の奴隷よりもずっと扱いが酷いらしい。俺から逃げたところでお前はどうするつもりだ?」

 俺は言った。

 リサは眼光を厳しくして応じた。

 俺の左右にいる駅員が呻き声を上げた。

 プラット・ホームにできた人だかりがどよめく。

「撃つなよ。リサも警備員さんも銃を撃つな、その必要はないぞ!」

 怒鳴った俺は、

「よくわかった。リサには区民でも、奴隷でも、社畜でもない生き方がひとつだけ残ってる」

「!」

 リサが瞳を開いて銃口を下ろした。

 俺は左右にきた駅員二人を視線でけん制しながら言った。

「俺と同じ日本NPC狩人組合員――NPC狩人ハンターだ。俺たちはNPCと戦う。NPC狩人はNPCと戦って居住区を守るのが仕事だ。だから、金に余裕がなくても区民と変わらない扱いを受ける。特別免税ってやつだな。だが、危険な仕事だぞ。ひとつ油断すればあっさり死ぬ」

 リサは俺をじっと見つめていた。

「――覚悟はいいか?」

 俺は訊いた。

 だが俺は訊く前にその答えを知っていた。

 この少女は自由に生き抜く覚悟をもう固めている。

 頷いたリサが銃を手にしたままプラット・ホームに降りてきた。

 銃口は下を向いている。

「よし、リサ、俺と一緒に来い」

 俺は言った。

 リサはもう一度頷いた。

「そろそろ銃から手を離せよ。本当に物騒な奴だな」

 俺は笑った。

 言った通り、リサは銃から手を外したが笑わなかった。

 俺は自分の笑顔を左右でまだ銃を構えていた駅員へ代わる代わる見せた。

「まあ、私どもに事情はよくわかりませんがねえ――」

「お客さん、銃を使った痴話喧嘩は簡便してくださいね――」

 駅員は渋い顔で拳銃をホルスターへ戻した。

 周辺にできていた人だかりはそこで解散した。

 何か面白いものが見れると期待でもしていたのか。

 立ち去っていくひとの顔は落胆しているようにも見えた。

「心配をかけて悪かったね、駅員さん」

 俺は愛想笑いで頭を下げた。

 リサはニコリともせず俺の横にきた。

 発車のベルが鳴り響いて武装ディーゼル機関車の扉が閉まった。

 俺とリサは並んで歩きだした。


(第1章 奴隷の少女 了)

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