第6話 暴れ天竜(ロ)

 近くにあった堤防の上だ。

 そこに伊里弥狩人団のストライカー装甲車が停車していた。ここなら廃屋に視界を遮られない。全体へ指示を出すのに適当な場所だろう。

「おい、伊里弥団長さん」

 俺が声をかけると、

「――ん。何だ、黒神さん」

 伊里弥団長とその横にいた副団長が振り返った。午前中にも顔を合わせたその副団長は、女のような優しい顔とスラリと手足が長い身体つきの若い男だ。それでいつもニコニコ笑っている。印象が良いというわけでもないのだ。一言で言うとこいつは「変な奴」だと俺は思う。この女っぽい男は自分の名前を佐々木稀ささきまれと名乗った。

「おや、黒神さん、それにリサちゃん。どうかしましたか?」

 佐々木がやはり笑顔で言った。その横にいる伊里弥団長はのっぺりと表情がない。この団長はいつもそうだ。

「どうかしましたかじゃないよ。今後はグレネード弾を気軽に使わないでもらえるか?」

 俺は顔を歪めてやった。

「適切な判断だったと私は思うが――」

 顎に手をやった伊里弥団長が佐々木へ視線を送った。

「猿型ってあんなに動きが素早いんですね。遮蔽物の多い場所で戦闘をしたのは失策だったかも知れません。団長、やはりこちら側の――堤防の周辺まで移動した上でNPCを迎撃をすべきでした」

 佐々木が笑顔で言った。

「――ふむ」

 伊里弥団長の小さく頷いただけの反応だった。

 本当に変な奴らだ。

「――それもあるがな。グレネードは音がでかすぎるんだよ。だから、余計な群れを呼び寄せたんだ。これがその結果だぜ?」

 俺は益々顔を歪めた。

「まあ、最終的に敵の撃退には成功した」

 伊里弥団長の表情に変化はなかった。

「被害甚大だけどな?」

 俺は堤防の上に並んだ伊里弥狩人団の元団員を見やった。路面に寝かされた彼らは死体だ。そのたいていは四肢が欠損していた。数えてみると犠牲者は二十四名。リサも死体の列を眺めている。俺の天使は無表情だ。俺の顔にも表情はなかったと思う。

「――ふむ、黒神さん、まあ、悪かった。うちの狩人団は小規模の戦闘に慣れていないんだ」

 伊里弥団長の顔に変化はない。

 冷淡というか、鈍いというか、無関心というか――。

「それに、ぼく達の団は人員も装備も貧弱ですから」

 佐々木が言った。

 そっちを見やると佐々木はやはり笑っていた。

 苦笑いですらない――。

「――伊里弥さんの狩人団が少数?」

 俺が呟くと、

「少数だろう?」

「そうですよ?」

 伊里弥団長と佐々木が同時に顔を向けた。

「二百も団員がいてかよ。装備だっていいものを揃えているぜ。俺には大所帯の狩人団に見えるけどな?」

 俺は皮肉を呟いたが、

「しかし、参ったな。天竜自治区へ入る前に欠員発生か」

 伊里弥団長は別の事柄に意識が向いているようだった。

「まさか動物型NPCが――猿型NPCですね。あいつらが浜松居住区の付近まで出没しているとは。この近くには変異種ミュータント・NPCがいるのでしょうか――」

 佐々木が鼻の先に人差し指を当てた。

「佐々木君、事前にそんな報告はなかったよな?」

 そこで伊里弥団長が表情を変えた。

 眉尻を下げて困った顔だ。

 それでも変化に乏しい感じだったが――。

「そうですね、これはぼくの怠慢でした」

 佐々木は「てへっ」と笑って見せた。

 リサが俺を睨んできた。

 俺だって呆れて、

「あのな、伊里弥団長に佐々木副団長さんよ。組合内での噂はあっただろ。森区周辺の猿がこっちまで流れてきてるって――」

「噂か――」

 伊里弥団長が視線を送ると、

「噂の段階では確定的な情報とは言えませんよね?」

 佐々木が笑った。

「こんな調子で、あんたらの団は天竜自治区の防衛を援護できるのか?」

 俺が訊くと、

「!」

 リサも不満気な顔で頷いて見せた。

 他人はどう評価するかは知らない。

 俺たちがやってきた仕事だって綺麗とは言えないものだ。

 だがリサと俺はプロのNPC狩人ハンターだ。

 その自負もあったし腕前スキルだってあると思う。

 それで、こいつらはどうなんだ?

「黒神さん、それは問題がない」

 伊里弥団長が言った。

 俺は動きの鈍いその顔を睨んで、

「そいつは嘘だ。ここでもう問題は発生したぜ?」

 俺の我慢も限界に近い。

 正直に言えばリサも俺も帰りたいのだ。

 信用できないド素人と組んで区外の仕事をするのは危険すぎる。

 しかし、一旦受けた任務は気軽に放棄できないのが組合員の辛いところでもある――。

「黒神さん、何も問題はないですよ」

 佐々木が笑った。

「これ、どうするんだ」

 俺は路面にあった死体の列へ顎をしゃくった。

「ああ、死体か?」

 伊里弥団長が言った。

 無感動な顔で無感動な声だった。

「味方のグレを食らった装甲車もだ。あれまだ動くだろ?」

 俺も平坦な声で言ってやった。

「時間が惜しい。ここに置いていく」

 にべもなく言った伊里弥団長が佐々木へ視線を送った。

 頷いた佐々木が、

「全体、除菌と検疫を急げ!」

 と、声を張り上げながら離れていった。

 周辺に指示を出すときだけは、あの妙な奴も笑っていない。

「――ああ、伊里弥さんね」

 俺が顔を向けると、

「黒神さん。これで話は終わりだ。すぐに出発するから車で待機していてくれ」

 伊里弥団長が即答した。

 想定外の被害で苛立っている様子だ。

 もっとも、このほうが人間らしくはある。

「伊里弥団長さんね。あんたはアブラ狸とどういう関係なの?」

 俺は単刀直入に訊いた。

 リサも真剣な顔つきで伊里弥団長を見つめている。

「――アブラ狸とは?」

 伊里弥団長は首を捻った。

「小池主任のことだよ。組合職員の小池幾太郎だ」

 俺が言うとリサが頷いた。

「ああ、小池さんのことか――古くから付き合いだ。あれは有能な男だな」

 里弥団長が言った。

「あれが有能ねェ――」

 俺は唸って、

「!?」

 リサは眉間から殺気を放出した。

 小池幾太郎はまあ、仕事ができる男なのだろう、しかしあれは他人を食いものにして生きている。リサも俺もあのふてぶてしい顔を思い出すたびイラッとくる。これはもう条件反射に近いものがある。

「伊里弥さんと小池主任は汚染前からの付き合いなのか?」

 俺は表情を消して訊いた。

「ああ、そうだ――」

 適当な返事をした伊里弥団長は堤防から見える川を眺めていた。

 白い河原を緑色の流れがうねっている。

 これ以上、伊里弥団長のまともな返事は期待できそうになかった。

 小池主任は汚染前も汚染後も何をやってきたのかわからない。俺が奴に関して知っていることは「とにかく汚い仕事が大得意で、方々に汚いコネを持っている、薄汚いクソ野郎」ていどだ。俺はアブラ狸に過去を尋ねたことがない。あれは本当のことを絶対に言わない。だから、尋ねたところで労力の無駄だ。俺はそう考えている。それに、訊いたところで藪から蛇の可能性もあるから、アブラ狸の過去なんてものは知らないほうがいいのだ。知らないくていい情報を知ると無駄な面倒事を呼び込むことがある。その面倒な過去を持っていそうなアブラ狸と関係しているらしい伊里弥狩人団も、俺と似たような仕事を――汚い仕事を西でやってきたのだろう。これも、俺は深く知らないほうがいい。伊里弥団長も、これまでリサや俺にやかましい質問を一切しなかった。

 お互い、暗黙の了解というやつなのだろう。

 それでも、

「あとひとつ、伊里弥さんに確認をしておきたい」

 俺は言った。

「――何だ?」

 伊里弥団長が顔を向けた。

 やはり、浮かんだ感情の動きが極端に鈍い顔だ。

 目が小さい所為もあるが――。

「どんな理由で何の面識もない俺を指名――」

 俺の脇腹に肘鉄が刺さった。

 むろん、これは俺を睨みつけているリサの一撃だ。

「――げふん。リサと俺をだな。どうして、伊里弥さんは面識のないリサと俺を天竜自治区の案内役に指名したんだ?」

 俺は訊いた。

 伊里弥団長からの返事はない。

「気を悪くしないでくれ。あんたらの手際の悪さを見るにつけてだぜ。小池主任に相談を持ち掛けたのは伊里弥さんのほうからなんだろ。アブラ狸が率先して新人の面倒を見る性格だとは俺にとても思えないからな」

 俺はできるだけ皮肉な調子にならないよう注意した。

 安全の確証が欲しいだけで喧嘩をしたいわけではないからね。

「――ふむ。君たちはS等級NPC狩人ハンターなのだろう?」

 伊里弥団長の声だ。

 憤ってもいない。

 喜んでもいない。

 平たい声で平たい表情だった。

「それだけの理由なのか?」

 顔をしかめた俺がリサへ視線を送ると、

「?」

 眉を寄せたリサも顔を傾けて見せた。

 伊里弥団長が言った。

「それと、小池さんの推薦もあったからな」

「あんたらにとっては俺達がどうしても必要だって話か。どうしてだ?」

「私の狩人団は集落住民への対応が苦手でね」

「それはどういう意味だよ。あんたらの狩人団は集落で何かのトラブルを起こしたことがあるのか?」

「ああ、それは違う。私の団は浜松界隈で顔が知られていないから警戒をされるだろう?」

「集落の住民がNPC狩人組合員を警戒するだと?」

「?」

 俺とリサは同時に顔を傾けた。

 伊里弥団長は表情を変えずに、

「とにかく、今回の任務には仲介役が必要だと判断したんだ」

「俺たちが仲介役ねえ?」

「黒神さんは仲介役に最適だと思うが?」

「そうでもないと思うけどな――」

「天竜自治区の指導者と君は――黒神組合員は旧知の間柄なのだろう?」

「――旧知だと?」

 俺は唸った。

「ああ、その筈だが――?」

 伊里弥団長が頷いた。

「そんなの初耳だぜ?」

 俺は顔をしかめて見せた。

 どうも、よくわからん――。

「――それは、小池さんから聞いた話とは違うよなあ、佐々木君」

 伊里弥団長が俺の背後へ視線を送った。

「そうですよねえ」

 応えたのは戻ってきた佐々木だった。

「どうだった?」

 伊里弥団長が短く訊くと、

「あっ、幸いにも胞子感染者はゼロでした。出発の準備ができましたよ」

 佐々木が笑顔で応えた。

 幸いね。

 死人はこんなに出ているけどな。

 俺はまた路面に並んだ団員の死体を見やった。

 リサが俺に身を寄せている。

 怯えているわけでもないだろうが――。

「黒神武雄は天竜自治区へ行ったことが一度もない?」

 伊里弥団長の眉根が強く寄っている。

 困惑しているような顔つきだった。

「いや、今月にも二度は立ち寄ったよ。NPCの偵察・駆除任務の途中だ。ここらで活動するNPC狩人はたいてい天竜自治区を利用するんじゃないのか。あそこは規模が大きい集落だし――」

 俺が言うと、

「黒神さんは天竜自治区の指導者とまだ会っていないのですか?」

 今度は佐々木が訊いてきた。

「俺たちが自治区を利用したのは、ただの補給の為だからね。お偉いさんに会う必要もないだろ――」

 俺はうなじに手をやった。ここ最近は、俺は内山さんの狩人団に甘えていたから、細かいことはほどんと任せっきりだった。金魚のフンのようなものだ。リサと俺はたいていの時間、内山狩人団の後をくっついて回っていただけだった。

 やっぱり群れるとすぐ鈍るよな。

 俺はそんな思いで顔をしかめながら、

「ああ、そうだ。リサなら知っているのか?」

「?」

 リサが俺を見上げた。

「天竜居住区に滞在したときお前は遊び歩いていただろ。お友達も作ってきたよな。あの肌の黒い可愛い姉妹だ。確か、セイラちゃんとアイラちゃん?」

 俺は訊いた。

「!」

 リサが微笑んで頷いた。

「じゃあ、天竜自治区で一番偉いひとを、リサは知ってる?」

 俺が訊くと、

「!」

 リサが無表情で頷いた。

「ええ、リサは知っていたのか――」

 俺は呻いた。

「そこの彼女はまったく喋れないのか?」

 伊里弥団長だ。

「手話を使っているように見えませんが――黒神さんはリサちゃんと会話ができるんですか?」

 佐々木の質問だ。

「伊里弥さん達は、アブラ狸から何も聞いていないのか?」

 俺が顔をしかめると、

「『黒神武雄の相方パートナーは女だが、間違いなく口の堅いのは保証する』とだけだ――」

 伊里弥団長が困惑した顔で言った。

「あはは――」

 佐々木は乾いた笑い声を上げた。

「喋れなくても、リサには何の問題もないよ。こいつの腕前を伊里弥さんだって見た筈だぜ」

 特別、気分が悪くなったわけでもないのだが、俺の声が低いものになった。

「確かに、いい腕前だった。まさか、その子は――リサは皇国軍の皇国民教練施設出身なのか?」

 伊里弥団長がリサを見つめた。

 リサは伊里弥団長へ無感動な視線を返していた。

「黒神さん、黒神さん、この子の――リサちゃんのフルネームは?」

 佐々木が訊いてきた。

 俺はそれを無視してリサに訊いた。

「皇国軍の教練施設とかね。それは違うよな?」

「!」

 リサが強く頷いた。

 この彼女が言うにはだ。

 リサを鍛え上げたのは祖父らしい。

 俺だってリサの爺さんがどんな古強者だったのか興味がある。

 しかし、俺の彼女は喋れないので細かい部分までを聞き出すのは難しい。

「――しかし、信じられんな。この年齢であの戦闘技術か。佐々木君、リサは何匹の猿に弾を当てたんだ?」

 伊里弥団長が訊いた。

「うーん、ぼくもずっとこの彼女に注目していたわけではないですからね――」

 佐々木は視線を上へ向けた。

 冬の空は霞んだ青の色合いで晴れていた。

 俺もその空を見やって、

「伊里弥団長さん、それに佐々木君ね」

「ふむ?」

「はい?」

 同時に返事があった。

「俺のリサは区外出身――山中の小さな集落が出身なんだ。だから、物心がついたときからずっとNPCと戦ってきたのだと思う」

「ほほう、危険な山中で戦闘を――」

「では、リサちゃんは生まれたときからの兵士ですか」

 伊里弥団長と佐々木がお互いの視線を交換した。

「いや、兵士は違うね。リサが戦ってきたのは、自分が生き抜く為だ。何かの大義だとか、義務感だとか、愛国心だとかね。そんな感じの誰かから刷り込まれた動機で、リサは銃を撃ったことがないと思う。だから、リサは、そうだな――やっぱり、リサは狩人ハンターだよな?」

 俺はリサへ目を向けた。

「!」

 リサが静かに、しかし、力強く頷いた。

 俺は少し笑った。

 伊里弥団長と佐々木は何も言わずに俺たちを見つめている。

「それで、伊里弥団長。天竜自治区の指導者ってのは誰なんだ?」

 俺は話を元に戻した。

稲葉いなば・カルロス・譲司じょうじだ」

 伊里弥団長が佐々木の顔をチラリと見やったあとで言った。

「――カルロスだと?」

 俺は息を呑んだ。

「?」

 リサが首を捻った。

「カルロスはブラジル人と日本人のクォーターですよ」

 佐々木が笑わずに言った。

「黒神さんは稲葉・カルロス・譲司をよく知っている筈だが?」

 伊里弥団長は問い詰めるような口調だった。

「ああ、よく知っているぜ。まだ生きていやがったのか、あいつ――」

 俺は視線を落とした。

 土手に生えた草は、青が半分、枯れたのが半分だった。

「黒神さんとカルロスはどういう関係だったんですか?」

 佐々木が訊いてきた。

「俺の元同僚だよ」

 俺は短く言った。

 リサが俺をじっと見上げていた。

 今、俺の彼女に表情らしい表情はない。

「汚染前にやっていた仕事の?」

 質問する佐々木は笑っていない。

 俺は誤魔化すことを諦めて、

「いや、汚染後の仕事だ。カルロスは俺と同じ狩人団にいた。御影だ。当時は西で屈指の大手狩人団だった。御影狩人団」

「その狩人団はどうなったんですか?」

 顔を寄せてきた佐々木がしつこい。

「御影狩人団は五年ほど前に壊滅した。ちょうど、この浜松でね。あの頃は、再生機構が浜松居住区の拡張をやっていた時期で――まあ、この話はもういいだろう」

 俺は話を切ったのだが、

「?」

「?」

「?」

 リサが俺の胸元を両手を引っ掴んでぐわんぐわん揺さぶっていた。

 佐々木が笑った。

 伊里弥団長は興味深そうにリサと俺を眺めている。

「あのね、リサ。これは俺が一番、思い出したくない過去なんだけど――」

 俺はわざとらしい暗い表情を作ってみたのだが、リサはそんなもの気にしないのだ。俺を揺さぶるリサの動きが益々腰の入った感じになった。

「――ああ、もう、わかったわかった。そのぐわんぐわんするのをやめろ。この馬鹿たれめが! リサ、この堤防から見えるあの川ね」

 俺はリサを振り払って堤防下にある緑色の川を指差した。

「?」

 リサが顔を傾けた。

「あれを天竜川っていう。明石山脈に食い込む上流から下流までぐねぐねと曲がりくねった川だよ。それが天に昇る竜に見えるから天竜川って名前がついた。あいつはな、この堤防や上流のダムができる前は雨が振るたび、周辺にある土地を水浸しにしていたらしいんだ。それで昔からのあだ名が『暴れ天竜』――」

 俺は言った。ふんふんと頷いたリサが話を促した。女の子としては珍しい。リサはひとの話を聞くのが好きなのだ。喋れない所為もあるのかも知れないけど――。

 弱く笑った俺が、

「うん。その竜ってのにちょっとした昔話があってさ――ああ、いや、これはまた暇なときにでも話してやるよ。とにかく六年ほど前だ。この位置から見える天竜川の、ちょうど向こう側にあった集落の防衛戦に御影狩人団は参加した、そこで襲撃してきた変異種・NPCと鉢合わせになったんだ」

「?」

 リサが眉の寄った顔を傾けた。

「ああ、お前の想像通りだ。御影狩人団は防衛していた集落ごと壊滅した。襲撃してきたのは猪型NPCを操る変異種・NPCだった。そいつは――そいつは悪夢を現実にして俺へ見せつけた。リサなら、わかるよな?」

 俺が言うと、

「!」

 リサが真剣な顔で頷いた。

「うん」

 頷いて返した俺は、

「そのとき生き残った御影狩人団の団員はほとんどいなかった。自分の足で浜松居住区まで逃げ切れた運のいい奴がこの俺だ。御影狩人団の副団をやっていた黒神武雄。それと同じ副団だった稲葉・カルロス・譲司。あとは少数の団員と一緒に後方に控えていた団長の御影洋一みかげよういち。この他にも生き残った奴は何人かいた。だが、御影狩人団は団員が多かったから、他は名前どころか顔も忘れたよ――」

 言葉の最後に嘘をついた。

 副団をやっていた俺は御影狩人団にいた埃っぽくて元気な野郎どもの顔と名前を、まだはっきり覚えている――。

「ふむ」

 伊里弥団長が頷いた。

「そうか、カルロスの野郎はしぶとく生きていたか。それで、今は天竜川自治区の指導者ねェ――ま、あいつらしい。それで、伊里弥さんはどうしてカルロスと俺の関係を知っていたんだ?」

 俺は訊いた。

「佐々木君?」

 伊里弥団長は佐々木へ視線を送った。

「小池さんから聞きました」

 ニコニコ笑顔の佐々木の返答だ。

「ああ、くっそ、あのアブラ狸め。赤の他人に俺の過去をぺらぺらと――」

 俺は思い切り顔を歪めた。

 俺は奴の過去を知らないが、奴は俺の過去を知っている――。

「黒神さん、これで納得をしてくれたか?」

 伊里弥団長が言った。

「納得なあ――?」

 俺は呻き声で応えた。

「黒神さんはこの任務の適任者ですよね?」

 佐々木が笑った。

 こいつの笑顔ほど安っぽいものはないと思う。

「確かにあのカルロスが相手なら、俺は話し合いの銃滑油になるのだろうけどな――」

 俺は視線を落として呟いた。

「だから、私たちは君を指名したのだ」

 伊里弥団長が言った。

「男に指名されてもね、俺は全然、嬉しくないぜ――話はわかった。それなら天竜自治区へ急ごう」

 俺は苦笑いと一緒に頷いた。この伊里弥狩人団を信用したわけではない。だが、あの時代を――対NPC戦闘が苛烈を極めていた汚染初期をだ。肩を並べて生き抜いた元同僚は――稲葉・カルロス・譲治は今もまだ信頼をしていた。

 俺はその感情を確認して戸惑った。

 リサは戸惑う俺を不思議そうに見上げていた。

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