第12話 ミュータント・NPC(ロ)

 コンビニエンス・ストアの倍ていどの面積だ。店舗フロアはまだ電灯が明るくついている。さっきの無線のやり取りを聞いた限り、木村は店の商品の搬出を目論んでいたのだろう。

 さっさと逃げていれば、死ぬことはなかったものを――。

 俺はまた少し笑った。機関銃、短機関銃、散弾銃にライフル銃に自動小銃、それに拳銃と、たいていの種類の火器が壁や棚に並んでいる。

 店主は屑もいいところだが店構えはなかなか立派だったのだ。

「――街中の強行突破ならこいつだ。くっそ、やっぱり重たい。米軍が正式採用を見送ったのもわかる。ドラム・マガジンは取り回しが悪すぎるよな」

 俺はカウンターを土足で乗り越えて壁にあったAA-12を手に取った。オート・アサルト・トウェルヴ、米国製、ドラム型マガジンを使用すると一二ゲージ弾を最大で三十二発射撃可能なフルオート散弾銃だ。通常、この銃は一二ゲージの散弾かスラッグ弾を使う。

 しかし、できることならだ――。

 散弾の弾薬が並んだ下の棚だ。俺は目的のブツを見つけて笑った。箱の数は少なかったが確かにあった。手に取ったのはフラグ弾――徹甲榴弾だ。有効射程距離が短いショットガンで炸裂弾の連射を考えつくアメリカ人の凶暴性には恐れ入る。向けた銃口の先にいる生き物は必ず死なないと満足しない人種がアメリカ人なのだろう。フラグ弾は人間相手に不必要な破壊力がある。しかしNPC相手となるとこれが丁度いい具合だ。

「おい、リサ」

 俺は馬鹿でかいドラム型マガジンへフラグ弾を詰め込みながら声をかけた。

「――?」

 店内を見回していたリサが顔を向けた。

「お前も好きな銃を選べ」

 俺はまた屈み込んで下の棚からAA-12のボックスマガジンを引っ張り出した。ドラム型マガジンは大きすぎて何個も持ち歩くのは難しい。予備の弾薬はこっちのボックス型マガジンに詰め込んでおく。

「?」

 リサが怪訝な顔で俺を見つめた。

「自分の身は自分で守れってことさ」

 俺はカウンターの上で、予備のマガジンへフラグ弾を詰め込みながら笑った頷いたリサはライフル銃が並ぶコーナーへ歩み寄った。すぐリサは何も持たずに目の前まで戻ってきた。そのまま、俺の目の前を通り過ぎる。

「何をしてるんだ――?」

 俺が見守っていると、リサは店の裏から脚立を持ってきた。その脚立に乗って、リサは壁の一番上にあったライフル銃へ手を伸ばした。リサの服の袖がかかって何個かの商品が床へガシャンガシャンと落下した。それを気にするそぶりもない。展示されている商品に弾は装填されていないだろうから、そうしたところで暴発の危険性はないだろうが、しかし、乱暴な奴だよな――。

 脚立からそろそろ降りたリサは一丁のライフル銃を抱えて戻ってきた。

 馬鹿でかい銃だ。

 そうして、リサはドヤ顔を俺に見せた。

「あのなあ、リサ、本当に馬鹿なのか、お前は――?」

 俺は呻き声を上げた。

「!?」

 リサがキッと俺を睨んだ。

「バレットM82A1だよな――」

 俺は呟いた。

 リサはこくんと頷いた。

 知ってるのかな、こいつ――。

 米国製。

 一二カンマ七mm弾を使う有名な対物狙撃銃だ。

 これで人間を撃つと面白いように千切れて吹っ飛ぶ。

 その威力は銃というよりも砲に近い。

 確かにこいつはNPC相手でも抜群に効果的ではあるのだが――。

「お前の腕力でそんな重たい銃を使えるわけがないだろ。そもそもそれは腹這いで使う銃だ。俺たちは今から移動しながらNPCを相手にするんだぞ。生き残りたければ戦う前に状況を考えろ――」

 俺はできるだけ気持ちを落ち着かせて言った。

 リサはじっと俺を見つめていた。

 かなり心配になりながら、

「――まず、リサが持ってきたそれは使わないから、今すぐ捨てる」

 俺が命令をすると、横を向いたリサは不貞腐れた態度でバレットM82を床へ放り投げた。ガシャーンと派手に音を鳴らして彼は着地した。十キロ以上の重量がある銃だ。

 リサはこんな重いモノをよく持ってきたな。

 半ば呆れて半ば感心しながら、

「俺がお前の銃を選んでやる」

 俺は言った。

 リサはムッと眉を寄せたまま俺を見上げている。

 拳銃の並んだコーナーへ視線を送って、

「拳銃類はこの状況だと頼りない」

 俺は呟いた。

「自動小銃かショットガンが理想的だが――」

 長物の銃が並んだ壁へ視線を送ったが、

「いや、リサには重すぎるだろうな――」

 俺の胸元程度の身長しかないリサは長物を扱い辛いだろう。

「残った選択は短機関銃だ――」

 俺は短機関銃が並ぶ箇所へ歩み寄った。

 リサも俺のあとをついてきた。

「P90は専用弾を使う。こいつの弾は馬鹿高い。弾倉のある位置が特殊でリロードは面倒だ。俺は全然好かん。却下。PP2000は扱いやすいが、九ミリパラベラム弾はNPCを相手にするとちょっと威力不足だ。こいつ専用弾はやっぱり高いし、ロシア製品は供給が怪しい――」

 俺は壁に並んだ短機関銃を眺めた。横にきたリサも俺と同じように壁に並んだ短機関銃を眺めている。そのなかのひとつに目が留まった。他の短機関に比べると奇妙な形状の銃だ。前方についたマガジンとトリガーの間に独自の低反動機構を納めたボックスがついたデザインの――。

「――となると、これだな」

 俺はその短機関銃を手に取った。

「クリス・ベクター。アメリカ製。口径は普通の短機関銃よりひと回り大きいが、独自機構の採用で低反動。女の腕力でも十分扱える。フォア・グリップもつけてある。良し良し――」

 俺の手にあるクリス・ベクターをリサは見つめていた。

 俺はリサにクリス・ベクターを持たせて、

「弾は――四五ACP弾だ。そのなかでも、このホロー・ポイント。NPC相手に使う弾は貫通力より当たったあとの破壊力を重視しろ」

 俺は下の棚から拳銃弾の詰まった箱と、クリス・ベクターの予備のマガジンを探し出して、それをカウンターの上に並べた。

「マガジンには三十発入る。すぐに作れ。こうだ」

 俺がマガジンに弾を込めながら言うと、リサも同じようにクリス・ベクターからマガジンを抜いて弾を込めた。見た感じ手慣れた動作だ。

「ほう、できるじゃないか――次に撃ち方だ。まずストックを開いてこの弾倉をここに突っ込む。次にコッキング・レバーを――」

 目を細めた俺はクリス・ベクターを手に取って説明を始めたが、

「ん?」

 説明の途中で、リサがクリス・ベクターへ手をかけた。リサは銃のストックを開いて、マガジンを叩き込むとコッキング・レバーを引いてクリス・ベクターを構えた。ストックはちゃんと肩についていた。俺に銃口は向けていない。

「本当に銃の構え方、知っているんだな――マガジンを外せ」

 俺は命令をした。

 頷きもしない。

 リサはマガジンをリリースして手に落とした。

 彼女の横顔は冷たく無表情だった。

「ああ、チャンバーのなかの――」

 俺が言っている最中に、リサはコッキング・レバーを引いて薬室のなかに残っていた弾を取り出した。

「――合格だ。その銃はエジェクション・ポート――薬莢排出口が大きい。だが過信するな。この手のは案外と弾が詰まりやすいんだ。オートで撃てる銃全般に言えるがな。ジャムったらコッキング・レバーを必死でガチャれよ」

 俺の言葉にリサは頷いた。

「NPCを撃つときは命令系統が集中している頭部を狙え。胴体を狙っても奴らの足は止まらん。残弾の数をできるだけ数えろ。いざとなったときに弾倉が空だと死ぬ――以上だ。ま、それでも短機関銃じゃお守りていどだけどな」

 俺は少し笑った。俺の笑顔を無視したリサは、スリングをクリス・ベクターに取りつけている。これは銃を肩から下げるための帯だ。俺は店内にあった適当なマガジン・パウチと耐胞子スポーツタマスクを持ってきて、リサへ手渡した。受け取ったリサは、スポ―スタマスクを首から下げてマガジン・パウチを腰へ巻く。

「ああ、肝心なことを言い忘れてた」

 俺はマガジン・パウチへ、予備の弾倉を突っ込むリサを横目で眺めながら言った。

 リサが俺を見上げる。

「リサが俺を憎んでいるのはよくわかる。それでも俺の背中を撃つなよ。俺が死ぬとお前の死ぬ確率はグンと高くなる」

 俺は言ったが、リサの顔に浮かんだ感情はなかった。

 何を考えているのかわからない透明な表情――。

「――リサ、わかったか?」

 戸惑った俺は念を押した。

 リサは何の感情も表に見せないまま頷いた。

 銃を持たせたのは、良い判断だったのか、悪い判断だったのか迷いながら、

「じゃ、これから仕上げだ」

 俺は店の表を閉じた防犯シャッターの開閉スイッチを押した。二重になった頑丈な防犯シャッターが、ゆっくり上がっていく。

「始めるぞ、リサ。耐胞子スポーツタマスクをつけろ」

 俺自身も耐胞子スポーツタマスクで口と鼻を隠した。防犯シャターが開ききった。近くにいた避難民が一斉に顔をこちらへ向けた。店の正面はNPCの襲撃を受けて混乱を続けている交差点だ。静岡駅の北口には避難民が殺到しているのだろう。南の道は完全にひとの流れが停止していた。交差点の中央で自動車が舞い上がって爆発が起こった。猪型NPCが北から突っ込んできたのだ。避難民は悲鳴を上げてあちらこちらへ逃げ惑っている。

「おーい、武器の無い奴は木村火砲店の銃を好きに使え!」

 俺は店のAK47を道へ放り投げて怒鳴った。

「聖人みたいなここの店主が、気前よく店を開けてくれたぞッ!」

 近くにあった拳銃を道の方へどんどん放り投げる。

「早い者勝ちだ、この店の銃を使ってNPCどもに鉛弾をお見舞いしてやれ。戦わないとみんな死ぬぞ、それでいいのか!」

 俺は思い切り叫んだ。すると、店の近くにいた男が何人か店内へ賭け込んできた。彼らはスーツ姿なので役所の職員か複合企業体の社員だろう。そのサラリーマン風の男たちは慣れない手つきで店の銃を手に取った。それを皮切りに交差点にいた避難民が木村火砲店へ雪崩込んできた。

 俺の計算通りだ。

 彼らは口々にああだこうだと泣き叫びながら店の銃を手に取ると、それに弾を込めだした。床へこぼれた弾丸がパラパラ落ちる。俺の横にいたリサは怪訝な顔のまま、短機関銃を片手に表へ歩きだした。

「いや、表じゃない。俺たちは裏手へ回る」

 俺はその肩へ手をかけて彼女の耳元で言った。

「?」

 リサが俺を見つめた。

 間近で見たリサの頬がどういう理由からか知らないが上気している。

 彼女はいつもほんのり甘い匂いがする。

「表で戦うあいつらは全部、俺たちの囮だ」

 喉元を熱くした俺は声を出さすに笑った。

 銃弾の装填にもたつくようなド素人がNPCを相手にして戦えるわけがない。

 俺は火砲店のなかへ呼び込んだ戦力にまったく期待をしていなかった。

「――!」

 リサが顔を強張らせた。

「派手に音を鳴らしている方へ、NPCは集まってくる習性がある。奴らはああ見えて、結構な寂しがり屋なんだ。ここいらに侵入しているNPCを、全部交差点へ集めてもらおう。脱出できる可能性が高まる」

 AA-12を手にした俺は、リサの肩を抱きかかえて裏口へ向かった。暗くて狭い廊下を歩いている最中、リサは何度か振り返った。俺は一度も振り返らなかった。リサの顔も見ないようにした。店の表で銃声が聞こえてきた。悲鳴も聞こえてきた。

 裏の路地に出たところでリサが、

「――?」

 と、俺に顔を傾けて訊いた。

 わたしたちの行き先はどこ?

 こんな感じの仕草だった。

「静岡駅の北口はもう駄目だろうな。ここまでNPCが迫ってくると駅周辺を警備している皇国軍が攻撃を開始するだろう。駅は奴らの管轄だから意地でも保持するぜ。飛んでくる砲弾を避けたい。進路は東へ大回りで南下だ。高架下を潜って静岡駅の南口へ向かう」

 俺が説明すると、リサは小さく頷いた。

「その前に――」

 呟いた俺は、

「ついでだ。一応、様子を見ていくか――」

 と、顔をしかめた。

 リサが不思議そうに俺を見つめていた。


 §


 木村火砲店の東に広がった繁華街は土嚢を積んだバリケードが方々で作られていた。バリケードの向こう側から怒号と銃声が断続的に響いてくる。区民のなかには避難を諦めてここで戦うことを選んだものも多くいた。戦っているのは他の区に移動した場合、奴隷にならざるを得ない貧乏な区民だ。彼らが放った銃弾をしこたま浴びてグズグズになったヒト型のNPCが道のあちこちに転がっていた。NPCの剛腕にかかって関節をおかしな方向へ捻じ曲げた人間の死体もたくさん転がっている。ゴミと薬莢と人間と化物の死体が、どの道を歩いても散乱していた。

 この様子を見ると、大通りは猪型のNPCが、居住区全体はヒト型NPCが散らばるように襲撃しているようだった。俺とリサは道の脇に身を寄せて慎重に移動した。走らない。気軽に走るとNPCと勘違いされて、ビルディングのどこかしらから狙撃をされても文句を言えないからだ。ゾンビ・ファンガスに乗っ取っられた肉体を限界まで強化するNPCは疲れ知らずで、走って移動をすることが多い。歩いて移動していれば、一応、人間であることのわかりやすい証明になる。

「リサ、それでも足を止めるなよ」

 そう言ったところで俺自身が立ち止まった。

 横を歩いていたリサも立ち止まった。

 先の大通りに大きな男がいる。汚い髪は背を隠すほど長く、腕と足が膨れ上がって、手の先にも足の先にも刃物のようになった鍵爪があった。下半身にへばりついたボロボロのズボンが、かろうじて彼の局部を隠している。男は右手に男、左手に女を下げて、それを引きずっていた。男女とも首がおかしな方向へねじ曲げて舌を長く突き出していた。彼と彼女は白目を剥いて、ふざけているような表情だった。彼も彼女も死体だ。

 大通りの向こうを眺めていた大男は俺とリサのへ眼球だけをぐりんと向けた。嗅覚と聴覚が鋭敏なNPCは両目を使う目算がなくても獲物との距離を正確に把握できる。だから奴らの眼球はいつもカメレオンのような動きをする。実際、そうしたほうが広い視野の獲得という点で機能的なのだろう。

 首を回さずにその大男は――そのヒト型NPCは俺たちを視認すると、両手に持っていた死体を解放した。それと一緒に、ヒト型NPCの口元から、白く濁った涎が長い糸を引いて垂れ落ちた。口は人間の血で濡れている。満腹になったNPCは食料を自分の巣に持ち帰る習性がある。どうも、奴の買い物帰りに鉢合わせてしまったらしい。

 俺のAA-12とリサのクリス・ベクターの銃口が同時に上がったが、結局俺たちの銃口は火を吹かなかった。

 横殴りの銃弾がヒト型NPCを襲ったのだ。

 大通りの奥からだった。

「じゃあっ!」

 鳴き声と一緒にヒト型NPCが目を向けたときにはもう遅い。過剰に膨れ上がった全身の筋肉を飛来する銃弾が抉り取っていく。血と肉が散った。銃弾のいくつかに頭蓋骨を砕かれると、そいつは身体を捩じりながら倒れた。倒れたところでヒト型NPCは地面を泳ぐように暴れ続けた。アスファルトに叩きつけた四肢から折れた骨が飛び出して、半分吹っ飛んだ頭から白いものがドロリと流れ出している。これが人間の脳髄機能を乗っ取ったゾンビ・ファンガスの本体になる。路上で暴れ続けるヒト型NPCの動きが弱っていった。このあとが厄介だ。乗っ取った肉体の再生を諦めたゾンビ・ファンガスは胞子の放出を始める。

 NPCの死体を完全に焼却してしまえば胞子の拡散を食い止められるのだが――。

「――おーい、人間だ。撃つなよ、絶対に撃つなよ!」

 俺は路地の角の壁に背をつけて怒鳴った。

 リサも俺の横にいる。

「――お、あんたはまだ人間なのかあ!」

 大路の向こう――かなり遠くから男の声が返ってきた。

「まだ人間だ! 今から大通りに出ていくが絶対に撃つなよ!」

 俺はもう一度、怒鳴った。

「あんた、東へ行ってどうするつもりなの。よければこっちの堤防へ来るかね。撃ち方が足りないし!」

 おばちゃんの声で誘われたが、

「いや、俺たちはこの道を渡りたいんだ!」

 俺は怒鳴って返した。

「――わかった、早く道を渡れ!」

 許可は出た。

 弾が飛んでこないという保証はない。

「リサ、道を渡るとき走るなよ」

 俺は一声かけて、大通りの横断を始めた。頷いたリサは、俺の横をぴったりついてきた。弾は北から飛んできたから、リサは俺の右――南を歩いている。リサは俺を盾の代わりにしているわけだ。俺は苦笑した。何故か妙に楽しい気分だった。チラリと視線を送ってよこしたリサが、そんな俺を見て首を捻った。

 無事に大通りを渡り終えた俺たちは、また狭い道へ入って歩き続けた。街の明かりはまだ消えていない。どうやら、静岡居住区南部にある発電所はまだ放棄されていないようだった。先にバリケードはなく歩を進めるにつれて銃声は遠ざかっていた。避難するひとは駅の北口へ向かったのだろうか。俺とリサ以外の人影がなかった。だが、道の脇にひとつ黒い服を着た女の死体が転がっていた。女らしきものの頭がついた胴体だった。俺を怯えながら歩み寄って、道端にあった死体の顔を確認した。俺の知らない女だった。腕や脚はどこかへ持ち去られている。おそらく死体の彼女の手足はNPCの胃のなかに消えたのだろう。リサが俺の横に身を寄せた。俺は理由もなく頷いて見せてまた歩きだした。

 少し歩くと交差点に『BAR・胡蝶蘭』のネオン・サインが見えた。

 店の出入口は開いていた。出入りする人影はない。銃声は北の遠くから響いていた。北へ直線で続く繁華街の通りに何個も死体が転がっている。路面に転がった死体にはネオン・サインの色がついていた。赤だけは自前の色だ。風が吹いてゴミが舞った。俺の足元に絡みついた紙切れは、繁華街が無料で配っている肌色の多い小冊子だった。

 俺はAA-12の銃口を胡蝶蘭の出入口へ向けて入店しようとしたが、

「!」

 後ろからリサにジャケットの裾を引っ張られた。

「――どうした、リサ?」

 俺は開いた扉へ銃口を向けたまま訊いた。

「!」

 俺を睨みながらリサは顔を左右に強く振った。

 ここに入ったら絶対だめ。

 らしい。

「――店のなかは危険なのか?」

 俺が訊くと、クリス・ベクターを胸元まで引き上げてリサは頷いた。

 警報はまだ鳴り続けている。

 この騒音のなかで店内の物音がリサに聞こえるのだろうか。

 俺は半信半疑だったが入店をやめにした。

 少なくとも、なかに生きている人間の気配はない。

 この店にいた連中は避難したあとなのか、それとも――。

 どちらにしろ、なかにあるものを発見したところで、それは無駄骨に終わる可能性が高いだろう。

 視線を落とした俺は、BAR・胡蝶蘭の南の路地へ歩きだした。

 リサが横をついてくる。

 すぐ俺は立ち止まった。

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