第11話 河豚の毒
夕方の五時過ぎだ。
リサの見舞いを終えた俺が歩いてお宿へ戻ると、受付にいた幸喜さんが、
「黒神さんのところへ、お客さんが来ていますよ」
と、怪訝な顔で告げた。
「うん?」
俺は対になったソファが二セットだけある、こじんまりとしたお宿のロビーへ視線を送った。
そこでアブラ狸がお茶を飲んでいる。
「すぐ帰れ、汚らわしい」
この言葉が俺の喉元にまで出かかった。
憮然と突っ立っていた俺へ、
「おゥ、黒神、ようやく帰って来たかァ。話があるから、今からちょっと俺に付き合えや」
アブラ狸はぶ厚い笑顔を見せながら、ソファからぬっと立ち上がった。今日のアブラ狸のファッションは、ティアドロップ型の黒いサングラスつけて、原色に近い真っ黄色のスーツに同じ色の中折れ帽子、ハンドバッグとローファーは双方緑色の蛇革を使ったものだった。この恰好のアブラ狸が女将の紅葉さんを呼びつけて預けてあった自分の外套を持ってこさせた。何の毛かは知らない。アブラ狸が女将さんの手を借りて羽織ったのは毛皮の黒いコートだ。ふさふさもふもふだ。
上から下までどこを見ても、とことん下品で趣味の悪い服装だった。
「表にタクシー待たせてあるから、早く準備をしてこいよお」
俺の背に声をかけて、アブラ狸はお宿から出ていった。
諦めた俺は踵を返して小池主任の背を追った。
小池主任は駅南のビジネスホテル街裏手にある料亭に俺をつれてきた。表に高級車がずらりと並んだ料亭だ。高級そうな背広を着た団体やコンパニオンの姐さんが頻繁に出入りしているような店だ。その二階の座敷へ和服を着た店員の姐さんに案内された俺は、座敷の上り口で身を固めた。掛け軸がかかった床の間のある畳敷きの部屋で黄色い和装のハヤト君が三ツ指をついて待機している。和装と言ってもハヤト君が着ているこれは、どう見ても女の子の着物だろう。かなり特殊な着物だ。
油断をすると肩口がすぐ露わになるような裾のやたらと長いデザインの――。
「武雄さん――」
俺の下の名を呼んで頬を赤らめたハヤト君だった。
「ああ、それ――よく似合ってるね。ハヤト君――」
言う言葉に困った俺は靴を脱ぐとうつむき加減に座敷へ上がった。俺の世辞でぱっと笑顔を見せたハヤト君は嬉しそうだ。背の低いテーブルを挟んで外套を脱いだ俺と小池主任が座椅子へ腰を下ろすと、ハヤト君がダシ汁の張られた土鍋に火を入れた。今日の彼は俺の接待役らしい。
俺はリサのメモを小池主任に手渡した。
「――きむらとおるとそのおともだち――お友達、かあ――」
小池主任はリサのメモへ視線を落として溜息を吐いた。表情を消したその一瞬だけ、アブラ狸のような顔が人間らしいものに見えた。しかし、すぐにぶ厚い唇を歪めた小池主任はいつもの人間離れしたふてぶてしい態度に戻った。
「小池主任」
俺は呼びかけた。
「なんだァ、黒神?」
小池主任が視線だけを上げた。
「それで組合から奴を除籍できるか?」
俺は言った。
小池主任が土鍋から上がる湯気の向こうで笑顔を大きくして、
「奴って、木村徹のことかァ?」
「そうだ。他に誰がいる。組合員同士のトラブルは組合員規則に抵触するご法度だ。リサは木村徹から暴行された。木村のお仲間もたぶん共犯者だろ。リサは組合員だからな――」
俺は声を低くした。
「黒神なあ――」
小池主任が片方だけ眉を吊り上げた。
「何だよ?」
俺は視線を落とした。俺と小池主任の間にある土鍋で、ハヤト君の菜箸で放り込まれた白菜だの長ネギだのしいたけだのと一緒に魚の白身がぐつぐつ煮えている。
「こんな紙切れ一枚じゃ、木村徹がリサちゃんを暴行した証拠にはならないだろお。その上、リサちゃんは喋れない。学校に通ってないから字だって拙いもんだ。区内警備員もこれだと事情徴収すら難しいよなあ――」
座椅子から腰を浮かせた小池主任がリサのメモを俺へ返した。
俺はリサのメモを胸のポケットへ戻して、
「――まあ、それはそうだよな。で、小池主任、こんなところにつれてきて、あんたの話は何なんだ?」
「うーん――俺としてはだなァ。木村徹が馬鹿で助かったなあって話になるんだよなァ――」
腕組みをした小池主任がうつむいて呟くように言った。
「それは、どういう意味だ?」
俺のほうは唸った。
腕組みしたまま顔を上げた小池主任が、
「おい、黒神。まァ、遠慮をせずに飲め、食え。今日は俺の奢りだぞ?」
俺の横に身を寄せてきたハヤト君へ、
「ああ、いいんだ、ハヤト君。この話が終わるまで酒はいらないから――」
俺は卓上にあったコップを逆さまに伏せて見せた。
ビール瓶を抱えたハヤト君は、それですごく悲しそうな顔になった。
「小池主任、あんたが持っている金は元々、俺が受け取るべき金だろう。リサの報酬だって相変わらずチョロまかしているしな?」
顔を歪めた俺は小池主任を睨んだ。
「あのなあ、黒神。俺は他にも色々と手広くやってるんだァ。お前と違って金持ちなんだよ、俺はなァ――」
小池主任は小皿のポン酢へもみじおろしをドバドバと入れている。
「ああ、へえ、そうなの――」
頷いた俺は座椅子の脇に置いてあるリボルバーへ視線を送った。アブラ狸に何を言っても無駄なのだ。俺の武器が置いてあるのは左手の方だ。右手の方は花魁調のハヤト君に占領されたのでついさっき自分で動かした。
「――黒神、てっちりだぞお、ふぐだ!」
突然、小池主任が吠えた。
土鍋から摘み上げたふぐの白い身が小池主任の箸の先でふるふる震えている。
「大声で言わなくても見ればわかるよ。料亭の看板にも『ふぐ料理専門店』って大きく書いてあったしな」
俺は顔を歪めて見せた。
「冬はふぐの季節だからなあ、これは旨いぞお――」
土鍋へ視線を一旦落とした小池主任が、
「このふぐな――黒神、とらふぐな!」
また顔を上げて吠えた。
ぐるんと両目を丸くした小池主任の顔だ。
「――ああ!」
俺は唸って応えた。
本当にこいつはうるせえな。
いっそ、ここで撃ち殺してやろうかな。
うつむいて震える俺はそんなことを考えていた。
苛立つ俺を気にする様子もない小池主任が、
「このふぐがとれるのって、確か黒神の地元だろお。汚染前のだなあ」
「そんなの知らんよ」
「ここの料亭で使っているとらふぐは遠州灘産だぞ。黒神は知らんのか、遠州灘。あそこらに住んでいたと、お前は俺へ言っただろ?」
「遠州灘は知ってる。あの近くに住んでたからな」
「それでも黒神は、てっちりを食ったことないのか?」
「一度もないね。それどころか俺は、ふぐそのものを食ったことがない」
「黒神の地元はふぐの名産地なのに何でよ?」
「この手の高級食材は産地で消費されないんだ。当時、水揚げされたふぐは、ほとんどが東や西に流通していたらしい。まあ、たいていは東京だったんだろうな」
「あー、そうか、そうか。だから、黒神がふぐを食うのは今日が初めてなのかあ――」
ふぐちりを争うようにして食べながらの雑談だ。ふぐの身の味は淡白でぷりぷりとした食感だった。これは「上品な味」と言ったところだろう。
このままでは埒があかないと判断した俺は、ポン酢とみもじおろしに浸したふぐの身をぷりぷり噛みながら、
「それで、小池主任。あんたの話は何だ?」
と、単刀直入に訊いた。
満面の笑顔になった小池主任が、
「どうだあ、生まれて初めて食うふぐは旨いか、貧乏人?」
「――おい、あんたの話だよ」
俺の声は硬く震えていた。
小池主任が箸と小皿を置いて、
「なあ、黒神ィ。俺たちは一蓮托生だよなァ?」
「あんたと一蓮托生は御免だね」
俺はふぐを噛みながら言った。
これは掛け値なしの本音だ。
「おいおいおーい、黒神ィ、俺とお前は一蓮托生だろォ?」
小池主任がニッタァと笑った。
「さっさとあんたの要件を言えよ」
俺は口のなかのふぐを呑み込んで小皿と箸を卓に置いた。
「あァ、昨日なァ、例の木村徹がなァ。ウチの監査部へ話を通せって事務所の応接間で散々喚き散らしやがってなァ。あの小チンピラがこの俺様を指差してぎゃあぎゃあと喚いたわけだよなァ――」
小池主任が両方の眉毛を吊り上げて見せた。
「――組合の監査部。内部監査の請求か?」
俺は訊いた。
「そうだ、ご存じ無駄飯食らいの監査部だ」
小池主任が笑った。
「何で木村がそんな部署へ怒鳴りこむんだ?」
俺は首を捻った。
「おいおい、木村が俺に向かって喚いていたのはお前の狩人団――黒神狩人団のことだぞ。黒神狩人団の団員はほとんど幽霊だし、登録してある装備も車両も張子の虎だ。それが北部のローラー作戦に参加しているのは理屈に合わん。おかしい。これはどこかで不正が行われているに違いない、なんてなァ。木村徹は足りない頭でそう考えているらしいんだよなァ――?」
笑顔の小池主任が笑っていない目で俺を見つめた。
まあ、これは事実だ。
不正は明らかに行われている。
俺の目の前にいるふてぶてしい態度の男の手でだよな――。
「――ああ、それで木村が監査部へ訴えるわけか。確か組合員にはその資格があるんだよな。だが、それがどうした?」
俺は小池主任を睨んだ。
「おいおい、黒神。これはお前の話だぞォ。もっと危機感を持てや――」
小池主任は大袈裟な溜息と一緒に薄ら禿の頭を振った。
「そんなの知らないよ。困るのは組合内部で不正を繰り返している小池主任、あんただけだろ。俺のほうは真面目に組合の仕事をやっているだけだからシロだ」
俺は吐き捨てたが、
「組合の懲罰は連座制だ。監査部から俺へクロ判定が出ると、俺の担当している黒神武雄も組合から除籍――」
小池主任は身を乗り出して、
「――はぁい、残念でした!」
と、両目を大きく見開いた。
それは、
「クソして寝ろ!」
とでも言いそうな顔だった。
「くっそ、このアブラ狸が――」
完全に頭へ血が上った俺の右手がリボルバーへ伸びた。
しかし、そこにいたのはハヤト君だ。股の間に手を差し込まれたハヤト君は「あっ、やんっ、武雄さん!」とか何とか鳴きながら俺の右腕に絡みついてきた。
ああ、俺のリボルバーが置いてあるのは左側だったわ。
表情を消した俺はハヤト君のリボルバーがある箇所から、これ以上は彼を刺激しないように注意しつつ、そろそろ手を引き抜いた。
ハヤト君は俺の胸元に身を寄せたまま熱っぽい表情で俺を見上げている。
ハヤト君よ。
俺をそんなうるんだ目で見るな。
そういう趣味は俺に全然ないと思うんだ。
たぶん――。
「――さァ、これはどうするよ、黒神ィ?」
小池主任がねとねと笑った。
「あんただって困るだろう。どうするつもりなんだ?」
俺は笑わずに唸り声を聞かせた。
「ああ、そこでだなァ、木村の狩人団をなァ――」
頷いた小池主任が、
「俺は木村狩人団を例のローラー作戦へ参加させることにした。安藤の馬鹿も木村をうるさがっていたからな。工作するのはチョロいもんだ。仕事をくれてやれば木村徹だってしばらくの間は黙るだろ。北部のローラー作戦は今が一番おいしい仕事だしなあ。監査部だって面倒な仕事はなるべくやりたくないさ。俺が鼻薬を嗅がせている奴らはあそこの部署にだって多い――」
「――ああそう。あんたは木村徹に妥協をするのか。この狸はどうも、自慢のきんたまをどこかに置き忘れて生まれてきたらしいな?」
俺はせせら笑ってやった。
「この小池幾太郎が、あの小蠅みてェなチンピラの木村徹を相手に妥協をするだと?」
ぐにゃり、と。
小池主任が周辺の空気を歪ませるような笑顔を見せた。
「ま、あんたはそういう性格じゃないよな」
俺も笑顔で言った。
「だからな、黒神、木村徹が馬鹿で助かったよなァ、って話だろ――ここからが本題だ。木村の狩人団は黒神武雄がいる区外――北部のエリアへ、ローラー作戦の交代要員として向かう予定だ。木村狩人団の団員は十五人。全員が大した実績もないチンピラだ。奴らの使う車両は装甲車ですらない。その木村徹の狩人団は先にエリアで待機しているお前の後からやってくるわけだ。黒神、お前の仕事の引継ぎをする為にだぞ。木村狩人団は黒神武雄の仕事の引継ぎに区外の道を、のーんびりと、なぁんにも警戒をせずに、えっちらおっちら進んでくるわけだよなァ――そこでお前さんがやるべき仕事は俺が言わなくてもわかるよな?」
小池主任が俺へ視線を送ってきた。
視線を落とした俺は沈黙した。
「――なァ、黒神よォ?」
小池主任が呼びかけてきた。
「――何だ、小池主任?」
俺はうつむいたまま視線を送った。
「俺たちは付き合いが長いよなァ――」
小池主任が呟くように言った。
「――富士宮居住区で出会ってから五年近くになるな」
俺は言った。
特別な感慨はない。
小池主任にもおそらくないだろう。
「俺とお前は一蓮托生だろう?」
小池主任がぶ厚い唇の端を歪めた。
「何度も言うが、あんたと一蓮托生なんて俺は御免だね」
俺は吐き捨てた。
「へえ、じゃあ黒神は俺の依頼を受けてくれないのか。お前は組合から離れて生きていけるのか?」
笑顔だったが小池主任の声は冷えきっていた。
目も底冷えしている。
「一蓮托生は違うぜ、小池主任。たった今、俺が奴を
俺も冷えた声で言った。
俺の顔に表情は無かった。
「くっ、黒神ィ――!」
小池主任はガクンとうなだれた。
「何だ、小池主任?」
俺は顔をしかめて見せた。
小池主任は満面の笑みを湛えたぶ厚い顔をガバッと上げて、
「それって、100点満点の解答だよなあ!」
肩を揺らしてげひげひ笑った。
俺の視線がゆっくり落ちた。「悪魔に魂を売り渡した」これはよく耳にする慣用句だ。しかし、このアブラ狸の場合は「悪魔の魂を買い取っている」そう言ったほうが適切だろう。それも
胸のなかで大いに呪詛を吐いて気持ちの整理をつけたあと、
「小池主任、まだ問題はあるぞ」
俺は顔を上げた。
「ん、何だァ?」
小池主任はコップへビールを注いでいた。長話の間にぬるくなったビールは泡ばかりが出た。それを見た小池主任は、ぶ厚い顔を思い切って捻じ曲げた。
「俺の名前でローラー作戦へ参加すると木村徹から警戒される。リサの件だ。奴は俺に宣戦布告をした。銃声を鳴らせば区内警備員がすっとんでくる居住区のなかではどうか知らん。だが区外へ出ると奴だって俺に銃口を向けるのを躊躇しないだろうぜ」
俺は呟くように言った。木村狩人団は十五人。団を率いているのは木村徹という雑魚丸出しのチンピラだ。お山の大将があの調子ではそこにいる団員だってたいしたことがないのだろう。しかし、それでも武装して数が揃うと厄介だ。俺がこれからやろうとしているのは、組合でも一番のご法度――同業者殺しだった。逃がした敵が組合へ
これはかなり面倒な仕事だ――。
小池主任がぬるいビールを一気に呷って、
「――ああ、それなァ。黒神は
俺が顔を上げると小池主任はコップへまたビールを注いでいた。俺たちが置かれている状況はかなり面倒だが、アブラ狸の態度は淡々としたものだ。
アブラ狸は俺の他にも何かの「保険」をかけているのだろうか――。
考えても考えても心当たりが浮かばない。
「小池主任は随分と段取りがいいんだな?」
溜息を吐いて諦めた俺はコップを手にとった。
「そうだろォ、黒神ィ、俺は段取りがいいんだよォ」
小池主任がニタリと笑った。
ぶ厚い唇の端にビールの泡がついている。
「――ハヤト君、俺にビールをくれ」
俺はコップを突き出した。
待ち構えていたハヤト君が、
「はいっ、武雄さん!」
と、俺のコップへぬるいビールを注いでくれた。
ほとんどが泡だ。
それでも渇いた俺の喉には旨く感じた。
今の日本でビールは高級な酒の部類だ。
話はそれで終わった。
お互いに「おい、野菜も食えよ」そう罵り合いながら、てっちりをビールと一緒に腹へ流し込んでいる最中だった。
「ああ、黒神。すっかり忘れてたわ。俺が今頼んだ仕事の報酬の件――」
小池主任が鍋の熱で赤黒くなった顔を上げて言った。
「へえ、珍しい。あんた個人が俺に金をくれるのか?」
動き続けていた俺の箸が止まった。
「いや、金は絶対にやらんぞ」
小池主任だ。
笑顔でもない。
「何なんだよ?」
俺は唸った。
「今回、黒神にやる報酬はそのハヤトな」
小池主任は俺に寄り添っていたハヤト君へ箸の先を向けた。
「――何ィ?」
俺の声が裏返った。
「もっと喜べよ、黒神!」
小池主任が熱い口調で言った。
「――あんたは何を言ってるんだ?」
俺はおそるおそるハヤト君へ視線を送った。赤らめた顔を斜め下にうつむけたハヤト君は、上目遣いで俺を見つめていた。何かを期待しているような態度だ。
俺が急いで顔を正面へ向けると、
「何って、お前に俺のハヤトを気前よく一晩貸してやろうという話だ!」
アブラ狸のぶ厚いツラが吠えた。
笑ってもいない。
俺はたった今、清水の舞台から飛び降りたのだ。
そんな感じの表情だった。
「あのなあ――」
俺は呻いた。
「黒神、遠慮をするなよ。俺とお前の仲じゃないか――」
ふっと視線を落とした小池主任はしんみりとした調子で言った。
こんな場面でしんみりされても俺としては非常に困る。
「それはいい。いらないから。ああ、ハヤト君、俺はそういうのはだな――」
俺はぐいぐいと身を寄せてくるハヤト君を横目で見やった。
ハヤト君はオスなのにメスの顔だ。
「――もう帰る」
小皿と箸を置いた俺は、リボルバーとレッグ・ホルスターを手にとって、スックと立ち上がった。
「おいおい、黒神、どうしたんだ。ハヤトのケツは、メスのまんこより使い心地がいいんだぞ。お前みたいな貧乏人にとって、こんなのは滅多にない機会なんだから試しておけ。あとで後悔をしても知らんぞ?」
小池主任が俺を見上げて露骨な発言をした。
両目がピンポン玉のようになっている。
「いや、俺は帰るね」
断じて応えた俺はレッグ・ホルスターを右脚に装着した。畳の上で女の子座りのハヤト君が瞳と唇を開いて俺を見上げていた。ふるふる震えている。今捨てられた子犬のような有様だ。
あのな、ハヤト君よ。
俺をそんな目で見るな。
見るな。
毅然と踵を返した俺を、
「あー、黒神、黒神ィ!」
と、小池主任が呼び止めた。
「何だよ!」
俺は背中で怒鳴った。
「一応、事前に
小池主任の言葉に、
「ああ、それはこっちでやっとく。やっとくから、心配するな――」
俺はいい加減な態度で応えてブーツを履いた。
「武雄さぁん!」
背中のほうからハヤト君の泣き声が聞こえた。
外套を小脇に抱えた俺は料亭の玄関へ足早に向かった。
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