第8話 天竜自治区(ロ)
自治会館の元は区役所として使われていた建物らしい。
小高い場所にある四階建ての天竜自治会館の会議室へ移動した俺は、そこでカルロスから天竜自治区の状況の説明を聞いた。
以下はその話をまとめたものだ。
天竜自治区の周辺に例の猿型NPCが出現するようになって被害が出ている。自治区住民の尽力でNPC障壁はまだ破られてはいない。しかし、自治区周辺にある物流網は被害が多発中だとのこと。先日、浜松にある区外運送トラックの組合から「天竜自治区周辺にいる猿をどうにかしてくれないと仕事ができない」と自治区側へ連絡が入った。天竜自治区は浜松居住区を相手にした金品の取引で自治権を勝ち得ている集落だから、区外運送トラックがやる物流が止まると死活問題に繋がる。それで、浜松居住区はもちろん自治区側も積極的にNPC偵察・駆除活動へ協力せざるを得ない状況に追い込まれた――。
「――まあ、天竜自治区を取り巻く状況はこんなところだ」
カルロスが席を立って窓を覆っていた黒いカーテンを開けると、山稜の上に濃い青紫の夜空が広がっていた。窓の右端に一番星がまだ明るく見える。会議室の電灯がつくと夜を先駆けたその星の光は見えなくなった。
渡された資料を眺めていた佐々木が、
「カルロス代表。この分布図を見ると、猿型NPCは森区の大農工場方面――東部からではなくて、すべて北部から移動をしてきたのですか?」
「ま、そうだ。あの猿どもは北から天竜自治区を囲い込むように展開をしている。どうやら明石山脈の北で――北陸でロシア極東軍の反抗作戦が始まっているらしいな。それで、NPCどもは――猿型NPCどもは南へ押し出されてきたらしい。まあ『そうらしい』だぜ?」
軽い調子で応えたカルロスが唇の端に咥えていた煙草へオイルライターで火をつけた。銘柄は『高峰』だった。大農工場の製品だ。昔は洋モクの特定銘柄しか吸わない男だったが――。
「――ロシア極東軍の反抗作戦。カルロス代表、それは確かな情報なのか?」
伊里弥団長が顔を上げた。
「あ、これは中国人から聞いた情報だから確証はない。奴らは挨拶の代わりに嘘をつく生き物だろ、ニーハオニーハオってなあ――」
カルロスのおどけた態度が紫煙の向こうに隠れた。
「――中国人。屋台で饅頭を売っているあの彼らも天竜自治区の住民なのか?」
伊里弥団長は流れてくる紫煙で顔をしかめている。
これは非喫煙者の反応だ。
「ああいや、あのニーハオどもは移動をしてくる。ま、行商だなあ」
カルロスは周辺に構わずバカスカ煙草をふかした。
こちらは喫煙者の鏡だな――。
「まさか、西から――中国支配地域の居住区から移動を?」
伊里弥団長が目を開いた。
非喫煙者が流れてくる煙草の煙のなかでだ。
皇国軍は天竜自治区にいる
以前、俺が関わった月日集落が典型的な例になる。区外の集落では中華人民軍に手を貸したり、ロシア極東軍に加担するものも少なくない。俺は会議室へ視線を巡らせた。伊里弥狩人団からは団長の伊里弥、副団の佐々木含めて十人が参加していた。自治区側から参加しているのは三十人ていどの住人だ。そのなかで、俺の知っている顔は阿部夫妻くらいだった。
「ああ、そうだよ、ニーハオは西から移動してくる――」
カルロスが煙草を片手にお茶を飲んだ。
「――黒神さんは?」
急須を持ったまりあ先生だ。
「もらうよ、ありがとう」
俺は空にした茶碗を突き出した。俺はお茶より煙草が欲しいのだが、それをねだるには、カルロスの座っている位置が少々遠い――。
黙って自分を見つめていた伊里弥団長へ、
「本当だぜ、あいつらは西から車で来る。中国人って命より商売が大事なんだろ?」
カルロスがへらへら笑って見せた。
「敵性国家の人間だぞ」
伊里弥団長が言った。
のっぺり平坦な声だった。
「ま、そうだよなあ――」
カルロスは気のない返事をして、また煙草に火を点けた。
「それを天竜自治区で受け入れているのか?」
伊里弥団長が言った。
肩を竦めたカルロスが自治区の住民が多く座っている長机のほうへ目を向けると、
「来るものを拒んでいたら、区外の住民は生きていけないですから――」
そんなことをモゴモゴ言いながら、まりあ先生が急須を片手に腰を上げて、伊里弥団長の茶碗へお茶を注いだ。
「伊里弥さん、区外に住むおれたちに選択肢は無い」
独り言のような調子で言ったのは一刻さんだ。自治区住民側はみんな伊里弥団長へ視線を送っていた。盗み見ているような感じだった。
「伊里弥団長。防衛作戦へ話を戻すがいいか?」
カルロスが言った。
「――ああ」
生返事をした伊里弥団長は手元の茶碗を眺めている。
「ともあれ、ですよ」
佐々木が言った。
「天竜自治区の周辺にあるエリアすべてをカバーするには、ぼく達の団だけでは人員が足りませんよね?」
「自治区側からも当然、人手は出すぜ」
カルロスが言った。
「阿部さんたちも防衛をやるのか?」
俺が目を向けると、
「はい」
「ああ」
阿部夫妻が揃って頷いた。
周辺にいる自治区の住民も似たような態度だ。
彼らは最初からそのつもりらしい。
「まさか子供は防衛戦に参加しないよな?」
一応、俺は訊いてみた。
「まさか、それはないですよ」
まりあ先生が笑った。
「黒神、五百ていどの人員なら自治区側から一息に出せるぜ」
カルロスがにやにや笑った。
「五百か。人数はかなり多いけどな。武器は足りているのか?」
俺は自治区の住民が並んで座る長机を見やった。若い男のなかには腰のホルスターに拳銃を突っ込んだりして武装をしているものも多少いる。しかし、そのたいていは丸腰に見えるが――。
「――ああ、黒神さん」
「その足りない武器を、ぼくたちの狩人団がここまで輸送してきたんですよ」
伊里弥団長と佐々木が俺へ顔を向けた。
「ああ、あの輸送トラックに積んであった武器と弾薬はそういうことか――」
俺は呟いた。伊里弥狩人団に追随していた何台かの輸送トラックには自治区へ供給する武器を積み込んであったらしい。
「ええ、そういうことです」
佐々木が何の内容もないのに笑った。
「あの輸送トラックの銃器は組合からの支給品なのか?」
俺は訊いてみた。
まあ、これは「かまをかけてみた」というやつだ。
案の定、伊里弥団長も佐々木も返事をしない。
これは想定内の対応だ。
輸送トラックにあったのはすべて米軍が使っている武器だった。
自腹で武器を調達するNPC狩人組合員の装備はもっと雑多で統一性がないものだ。
皇国軍は主に米軍から武器の給与を受けている。
「あ、はい、皇国軍の武器庫から持ち出してきました」
とは言えないのだろうしね――。
沈黙した皇国軍関係者の二人(おそらくだ)に代わって、
「ま、あれを購入したのは狩人組合経由だ。ちゃんと自治区側からは代金を払っているぜ?」
カルロスが応えた。
「浜松の組合本部へ応援を要請したのはカルロスなのか?」
俺はカルロスを見つめた。
こいつは見ず知らずの他人へ不用意に助力を頼むような男ではなかった。
今は違うのかも知れない――。
「――いや、天竜自治区の総意、だよな?」
カルロスが自治区住民側を見回した。彼らはお互い目配せをしただけで返答はなかった。特別な反応もない。
「そんなに天竜自治区の状況は悪いのか――」
腕組みをした俺は顔をしかめていると思う。状況がヤバイと判断したリサと俺が任務からトンズラを決めるにしてもだ。そこまで自治区外の状況が悪いと二人きりで行動するのは危険かもしれない。暴走機関車のような区外運送トラックの重さならともかくだ。オンボロ・ハンヴィーでNPCの群れを――しかもヒト型NPCより強力な猿型の群れを突っ切るのは心もとない。月日集落から脱出したときだ。あの重量のある軍用輸送トラックが、猿型一匹に取り付かれただけで片輪を浮かせたからなあ――。
「黒神、敵は東西南北にいる。このまま障壁内に籠っていると自治区は一斉に攻撃されそうな気配なんだ。あれだ『あのとき』と同じ状況だよ。だから、今回は外から応援を呼ぶことにした」
カルロスが紫煙を噴きながらへらへら笑った。
「細かい敵情視察は――まあ、危険な役割は俺達に押しつけるよな、たぶん」
俺は視線を落とした。
「いや、黒神。自治区外の偵察はもう必要ない。手元にいっている資料が二日前の情報だからな」
カルロスがへらへら笑いを消した。
「偵察はもう必要ないのか?」
俺が訊くと、
「自治区にいる自警団で偵察済みだ。天竜自警団って名前がついてる。末端まで含めれば千人以上を動かせる」
カルロスはこんな返事だった。打ち合わせの参加者は四十人前後いるが、今、喋っているのはカルロスと俺だけだ。まあ、それでいいだろう。俺は交渉役として伊里弥団長から指名をされた「らしい」からな――。
俺は言った。
「カルロス、数ばかりが多くてもな。ド素人どもの仕事は信用できねェぜ」
「黒神は相変わらず疑り深いな――」
「ああ、そうだ、疑ってナンボだ」
「安心をしろよな。俺の指導で自警団の連中は全員ド素人を卒業済だ」
「――なるほど、カルロスはこの自治区に常駐して狩人団を運営しているな?」
「結果的にそうなった」
「カルロス狩人団かよ、カルロス団長?」
「確かに俺は団長だが名称は天竜自警団だよ。あくまで自警団だからな。狩人団みたいな傭兵の集団じゃない」
「――あのことが――御影狩人団の全滅があったからか?」
俺が訊くと
カルロスが頷いて、
「ま、そうだ。御影狩人団の解散後だ。黒神が不貞腐れて東へ消えたあとだよ。集落住民を直接統率したほうが手っ取り早いと俺は考えて、この天竜自治区で自分を売り込んだ。ここの元指導者も俺の意見に賛同してくれた。それで、ここまで至るってわけよ」
「――元指導者?」
俺は首を捻った。
「ああ、打ち合わせに参加しているぜ」
カルロスの視線の先を目で追うと、
「――どうもどうも、私は
そう名乗って恰幅のいい親父が頭を下げた。贅肉が多いので年齢のわりにシワが少なく、血色の良い肌をてかてか光らせた親父だ。頭はつるつるに剃り上げているが(もう毛根がないのかも知れない)眉毛がうんと長くて目にかぶっている。年齢は六十歳くらい。服装が妙だ。袖が長い黒の和服を着ていた。
これは寺の坊主が着る法衣――。
「見ての通りこの栄倫さんは天竜寺の住職だ。今は自治区の取りまとめ役もやっている。どっちかというと現世でやる仕事のほうが忙しいひとだよな。で、死人が出たときは、元の坊主に戻ると――」
カルロスがへらへら説明をすると、
「ええ、はい、今の私はそんな感じですねえ――」
その栄倫さんが笑顔を見せた。
頬が赤い笑顔だ――。
「へえ、坊主が鉄砲を撃つのかよ――」
俺は呟いた。
「あ、この住職様は――栄倫さんは校長先生なんですよ。天竜で学校の運営をしながら自治会の会長さんもやっています」
まりあ先生が詳しく教えてくれた。
「栄倫さんが天竜自治区の代表だ。カルロスはただの治安警備の担当」
一刻さんがムッと唸るように言った。これで特別に不機嫌なわけでもないのだろう。いつもこんな態度の男だ。
「へえ、この栄倫さんが天竜自治会の代表者――ま、脳筋だけで自治区全体の運営ができるわけないよな」
俺はカルロスへ目を向けた。三本目の煙草に火をつけたカルロスはへらへらと俺へ視線を返してきた。その近くにいる伊里弥団長が顔をしかめている。横にいる佐々木は平然としていた。
「黒神さん、私どもも――予備の自警団員も今回は自治区の防衛に参加させてもらいますよ」
まりあ先生が言った。
「学校の先生もか?」
俺が訊くと、
「ええ」
まりあ先生が頷いて、
「ああ、人手が足りんからな」
その横で一刻さんが唸った。
それを皮切りに、
「確かに区の防衛任務が専業でないですがね」
「しかし、今までも私たち――自治区の住民は協力してNPCと戦ってきましたよ」
「俺らだって銃を撃てるぜ」
「主にやるのは障壁の警備だとか検問の管理だけどなあ」
「あれは自治区住民の当番制になっています」
自治区住民側から声が上がった。
俺は彼らの声を大雑把に聞き流して、
「カルロス?」
「――おゥ?」
カルロスは煙草を指に挟んでせんべいを食っていた。左手には茶碗を持っている。こいつは常に何かしら行動をしていないと気が済まない男だ。
昔からそうだった――。
「――天竜自治区の外の拠点はどうなっているんだ。この様子だと、前哨基地はいくつかあるんだろ?」
俺は訊いた。
「さっきプロジェクターで説明した筈だぜ」
顔をしかめて見せたカルロスが、
「自治区外にある一番大きな拠点は船明ダムの周辺だ。船明前哨基地って呼んでる」
「その前哨基地は別の集落になるのか?」
「いや、天竜自治区の管轄だよ」
「ああ、へえ、そこまで自治区の支配地域なんだな――」
「まだまだある。秋葉ダムと佐久間ダムも天竜自治区の管理下だ」
「天竜川水系にあるダムが全部、天竜自治区の縄張りなのか?」
「そうだ。俺達が管理しているダムがNPCにやられたら、大雨が降るたびに下流の浜松居住区は水浸しだよなあ?」
カルロスがへらへら笑いを大きくした。
「――天竜自治区がダムの管理を放棄した場合は下流が――浜松居住区が水害。それで、天竜自治区は浜松居住区に対して強く発言できるってわけか?」
俺が言うと、
「いやいや、黒神さん。私どもは浜松居住区を脅しているわけではない。あくまで、天竜と浜松は互助の関係でしてねえ」
栄倫さんが口を挟んできた。
「遠回しに脅しているようなものだろ?」
俺は言った。それを聞いても栄倫さんは表情を変えなかった。返事もなしだ。饅頭のような笑顔で俺を見つめている。
どうもこれは食えそうにない饅頭に思えるが――。
「――とにかく」
茶碗を呷ったカルロスが、
「自治区の防衛は当然としてだ。今回は、1番上流にある佐久間ダム周辺を死守する必要がある――」
「天竜自治区が使っているこの電気も、ダムの水力発電所から来ているのか?」
俺は窓の外へ目を向けた。背の高い建物の自治会館からは天竜居住区が一望できる。窓の外にある住宅や店舗も窓から電気の光が漏れていた。指定居住区外では珍しい光景だ。
「ああ、そうだ。今では居住区の北にも届いているぜ」
カルロスが鼻から煙草の煙を噴いた。
「ええ、ダムの水力で発電した電気を居住区に買い取ってもらっているのです」
まりあ先生の発言だ。
「ん、機能している電柱があるように思えなかったが――ああ、地下に送電ケーブル施設をしたのか?」
俺はカルロスへ目を向けた。
「ま、そうだ。あのすばしっこい猿型NPCが出没する前の話だぜ。年末に居住区から土建屋が来てた。狩人団の護衛つきでかなりの大工事だったな。それが終わった直後だ。自治区の東南にあった二俣前哨基地が――」
カルロスそこで言葉を切ってへらへら笑いをやめた。
「――二俣か。飛竜大橋の北側だな。どうなった?」
俺が促すと、
「ええ、あの化け猿の所為で――」
まりあ先生が呻くように言った。
「東にあった二俣前哨基地は全滅した。これで二度目だ」
一刻さんがムスっと発言した。
「そこは猿型NPCの巣になっているのか?」
俺は首を捻った。天竜自治区の中心から二俣にあったらしい前哨基地は近い。そのわりには障壁が攻撃されている気配はない。
実際、今も会議室に聞こえてくる銃声はない――。
「いや、黒神、あの猿型はよく棲む場所を変えるんだよ」
カルロスが言った。
「常にそこにいれば駆除も楽なんだが――今、猿の群れは東の山のなかだろうな」
「ああ――」
俺は頷いて見せた。俺が来る途中で遭遇した猿型NPCの群れは、どうも自治区の東にある山から降りてきたらしい。方角的にもだいたい合っている。
「自治区から人手を出して二俣前哨基地の除菌だけは済ませました」
弱い笑顔のまりあ先生だ。
「ゾンビ・ファンガス胞子が風に乗って自治区まで飛んできたら大変ですからねえ――」
栄倫さんがぽつりと言った。
「それで天竜自治区は浜松の狩人組合へ傭兵の派遣要請をしたのか。自治区側としては交通網の安全確保より先にその前哨基地を回復させたいのか?」
俺は訊いた。
へらへら笑いのカルロスが、
「それがNPC狩人組合の仕事だろ。
「カルロス」
俺は呼びかけた。
声を低くした。
「何だよ、黒神?」
カルロスはへらへら笑いのままだった。
「それでこの天竜自治区の独立性は保てるのか。ここの住民は汚染後、独立独歩でやってきたんだろ。見たところ、各居住区や大農工場からの逃亡奴隷も受け入れてるよな?」
俺は自治区住民側の長机に目を向けた。
首元に『丙種皇国民』と刺青を入れた男がいる。
「あっ――」
その元社畜は首元へ手をやった。眼鏡をかけた俺と同じくらいの年齢の男だ。真面目そうで崩れた感じはしない。仕事が嫌になって大農工場から脱走してきたのかも知れない。浜松周辺の大農工場は森区ほど徹底的な社畜管理がされていないとも聞く。大農工場はそれぞれ管理する複合企業体が違うから、そこにいる社畜の管理も場所によってまちまちなのだ。
「それは――」
自治区住民側の長椅子がざわついた。半分は困惑した顔を見合わせ、半分は視線を落としている。まりあ先生も視線を落としていた。一刻さんですらだ。栄倫さんだけは饅頭みたいな笑顔で俺を見つめている。
このジジイだけは何を考えているかよくわからんな――。
「――さっき言っただろ、組合への対価は自治区側から払っている。だから関係性は対等だ」
カルロスが身を乗り出して顔をしかめた。
「区外で仕事をする関係上だぞ?」
俺は言った。
「集落住民を相手に面倒事を起こしたくはない日本NPC狩人組合は、集落へ危害を加えることは少ないだろうけどな。金品のやり取りがある浜松居住区だって同様だろう。だがな、日本再生機構とお仲間の日本皇国軍は天竜自治区を快く思っていないと思うぜ」
俺はそう言いながら伊里弥団長と佐々木を盗み見た。伊里弥団長は表情が硬くなったように見えた。佐々木はいつもの笑顔だった。何の内容もない笑顔だ。
「知っているよ、そんなこと」
カルロスがしかめた顔を横へ向けた。
「実質的にだ――」
そこで俺はお茶を呷るようにして飲んだ。緑茶だった。打ち合わせ前、俺はまりあ先生へ珈琲があるかどうか訊いた。インスタントならあるらしい。さすがに自治区では
「黒神は昔から回りくどいよな。さっさと言ってくれ」
俺はカルロスから不貞腐れた態度で促された。
「――ああ。お前らの判断は仇の飼っている猟犬を頼ることになるがな。それで本当にいいのか?」
俺は言った。
カルロスはゆっくりと口角を吊り上げて、
「――それでも、手をこまねいて死ぬのは面白くないだろ。黒神、お前ならどうする?」
腹は出たが、こいつは昔から変わってない。
こいつが本気で笑うときは常に不敵だ。
「足掻ける限りは足掻くだろうね」
俺も笑って返した。
これはいつもやる愛想笑いではない。
印象の悪い笑顔だったと思う。
不敵な笑顔のまま頷いたカルロスが、
「な、そうだろうが。さっきプロジェクターで見ただろ、天竜自治区は猿型NPCに東西南北を包囲されている状態だぜ。こうなると居住区の退路は居住区しかない。居住区に入ったら区外の住民は社畜か奴隷だ、それなら――」
「――こっちから討って出る必要があるか?」
俺が言葉を続けると、
「ま、そういうことだ」
カルロスはへらへら笑いに戻った。
俺も愛想笑いに戻る。
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