第3話 天乃河警備小隊(ハ)

 天乃河警備小隊が使っている組合の寄宿舎は、城下しろした社畜団地の脇の小高い丘に建っている。ここでの仕事と同様、生活も居住区とは少し違う。小隊単位に分けられた組合員は何ヶ所かに散在してある組合の寄宿舎へ滞在して日々の区外警備任務を行うのだ。俺が今から帰るのは、そのなかで一番北に位置する城下寄宿舎になる。

 城下団地前のバスを降りた俺は坂道を歩いて城下寄宿舎へ向かった。間隔を置いて外灯が立つ二車線の道の左右は丘の木々で覆われて濃紺一色だ。その間から見える夜空へ視線を送ると、今宵の月は大農工場の各所から駆け上がる光を浴びて瀕死の様相を見せていた。空気も風情も冷め切ったその上がり坂を歩いていくと寄宿舎の玄関口が見える。そこから漏れてくるのは道路の脇にある白い光とは違う暖かいオレンジ色の光だった。ひとが生活する気配の混じる灯りだ。

 どの寄宿舎にも門限はない。

「――黒神さん、早かったね。あら、一緒に出ていった宍戸たちは?」

 俺は玄関口で食堂を掃除していた寮母さんから声をかけられた。この寮母は三上涼子さんという組合の職員で年齢は三十路絡み。きびきびした印象のスマートな体形の奥さんだ。正反対にぼんやりした性格の太った旦那さんが寮長をやっている。

「涼子さん、ただいま。ああ、若いひとらはまだ向こうでやってるよ。おじさんは朝まで飲めないからね」

 俺は酒で揺らいだ返事をして階段を上がった。

「黒神さん、まだ若く見えるけど?」

 涼子さんの笑い声が俺の背中から聞こえた。腕時計に視線を送ると、時刻は夜の十時だ。階段を上がっている途中、他の小隊の連中とすれ違った。桶を小脇に抱えていたから下の風呂にでも行くのだろう。この寄宿舎は天乃河警備小隊の他にも大農工場で働く組合員が生活をしている。

 俺は天乃河小隊があてがわれた三階フロアに上がったところで足を止めた。どこかへ出かけているのか、部屋で飲んだくれているのか知らないが、ミーティングエリアの先にある居住区――飾り気のないドアが両側に並んだ飾り気のない一直線の廊下は、彼女の他に誰もいない。

 ふりふりのジャンパースカートで装ったリサが廊下に出ていた。

 遠目に見ても俺の彼女は挙動不審だった。

「リサは廊下で何をしているんだ?」

 俺は歩み寄って声をかけた。

「――!」

 何かこそこそやっていたリサがガバッと顔を向けた。

 極端に緊張した顔だ。

 その顔で、頬を真っ赤にしている。

 これはかなり複雑な表情だな。

 どういう感情なのだろうなこれ――。

 怪訝に思いながらも、

「――ああ、ほらこれ。リサへお土産」

 俺は手から下げていた包みを突き出した。リサはギクシャクした動作でお土産を受け取った。お土産は食べ物だ。包みの外に匂いも漏れている。いつもならリサは匂いを確認する筈だ。犬っぽい動作で。しかし今のリサはそれをしなかった。お土産を抱えたリサは俺をじっと見つめていた。何か言いたそうな顔だった。

 でも、リサは喋れない。

「鳥でも肉は肉だ。リサは大好きだろ、お肉」

 俺は憮然と言った。このお土産は屋台で買ってきた焼き鳥の包みだ。値段が高かった白子の串だって入っている。これはおいしいものだ。俺の気遣いだ。もっと喜べ。

 しかし、無反応なリサは俺を見上げているだけだった。

 俺もそれを無言で見つめていた。

 見ているとリサの眉が段々と寄っていく。

 今はお土産どころじゃありません。

 すごく、たいへんな状況なのです。

 彼女は俺にそう言いたいらしい。

「――何だよ。一体、どうしたの?」

 声を大きくすると、

「むぶっ!」

 リサの手がすっ飛んできて俺の口をぴしゃんと塞いだ。

 俺は不承不承、目の動きを使って、

「了解。声を小さくするから、その手をさっさと退かせ」

 と、伝えた。

「!」

「!」

 俺の口を塞いでいたリサの手が、今度は全身で力む動作と一緒に、他人の部屋の表札を指差した。

 天乃河礼音。

 天乃河秋妃。

 表札にはこの兄妹の名前があった。リサと俺がいるのは、天乃河警備小隊の隊長と副隊長の部屋の前だ。寄宿舎の部屋は基本四人で使う決まりなのだが、女と男を同じ部屋に置くとトラブルになる。そんなの当たり前だ。だから天乃河兄妹は四人部屋を二人で使用していた。この向かいにあるリサと俺の部屋も四人部屋だ。それを俺たちは二人で使っている。天乃河兄妹と違って、リサと俺は血が繋がってはいない。気が向いたとき俺はリサへ情事を強要している。寮長さんも寮母さんもこの事実はあずかり知らぬところだ。リサは喋れないし俺もそんなことを口にしない。リサの都合なんて知ったことか。黙っていたほうが俺にとって都合がいい。そういうことだ。

 天乃河兄妹が使っている部屋のドアが少し開いていた。

 リサの指先はつつっと移動してドアの隙間を示している。

「――あのな、他人の部屋を無断で覗き見るのは人間として最低の行為なんだぞ。そんなこともリサは知らないのか?」

 俺は視線を落とした。

 リサは俺の胸倉を片手でガッシと掴んだ。両手ではない。リサの左手はお土産を抱えていた。踵を上げたリサは顔を寄せて俺を睨んだ。眉間厳しく、頬を赤らめて、鼻息はふんふんと荒い。これは必死だ。

 どうしてこんなにリサが必死なのかは、まだよくわからないけど――。

「ああもう、わかった、わかったよ。部屋を覗けばいいんだろ――」

 俺はリサのしつこい手を振り払って、

「天乃河兄妹のどちらかが具合でも悪くしたのか。そうなると、まあ確かに事は急を要するよな――」

 そう呟きながらドアの隙間から兄妹の部屋を覗いて、

「うっわぁ――」

 と、絶句した。

「!」

 リサはグッと強く握り拳を作って俺に見せた。

「?」

 次にその握り拳を唇の先に寄せて首を捻った。

「!?」

 拳をぶんと振り下ろしたリサはくっわっと両目を開いて俺を見つめた。

 リサは混乱している様子だ。

 俺も混乱している。

 網膜に残った情報を辿ると、ベッドの枕元にだけ灯りが点った部屋で天乃河礼音が天乃河秋妃の上になっていた。兄妹は両方とも裸だった。裸の兄は下になった血縁の肉体を犯す挙動を繰り返していた。妹のほうはその裸体を(それは第三者から見て、すばらしく女性的な肉体だった)を強く何度も捩って強要される行為を拒絶しているように見えた。実際、妹の細い泣き声が廊下まで聞こえている。それに応えるのは、兄の荒げた呼気と荒い言葉だ。

 くどいようだが確認をしよう。

 天乃河礼音と天乃河秋妃は血の繋がった兄妹だ。俺は当の本人たちからそう聞いた。だから間違いなく部屋で汗になった肌を重ねている彼と彼女は兄妹なのだ。

 たぶん、そうだと思う。

 ああ、いやいや、今夜の俺は少々酒を過ごしているからな。

 ははーん、さては目の錯覚だったのかよ?

 そう考えた俺はもう一度、天乃河兄妹の部屋を覗いた。

 俺は他人へ無関心な人間であることを自覚している。

 しかし、その俺だってこういう部分だけは普通の人間なのだ。

 好奇心に勝てなかった。

 残念というか。

 期待通りというのか。

 先ほどと同様の行為を天乃河兄妹は続けていた。むしろ先ほどよりも激しくなっていた。兄の体重を全身で受けて、押し潰されるような悲鳴を上げた妹が――秋妃さんが首を激しく捩った。彼女の汗ばんだ頬に栗色の髪の毛が幾筋か貼りついていた。俺の視線と秋妃さんの視線がまともにぶつかった。彼女の瞳は虚ろで悲嘆に濡れていた。

 喜びではなく――ああ、ええと、だな、これ何なのだろう――。

 俺が戸惑っているうちに、平たくなっていた秋妃さんの瞳の焦点が、はっきりしたものになった。朦朧としていた秋妃さんの瞳に意識が戻ったのだ。

 あ、覗き見しているところを秋妃さんに見られたわ。

 俺の背筋をざっと悪寒が駆け上がった。

「――あっ、くそっ!」

 俺ははあはあと息を荒げつつ一緒に部屋を覗いていたリサを小脇に抱えた。軽々と抱え上げた。リサはまだ成長期にある女子だが、それでも片手で抱きかかえるのは少々無理な重さがある。しかし、このときの俺は完全に度を失っていた。それに加えて酒にも酔っていた。これは火事場の馬鹿力だ。

 リサを抱えた俺は自分の部屋へ駈け込んでドアを閉じた。さらに内側から鍵をかけた。そうしてから、ドアに耳を当てて外の様子を窺った。五分以上はそうしていたと思う。俺たちの恐れているものが追ってくる気配はない。

 もう大丈夫だろう。

 大丈夫だと思いたい。

 大丈夫であってほしいなあ――。

「ふぅうぅう――うん、リサ、俺も驚いた」

 俺は小脇に抱えていたリサを下ろした。まだ生きた心地がしない。どうしようもない面倒な場面に出くわしてしまった。これは最悪だ。この俺は面倒事をできる限り避けて生きる主義なのだ。

 リサが深々と二度も頷いて自分のベッドに歩み寄ると、ベッドサイドテーブルへお土産を置いた。そこらへんで俺はリサに対して先ほど見た光景と同じことを何度かやっている。そうするとリサは瞳を濡らすのだがそれはまた悲嘆――秋妃さんが見せていた涙とは違う気がする。

 まあこれは、俺の思い込みかも知れないけど。

「!」

 すぐ戻ってきたリサが持ってきた本を俺に突きつけた。リサのベッドの上にあったものだ。

 俺はリサのベッドへ視線を送った。

 雑誌だの、お菓子の包み紙だの、お人形だの、脱ぎ捨てたお洋服だの、女の子セットだの、テレビのリモコンだので、リサのベッドは占拠されている。

 汚い。

 こまめに片付けろ。

 ぐうたらなリサはベッドで暮らしている。この部屋にあるテレビも彼女がベッドで寝っ転がったまま見やすいように俺が動かした。俺のほうがそれを率先してやったわけではない。この部屋に来た初日「そうせよ!」と彼女が俺に強く指示した。それでリサと俺はちょっとした喧嘩になった。到着早々ベッドでだらだらしていたリサと違って、俺はまだここへ持ってきた大荷物を解いている途中だったのだ。この場面は怒っていいだろう。でも最終的に俺のほうが面倒になって折れた。

 まあ、それはいいや――。

「――何だよ、この漫画?」

 俺は手元に来た漫画本に呟いた。黒い背表紙の単行本だ。

「!」

 リサが俺の手にある漫画本を指差した。

「この本の内容の確認をせよってか。ええっと、うわあ、『近親交狂極きんしんこうきょうきょく ~実兄じっけいいましめ~』ときたよ。タイムリーでひどいタイトルだよな――」

 俺はエロ漫画本パラパラとめくった。タイトル通りだ。その漫画は実兄とやらが実妹さんを徹底的に戒める内容だった。実兄の手で緊縛された実妹の裸体にある穴という穴から、注入された液体や自分自身の体液を派手にまき散らす情景の描かれたコマがずっと続いている。そのシチュエーションや方法は様々な工夫を凝らしていたが、一貫して作品の主題テーマは『実兄が実妹を徹底的に戒める』ことに終始していた。物語の序盤は実兄の激しい戒めに怯えてよく泣いていたボインで愛らしい実妹さんも、中盤は快感と背徳を天秤にかけて葛藤かっとうしだし、終盤ともなると実妹さん自ら今までより手厳しい戒めを実兄へおねだりするふしだらな有様になっていた。

 調教系のエロ創作ではありがちなハッピーエンドだ。

「他の作品でも見たぞ、こんな感じのオチ!」

 そう怒鳴りたくなるほど、ありがちなオチだろう。しかし、娯楽作品というものはこうでなくてはならないのだ。マンネリズムを恐れる者に質の高い娯楽は創れない。そんなことを昔、どこかの映画監督が言っていたような気がする。

 それはさておきだ。

 この背徳的で猥褻わいせつな漫画本は内容が濃いと言えばそうなるし、見ようによっては内容がペラッペラだとも言えそうだ。ぶっちゃけ、ストーリーなんてあってないようなものだった。最大限エロければそれでよかろう。そう割り切った構成になっている。ごく細い線で偏執的に描きこまれた作画はキャラも背景も緻密かつ繊細だ。ここまでくるとアートに近い。これは有名な漫画家が書いたものなのかも知れないね。

 大まかな確認を終えた俺は、

「――ああ、うん。内容は最悪に低俗だな。絵は驚くほど上手いのにね。才能の無駄遣いとはまさしくこのことだ。これを社員食堂の購買でリサが買ってきたの?」

 キッと歯を食いしばったリサが、

「!」

「!」

「!」

 と、身体全体を使ったジェスチャーゲームを始めた。

 かなり長かった。

「――ああ、リサは寄宿舎のレクリエーション・ルームにある雑誌ラックから、この本を持ってきたのか」

 俺はそれを解読して言った。

 リサがふんっと鼻息を荒げて頷いた。

 顔が赤い。

 真っ赤だ。

「刊行は六年前。おいおい、これが刊行されたの汚染後だぞ。こんなのを発行してる余裕が、当時はまだあったんだな。ああ、いや、そんな余裕はなかった筈だけどな――で、リサは何が目的で、このエロ本を部屋へ持ってきたの?」

 俺は顔を傾けた。

「?」

 リサも顔を傾けた。

 俺と同じ方向だ。

 わざとらしい動作だ。

「ああ、俺が部屋にいないときを見計らって――『近親交狂極きんしんこうきょうきょく ~実兄じっけいいましめ~』!」

 俺は大声でタイトルを読み上げた。

 とっさにリサは手で両耳を塞ぎ斜めに身を捩った。

 ああ、そうかよ。

 なるほどねえ――。

「――を、こっそり読んでいたリサは自分自身を大いに発奮はっぷんさせていたと」

 俺は言った。

「――!」

 リサははっと身を固めて俺を凝視した。

 限界まで開いた眼窩から瞳がこぼれ落ちそうだ。

「あのなあ、リサ――?」

 俺はおもむろに視線を落として溜息と一緒に呼びかけた。

「?」

「?」

「?」

 リサはキョロキョロした。

 この部屋にはリサと俺しかいない。

 お前だよお前。

 そこのお前だ、この馬鹿たれめが――。

「――お前だ、リサ。前にも俺は言ったが、ひとりえっちの回数と脳みその容量は反比例する法則性があるのだ。リサは学校へ行ったことがないから知らないだろうがな。これを学校では『マスターベーションの第1法則』と教えるのだ」

 今夜の俺はかなり酒に酔っている。

 俺は以前、戯れにこの嘘法則をリサへ教えた。

 今も俺は、リサへ同じ嘘法則を教えた。

 叩き込んでやった。

「――ごっふえっ!」

 俺の嘘は俺のみぞおちに叩き込きこまれた彼女の正拳突きで見事に打ち砕かれた。リサに学歴はない。しかし、リサは学歴がなくても、わかりやすい嘘を見抜けないようなアホンダラではないことが、この鉄拳で証明された――。

「ひっ、ひとの腹を躊躇なく殴るお前の癖はよくない。これって痛いし、呼吸ができなくてすごく苦しいから――」

 両膝から崩れ落ちた俺は途切れ途切れに言った。

「!?」

 リサが俺の胸倉を両手で引っ掴んで赤らんだ顔を寄せてきた。

 俺は視線を逃がして、

「ああ、天乃河兄妹のことね。わかってるよそんなこと。俺はわざとトボけてたんだ。本音を言うとな。俺はあの兄妹に関係する事柄をもう何も考えたくないんだけど――」

「?」

「?」

「?」

 リサはクエッションマークを連発して俺を促した。

 ああもう、本ッ当にしつこい性格だよな、こいつ――。

「――そうか、わかったぞ!」

 俺は手を打って言った。

「!」

 リサが俺の胸倉から手を離して一歩下がった。

 瞳をキラキラさせたリサは何かを期待しているような顔だった。

「天乃河礼音と天乃河秋妃は血の繋がっていない兄妹なんだ。そうに違いない」

 俺は立ち上がって言った。

「!?」

 キイッと眉間を厳しくしたリサがまた俺の胸倉を引っ掴んだ。

 そして激しく揺さぶった。

 誤魔化すな。

 現実から目を背けるな。

 真面目にわたしの質問へ答えよ。

 そんな感じの対応だ。

 俺はリサの手でぐわんぐわん揺さぶられながら、

「ああ、そうだよな。天乃河兄妹って髪の色も瞳の色も顔つきも本当にそっくりだ。どう見ても、あの兄妹は近親だよな――」

 俺は酒に酔っている。

 本当に目が回る――。

「――ああ、うん。リサ。よく聞けよ」

 俺はリサの両手を掴んだ。

「?」

 リサが顔を傾けた。

「他人様の複雑な家庭事情に首をつっこむの、これ以後はやめような」

 俺は言った。

「?」

 リサは顔を傾ける角度を大きくした。

 まだ納得していないらしい。

「――あのな。もっと簡単に言うぞ。さっき見たことは全部忘れろ。一切見なかったことにしろ。あの兄妹からは面倒事の匂いがプンプンする。金にならない面倒事は御免被る。これが俺の信条だ」

 俺ははっきり言ってやった。

「!?」

 くっわっと表情を変えたリサが俺に掴みかかってきた。

 ぐいぐいぽかぽかだ。

「ああもう、しっつこいし、うるさい奴だ――」

 俺は、その攻撃へ片手で対応をしながら、床に落ちていた『近親交狂極きんしんこうきょうきょく ~実兄じっけいいましめ~』を拾い上げて、

「――要するに、リサはこういうの大好きだから、天乃河兄妹の禁断の情交に強い興味を持っているのか?」

 リサの顔の前にそれを突きつけてやった。

「!」

「!」

「!」

 リサは顔を上下左右に振って、忍者を探しているような反応をした。

 見ていると、その動きは上上下下左右左右うんうんだ。

 それは何かの隠しコマンドか?

 いくら探しても、この狭い部屋に忍びなんていない。

 隠しコマンドだってない。

 あるわけがないだろ、この大馬鹿たれめが――。

「――ああ、そうか、わかった。リサは天乃河兄妹のあれを、ひとりえっちのネタに使いたいんだな。それは邪魔をしたら悪い。じゃあ、俺はしばらく部屋から出ているよ。好きなだけ、ここでやるといい」

 俺は鼻で笑いながら背を向けた。

 ざざっ、と。

 リサが素早く俺の前へ回り込んで、

「!?」

 修羅の形相を見せつつ腰を落とし二連撃を放った。右の拳を使った一撃は、俺のみぞおちを貫かんと試みる、いつもの正拳突きだった。左の拳から放たれたのは、俺の肝臓レバーの破壊を狙った鉤突かぎづきだった。これは空手式のボディブロウだ。リサが俺の肉体へ披露した新技は肘にしっかりと角度をつけた本格的なものだった。

「ごっふえぇぇ――!」

 俺はその場で崩れ落ちた。

 そのまま丸まった。

 呼吸ができない。

 吐きそうだ。

 ボディにいいのをもらってKOは塗炭とたんの苦しみだ。

 くっそ、リサはどこで覚えたんだろうな、こんな危険な技――。

 リサはえづく俺を見下ろしながら、ぱたぱた地団太を踏んで不満を表明したあと、どすどすと自分のベッドへ歩み寄ってお土産の包み紙を破いた。ベッドに腰を下ろしたリサは、今から焼き鳥を食べるつもりらしい。ひとしきり暴れたので小腹が空いたのだろう。

 リサという女子は動物的に生きる主義なのだ。

 本当に、くっそ――。

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