第13話 生まれついての執行者
かなり粘って値切った。
斎藤君から千六百八十円で買ったものだ。俺は『
北東からの風。
最大で風速三メートル前後。
気温は十度~十二度。
天気は晴れ。
時刻は午前五時四十八分。
場所は藤枝居住区北部エリア――区外。ここ一ヵ月ほど組合員が活動拠点に使っている元中学校の校舎前の道の南六百メートル付近。少し前までは集落だった場所の中央を通る二車線の道路。俺は道を塞ぐように停車させたハンヴィーのボンネットに尻を預けている。道の南を見つめているとヘッド・ライトが迫ってきた。
木村狩人団の十五人の車列だ。
使っているのは汚染前からある四角いボディの4WD車だった。見栄えは良い。だが、NPCが徘徊する区外では少々役不足。そんな車が四台とトラックが一台、俺の視線の前――距離十メートル前後で停車した。
「誰だ、こんな所に車を停めやがって、邪魔だぞ――!」
先頭の車両の助手席の窓からブサイクな顔が出てきた。
木村徹だ。
「やあ、おはよう、木村団長さん」
俺は両手をジャケットのポケットに突っ込んだまま笑顔で挨拶をしてやった。
作った笑顔の先に煙草の煙が流れていく。
「おっ、お前は――!」
木村が眠たそうだった目を見開いた。
「黒神だ!」
「徹、こいつ、黒神だぞ!」
「奴がいる!」
「待ち伏せかよ、上等だ!」
木村狩人団の団員が4WD車からバラバラと降りてきた。みんな銃を持っている。アサルトライフル銃、短機関銃、拳銃のものもいた。
奴の団員が全員、車の外へ出たのを確認したあとだ。
「お前ら、慌てるな、罠かもしれねェぞ!」
木村が偉そうに怒鳴りながら最後に降りてきた。木村狩人団は二十代前半から三十代前後の団員だけだ。たいていは組合の購買で買えるジャケットにズボン姿だ。木村だけはダボッとした白いジャージの上下に組合のジャケットを羽織っている。奴の腰のホルスターにリボルバーが差し込んであった。今どき珍しい木製のグリップのものだ。どうも、奴の拳銃はコルト・パイソンらしい。これはリボルバーのロールス・ロイスとまで称された傑作銃だ。随分と希少で高級な拳銃を持っているよな。
ああ、こいつの兄貴は火砲店を経営してたからそれでか――。
そんなことを考えていた俺に、
「俺に何の用だ、黒神ィ!」
木村が凄んだ。
「ああ、俺はあんたらと話をしにきたんだよ――」
俺は唇の端にまだあった煙草を足元へ落として靴底で火を消した。
「――話だと?」
木村が身構えて唸った。
「まあ、お互い色々と話があるでしょう?」
俺としては、最大限に友好的な態度を見せているつもりだったのだが、
「徹、どうする」
「こいつ、さっきからニヤニヤしやがって――」
「マジでムカつく奴だよなあ――」
「何がS等級
「くっそ、舐めやがって――」
そんな感じ息巻いた木村の取り巻きの銃口が上がってきた。反応した俺の右手が挙がりかかったところで、木村は横にいた若い男が持っていたアサルトライフル――SIG SG552もしくはSG553の銃身を掴んで、
「辰巳、お前らもだ。撃つのは待て!」
俺は右手をポケットに戻して、「あの辰巳とやらも随分といい銃を持ってるなあ」と感心をしていた。
「――え、徹さん、ここで黒神を
木村の手で銃口を下げられた辰巳が怪訝な顔になった。
木村と同い年くらいに見える団員の二人が、
「徹、勇先輩はこいつに――黒神に殺されたんだろ?」
「仇討ちには絶好のチャンスじゃないか?」
「お前らは揃って馬鹿か? 一人っきりで待ち伏せなんて罠としか思えんだろ――?」
木村は周辺に視線を走らせた。木村徹とそのお友達と俺が対峙しているガードレールのひしゃげたこの二車線の道は両脇に田畑が広がっている。この田畑を管理していた集落の人間はもう消えた。だから以前は田畑だったと言ったほうが適切になる。
「――何だよ、徹。黒神にビビってるのか?」
ボス猿の木村を中心にして横一列になったお友達の誰かが言った。
「あ、てめェ、今、何だって?」
木村がその団員を睨んだ。
「あ、ああ、いや、徹。怒るなよ。そういう意味じゃないから――」
ボス猿に睨まれた痩せ気味で背の高い団員は視線を惑わせた。木村が凄むと無駄口を叩く団員はいなくなった。
猿山の奴隷どもは俺のリサと違って全然根性がないんだな。
俺は声を出さずに笑った。
「いや、徹の言う通りだぜ」
「気をつけろよ。黒神の仲間が近くにいるのかも知れん」
「この周辺に誰か隠れているのか?」
「その気配はないけどな――」
「ここは視界がかなり開けているし――」
「向こうの家とか隠れる場所もなくはないけど――」
「でも、他に人影はやっぱりないぜ?」
団員がそれぞれあたりを見回した。
「とにかく、お前ら、まだ撃つなよ。
木村が太った腰回りにある拳銃を確かめるような仕草を見せながら声を低くした。
「疑り深いなあ。何も仕掛けはないよ?」
俺は肩を竦めて見せた。
「何のつもりだ、黒神ィ!」
木村が顔を赤くして怒鳴った。
「だから、俺はさっきも言っただろ。俺はあんたと――木村徹と話をしにきたんだ。お互いの誤解を解くためにかな――ほら、見てみな。俺はこのとおり丸腰だぜ。話し合いに銃は必要ないからね」
俺は羽織っていたジャケットを広げて見せた。
「話だとォ、てめェ――」
木村が唸ったが腰の銃は引き抜かなかった。
「まず、俺の話からだ。それでいいか?」
俺はハンヴィーのボンネットへ尻をつけて言った。
「ああ?」
木村は凄んだ。
団員は戸惑っているように見える。
「俺のリサのことだ。木村、俺のリサはどうだった?」
俺は訊いた。
「はあ?」
木村が笑った。それは他人を嫌な気分にさせる笑顔だった。目配せを交わした団員は腰が引けたように見える。おそらく、後ろのお友達は動揺している。リサはNPC狩人組合の組合員だ。組合は組合員同士の揉め事を極端に嫌っている。
今、この俺がいる状況だってそうだ――。
「――『きむらとおるとそのおともだち』は、どのくらいの時間をかけて、どんな感じに、俺のリサを痛めつけたんだ。できるだけ詳しく聞かせてくれないか?」
俺は薄く笑って訊いた。『きむらとおるとそのおともだち』は沈黙した。鳥の鳴き声が鋭く聞こえた。明け方に鳴く野鳥の声だ。
俺はその鳥の名前を知らない。
「黒神、あのていどで済ませただけでもありがたく思えよ。俺の狩人団の仕事を散々横取りした挙句、てめェは俺の兄貴を殺したんだ。汚染後、勇兄貴と俺はいつだって二人三脚だった――てめェは俺に何をしたのか、わかっているのか!」
木村が吠えた。
「ふむふむ、そうするとやっぱり、あんたらがリサに乱暴をしたな。これはすぐに区内警備員へ訴え出ておかないと――」
俺は顎に手をやった。
「――黒神、てめェ!」
木村の顔が真っ赤になった。
「徹、やばいぜ、区内警備員に俺たちがあの女をマワしたことがバレたら――!」
「おい、黒神をここでやっちまおうぜ!」
「ああ、周辺には誰もいない――」
「奴は一人なんだ」
「ここで殺しても絶対にバレねえ」
「だけど、何で黒神はこんなところに一人でいるんだ?」
「さあ――」
「やっぱり、黒神にも仲間がいるんじゃないか――」
火吹き達磨になった木村の周辺で団員が囁きあった。
「黒神、何を考えてやがる――」
唸った木村へ、
「おい、徹!」
俺は呼びかけた。
「てめェなんかに徹って呼ばれる筋合いはねェ。殺されてェのか、このボケがクソが――」
木村は手足の短い不格好な身体を震わせた。
「ああ、ごめんごめん。じゃ、俺の話にもうちょっとだけ付き合ってくれ――」
愛想笑いを見せた俺は、
「――徹ちゃんよ」
「てめェ――」
木村は自分の腰にある拳銃へ目を向けた。
「これは聞いておかないと損だと思うぜ!」
俺は大声でそれをけん制した。
木村は銃を抜かなかった。
へえ、案外と我慢ができるじゃないか。
俺は少し感心しながら、
「俺は木村徹の兄貴を殺した真犯人を知っている。それを今から教えてやるよ」
「――何だと?」
木村が怪訝な顔になった。
「知りたいだろ?」
俺は声を出さずに笑った。
「おい、勇先輩は黒神に殺されたんじゃないのか?」
「――さあ?」
「さあってお前は知らないの?」
「徹はずっと『俺の兄貴は黒神に殺された』と言ってるけど――」
「証拠ないのか?」
「ああ、それは何も無いらしい――」
団員たちはヒソヒソと言葉を交わした。
「驚きの真相だぞ。木村徹のクソマヌケな兄貴の頭を、ドカンとぶっ飛ばして、クソ脳みそをバラ撒いたのは何を隠そう――この俺、黒神武雄だ」
俺は手を広げて言った。
どうも反応が薄い。
「ジャジャーン」
俺は口頭で効果音を追加した。
それでも反応が薄い。
木村狩人団の面々は呆れ顔で俺を見つめていた。
「何だよ、徹ちゃん。団員のあんたらもだ。もっと驚いてくれよな――」
恥ずかしくなった俺は小さく照れ笑いをした。
木村の顔色が赤紫色になった。
それがものすごい色合いになったあと、
「――おい、辰巳!」
木村が横にいた辰巳に呼びかけた。
「あっ、何よ、徹さん?」
辰巳が気の抜けた返事をした。
「辰巳、黒神を殺せ、撃て撃ち殺せ!」
木村が怒鳴った。
「あ、はあ? 徹さん、俺がやるの? 何で俺だけで?」
辰巳が怪訝な顔になった。
「早くやれ!」
木村がまた怒鳴った。
「だって、黒神は徹さんの兄貴の仇だろ。徹さんが黒神を殺したほうが、この場合はいいんじゃね――」
渋る辰巳を、
「愚図愚図していないで早くやれよ、辰巳!」
木村が唾を飛ばして急かした。
辰巳のアサルトライフルの銃口が上がりきる前に、
「ああ、そうかあ、木村徹は自分の手を汚したくないって話だな!」
俺は大声で言った。
木村が目を見開いて俺を見つめた。
団員の表情がうっと変わった。
「おい、そこの若造、ちょっと聞けよ」
俺は辰巳へ視線を送った。
「俺は若造じゃねェ、舐めるなよ!」
辰巳が息巻いた。
「若造じゃなきゃあ、何なんだよ?」
俺は低い声で訊いた。
少し戸惑った様子を見せたあと、
「――おっ、俺は
辰巳が甲高い声で名乗った。
そんなことは心の底からどうもいい――。
「――おい、若造、甘ったれるなよ。あんたがどこの誰かなんて俺のほうはこれっぽっちの興味もないんだぜ――まあ、俺の話を聞けよ、若造。本当にここで俺を殺していいのか。壁に耳あり障子に目ありだろ。誰かがこの現場を見ているかも知れない。俺をここで殺したらトカゲの尻尾切り方式で、そこの団長さんはあんたらを区内警備員に突き出すつもりだ。組合員殺しに罰金刑は適用されない。大農工場への島流しですら無しだ。証言が取れれば組合員殺しは問答無用で銃殺刑。知っている筈だよな」
俺はこめかみが冷えるのを自覚した。
「どうするんだ、徹――」
「徹!」
「徹さん!」
「どうするよ!」
団員が口々に言った。
隠しても声音に棘がある。
団員の銃口は俺に向いていない。
奴らは全員、団長の――木村徹の行動を促している。
顔を赤紫色にして震えていた木村が、腰の拳銃へ伸びかかった手を止めて、
「はんっ!」
と、短い笑い声を上げた。
「おっ?」
俺は呟いた。
「黒神よォ、その手には乗らんぞ――?」
木村は無理のある笑顔を俺に見せた。
ブサイクな顔のブサイクな笑顔だった。
不愉快だ。
「ああ、そう。木村徹はここで俺を殺さないのか?」
俺は表情を消した。
「俺たちは好きなときに好きなだけお前へヤキを入れてやるよ。お前はぼっちだからできんだろうがな。俺はそれがいつでもできるんだ。お前の女には――あの聾唖の女には先にそれを教えたぜ。黒神、さっさとそこのハンヴィーを退かせ。俺の団は仕事で忙しい。暇なお前と違って俺は団長なんだ。雑魚キャラのぼっちと俺は立場が全然違うからな――全員、車に戻れ、現場に行くぞ」
木村がお友達を促した。顔を見合わせた団員は乗ってきた4WD車へ戻る様子を見せた。俺に警戒をしながらだ。それでも、何人かは俺に背を向けた。
このタイミングだ。
これを待っていた――。
「おい、待て、徹ちゃんよ!」
俺は怒鳴った。
「何だ、黒神。まだ何かあるのか。どうせまた口だけなんだろ?」
木村が俺をせせら笑った。「俺はお前に完勝した。お前なんかより俺はずっと格上だ」と周囲に吹聴しているような態度だ。実際、木村はそう考えてもいるのだろう。
笑顔を返した俺は右手を高く挙げて、
「あんたら、ここから生きて帰れると本気で考えていたのか?」
そう訊いてやった。
4WD車に戻りかけていた木村狩人団の全員が動きを止めた。
時間が凍りつく。
俺にとってはその冷たさが心地よい。
「なるほどな。アブラ狸の言った通りだぜ。確かにこのアマチュアヤクザどもは呆れるほどおめでたいオツムの持ち主ばかりだよな――」
俺は挙げた右手を前へ下ろした。
これが合図だ。
俺は声を出さずに笑いながら、ハンヴィーのボンネットを転がって、向こう側の地面へ降りた。木村狩人団の射線はこれで切れる。距離が近いので一時しのぎにしかならないが、しかし、アマチュア相手ならこれでも十分だ。そして俺はズボンの背のほうに突っ込んであったリボルバーを引き抜いた。
正面にない危険ってたいていは裏にあるものだろ?
身体検査をせず罵り合いに付き合ってくれた、おめでたい木村狩人団の面々へ、俺は感謝をしていた。感謝をしながら、俺は声に出して笑った。もう、どうやってもこみ上げてくる笑いを堪えきれない。
俺の悪い癖――。
白い4WD車の運転席に乗り込もうとしていた団員が崩れ落ちた。
「へっ、どうしたんだ、
倒れた団員に歩み寄った男が頭をガクンと揺らしてその上へ倒れた。
「何だ、何だ――」
赤い4WD車の運転席に乗り込む途中で異変に気づき、周辺を見回したその団員が頭が割れて飛散した。
仰向けに倒れたそいつはもちろん即死だ。
「ああっ、黒神は――」
「黒神は俺たちと殺し合うつもりでここに――」
ここで何が起こっているのかを察知した団員の二人の頭が、立て続けに吹っ飛んだ。
「おい、しっかりしろ、お――」
動揺して死体に駆け寄った団員が撃ち殺された。
アスファルトに横倒しになったこの彼はこめかみに大穴をあけている。
「北だ、一時方向! あの建物の――校舎の上に狙撃手が――!」
狙撃手に気づいた勘のいい団員を、俺はハンヴィーの影からリボルバーで撃った。
頭蓋骨が砕けたそいつは悲鳴も上げずに死んだ。
「あっ、黒神が撃って――」
ハンヴィーの裏側にいる俺に短機関銃の銃口を向けた団員の頭が、狙撃をもらってパクンと割れた。
そいつはそのまま真下にくちゃんと潰れて動かなくなった。
発砲音の聞こえない銃弾が飛来して、
「組合が使っている拠点だ。確かに人影が見えた。でも、遠すぎ――!」
「頭を下げろ! 敵の狙撃手はヤバ――!」
「伏せろ、伏せて移動を――!」
車の影に隠れようとした団員三名の息の根を立て続けに止めた。
三人とも悲鳴も上げなかった。
俺を援護する三三八ラプア・マグナム弾は、すべて正確に敵の頭をぶち抜いている。
一発も的を外さない。
どんな距離であろうが、どんな環境下であろうが、俺の彼女が放つ銃弾は的から外れない。超長距離を飛ぶ銃弾は環境の影響を――風、湿度、温度、重力の影響を受けて必ず曲がる。あらゆる状況下で何回も何回も銃撃を繰り返し経験を積み重ね、銃口から放たれた銃弾が的に当たる過程でどのような弾道を描くのかを記憶・蓄積し続けて、一発必中を可能にするのが
俺の彼女の頭には、あらゆる状況下で放たれた弾の軌跡がインプットされている。
木村狩人団を一方的に、高速で虐殺しているのは、彼女だけにしかできない、彼女だけが持っている精密無比の狙撃だった。
機械のような記憶能力を持つ彼女だけが可能な――。
「駄目だ、車だ。早く車を出して後退を――」
泣き喚きながら背を向けた団員を、暇を持て余していた俺はリボルバーで撃ってやった。
後頭部をマグナム弾にぶん殴られたそいつはぶっ倒れてそのまま死んだ。
「――それをさせるかよ。車の移動はさせない。だから俺はリスクを冒して、あんたらをここに足止めしたんだ」
立ち上がった俺はその場で口をポカンと開けて突っ立っていた木村へ視線を送った。
「――くっ、黒神、てめェェェェェェェェェェエはァァァァァアァァァァアァ!」
木村は拳銃を抜きながら伸びあがるような恰好で吠えると、
「あがあっ!」
身体を反転させてアスファルトに転がった。
俺のS&W M686が木村の肩口を撃ち抜いたのだ。
「――全然、抜くのが遅いよ、この達磨野郎」
俺は倒れた木村に歩み寄って、コルト・パイソンを蹴っ飛ばした。
木村は道の側溝へ落っこちた自分の拳銃を視線で追っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます