第4話 絶たれたままの絆(ロ)
場所は崩れて使い物にならなくなった新東名高速道路の藤枝ICの南だ。その近くある中学校の敷地が内山狩人団と黒神狩人団の集合場所として事前に指定されていた。黒神狩人団は俺とリサの二人しかいない。だから、今からこの場所に終結するのは、周辺のエリアに散開して偵察にあたっている内山さんのところの団員になる。八反田がハンヴィーの無線で周辺に散開中の各班と連絡を取り合っていた。横から聞いている限りでは、どの班も被害はないらしい。
NPCと遭遇した班もほとんどないとのこと――。
俺は中学校の運動場で停車をしたハンヴィーから降りて、
「ここらのエリアにいるのは、少数のヒト型NPCみたいだね」
西陽を浴びた中学校が黄金色に染まっている。
俺は一日中車に揺られて凝った身体を伸ばした。
横にきたリサが俺と同じ動作をしている。
ハンヴィーに乗った俺たちは日中、新東名高速道路沿いのエリアを警戒して回っていたが遭遇したNPCはさっきの二体だけだった。その他の時間帯は無線で他の班と連絡を取り合いながら装甲車に揺られているだけで今日の仕事は終わった。
内山さんが胞子・放射線計測機を片手に、
「――安全だ、マスクを外していいぜ、コノヤロー」
「収穫はなしかあ――」
副団長の島村さんが耐胞子マスクよりも先に頭の上のワーク・キャップを手にとった年齢相応、頭が禿げ上がっている。ほぼ丸ハゲの頭だった。
「出番がなくてこいつが泣いてる。ま、お前らには聞こえないか、ウフフ――」
斎藤君が抱えたM110SASSを撫でながら呟いた。
長い前髪で血色の悪い顔を半分隠した斎藤君はいつもいつも辛気臭い。
「食い足りん――」
辛気臭い横で橋本が「ブン!」と鼻を鳴らすと出張った腹がぷるんと揺れた。こいつは常時血気盛んでいつも怒っているような顔をしている。
へえ、デブ、昼飯がそんなに足りなかったか?
俺はそう思ったが軽口を叩けるほどの仲でもないので黙っていた。内山さんと島村さん以外は、今朝方に居住区から出るとき初めて顔を合わせた連中ばかりだ。
「――斎藤、橋本、北からNPCが押し寄せてくるよりマシだろ?」
無線の連絡を終えた八反田がハンヴィーから降りてきた。八反田は短い金髪――染色した金髪の痩せた若者だ。鼻や耳にピアスをいくつもつけている。
「おい、
内山さんが周辺へ視線を送りながら、大きな顎をしゃくった。広い運動場にはサッカー・ゴールが二つある。張られていた網が破れて風に揺れていた。
「うちらの担当エリアで活動していたA班からG班は特別報告することはなしっス。予定通り区のほうから燃料輸送車がここに向かっていて、そっちも特別な問題はないそうっス」
八反田が報告しながら夕陽に目を細めた。黄金で周辺一面が染まっている。俺たち以外にひとの気配はない。カラスの鳴き声だけが多く聞こえた。
「そうか、問題はなしか――なら、エリアに散っている他の班と合流するまでここで休憩だよな、コノヤロー」
内山さんが後部座席からクーラー・ボックスを持ってきた。なかに缶詰の飲料がぎっしり入っている。真っ先に歩み寄ったリサがクーラー・ボックスを覗き込んだ。内山さんに視線で促された俺も缶珈琲を手に取った。
俺はハンヴィーのドアに背を預けて、甘い缶珈琲に口をつけながら、
「内山さん?」
俺の横でネクター・ジュースを飲んでいたリサも内山さんへ目を向けた。
「――何だよ、黒神、コノヤロー?」
内山さんはハンヴィーのボンネットの上で大胡坐をかいて、俺と同じ缶珈琲を飲んでいる。団員連中はその下にめいめい腰を下ろしていた。
「この周辺は補修された建物や手入れされた畑が多いみたいだね。運動場も除草されているみたいだし――」
俺は足元へ視線を落とした。汚染後十年放置されていたのなら草むらになっていてもおかしくはないのだが赤い土の地面だ。
「あァ、そうだな――」
生返事をした内山さんが空にした缶を放り投げた。
「そこの建物――中学校の校舎の窓ガラスも割れていないね」
俺は中学校の校舎へ目を向けた。外から見た限りでは、まだ十分に使えそうな建物だ。ただ、校舎の正面についた大きな時計もまだ時を進めている。
「ああ、黒神さん、ここいらにある施設はほんの少し前まで使われていたんだよ」
島村さんが顔を上げた。
「ここら一帯は区外の集落だった――」
斎藤君が下を向いたまま呟いた。
「集落は最近、廃棄された」
橋本は正面を向いたまま言った。
「黒神さん、ここいらの集落にいた連中は皇国軍に救助を要請したらしいんだ」
八反田がハンヴィーの向こう側から言った。
「ああ、この集落にいた連中は望んで大農工場の社畜になったのか――」
俺が呟くと、
「軟弱者め」
橋本が短く言った。俺は視線を送ったが橋本は正面を向いたままだ。空になった缶ジュースが二本、胡坐をかいた橋本の前に転がっていた。橋本は体格が二人前だから飲むのも食うのも二人前なのだろう。
「ま、ここいらの集落にも色々と事情はあったんだろ――」
島村さんがつるっとした頭をポリポリ掻いた。
「――黒神、吸う?」
煙草を咥えた斎藤君が黄色い箱を俺へ突き出した。
『ナチュラル・ボーン・エンフォーサー』
そんな銘柄がついている。
顔はこっちに向いているが斎藤君の視線は上がってこない。
「おっと、洋モクだよね。値段の高いやつだ。これはありがたい――」
勧められた煙草の箱から一本を引き抜いた俺は意図しなくても笑顔だった。
「――火、いる?」
斎藤君はガス・ライターで自分の煙草に火をつけて視線を落としたまま言った。
「ああ、手持ちがあるから大丈夫――」
俺は自分のオイル・ライターの火で咥えた煙草の先を炙った。吐き出した煙が真横へ流れていく。紫煙の行先を和んだ視線で追うとリサが露骨に嫌そうな顔をしていた。俺の喫煙をリサは好いていない。俺はいつも煙草を持ち合わせていないが、リサに気を遣っているわけでもない。煙草は買うと高くつく。自分ではあまり買わないだけだ。他人にねだれるときはできるだけいただくことにしている。
「そうか、ここいらの奴らは社畜になったのか。NPCに食い殺されるよりマシなのかな――」
俺は両肺を満たした不健康な紫煙に和んだまま呟いた。
両手で包んだ缶ジュースに口をつけたリサの目つきはかなり厳しい。
「どうかな、黒神。俺はそう思えねェがな――」
内山さんが言った。
俺が短くした煙草を足元へ落としたところで、
「――!」
リサがぱっと顔を上へ向けた。その動作が横から伝わった俺も空を見上げた。リサの視線の先は紫色になった北の空だ。黒い点がひとつある。ローター音が遠くから聞こえた。
「あっ、ヘリが飛んでるぞ!」
八反田が叫んだ。
「おいおい、ロシア極東軍か、コノヤロー、バカヤロー!」
内山さんが大きくなったローター音へ怒鳴った。
「低く飛んでバタバタやりやがって、寝ているNPCが目を覚ますだろうが!」
島村さんも顔を赤くして唸った。
「――ロシア極東軍は違う。あのヘリには兵装がない」
斎藤君がゆるりと立ち上がった。
幽霊みたいな動作だ。
長い髪の毛の間にある目が鋭く光っている。
「あれは民間機!」
橋本が勢い良く立ち上がって吠えた。
「あっ、鳥が――」
八反田が呻いた。鳥の群れが北の空を飛行しているヘリへ向かっている。バード・ストライクだった。
ゾンビ・ファンガス菌糸で操られた鳥の群れによる航空機への攻撃――。
「馬鹿が、すぐ逃げろ――!」
斎藤君が呻いた。
「遅い!」
橋本が吠えた。
北の空を見つめた全員がしばらく沈黙したあとで、
「――ああ、落ちちゃった」
八反田が呟いた。
鳥の群れに呑まれたヘリは墜落した。
ここから北の遠い場所だ。
「――内山さん、やっぱり北に
俺はリサへ視線を送った。
リサは俺を見上げていた。
表情に怯えはないが寄せた眉の間にわずかな緊張感はある。
「奴らは――変異種はまだ近くじゃねえな、黒神、コノヤロー」
内山さんはまだ北の空を眺めている。
「うん?」
俺が促すと、
「黒神さん、菌糸に侵された鳥の群れは北の山のほうへ帰っていくよ」
内山さんの横にいた島村さんが背中越しに応えた。
巨漢の内山さんと違って島村さんはずんぐりとした低い背中だ。
「方向的にはやはり駒ヶ根か――」
俺は呟いた。
「――低く飛びすぎだよ、あのヘリ、バカヤロー」
振り返った内山さんが顔を歪めた。
「しかし、落とされたのはどこのヘリなんだ?」
島村さんが首を捻ると、
「副団、あれは外国のテレビ屋だろ――」
「日本の情報は金になる」
斎藤君と橋本が言った。今、日本列島にいる外国人はロシア人や中国人が大多数を占めるが居住区には勇気ある――蛮勇を持ち合わせた外国の報道関係者も多かれ少なかれうろうろしている。その彼らは取材を強行してよく死ぬのだ。人類の存続を脅かす惨禍の中心になった日本列島の情報は外国で高く売れるらしい。
「あいつらは命を金に換えるんだよな。
八反田が乾いた笑い声を上げた。
「死んだら、金があっても何にもならないよ」
俺は苦く笑った。
横でリサが頷いた。
「おい、
内山さんが大顎をしゃくった。
「うい、団長?」
八反田が顔を向けた。
「念のためにもう一度、各班と無線で連絡を取っておけ、コノヤロー!」
内山さんが大声で言った。
「――うっス、団長。すぐやります」
八反田はハンヴィーのなかへ戻った。
「内山さん、陽はまだあるけど、今日の偵察はもう終わりにする?」
俺は空の珈琲の缶を前へ投げ捨てた。
リサも空き缶をそこらへんにブン投げた。
「いや、黒神、終わりにはしねェ。夜警を維持だな。だが、戦力を集めておきたいんだ。やっぱり、小池が言っていた通りだ。藤枝居住区の北からNPCがわっと押し寄せてくる可能性が高いみたいだぜ、コノヤロー」
内山さんは唸って応えた。
「ここで俺たちが――組合員が頑張ればNPCの群れが北へ移動する可能性もあるのかな?」
俺はまた北の空へ視線をやった。
もう暗くなっていた。
腕時計を見ると時刻は夕方の五時を過ぎたところだ。
「まあ、何をするにも用心に越したことはねェよ。そうじゃねェか、黒神、コノヤロー?」
内山さんが目尻のシワを増やした。
「そうだね。押し寄せてきたNPCを処理しきれなくて逃げるにしても自動車の移動は楽だ。エンジン音はちょっと気になるけど――」
俺は運動場へ入ってきたハンヴィーを見やった。内山さんの狩人団の車だろう。内山狩人団は二十台以上のハンヴィーと輸送用トラックを持っていると聞いた。大顎の彼が運営しているのは人員も装備も多く持つ大規模の狩人団なのだ。
「楽だろ、黒神。だから俺の団に籍を置けよ、コノヤロー。悪いようにはしねェぞ?」
内山さんが目を細めたまま言った。
「そうだよ、黒神とリサちゃんの二人きりじゃ何かとたいへんだろう。内山狩人団は今ちょうど団員を募集しているんだ」
寄ってきた島村さんも言った。
「まあ、もう世話にもなっているしな――」
俺は少し笑って視線を落とした。
「このまま俺の団に入っちまえよ、コノヤロー?」
内山さんが頷いた。
「でも、まあ、それはやめとく」
俺の表情は薄ら笑いのままだった筈だ。
「――何だよ、コノヤロー、バカヤロー!」
内山さんが怒鳴った。チラリと盗み見ると大顎のついた顔が真っ赤になっていた。どうにも、すぐ怒る男だ。
「内山さん、俺だって今は団長なんだよ。団員はこいつだけだけどね――」
俺は笑いながら、リサへ視線を送った。こいつはどういう意見なのかな。俺は少し気になっていた。リサの顔には何の意見はなかった。俺へ淡々と視線を送っているだけだ。
俺が首を捻ったところで、
「――ああ、リサちゃんな。もちろん、俺の団へ来れば、リサちゃんの面倒もまとめて見るぜ。リサちゃん、いい銃の腕じゃねェか、コノヤロー。一体、誰に銃の撃ち方を教わったんだ?」
膝に両手をついた内山さんがリサへ愛嬌のある笑顔を見せた 身を屈めた内山さんを、リサは見上げていた。内山さんは身の丈百九十センチを超える巨漢だ。島村さんも橋本もリサを見つめている。
「――それ気になってた」
聞こえるか聞こえないかの声で呟いたのは斎藤君だ。
リサが顔を少し傾けた。
これがリサの応えだった。
「――ま、それはいいや。喋れないのもいいな。だいたい、女ってェ生き物は口を開くと馬鹿なことしか言わねェしな。そうだろ、お前ら、コノヤロー!」
内山さんはいかり肩を揺らして大笑した。他の男たちもいっぺんに笑った。俺も小さく笑った。リサだけはムッと眉を寄せた。
俺はその眉間がどんどん厳しいものになるのを見て、
「しかし、内山さん、よくあの混乱していた静岡居住区から脱出できたね?」
と、話題を変えた。
リサはかなり気が短い。
それに今は以前手に入れたクリス・ベクターを肩から下げている。
これ以上煽ると危険だと思う。
「黒神、そう簡単に死んでたまるかよ、バカヤローコノヤロー」
内山さんが笑顔を消した。
「確か静岡居住区にいたとき、内山さんのところの狩人団は北西にある障壁の警備を主にやっていたんだよね」
俺も笑顔を消した。
「――ああ」
内山さんは「コノヤロー」とも言わずに頷いてそのまま押し黙った。
俺はそれ以上を訊かなかったのだが、
「黒神さん、静岡居住区を脱出するとき、ウチの団員もかなり減ったよ」
島村さんが話を続けた。それは重くなったものを無理に動かしているような口調だった。
「あの馬鹿でかい猪が相手だと、こいつを使っても辛かったか――」
俺はハンヴィーの天井についたミニガンへ視線を送った。
「いや、黒神。あの猪どもは、撤退を始めた俺たちの相手をしなかった――」
斎藤君が極端に暗い声で言った。
「障壁の扉を食い破った猪どもはすべて静岡駅の北口へ向かったんだ!」
橋本が吠えた。
「――え?」
俺は内山さんへ視線を送った。
「――黒神、コノヤロー。俺たちを追ってきたのは猪とは別の種類のNPCだったんだよ」
内山さんは眼前の宙を睨んでいる。
「団長も俺も汚染後はずっとNPC狩人をやっているがなあ、あんなのは初めて見たよ――」
島村さんが呻いた。
「あんなのって?」
俺は一様に硬くなった埃っぽい男たちの顔を見回した。
「あれは熊のような――」
斎藤君が暗く呟くと、
「あれは熊だ!」
続けて橋本が熱く吠えた。
「――熊型のNPCが静岡居住区を襲撃したの?」
俺はこれまでそんなものを見た記憶がない。
「そうなんだよ、黒神、コノヤロー――」
「見上げるほどでかい熊だった。熊型NPCだよな――」
内山さんと島村さんが頷いた。
「あの化物に黙示録の悪魔のような――あの汚らわしい
斎藤君はライフル銃を抱きかかえた姿勢で震えている。
「――聖書の黙示録? キリスト教の?」
俺が首を捻ると、
「うん」
斎藤君が頷いた。橋本は横目で斎藤君へ視線を送っていた。橋本の太い眉尻が下がっている。泣きそうな顔だった。
「斎藤君って、プロテスタントだったの?」
俺が訊くと、
「カトリック」
斎藤君は短く応えた。
「カトリック。まあ、どっちもキリスト教か。意外だな――」
俺は呟いた。
「こんな時代だろ」
斎藤君は呻くように言った。
「ああ――」
俺は弱く笑った。
「我らの主の他に何を信じればいい?」
視線を落としたままの暗く笑った斎藤君が胸元から下がっていた首飾りを手にとった。それはロザリオ――祈祷用の十字架だった。
「――あ、ああ、そういうのまで持っていたのか」
俺は適当に受け流した。
「神の愛は熱心だ!」
顔を赤くして吠えた橋本もロザリオを手に持っていた。
「とっ、ともあれ、内山さんたちは、静岡居住区に雪崩れ込んできたあの化物どもと戦ったんだな。たいしたもんだよ。俺とリサなんて逃げるのに精一杯で――」
俺は視線のやり場に困ってリサを見やった。リサはロザリオを持った斎藤君と橋本を見つめていた。彼らの持っているロザリオに興味があるらしい。そのロザリオは両方とも銀製品で高級そうな品物だった。
「――黒神、それは違うぜ、コノヤロー」
内山さんが言った。
そしてまた押し黙った。
「――あのとき俺たちはハンヴィーとトラックで西へ逃げたんだ」
島村さんが内山さんの途切れた言葉を繋げた。
「俺たちを襲ってきたのは、ハンヴィーを片手でひっくり返すような大きな熊だった」
斎藤君は暗く燃える視線を上げて、
「――不覚!」
短く吠えた橋本はうなだれた。
「あの熊って戦車ならなんとかなるものかなあ――」
無線で連絡をつけていた八反田がハンヴィーから降りてきた。
「おう、
内山さんが顔を上げた。
「ああ、団長。各班は何も問題無いみたいっス」
八反田が言った。
内山さんは何も言わずに頷いた。
「かなり暗くなってきたね」
俺は呟いた。
「そうだな、コノヤロー。暗くなる前に要所に
内山さんが唸った。
「今日はここで野営だなあ――」
島村さんがハンヴィーのなかからMP5――独製の短機関銃を持ってきた。それにフラッシュ・ライト――銃につける小さな探照灯を装着している。
「――あ、来たよ、団長! あれ、山下の班のハンヴィーかな?」
八反田が校門から運動場に入ってきたハンヴィーを見て声を上げた。
「ようやく来たか。俺たちは今から校舎のなかを確認するぞ。滅多なことはないと思うがな、コノヤロー。島村、斎藤、橋本、俺についてこい」
そう内山さんはデザート・イーグルにフラッシュ・ライトをつけながら指示を出した。頷いた斎藤君はハンヴィーに積んであったAK47を持ってきた。フラッシュ・ライトは装着されているが長物の銃は屋内で扱い辛いような気がする。橋本はKel-Tec Shotgun――KSGを持ってきた。これは弾を収めるチューブが二つあって撃つ弾の種類を切り替える面白い構造のプルバック方式を採用したコンパクトなショットガンだ。これなら屋内制圧にうってつけだろう。
「
内山さんの命令に、
「あっ、うっス」
頷いた八反田が遅れてやってきたハンヴィーへ両手を振った。
「今夜の仮宿はあの校舎を使うのか?」
俺は訊いた。
「組合の交代が来るまで予定では三日だったよな? 今回の仕事は先が長い。屋根のあるところで眠れたほうがいいだろ。この校舎を拠点にする。最近まで集落の連中が使っていたらしいからな。なかは綺麗だと思うぜ、コノヤロー。黒神とリサちゃんは何をやってもらうかな――」
内山さんが俺とリサを交互に見やった。
「ああ、俺たちも校舎の確認に付き合おう。リサ、背嚢からフラッシュ・ライトを――」
俺がそう言ってる最中に、リサは自分の背嚢から取り出したフラッシュ・ライトをクリス・ベクターへ装着していた。リサの背嚢は耳の垂れた犬の顔の形をしたファンシーなものだ。幼児が好みそうなデザインだ。それを買うとき、「――なあ、他のにしたらどうだ?」俺はそんな感じで散々渋ったのだが、その店で犬の顔の背嚢を大事そうに抱えたリサは頑として自分の意見を譲らなかった。
「そうか、黒神とリサちゃんも来るか」
笑って頷いた内山さんが歩きだした。
島村さん、斎藤君、橋本、俺とリサがあとに続く。
リサが校舎の昇降口で立ち止まった。
振り返った俺は、
「どうした、怖いのか?」
リサは顔を左右に振った。
しかし眉を寄せて校舎を見上げている。
「この建物が何なのか、リサはわからないのか?」
俺は訊いた。
リサは短機関銃を胸元に引き上げて頷いた。
どうも未知の建物を警戒しているらしい。
「リサちゃん、NPC以外は警戒をしなくていいぜ、コノヤロー」
内山さんが笑顔で言った。
それは少し無理のある笑顔のように見えた。
「そうか、リサちゃんが生まれたのは、汚染直前の集落だったから――」
島村さんが視線を落とした。
「この子は学校へ行ったことがないのか――」
斎藤君が暗い声で呟いた。
「哀しい」
橋本が呻くように言った。
「ここは学校と言ってな。お前くらいの年齢の子が勉強をする施設なんだよ――」
俺は説明をしながら昇降口へ足を踏み入れた。そこには俺の目にも懐かしい大きな靴箱がモノリスのように並んでいた。暗い校舎のなかからは子供の声が聞こえてこない。
何の物音も聞こえてこない――。
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