第24羽 「黒の聖女」の力

 ビアンカさんがいたのは、ごく一般的な民家が並ぶ住宅地にある古びた一軒家だった。

 ここはルーファス君の実家でも、ローラス君の実家でもない。

 聞けば、ローラス君がポケットマネーで借りている家らしい。

 彼らは実家を出て、三人だけで暮らしていた。

 まあ、ご両親に「裏切り者トレイター」に属しているなんて知られたら、勘当されるだけじゃ済まないだろうからね。

 それに、彼らのご両親はビアンカさんのことを諦めていたようだったから、ビアンカさんを任せることができなかったんだと思う。


「……ポケットマネーで一軒家なんて借りられるんですね」


 その一軒家の前で、シーボルト君がそう呟いた。

 うん、それは思った。

 この世界ではお小遣いで一軒家が買えるのかと一瞬思ったけど、シーボルト君がそう言うなら普通は買えないんだろうね。


「ローラスのお家はお金持ちだから、親の金をくすねればどうにかなるんだよ」


 ルーファス君の言葉にローラス君は顔をしかめた。


「おい、人聞きの悪いこと言うな。ちゃんと俺が稼いだ金で借りてるよ」

「え、ローラス先輩って働いてるんですか?」


 シーボルト君が驚いたようにそう尋ねた。


「あー、まあな」

「どんな仕事してるんですか?」

「……」

「何でそこで黙るんですか!?」


 えっ、まさかローラス君、人には言えないような仕事してるの!?

 一軒家の話はゲームでチラッと出てたから知ってたけど、まさかローラス君がいかがわしい仕事をして借りているお家だったとは……。


「言っときますけど、別に悪いことして稼いだ金じゃないですからね」

「いや、今の沈黙はどう考えても悪いことしてる人の反応でしたよ」


 シーボルト君の言う通り、あのタイミングで黙るのは人に言えない仕事してる人だけだと思う。

 それはつまり、悪いことをしているからなのでは……?


「まあまあ、悪いことしてるローラスは置いといて、早くビアンカに会いに行くよ」

「だから、悪いことなんかしてねーよ! だいたい、そんなことしてたらビアンカに顔向けできないし!」

「あはは、確かに。でも……僕らが組織にいた時点で顔向けなんてできやしないんだけどね」


 ルーファス君は悲しげにそう言った。

 それを聞いたローラス君も、眉を八の字にした。


「……彼女なら許してくれるさ」

「どうかな。あの子は正義感が強かったから、僕らのこと怒ってきそうだけど」

「怒られるにしろ、俺らにとっては嬉しいことだろ。だって、彼女が怒るには、彼女の目が覚めないといけないんだから」

「……うん、そうだね」


 そう言うと、二人の表情が明るくなった。

 彼らの会話を聞いているだけで、彼らが本当にビアンカさんのことが大好きだということが伝わってくる。

 今までの彼らの行動でわかり切っていたことではあるけど、今のやり取りで再確認させられた。

 これは絶対に助けてあげないと。

 そう思うんだけど……一つ不安がある。

 それは、私が本当に「黒の聖女」の力を使えるようになっているのかということ。

 儀式は失敗じゃないみたいだけど、人の姿に成れるようになったこと以外に身体に変わった感じはしない。

 事前に使い方を教えてもらったわけじゃないから、使い方も知らないし。

 ビアンカさんを助けるにしても、やり方がわからなかったらどうしようもないよね。

 最早、ビアンカさんを助ける以前の問題だよ。


 しかし、そんな私の不安を他所に、ルーファス君達は家の中をどんどんと進んでいった。

 そして、家の奥にある部屋の前で立ち止まった。


「ここがビアンカが寝ている部屋だよ」


 ルーファス君が扉をノックして、中へと入る。

 続けて私達も入ると、窓際に大きなベッドが鎮座していた。

 そして、その上に小さな人影が横たわっていた。


「ビアンカ、ただいま」

「今帰ったよ」


 二人がベッドの上に横たわる人物に話しかけた。

 しかし、その人物が反応を示す様子はない。


「皆に紹介するね。彼女が僕の妹のビアンカだよ」


 ベッドにいるビアンカさんは、酷くやつれて青白い肌をしていた。

 全く動かず横たわる姿は、ともすれば死体のようにさえ見える。

 彼女が生きていると証明しているのは、微かな息遣いだけだった。


「……見てわかる通り、彼女はもう長くない。色々と手を尽くして命だけは繋げているが、いつ亡くなってもおかしくない」

「タイムリミットは多く見積っても来年の三月までだと思ってた。だから、僕らは躍起になって彼女を助けようとしてたんだ」


 二人がロベル君を見た。

 いや、正確にはロベル君の肩にとまる私を見ていた。


「どうか、彼女を助けてください」

「よろしくお願いします」


 沈痛な面持ちで、彼らは頭を下げた。


「……スズ」


 ロベル君が心配そうに私を見る。


「チュピ(大丈夫だよ)」


 本当は何も大丈夫じゃない。

 彼らの期待に応えられなかったらどうしようとか、反対に殺してしまうなんてことになったらどうしようとか、色々マイナスなことを考えてしまう。

 でも、だからといって見捨てられるわけもない。


「わかった。じゃあ、リボンをつけるね」


 ロベル君は私を床に下ろし、首にリボンを巻いてくれた。

 その瞬間また煙が上がって、私は人の姿になる。


「……えっと、じゃあ、とりあえずビアンカさんに近づいてもいい?」

「もちろん」


 ルーファス君に許可を貰って、私はビアンカさんに近寄る。

 彼女の顔が苦しそうに歪んでいるのがハッキリとわかって、私の胸が締め付けられる。

 でも、ここからどうしたらいいんだろう。


「ルーファスさん、『黒の聖女』の力の使い方はわかりますか?」


 ロベル君が私の代わりに聞きたかったことを聞いてくれた。

 流れでビアンカさんに近寄っちゃったけど、この先どうしたらいいのかさっぱりだったから助かったよ。ありがとう、ロベル君。

 でも、聞かれたルーファス君は首を傾げた。


「さぁ? 僕にもわかんない」

「え」

「多分、何となくやってみればできるよ」


 その「何となく」の部分を聞きたいんだけど?


「文献によると、『黒の聖女』は怪我人や病人に対して祈りを捧げていたようです」


 ローラス君がそう言った。

 祈ると言われても、一体何を祈れば良いのやら。


「ちゃんとしたやり方なんて書かれてなかったから僕らにもわかんないって。だから、スズさんの感覚でやってもらわないと」


 それが難しいんだってば!

 ……でも、誰にもわからないのか。

 じゃあ、もう本当に感覚でやるしかないじゃん。


「スズさん」


 どうしようかと途方に暮れていると、今まで黙っていたシーボルト君が私に話しかけてきた。


「ただの受け売りなんで役に立たないかもしれないんですけど、親父は回復魔法使う時、治療する相手の元気な姿を想像するらしいんです」


 へぇ、そうなんだ。

 いや、だから、私は回復魔法の使い方すら知らないんだって。


「その理由が『白の聖女』様がそういうふうに祈って奇跡を起こしていたからみたいなんですよ」

「どういうこと?」

「えっと、『白の聖女』様が最上位の回復魔法を使えたのはご存知ですか?」

「あ、うん」


 ゲームでそう言ってたし、ヒロインもレベル上げると使えるようになるからね。


「ですが、『白の聖女』様としては普通に回復魔法を唱えているだけみたいなんですよね」

「え?」

「要は、俺らが使う回復魔法と同じものを使っているつもりだったと言い伝えられてるようなんです。親父はそれに習って回復魔法を使うことで、聖女様ほどじゃないにしろ、より良い効果が出るんじゃないかと思ってやってるみたいです」


 ええ!?

 でも、ゲームのヒロインが覚える回復魔法はちゃんと最上位の回復魔法だって書かれてたと思うんだけど……。


「本当かどうかはわかりませんよ。でも、もしかしたら『黒の聖女』も同じようにして治療をしていたのかもしれないと思ったんです」

「つまり、試してみたらいいんじゃないかってこと?」

「……はい」


 結局そういう結論になるんじゃないか。

 ……けど、さっきよりかはマシかな。


「ありがとう、シーボルト君。おかげでちょっとイメージができたよ」


 そう言って私が笑いかけると、シーボルト君が顔を真っ赤に染めた。


「べ、別に、俺は何も……」

「照れてるのですか?」

「なっ! お、俺は照れてなんか……」

「わかりますよその気持ち。彼女のような素敵な女性に褒められたら、誰だって照れてしまいますよね」

「だから、照れてないって! ……まあ、素敵な人だって言うのは否定しないけど」


 ロベル君とシーボルト君が恥ずかしい会話をしてる気がするけど、聞こえなかったことにする。


「じゃあ、シーボルト君の言った通りにやってみるね」


 私はビアンカさんの手をそっと握った。

 その細く痩せ細った手が、血色の良い健康的で美しい手に戻るように。

 苦しそうに眠る彼女が、元気な笑顔を見せてくれるように。

 私は、彼女の横で祈り続けた。


 ――それからまもなくして、変化が起こった。


 枯れ木のように痩せ細っていたビアンカさんの身体が、段々と肉付きの良い健康的な姿を取り戻していく。

 まるで死体のようだった肌色も、徐々に赤みがさしていった。

 それと同時に、私の中で何かが抜けていく感覚があった。

 もしかすると、これが魔力というものなのかもしれない。

 しばらくしてそれを感じなくなると、私はビアンカさんの手を離した。


「……ビアンカ?」


 そう言ったのは、ルーファス君とローラス君のどちらだろうか。

 あるいは、二人とも同時に言ったのかもしれない。

 その呼び掛けに応じるように、ベッドの上のビアンカさんは目を開けた。


「んっ……」


 彼女が一瞬、眩しそうに目を細める。

 次第に明るさに慣れてきたのか、彼女は完全に目を開けて起き上がった。


「……ローラスに、お兄様? それに、こちらの方達はどなた?」


 状況を理解できていない彼女は、キョトンとした顔で周囲を見回していた。

 そんな彼女に、ルーファス君とローラス君は勢い良く抱きついた。


「きゃあ! ちょっと、何をしますの!」

「良かった……本当に良かった……!」

「ビアンカ、おかえり……!」

「仰ってる意味がわかりませんし、他の方達に見られてるのにこんなこと……恥ずかしいですわ!」


 恥ずかしそうにするビアンカさんに、それでも離れようとしない二人。

 その光景を、私を含む他の人達は微笑ましく眺めていたのでした。

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