第4羽 目の前の天使が魔王の生まれ変わりとかマジですか?

 あっれー、私の聞き間違えかな?

 目の前の男の子がロベル様のフルネームを名乗った気がするんだけど?


「僕はアコナイト伯爵家の次男で、ここはアコナイト家の御屋敷なんだけど……そんなこと、君に言ってもわからないよね」


 「アコナイト伯爵」って、確かロベル様も伯爵家の跡取りだったよね。

 おおお、落ち着け。

 目の前にいるのが幼少期のロベル様なんて、そんな私得なことがあるわけない。


「兄様はユリウスって言うんだ。ユリウス兄様は魔法が得意だから、君の傷もすぐに綺麗に治してくれるよ」


 少年が笑顔でそう言った瞬間、私の脳裏にゲームの記憶が蘇った。

 ロベル様のストーリーの後半で流れる、幼少期の回想シーン。

 それによると、幼少期の彼は屋敷で働いている人達に嫌われていたらしい。

 回想シーンで理由は「魔力の発現が無かったから」なんて言っていたけど、本当は魔王としての特性で嫌われていたんじゃないかと思う。

 「魔王は圧倒的な力を持つ存在で、普通の人は彼に耐え難い恐怖を抱く」と、物語では語られていた。

 それが本当なら、周囲の人は幼い頃のロベル様に理由のわからない恐怖を抱き、近づかないようにしていたんじゃないかな。

 魔力の発現が無かったとしても、魔王であることには変わりないし。

 回想では、彼が自室で一人だけで食事するシーンも描かれていた。

 家族構成は父親と年の離れた兄の二人だけ。

 母親は彼を生むと同時に亡くなってしまったそうだ。

 父親はロベル様に会うことはほとんど無かった。

 そればかりか、彼に入浴時以外は部屋から出ないよう命じていたらしい。

 幼少期の彼がかなり内気な性格だったのは、この父親のせいに違いない。

 一方、兄のユリウスは彼を可愛がっていた。

 嫌がる素振りも見せず度々会いに来てくれる兄は、幼い頃のロベル様にとって唯一心を許せる相手だった。

 それなのに、あのクソ野郎は……!


「ジュウジュウ!」

「わっ! ど、どうしたの?」


 おっと、あのクソ野郎のことを思い出したら思わず怒りが込み上げてしまった。

 心配そうに見つめてくる少年――ロベル君と呼ぼう――に、私は何でもないよと言わんばかりに擦り寄った。


「君はスリスリするのが好きなの?」

「チュン!」

「じゃあ、僕もスリスリしてあげる」


 ロベル君は私を持ち上げると、そのぷにぷにほっぺで私をスリスリした。

 ……ロベルきゅん、可愛すぎか?

 さっきまでイラついて毛羽立っていた心が嘘みたいに癒されていく。

 余りの尊さに私の心臓が持たないよ、これ。


「君はフワフワしてて気持ちいいね」


 そう言って微笑むロベル君が、本当に幸せそうで。

 もしこの子が本当にロベル様なら、後にこの笑顔は永久に失われてしまうことになる。

 もちろん、そんな彼も素敵なのだけど……この笑顔を知ってしまったら、それが失われてしまうのはとても心苦しい。

 でも、ただの雀でしかない私に、一体何ができるだろう。


「……そろそろお風呂の時間だ」


 名残惜しそうにロベル君はスリスリするのを止めた。


「お風呂に行ってくるから、君は大人しく待ってるんだよ」


 私がその言葉に頷くと、彼は予め準備されていたお風呂セット(?)を持って部屋を出ていった。

 一人(一羽?)取り残された私は、再びゲームの内容を思い返した。

 ロベル様の兄、ユリウス(様付けなんてしてやらんぞ)はこのアコナイト家の長男で跡取りだった。

 剣術と魔法の両方に優れ、見た目も麗しく、人柄も良い彼は周囲の人々に好かれていて……まあ、要するにロベル様とは正反対の人だったらしい。

 幼少期のロベル様はそんな兄を尊敬していた。

 しかし、ゲーム本編の時間軸で伯爵家の当主となっていたユリウスは、ロベル様によって操られていた。

 心を許していたはずの相手をロベル様が操ることになるのには、もちろん理由がある。

 ユリウスの野郎は、幼いロベル様を裏切ったのだ。

 まず、あいつがロベル様につけた魔法に関することを教えてくれる(予定だった)家庭教師の女がクソ野郎だった。

 その女はロベル様が魔力を発現していなかったにも関わらず、魔法が使えないと激しく叱咤したり、体罰を加えたりした。

 ロベル様は大好きな兄に心配されないように、そのことを隠していた。

 でも、実は女がロベル様に厳しく当たっていたのはユリウスの指示だったのだ。

 奴はそうしてロベル様をさらに自分に依存させた。

 そして、ロベル様が人を信用できなくなる決定的瞬間が訪れる――。


◇◇◇


 その日、ロベル様は家庭教師の女によって、屋敷の裏にある森の中へ置き去りにされてしまう。

 理由は初歩的な魔法が発動できなかった罰として、だ。

 魔力の無い当時のロベル様が発動できるわけないのだが、彼は文句も言わずその罰を受けた。

 日が西に傾き、薄暗くなった森の中を独り歩くロベル様。

 年齢まだ一桁の子供がそんな所を一人で歩くなんて絶対泣き出すはずなのに、彼は泣いたり弱音も吐いたりせずに歩き続けた。


「あ、明かりだ!」


 ようやく見えてきた明かりの先には、ユリウスがいた。


「兄様!」


 泣き言を言わなかったとはいえ、寂しかったのだろう。

 彼が大好きな兄に向かって、駆け出した時だった。


「――いたぞ! 早く取り押さえろ!」


 ユリウスは周囲の私兵にそう命じると、兵達は幼いロベル様を取り押さえた。


「兄様……!?」

「ロベル。お前なんだろう、父上を殺したのは」

「え……?」

「先程、父上が毒を飲まされて殺害された。関与したメイドはお前に命令されたと言っていたぞ」

「ぼ、僕はそんなことしていません!」

「だが、お前の部屋からも証拠が出ているぞ」

「そんなはずは……!」


 そこで、頭の良いロベル様は気づいてしまった。

 今まで兄が優しくしてくれたのは、自分を利用するためだったのだと。

 父親を殺したのは兄で、自分は兄によって犯人に仕立てあげられたのだと。


「逃げようとしても無駄だぞ。実の父を殺すなど、到底許されることでは無い」


 ニヤリと笑うユリウスに、ロベル様は自分の考えがあっていると確信した。

 そして、その瞬間、彼はこの世の全てに絶望した。


「さあ、大人しく縄に……っ!?」


 ロベル様は魔力を発現させた。

 魔王が持つ、真っ黒な魔力を。

 彼の身体から放たれた魔力は、自らを取り押さえている私兵達を消し飛ばした。

 ユリウス達にも魔力が襲い掛かるが、魔力はユリウスだけを避けるようにして走り、奴以外の人間全員が消え去った。

 何が起こったのか理解できず呆然とするユリウスに、ロベル様はこう言い放った。


「……貴様が俺を利用するなら、俺も貴様を利用してやる。貴様の肉体が滅びるまで、永遠にな」


 魔王の記憶も蘇った彼は、最早以前の「ロベル」ではなかった。

 ユリウスは為す術もなく身体を乗っ取られ、意識を深い闇の中に追いやられたのだった。


◇◇◇


 その後、ロベル様は今回の事件を魔法を使って誤魔化し、父親は病死ということにして操っているユリウスを当主にした。

 自らが当主とならなかったのは、肉体年齢の問題でなれなかったのと、表立って動くと魔王の復活がバレてしまうと思ったからだろう。

 ロベル様はユリウスを使い、水面下で着々と人類への復讐を進めていた。

 ユリウスの名で裏社会を牛耳り、表社会でも発言力を強め、ロベル様の復讐はあと一歩で果たされるところだった。

 そういう時に主人公が現れて、それを打ち破られるわけなんだけど。


「チュピィ……(はぁ……)」


 一通り思い出して、私は悲しみに暮れていた。

 ロベル様は誰にも好かれていなかっただけでなく、信頼していた相手からも裏切られるという経験を幼い頃にしている。

 魔王の記憶が蘇っていたにしても、この経験こそが彼を「魔王」にしてしまっていたんじゃないかな。

 もし、彼がそんな経験をしていなかったら。

 誰かが彼を好きになって、愛情を注いであげていたら。

 きっと、ロベル様は心優しい「ロベル君」のままでいられたんじゃなかろうか。


「ただいま」


 そんなことを考えているうちに、ロベル君がお風呂から戻ってきた。

 ぐはっ……!?

 頬をピンク色に染めているロベル君は中々の破壊力だ。

 尊みが深すぎてやばたにえん(語彙力皆無)。


「待っててくれてありがとう。本当はもっと遊びたいけど……今日はもう寝ようか」


 彼は私を撫でると、ベッドの近くまで連れていってくれた。


「……今日は良い日だったなぁ」


 ベッドに潜ったロベル君が、ウトウトしながら呟いた。


「君に会えて良かったよ。おやすみ、小鳥さん」


 幸せそうに笑みを浮かべて、ロベル君は眠りについた。

 ……そうだ!

 私が彼の心の支えになれば良いんじゃないか!

 ただの雀がどこまで支えになってあげられるかわからないけど、ユリウスの野郎に依存しなければ、彼はアイツの策略に気づくかもしれない。

 そうと決まれば、明日から全力でロベル君を可愛がってあげなくては!

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