第3羽 助けてくれた少年がマジ天使な件について

 ――うーん。

 寝ぼけた頭でモゾモゾと動くと、周囲のフカフカした物体が私の身体を包み込んでいるのがわかる。

 あー、起きたくない。

 このままフカフカに包まれていたい。

 ……フカフカ?

 何で私はこんなフカフカの場所にいるんだ?

 ええっと、確か猫に引っ掻かれて、でっかい御屋敷のバルコニーに落ちて……。

 意識が覚醒していく中で、ふと誰かの視線を感じた。

 私は恐る恐る目を開ける。


「っ! 良かった、目を覚ましたんだね」


 長い前髪で目元を隠している少年が、私の目の前で嬉しそうに笑っていた。


「傷の手当はしたんだけど、なかなか目を覚まさないから心配してたんだ」


 どうやら、この子が私を助けてくれたらしい。

 周囲を見渡すと、私はフカフカのタオルのようなものに包まれていた。

 その中から出ようとすると、急にお腹に痛みが走った。


「チュピッ!」

「あ、ダメだよ! 傷口がまだ塞がってないから、無理に動くと痛いよ」


 少年の言葉通り、私のお腹には包帯が巻かれ、薄ら血が滲んでいた。

 うわぁ、こんな酷い怪我してたんだ。

 この子が助けてくれなかったら、私死んじゃってたかも。

 少年は動いてズレたタオルを戻そうと、私に手を伸ばしてくる。


「チュンチュッ!」


 私は少年に感謝の気持ちを伝えるため、近づいてきた彼の手にすり寄った。

 すると、彼はビクッと震え、一瞬固まった。

 ありゃ、こういうのは苦手だったのかな?


「……君は、僕のことが怖くないの?」

「チュピ?」


 何故怖いと思うのだろうか?

 あ、そういえば、雀って警戒心が強いんだっけ。

 それで、この子は私が怖がるかと思ったのかな?

 でも、私は元人間。

 助けてもらったのに怖がるなんてことは無い。

 私を捕まえて何かするつもりだったなら、もうとっくにされてるだろうし。

 怖くないよと伝えるために、私はさらにこの子の手にスリスリした。


「ふっ、ふふ。くすぐったいよ」


 そうやって笑う少年はとても可愛らしくて、私の胸が「キュウーン!」となった。

 何なの、この子。マジ天使なんだが?

 今初めて雀になって良かったと思ったわ。

 この子に合法的にお触りできちゃうもんね。

 あー、ぷにぷにのお手手もめんこいのぅ……て、やばいやばい。

 思考が変態のソレになっていた。

 でも、顔がちゃんと見えなくてもこれとかやばくない?

 この子の顔が見えたら、私死んじゃうんじゃないかな?

 なんて末恐ろしい子なの……!


「……怖がられないなんて初めてだ。本当に嬉しい」


 ずっとスリスリしていると、今度は少年からなでなでされる。

 傷口に触れないようにそっと撫でてくれたので、非常に心地良い。


「チーチーチー」

「ふふふ。君は可愛いね」


 私より君の方が可愛いよ。

 動物に懐かれたくらいでそんなに喜ぶなんて、よっぽど動物好きなんだね。

 しばらく撫でられていると、不意にコンコンコンッという音が響いた。


「――坊っちゃま。食事のお時間です」


 少年の撫でてくれている手が止まった。

 どうしたんだろうと思って顔を上げると、彼の顔に表情は無かった。

 さっきまでとは打って変わって、ゾッとしてしまうほどの無表情だった。


「……はい。今開けます」


 彼は私のことを扉から死角になる位置に置いて、扉を開けた。

 ちょっと顔を覗かせると、扉の向こうにはお仕着せを着た女性が立っていた。


「食事をお持ち致しました。終わりましたらいつも通りベルを鳴らしてお知らせ下さい」

「あの、今日、兄様は……」

「ユリウス様は本日パーティーに出席されておりますので、坊っちゃまが起きている時間には帰ってきませんよ」

「……そうですか」

「もう宜しいですか。私はこれで失礼します」

「お手数お掛けしてすみませんでした」


 扉が閉まる音がして、部屋が静まりかえる。

 ……何だろう、今の会話。

 さっきの女性はメイドさんだと思うんだけど……何だかこの子に対する扱いが雑だったような気がする。

 というか、この子がメイドさんっぽい女性に敬語なのも違和感あるよね。

 遠慮がちに質問していたし、私が想像しているようなメイドさんと坊っちゃまの関係じゃないのかも。


「よいしょっ……と」


 少年がメイドさんの持ってきたワゴンを部屋に引き入れる。

 自分の背丈より大きいワゴンを押すのはこの子には大変なはずなのに、どうしてあの女性は部屋の前に置きっぱなしにして去っていったんだろう。

 少年は自分でテーブルを整えて、ワゴンの上に乗っていた食事をその上に並べる。

 随分と慣れた手つきだったので、いつもこんな感じで食事をしているのかもしれない。

 ……こんな小さな子がいつも1人で食べてるなんて、なんて酷いお家なんだろう。


「君も一緒に食べよう?」


 少年が私をテーブルのそばに連れてきた。

 少し冷めているように見えるけど、食事そのものはちゃんと美味しそうで安心した。


「鳥って何を食べるのかな……パンとか?」


 少年がパンをちぎって差し出してくる。

 それを食べると、彼は嬉しそうに笑った。


「良かった。あ、スープはどうかな?」


 私はスプーンで掬われて差し出されたスープにも口をつけた。

 クリームスープは少し冷めていたけど、とても濃厚で甘く、美味しかった。

 パンも柔らかくて甘かったし、久しぶりに人間らしい食事ができた嬉しさに泣きそう。


「チーチーチー」

「ふふふ。君は本当に美味しそうに食べるね」


 しばらく餌付けされて、私はお腹いっぱいまで食べることができた。

 私が食べるのを止めると、今度は少年が食事を始めた。

 てか、ずっと私に食べさせていたから、料理完全に冷めちゃってるんじゃ……。


「チュン……」


 申し訳なくなってしょげていると、少年がそんな私に気づいた。


「どうしたの? 傷口が痛むの?」

「チチチ!」


 私は首を横に振ると、くちばしで料理を指し示した。


「チュン!」

「料理を気に入ってくれたのかな? それなら良かったよ」


 うっ……全然通じてない。

 でも、こんな良い笑顔浮かべてる子に違うって伝えるのもちょっと……。

 結局伝えることができないまま、少年は食事を終えた。

 全然気にしてないように見えたのは気のせいなのか、それとも普段から冷めた食事をとっているからなのか。

 色々と気になることはあるけど、それを聞く術が私には無い。

 そもそもこの子の境遇を知ったところで、ただの雀にどうこうできるものじゃないよね。

 少年は再び私を隠し、ワゴンを外に出すとベルを鳴らした。

 今度は別のメイドさんだったけど、大した会話もないまま、さっさとワゴンを運んでいってしまった。

 ……やっぱりこの子、冷遇されてる。

 酷いいじめにあっているわけじゃなさそうだけど、こんな小さな子相手にあの態度はおかしい。

 何か事情があるにしろ、いい大人が子供をいじめているように見えて、とても嫌な気分になった。


「何度も動かしてごめんね。傷口、痛んでない?」


 私の体調を気遣い、包帯が巻かれた傷口を確認する少年が何かしたとは思えない。

 きっと、大人の事情ってやつなんだろう。


「明日、兄様に頼んで傷口を治してもらうまでの辛抱だからね」


 ああもう、こんなに優しい子なのにあんな仕打ちをしているなんて……大人って最低だ。

 この子が将来、人を信用できない性格になったらどうしてくれるんだ。


「あ、そういえば、自己紹介がまだだったね」


 少年は私をタオルの上に置くと、雀相手なのに礼儀正しく名乗った。


「僕はロベル・アコナイトです」


 ……はい?

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