第47羽 「シスル」と「リン」③
ある日、家から離れた場所で木の実を採っていると、鎧や剣などで武装した人々を見かけた。
私は咄嗟に隠れ、彼らの様子を伺った。
「奴らは、まだ見つからないか?」
「はい。この森に逃げ込んでいるのは確定のようですが」
「もっと奥の方に居を構えているのかもしれませんね」
「奥に行くほど魔物も強くなるはずなのだが……」
「やはり、魔物を操ることができるからでしょうか?」
私の胸がドクンッと、音を立てて跳ね上がる。
魔物を操ることができる……それって、シスルのことじゃない?
「あるいは、魔女や呪われし子が何かしているのかもしれません」
……まさか、レイヴンさんとリンカルス君のこと?
「いずれにせよ、奴らは討たねばならない存在だ。神に背く忌まわしき者共は我ら『教会』が排除する!」
「「はっ!」」
武装した集団は、一糸乱れぬ動きでその場を離れていく。
私は恐怖から、その場にへたり込んでしまった。
「どうしよう……」
このままだと、皆殺されちゃう……でも、私達に他に行く所なんて……。
全身がガタガタと震え、視界が滲み始めた時だった。
「――リン! 大丈夫か!?」
声がした方向へ目を向けると、シスルがこちらに駆け寄ってきていた。
「顔が真っ青だ。一体何があったんだ?」
「シスル……」
心配そうにこちらを見つめてくる彼に、私は思わず抱きついた。
「なっ、り、リン!」
「どうしよう、シスル……このままじゃ、皆死んじゃうよ!」
何故か顔を赤くして慌てていた彼だったけど、私の言葉を聞くと真剣な顔になった。
「それは、どういう意味だ?」
「さ、さっき、武器を持った人達が歩いてたの。私達のこと、は、排除するって!」
堪えきれず、私の目から涙が流れ出す。
滲む視界の向こうで、彼は驚愕を顕にしていた。
「何故、俺達のことがバレた?」
「わからない……でも、このままだと殺されちゃう!」
「落ち着け。まだ見つかったわけじゃない」
「だけど、森の奥に住んでるかもしれないって話してた!」
取り乱す私を必死に宥めようとする彼だったけど、その端正な顔は歪み、ギリッと音を立てて歯軋りをしていた。
「……とりあえず、急いで戻ろう。二人にも事情を伝えないと」
「……うん」
私達は見つからないように森の中を移動し、皆と暮らす家に戻った。
ただならぬ様子の私達を見て驚く二人に、シスルが事情を説明してくれた。
「な……ここが見つかったんですか?」
「しかも、随分と穏やかじゃない人達が向かってきているのね」
説明を聞いた後、リンカルス君もレイヴンさんも顔を顰めていた。
「そうみたいだ。俺達を目の敵にしている連中がいるのかもしれない」
「そんなの、俺らのことを知ってる奴ら以外にいないだろ!」
リンカルス君がバンッという音を立てて、机を激しく叩いた。
一方、レイヴンさんは優雅に微笑んでいた。
「確かにリンカルスの言うことも有り得るけれど、他の可能性もあるかもしれないわよ?」
「他の可能性?」
「ええ。例えば、『私達という存在』を嫌っている人達が向かってきているのかもしれないわ」
レイヴンさんの言葉に、この場が一瞬静かになった。
彼女の言いたいことがわからず困惑していると、リンカルス君が口を開いた。
「……それって、俺らを知っている奴らとはどう違うんだ?」
「私達のことを見たこともないけど、私達が普通の人と違うというだけで毛嫌いしてくる人間もいるのよ」
「なんだよ、それ……」
「レイヴンは、そういった奴らが今俺らを狙っていると言いたいのか?」
シスルが尋ねると、レイヴンさんは笑顔を崩さず頷いた。
「そうよ。私達の噂を聞いた誰かが、義憤に駆られて私達を殺しに来ているのかも」
「そんな……私達、何もしてないのに」
「何もしてなくても、存在自体が罪なのよ。彼らにとってはね」
レイヴンさんが小さくため息をつく。
何もしていなくても、存在しているだけで罪に問われるの?
そんなの、おかしいよ。
「……人間は、おかしいな」
シスルが、ポツリと呟いた。
「きっと誰かのためになることをしたって、俺達は殺されるんだろうな」
彼の顔は、今まで見たことがないほど恐ろしい形相だった。
端正な顔を怒りで歪め、真っ赤な瞳は燃え盛る炎の如くギラギラしていた。
そんな彼の鬼気迫る様子に、私はゾッとする。
この時初めて、彼を怖いと思った。
でも、そんな表情は一瞬で消え去り、いつも通りのシスルに戻っていた。
私は、気のせいだったと思うことにした。
「……それで、どうするの? このままだと、ここが見つかるのも時間の問題よ」
レイヴンさんの質問に、リンカルス君が真っ先に反応した。
「そりゃ、もちろん戦うだろ。どんな奴らが来たって、俺の魔法で追い払ってやる」
「あら。強気なのは良いけど、大勢の武装兵を相手に実戦経験皆無のあなたが勝てるかしら?」
「うっ。や、やってみなきゃわかんないだろ!」
「無理しちゃダメだよ、リンカルス君」
「姫さんまで……」
リンカルス君が、ガクリと肩を落とした。
そんな彼に、険しい顔のシスルが声をかける。
「リンカルスの気持ちもわかるが、ここを防衛するのは無理だろう」
「じゃあ、どうするんですか?」
シスルは、悔しそうに歯軋りする。
「……ここを離れるしかないだろうな」
「それは、逃げるってことですか?」
「そういうことになる」
「そんな、俺は嫌です! ここを捨てていくなんて、そんなことできません!」
「なら、ここで全員殺されても良いのか?」
シスルに凄まれたリンカルス君が後退りした。
「そ、そんなことは言ってません! でも、ここを離れても、俺達には行く宛てなんて無いじゃないですか!」
「住む場所はまた探せば良い」
「そうかもしれませんけど……!」
「ハイハイ、そこまでよ。シスル様もリンカルスも、今は言い争っている場合じゃないでしょう」
剣呑な雰囲気になりつつあった二人を、レイヴンさんが宥めた。
「でもね、私としてはシスル様の意見に賛成したいわ。確かにここは離れ難い場所ではあるけれど、それ以上に皆のことが大切だもの」
「だけど、ここは姫さんが時間をかけて作った場所だろ。そんな所を手放すなんて……」
リンカルス君が、チラリと私に視線を向ける。
彼の言う通り、ここは私が森の動物達や魔物達の手を借りて作った場所だ。
多分、この場にいる誰よりも、私はこの場所に愛着を持っている。
でも、この家を守るためだけに、皆を犠牲にするようなことはしない。
「私はここを離れても良いと思ってるよ」
「姫さん、無理しないでください」
「無理はしてないよ。ただ、皆といれたら、場所なんて関係ないと思ってるだけ」
私は、リンカルス君に向かって微笑んだ。
「あ、でも森の皆と離れるのはちょっと辛いかな。私達を追ってる人達に森を荒らされるかもしれない」
「それなら、落ち着いてきた頃に様子を見に戻ってこよう」
「ありがとう、シスル。でも、大丈夫。また戻ってくるのは危険だし」
「だが、それで良いのか?」
「良いの。森の皆なら、きっと大丈夫だから」
森の皆との別れの辛さや、ここを離れたくない気持ちはあるけど、それよりも皆が死んじゃうことの方が怖いから。
「すまない、リン。俺のせいで」
「私が決めたことなんだから、シスルが気にすることないよ」
「……本当に、ごめん」
そう消え入りそうな声で告げたシスルは、私よりも辛そうに見えた。
ここを離れることは、彼にとっても苦渋の決断だったのだと、今更ながらに気づく。
しかし、私達が生き残るためには、最早逃げる以外の道がなかった。
結局、私達は森の動物や魔物達に別れを告げて、新たな住処を探す旅に出たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます