第48羽 「シスル」と「リン」④

 森を出た後も、私達は執拗に狙われるようになり、一ヶ所に留まるのが難しくなった。

 人里離れた場所で暮らしたり、「灯台もと暗し」なんて言って街中で目立たないように生活したりしたこともあった。

 常に警戒し、隠れて暮らさないといけないため、私達は森で過ごしていた時よりもずっと不自由な生活を強いられていた。

 それでも皆で一緒に生きて暮らしていけるなら、私はそれで良かった。


 でも、シスルは違っていた。



 とある村の外れで暮らしていた頃のこと。

 ある日の夜、私が眠っていると、急に胸の痛みを感じて目を覚ました。

 でも、その痛みは自分の身体からではなく、どこか別の場所から伝わってきているように感じた。

 今まで感じたことの無い感覚に戸惑いながらも、私はその「どこか」を探す。

 自分の勘を頼りに外に出て……私は、胸を押さて倒れているシスルを発見した。


「シスル!」


 傍に駆け寄ると、彼は荒い息を吐きながらこちらに顔を向けた。


「……リン? 何故、ここに」

「シスルがここにいるような気がしたから。どこか怪我しているの? それとも、病気!?」

「そういう……わけでは、ない。ただ少し……疲れている、だけだ」

「だったら、休んでなきゃダメじゃない! どうして、こんな夜中に外に出ているの?」

「そ、れは……」


 私は一先ず、彼に能力を使った。

 青白くなっていた顔に赤みが戻り、呼吸も落ち着いたところで、再度彼に尋ねる。


「もう一度聞くわ、シスル。こんな夜遅くに一体何をしていたの?」


 彼はしばらく視線を彷徨わせていたけど、やがて観念したかのように口を開いた。


「……魔力を増やす術というのを試していたんだ」

「魔力を増やす? 何故そんなことを?」

「それは……逃げる時に時間稼ぎくらいはできるようになっておかないといけないかと思って」


 彼はそう言ったけど、私は違和感を覚えた。

 彼はまだ、何かを隠している。


「時間稼ぎなら、今でもシスルは魔物を呼び寄せてくれてるじゃない。そのおかげで追っ手を巻けたことだってあったし」

「だが、それだけじゃ足りないんだ」

「そんな、足りないなんてことはないわ」


 私の言葉に、彼が首を横に振る。


「君がどう思っていようとも、俺にとってはまだ足りないんだ。俺の目標には、まだ全然……」


 彼の目標って何だろう?

 でも、何故だかわからないけれど、私は嫌な予感がしていた。

 このまま彼がやっている行為を見過ごしていたら、何か取り返しのつかないことになりそうだと思った。


「ねえ、シスル。私達を思ってしてくれている行為なのかもしれないけれど、無茶をするのだけは止めて」


 私はシスルの手を取り、彼の目を覗き込む。

 彼の赤い瞳が、揺れていた。


「……すまない」


 それだけ言うと、彼は目を伏せて黙り込んでしまった。

 一応謝ってはくれたけど、これで止めてくれるとは到底思えない。

 だって、彼の「強くならなくては」という思いが、まだ伝わってくるから。


「謝るようなことじゃないでしょう。でも、私はシスルのことが心配なの。私はどんなに不自由な生活でも、皆が無事ならそれで良いの」


 魂が繋がっているせいなのか、彼の感情や考えの一部が私の中に流れ込んできているようだった。

 今まではこんなこと、無かったけど……でも、それならきっと、私のこの想いは彼に伝わっているはず。


「……それではダメなんだ」

「え?」


 シスルが目を開ける。

 その目は、しっかりと私の目を捉えていた。


「こんな生活をいつまでも続けていられるわけがない。それは君もわかっているだろう?」

「そうかもしれないけど、シスルに無茶はして欲しくないわ」

「君の気持ちもわかる。わかるが……それでは、何も変わらない」


 彼から、悔しさや怒りが伝わってくる。


「俺達が不自由な生活を強いられているのに、奴らはのうのうと生きているだなんておかしいだろう。俺はこの現状を変えたいんだ」


 彼は両手を強く握り締めていた。

 強い決意を持って、彼は自らの力を鍛え上げようとしていたのだ。


「……だから、君の忠告を聞くことはできない。それは、本当に申し訳ないと思っている」

「だから、さっき謝ったのね」

「ああ。謝っても許してもらえるとは思っていないが」


 その言葉を聞いた私は、深いため息をついた。


「そう思っているなら、身体を壊すような鍛錬は止めて」

「……善処しよう」


 この答え方は、また無茶をするんだろうな。

 今日苦しい思いをしたというのに、シスルは諦めるつもりは無いらしい。

 私は、鍛錬自体を止めるつもりは無い。

 でも、それが正しいやり方で行われているものであるなら、という前提付きでだ。

 これからも彼が命の危険に晒されるような鍛錬を続けるのであれば、絶対に止めなくちゃ。

 そう心に決めて、私は彼と共に家へと戻った。

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