第49羽 「シスル」と「リン」⑤

 でも、結局、私にシスルを止めることは出来なかった。

 彼は私には無理のない鍛錬をしているように見せかけながら、隠れて命を脅かすような禁術にも手を染めていたらしい。

 そうして、私が気づいた時には、彼は誰にも負けない強大な力を得ていた。

 魔力が膨大になって回復系以外のあらゆる魔法を扱えるようになっただけでなく、どんなに強い魔物も絶対服従させることができるようになった。

 しかし、急に絶大な力を得た反動なのか、彼は力のコントロールが上手くいかなくなっていた。

 そのせいで、度々魔力が暴走し、彼自身の命すら危険に晒すことになってしまった。

 そのお陰で、彼が無理な鍛錬を続けていたことがわかったのだけれど。


 発覚した当初はかなり怒ったし、彼がこんなふうになるまで気づけなかった自分が情けなかった。

 でも、悔やんでも、過去に戻って修正することはできない。

 私は今の自分が彼のためにできることを考えた。

 彼が苦しんでいる時、真っ先に気づくことができるのは私だ。

 以前から彼の考えや感情が伝わってくることはあったが、最近はよりハッキリと伝わってくるようになっていた。

 彼に意識を集中すると、離れていても伝わってくる。

 彼に何かあれば、すぐに気づくことができた。

 だから、これからは彼がどんな無茶をして傷ついても、すぐに治してあげようと思った。

 無茶を止められないのなら、せめて私の力で助けてあげたかった。

 それが、私達を守ろうとしてくれている彼への恩返しになると思ったから。


 しかしながら、私はその後、彼と仲違いをすることになってしまう。




 それは、私達がとある森で暮らし始めた時のこと。

 私達はその森に魔法で石の塔を建て、そこで暮らしていた。


「シスル」


 その塔の一室に、私とシスルは二人っきり。

 しかし、空気は最悪だった。


「いい加減、他の人達を傷つけるような真似は止めて」


 そう言って、私は目の前にいるシスルを睨みつける。

 最近になり、彼は魔物を操って人々を襲わせるようになっていた。

 怪我人は多いものの生命を脅かす程の怪我には至っておらず、今はまだ死者は出ていない。

 しかし、彼の行動は日に日に過激化しており、死者が出るのは時間の問題だろう。

 私は、彼の能力をそんなことのために使って欲しくなかった。

 だから、何度も彼を止めようとした。

 しかし、彼は一向に聞く耳を持たない。


「アイツらは俺達を傷つけようとしていた。だから、先手を打ったまでだ」

「傷つけようとしていたかなんてわからないじゃない。彼らはまだ何もしていなかったのだから」

「何かされてからでは遅いだろう?」


 確かに、何かあってからでは遅いだろう。

 でも、何の罪も無い人が傷つくのは間違っている。


「アイツらは『教会』の信者だ。バレたら襲われるのは確実だった」


 「教会」というのが、私達を目の敵にして追いかけてきていた組織である。

 私達のような人とは違う能力を持った人々を「悪」と称し、殺して回っているらしい。

 「教会」は民衆の心を掴むのが上手く、信者はどんどん増えていっている。

 信者達は「教会」に私達の居場所を報告するだけでなく、殺そうとしてくることもある。

 だから、殺される前に殺したのだと、シスルは言った。


「だけど、彼らが私達を見つけても、何もしないかもしれないでしょう?」

「それは甘い考えですよ、姫さん」


 不意に聞こえてきた声に振り返ると、部屋の入口にリンカルス君が立っていた。


「何かするという確証は無いですけど、何もしないという確証も無いじゃないですか」


 リンカルス君はシスルの考えに賛同していた。

 彼も、人に対して強い恨みを持っていた。

 彼の過去を考えれば、そうなってしまうのも無理はないのだろう。


「だから傷つけたの? 話し合うこともせずに?」

「話し合いなんて無意味です。大体、アイツらが俺達の話を聞いてくれるとでも?」


 シスル同様、リンカルス君も私の意見に真っ向から対立してくる。

 それでも諦めずに説得しようと、私は口を開いた。


「三人とも落ち着いて。感情に身を任せていては、会話なんて成り立たないわよ」


 私が声を発する直前、突然現れたレイヴンさんが落ち着いた声音でそう言った。


「反論をするならお互いの話をきちんと聞かなくてはダメよ。喧嘩腰なのも良くないわ」

「お、俺は別に喧嘩腰なつもりは……」

「あら、あなたにそのつもりがなくても、傍から聞いているとそう感じるわよ」


 クスリとレイヴンさんが笑うと、リンカルス君は不機嫌そうにそっぽを向いた。


「シスル様とお姫様もよ。話し合うのならお茶でも飲みながら、落ち着いた気持ちでやるべきよ」


 確かに、レイヴンさんの言う通りかもしれない。

 でも、シスルはその提案すらも拒絶した。


「俺は、何と言われようと止めないぞ」


 シスルはそう言い放つと、私達に背を向けて部屋から出ていった。


「あっ、待ってくださいシスル様!」


 その後を追いかけるように、リンカルス君も部屋を出ていく。

 取り残された私達は、何となく気まずい空気の中で顔を見合せた。


「……ごめんなさいね。説得の邪魔をしてしまったみたい」

「ううん、そんなことは無いよ。それに、きっとレイヴンさんが来てくれなかったら、もっと酷い言い争いになってたと思う」


 私がそう言うと、レイヴンさんは申し訳なさそうな顔をした。


「本当は私も強く説得できたら良かったのだけど、お姫様でもダメなら私なんかじゃ絶対無理ね」


 レイヴンさんも、シスル達の行動には賛成していなかった。

 彼女は私に付き添いながら、シスル達をどうやったら止められるかを一緒に考えてくれていた。


「まあ、二人とも頑固だからね。多分、二人を納得させられるようなことを言わないと止められないと思う」


 そう言って、私は苦笑する。

 シスル達の決意は固い。彼らは彼らなりに、私達を守ろうとしてやっているのだから。

 彼らが私達を守ろうとしてくれているのは嬉しい。

 でも、そのやり方には問題があるとしか思えなかった。


「……誰かを傷つけたら、他の誰かが私達を傷つけようとしてくるのに」


 誰かを傷つければ、その傷つけた人を大切に思う誰かが復讐しに来るかもしれない。

 それだけでなく、シスル達のように大勢を傷つければその分警戒され、より一層私達は多くの人から恨まれて攻撃されることになるだろう。

 シスル達はそれがわかっていてやっているのだろうか。


「それは相手方にも言えることではあるけどねぇ。例え何かを守るためでも、暴力は暴力で返ってくるものよ」


 レイヴンさんがフゥとため息をついた。

 私よりもずっと長く生きている彼女には思うところがあるのだろう。

 もしもこれまで以上に大勢の人達が攻めてきたとしたら、真っ先にシスル達が殺されてしまうかもしれない。


「やっぱり、何がなんでも止めないと」


 私がそう決意すると、レイヴンさんは苦笑を浮かべる。


「お姫様も無理しちゃダメよ? 最近体の調子が良くないって言っていたじゃない」

「……そうだね」

「大丈夫よ。説得を続ければ、あの二人もいつか止めてくれるわ」


 そのいつかは、いつ来るのだろうか。


「その前に、私が……」

「どうかしたの、お姫様?」

「ううん、何でもない」


 私は首を横に振る。

 このことは、レイヴンさんにも悟られるわけにはいかない。


「今日は私が二人を止めるから、お姫様はゆっくり休んでて」

「ありがとう、レイヴンさん」


 私はレイヴンさんと別れて、自室に向かう。

 塔の上の方にある自室までは、魔法陣と階段を使って行かなければいけない。

 途中から階段じゃないといけないのは、もし攻め込んできた敵に魔法陣を使われてもすぐに辿り着けないようにするためだそうだ。

 身の安全上仕方ないこととはいえ、生活していく上では不便だった。

 そして、今の私にとっては、階段を数段上がる動作すら重労働だった。


「はぁ……はぁ……」


 ここ最近、私は少し動くだけで息が切れるようになっていた。

 それだけでなく、胸の痛みも感じるようになってきた。

 このことは、まだ誰にも言っていない。皆に心配をかけたくなかったから。

 レイヴンさんには一度だけ私が階段を上っている時に息切れしている様子を見られたけど、その場は体調不良で誤魔化した。

 でも、このことをいつまでも隠し切れるとは思わない。


 私は胸を押え、手すりに手をかけながら、やっとの思いで階段を上り切る。

 何とか自室に辿り着き、扉に鍵をかけると、そのままベッドに横になった。

 こうして安静にして、息が整うのを待つ。


「ふぅ……」


 ようやく落ち着いた呼吸に安堵しつつ、私はベッドから起き上がる。

 こんな体調不良も、私の能力を使えば治せる。

 しかし、それはできない。

 何故なら、私はこの能力で自分を治すことができないからだ。

 自分で治せないのだから、街に行って医師に見てもらうことも考えた。

 でも、それで皆のことがバレたら、私は後悔してもしきれない。


「私、死んじゃうのかな……」


 このまま放置し続けていれば、きっと私は死んでしまう。

 死ぬのは怖くない。

 皆と過ごせた日々はとても充実していた。だから、満足だった。

 だけど、心残りがある。


「シスルを、止めないと」


 私が元気なうちに人を傷つける行為を止めさせないと、きっと取り返しのつかないことになる。

 既に彼らの行為はエスカレートしていっている。

 「教会」だって、シスル達がやっていることに気づき始めているだろう。

 今止めないと、私達は今まで以上に「教会」に攻められ、死ぬよりも苦しい思いをさせられるかもしれない。


「……大丈夫。まだ、説得する時間はある」


 私は独学で覚えることができた初歩的な回復魔法を、自分の心臓に対して唱える。

 この魔法を使ったところで、心臓の病が治るわけでは無い。

 これはただの気休めだ。病気の進行を少しでも遅らせられたらと思ってやっているだけ。

 そんなふうに自分の身体を騙しながら、皆の前で私は以前と変わらないように振舞っていた。


 だから、騙せているうちに。

 私が死ぬ前に、シスル達を止めないと。

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