第50羽 「シスル」と「リン」⑥

 それから、私はシスル達のことを何度も止めようとした。

 だけど、二人が止める前に「教会」が私達への攻撃を更に強めてきた。

 それに対抗するように二人もより激しく攻めるようになり、遂には小さな村を一つ壊滅させるにまで至った。他の場所もそこまでには至らなくても、元の姿が想像できないほど酷い有様になってしまった所が多い。

 死人も、怪我人も、今までとは比べものにならないくらい多く出ている。

 シスル達も無傷で帰ってくるのが難しくなり、私は度々彼らに治療を施していた。


 でも、私が治療していたのは彼らだけじゃない。

 彼らと「教会」との争いに巻き込んでしまった人達の怪我も、私はこっそりと治してあげていた。

 なるべく能力ではなく回復魔法で治療し、どうしても能力を使わないといけない時は回復魔法だと偽りながら能力で治していた。

 こんなことをして私がシスル達の仲間だとバレたらどうなるか、想像しなかったわけじゃない。「教会」にだって見つかる恐れがあった。

 それでも、私は無関係な人達が巻き込まれるのは嫌だった。

 人々への治療を繰り返しているうちに、私はいつの間にか彼らから「聖女」などと大それた名前で呼ばれるようになった。

 彼らが怪我をする原因を作ったのはシスル達だから「聖女」と呼ばれる度に申し訳なくなったけど、治療をして元気になった人達から感謝を告げられて嬉しかった。

 だけど、争いが激しくなるにつれ、私一人だけでは手が回らないほど傷つく人が増えてしまった。

 私自身の体調不良も悪化してしまい、動けない日も増えた。

 それでも、調子の良い時は人々への治療を行い、被害を最小限に食い止めようとした。


 そんな時である。

 彼女が――「聖女」が現れたのは。


 争いが激化していく中で、「教会」は一振りの魔法の剣を作り上げた。

 私達のような特殊な能力を持つ者だけを傷つけることができるその剣を、彼らは「神聖剣」と名付けた。

 しかし、その剣には選ばれし者にしか振るえないという制約があった。

 その剣を扱える者を「教会」は探し続け、遂に見つけたのが一人の少女だった。

 「教会」は彼女を「聖女」と呼び、彼女こそ悪に立ち向かう聖なる存在だと人々に広めた。

 また、彼女は優れた回復魔法の使い手でもあった。

 私なんかよりも聖女に相応しい女の子だった。


 でも、ここで一つ問題が起きた。

 人々は以前から私のことを「聖女」と呼んでいた。

 新たに現れた彼女も「聖女」と呼ぶと、どちらを指しているのかわからなくなってしまう。

 故に、人々は髪が黒い私のことを「黒の聖女」、白い衣服に身を包んでいた彼女のことを「白の聖女」と呼び、区別した。

 それが原因で、私が人々を治療していたことが「教会」にだけでなく、シスル達にも知られてしまったのだ。

 「教会」は私を探し始め、都合よくシスル達の後に現れる「黒の聖女」とシスル達との関係についても調べ始めていた。

 シスルが激怒するのも当然だった。


 それに加えて、私はあろうことか、シスル達の目の前で倒れてしまった。

 シスル達との口論の際に興奮し過ぎたのがいけなかったのか、激しい動悸が起きて倒れ込んでしまったのだ。

 長い間隠し通してきた体調不良についてまで、皆に気づかれてしまった。

 こうなってしまった以上、彼が私を野放しにするわけが無い。

 彼は私が勝手に行動しないよう、私の自室の前に見張りの魔物を立てて、私を閉じ込めた。

 そんなことをしなくても、私はもうベッドから起き上がることすらやっとの状態だったのだけれど。

 閉じ込めたと言っても、シスルやリンカルス君、レイヴンさんの三人は度々部屋を訪れてくれた。

 リンカルス君には泣きじゃくられてしまったし、レイヴンさんは表情には出ていなかったけれど言葉の端々から悲しんでいることが伝わってきた。

 でも、その二人以上に悲しんでいたのがシスルだった。

 彼は私に、私の魂の一部を返すと言ってきた。

 「それが原因で君は弱っているのだ」と言って。

 私はそれが原因だと思わなかったし、仮に魂を返してもらったとしても今度はシスルがどうなるかわからない。

 今までの無茶な訓練と度重なる能力の酷使が、彼の身体を痛め付けているのは想像に難くない。

 私は私自身より、彼のことが心配だった。

 だから、私はやんわりと彼からの申し出を断った。

 彼は「何故だ?」と何度も尋ねてきた。

 私はそれに対して答えなかった。

 以前までなら、答えずともある程度は私の気持ちが伝わっていただろう。

 だけど、彼に私の気持ちが伝わっている様子は無かった。

 理由はわからない。でも、その事実が私には辛かった。

 私にはもう彼を止められないと、そんな現実を突きつけられているような気がして。

 それがきっかけで、私は少しずつシスルを避けるようになった。

 彼が嫌いになったわけじゃない。

 ただ、心が通じ合えないのが辛かった。彼の顔を見ることすら、私には苦しかった。


 私以上に彼が苦しんでいたなんて、当時の私には知る由もなかった。

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