第51羽 「シスル」と「リン」⑦
しばらくして、「白の聖女」がシスル達と直接戦うようになったという話を聞いた。
そして、彼女が「教会」と共に私達の居場所を探しているということも。
もし突き止められて攻められたら、一人で動けない私はお荷物だ。
そうなった時には見捨てて欲しいと皆に言ったけど、誰も頷いてはくれなかった。
それどころか、シスルは私のために別の場所に専用の塔を建ててくれた。
その塔が建っているのは、私達が最初に暮らしていた森だ。
もう二度と来ることは無いと思っていたのだけれど、一度疑われて調べ尽くされたこの場所を「教会」が疑うはずがないと、シスルは考えたみたいだった。
図らずも再び戻ってくることができた森は、ほとんど変わっていなかった。
変わっていたのは、私達が以前住んでいた家が荒らされてボロボロになっていたことくらい。
どうやら、ここを見つけた「教会」は私達が逃げた後だと気づくと、早々にこの森から撤退したようだった。
森で仲良くしていた皆も無事だった。彼らも「教会」から上手く逃げ隠れられたのだとか。
私はシスル、リンカルス君、レイヴンさんと共にこの森を訪れ、皆との再会を喜びあった。
そして、三人は私を完成した塔まで連れて来てくれた後、彼らが暮らす石の塔へと帰っていった。
これが彼らと直接会った、最後の時だった。
「……ごめんね、皆」
私はベッドの上で指笛を鳴らす。
すると、開け放たれた窓から一羽の鳥が室内に入ってきた。
その鳥の羽は光に透けて薄紫色に輝いており、全身から神秘的な雰囲気を漂わせている。
『調子はどうですか?』
脳内に直接届いたその声は、目の前の鳥から発せられているものだ。
念話と呼ばれるそれを使いこなせるこの鳥も、魔物の一種である。
しかし、この鳥は人に対して友好的で、念話による会話も可能であったため、「神鳥」と呼んで崇めている地域もあるらしい。
「平気……ではないかな」
『無理に声を出さなくても良いのですよ。心で語り掛けてくださいな』
『じゃあ、そうさせてもらうね』
メスの神鳥である彼女は、初めて会った時から私のことを気にかけてくれている。
シスルを助けた時に使った魂を分け与える方法を教えてくれたのも彼女だ。
「母性本能がくすぐられるのよ」なんて言いながら、この森で生活していく手助けをしてくれたことは感謝してもし切れない。
『私を呼んだということは、リンはあれを決行するのですね』
『うん。無理を言ってごめんね』
『いいえ、リンのためですから。でも、本当に良いのですか?』
彼女がこちらを伺うような視線を向ける。
私は微笑みを浮かべた。
『これが、今の私にできる最善の方法だもの』
そんな私を見つめていた彼女の金色の瞳が、すうっと細められる。
『……彼らに相談しなくても良かったのですか?』
『相談したら止められるでしょ?』
『そうですね。だから、リンは私に相談してきたのでしょう』
『うん』
私の答えを聞いた彼女は、短いため息をつく。
実は、私と彼女はここに来る前から連絡を取り合っていた。
森の外が騒がしいことに気づいた彼女が外を飛び回っている時、偶然にも私達が暮らす塔を見つけたことがきっかけで、彼女と私は念話でコンタクトをとるようになった。
その時に今回の計画を彼女に話し、協力を取り付けていた。
『全く、リンは本当に皆のことが好きなのですね』
彼女はそう言うと、私に顔を擦り付けた。
ふわふわとした羽毛が、私の顔をくすぐる。
『ふふっ、くすぐったいよ』
『ごめんなさい。でも、もうすぐリンと二度と会えなくなってしまうのです。もう少しだけ、こうさせてください』
私よりも長く生きている神鳥に甘えられているのは、何だか不思議な気分だった。
彼女が別れを惜しむようにその顔を擦り付けてくるのを、私はなすがままに受け入れた。
本当は抱き締めたかったけれど、腕に力が入らないのでどうしようもなかった。
『……さて、いつまでもこうしてはいられませんね。そろそろ準備しませんと』
『そうだね。今までありがとう』
『私こそ、ありがとうございました。リンのことはいつまでも忘れません』
そう言い残すと、彼女は再び窓の外へと飛び去っていった。
私は静かになった室内で、その時が来るのを待つ。
そして、遂に待ち侘びていた一人の女性が現れた。
「ここは……!?」
突如として、私がいる部屋に現れた女性。
彼女は驚いた表情で周囲を見回している。
驚くのも無理はない。
彼女は転移の魔法でここに連れてこられたのだから。
「……こんにちは」
私が声をかけると、その女性は私がいるベッドの方を向いた。
「あ、あなたは? ここは一体どこですか?」
「落ち着いてください」
「私は神鳥様にお会いして、挨拶をしただけなのですが……」
「ええ、そうだと思います。私が神鳥に頼んであなたをここに呼んでもらったのですから」
私の言葉に、その女性は困惑した様子だった。
見ず知らずの人に呼ばれるなんて、普通は考えられないことだからね。
本当は彼女とゆっくり話をしてみたかったけど、今は時間が惜しい。
だから、私は手短に要件を話すことにした。
「初めまして『白の聖女』様。私の――『黒の聖女』の自宅へようこそ」
彼女――「白の聖女」は、可愛らしい大きな目を更に大きくした。
「まさか、あなたがあの噂の」
「どんな噂になっているのかは知らないけれど、良い噂でないことは確かですね」
「なっ、そんなことは……!」
「そんなことはいいんです。それより、あなたに頼みたいことがあります」
未だ状況を飲み込めていなさそうな彼女に向かって、私は告げる。
「その剣で、私を刺して下さいませんか?」
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