第18羽 これはゲームじゃない

 木々が生い茂るその森は日が傾いてきたこともあって薄暗く、人を誰も寄せつけない雰囲気を持っていた。


「暗くなってきちゃった……」


 そんな森の中を、一人の少年が歩いていた。

 長い前髪の奥から覗く赤い目が不安そうに揺れている。


「早く戻らないと、皆が心配しちゃう」


 その少年――ロベルは、罰と称してカーミラにより森に連れてこられていた。

 置き去りにされた彼は、たった一人で森の中を歩くことを余儀なくされていた。


「……何だか怖いな」


 普段外に出られない彼が森の中に入ったことなど無く、不安になるのも当然だった。

 だが、それ以上に彼が感じていたのは。


「寂しいな……」


 誰も自分の近くにいない。

 ロベルにとって、そんなことは日常茶飯事だった。

 しかし、ここ最近は違った。

 彼のところに兄であるユリウスや使用人達がよくやって来るようになった。

 そして、いつも傍にはスズがいた。


「……スズに会いたい」


 ロベルは思わず立ち止まった。

 込み上げてくる寂しさと恐怖に熱くなる目をゴシゴシと擦った。


「弱気になっちゃダメだ。僕は一人でお屋敷に戻るんだ……!」


 そう言って、ロベルが再び歩き始めた時だった。


「……明かりだ!」


 道の向こうに、小さな明かりが見えた。

 その明かりを持った人物は、近づいてくるロベルに気がついた。


「ロベル! 無事だったかい!?」


 明かりを手に現れたのはユリウスだった。

 彼はロベルに駆け寄ると、その小さな身体を抱き締めた。


「一人にして済まなかった……! 怖かっただろう?」

「い、いいえ。このくらい耐えられないと兄様やお父様のような立派な大人の男性にはなれませんから!」


 その言葉を聞いたユリウスの顔が陰る。


「……カーミラ殿にそう言われたのか?」

「は、はい」

「あの女、ロベルに変なこと吹き込みやがって……」

「何かおっしゃいましたか、兄様?」

「何でもないよ。ロベルが無事で何よりだ」


 ユリウスがロベルに怪我が無いことを確かめ、二人で屋敷に戻ろうとした。

 だがしかし、屋敷の方を振り返った彼らの目の前に、急に白い光が現れる。


「わあっ!?」

「な、何だ!?」


 二人はその眩い光に、思わず目を覆う。

 次第に弱まっていく光が何なのか確かめようと、ユリウスは指の間から発光体を覗いた。


「あれは……転移陣?」


 光り輝いていたのは魔法陣だった。

 そこからゆっくりと、巨大な影が現れる。

 その影が魔法陣から完全に姿を現すと、魔法陣は光と共に消えていった。


「……まさか、ゴーレムか?」


 光が消えて、影だったものがはっきり見えるようになる。

 それはユリウスの背丈の倍はありそうなほど大きく、鋼鉄のボディーと赤く光るガラスの目を持っていた。

 魔導式自律人形兵――通称「ゴーレム」と呼ばれるそれは、かつて魔王との戦いで投入された兵器である。

 そこから様々な改良がなされ、現在では農業や工業など幅広い分野に応用されている。

 しかし、目の前のゴーレムは明らかにそれらの非戦闘用ゴーレムとは異なっていた。


「戦闘に利用されていたゴーレムなんて、骨董品だぞ。しかも動いてるなんて、一体どういう事だ?」


 ゴーレムの頭が動き、赤い目がユリウス達を視界に捕える。

 本来、こんなことはありえない。

 魔王がいなくなり、戦闘用に開発されたゴーレム達はお役御免となった後、そのゴーレム達は観賞用に売り出されたりもしていた。

 しかし、安全のために、売り出されたゴーレム達の全てに動かないようにする加工が施されている。

 つまり、今現存している戦闘用ゴーレムは絶対に動かない。

 誰かが意図的に、動くように改造しない限りは。


「っ! ロベル、こっちに来るんだ!」


 ユリウスはゴーレムの目が強い輝きを放ったことに気がついた。

 彼はロベルを抱き寄せると、咄嗟にその場から離れた。

 その瞬間、ゴーレムが地面に向かって拳を叩きつけた。


 ――ドゴォォォン!


 轟音と共に、地面にヒビが入る。

 間一髪逃れたユリウス達だったが、そのパンチの衝撃波で吹き飛ばされる。


「くっ……!」

「兄様、大丈夫ですか!?」

「ああ、大丈夫だよ」


 ユリウスは幼い弟を不安にさせないよう、微笑んでみせる。

 しかし、彼に余裕があるわけではなかった。

 戦闘用ゴーレムは予備動作無しに即座に攻撃してくる。

 一応、攻撃直前に目が光るという動作はあるのだが、どんな攻撃が来るのかまではわからない。

 先程は偶然避けることができただけで、この後も避けることができるかはわからない。

 ロベルを守りながらでは、もっと厳しい。


「……ロベル。先に逃げるんだ」

「そんな、兄様を置いてなんて……」

「屋敷に着いたら父上に助けを求めて欲しい。流石にこいつを私一人で無力化するのは難しいからね」


 戦闘用ゴーレムは魔王率いる魔物の軍勢を相手にするために作られたもので、物理攻撃にも魔法による攻撃にも強い。

 ユリウスが全力で魔法を放てば傷くらいはつくかもしれないが、かすり傷程度のものにしかならないだろう。

 そうこうしている間にもゴーレムは彼らに向かってパンチを繰り出してきており、それを避ける度に地面に拳の形に穴が空く。


「抑えるだけなら私にもできる。さあ、早く行くんだ!」


 迷っていたロベルだったが、ユリウスの言葉に頷くと森の出口に向かって走り出した。

 しかし、その直後、ゴーレムの目が煌々と光り出す。


「まずい!」


 ユリウスがロベルを庇うように、ゴーレムの前へと出た。

 そして、すぐさま魔法で防御壁バリアを張った。

 だが、ゴーレムがその巨腕を横薙ぎに振ると、あっさりと壊されてしまった。


「ぐはぁ!」


 ゴーレムの腕が直撃したユリウスは、吹き飛ばされて木に衝突する。


「兄様っ!」


 ロベルの悲痛な叫びが森の中を木霊する。

 ユリウスは呻き声をあげ、起き上がれないでいるようだった。

 そんな痛々しい姿の兄に気を取られ、ロベルはゴーレムから目を逸らしてしまっていた。

 その隙に、ゴーレムはロベルを片手で掴み、持ち上げた。


「うわぁ!?」


 ロベルが驚いて抜け出そうとするも、自分の身体よりも大きな手に全身を縛られ、微動だにできない。

 ゴーレムはそんな彼を、徐々に手に力を入れることで締め付けていく。

 一気に潰そうとしないのは、痛めつけるように殺せとでも設定されているのかもしれない。

 しかし、ゴーレムを差し向けた人物の考えなどロベルにわかるわけもなく、彼はただひたすらに抜け出そうともがいた。


「うう……く、苦し……」


 そんな足掻きも虚しく、ロベルの全身から力が抜け始める。

 あと少しで、ロベルの身体が潰れてしまう――その時だった。


「ジュウジュウジュウ!」


 どこからともなく現れた一羽の雀が、ゴーレムに体当たりを食らわせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る