第17羽 一難去ってまた一難ってやつですね

 うわぁ、お父さんめっちゃ悪い顔してる。

 てか、私が心配する必要なかったんかい!

 せっかくお父さんに突っ込んでいったのに、簡単に避けられちゃったし。

 しかも、そのせいで壁に激突したんですが。

 衝撃で頭がまだクラクラしてるよ。


「ああ、ちなみにお前が私を殺すために手に入れた毒は既に押収しているよ。お前がお茶に入れたのは人体に害のないただの粉だ」


 悪い顔のまま、お父さんはメイドに告げた。

 メイドはギリッと音が鳴るほど悔しそうに歯軋りをした。


「いや、でもガチで飲もうとするのはやめてくださいよ。別の毒が仕込まれてたらどうするつもりだったんですか?」


 メイドを縛りあげているプラムさんが、お父さんを見上げてため息をつく。


「コイツが入手した毒はプラムが全て無害な物に変えてきたのだろう? それなら何も心配はいらないと思ってな」

「過度な信頼はやめてくださいっていつも言ってるでしょうに……」


 いつも通りの二人の会話を繰り広げていると、メイドが突然大声を出した。


「何故だ、どうして気づいた!? 俺の計画は完璧だったはず……お前の息子にも上手く取り入れたというのに!」


 その声は女性が出しているとは思えないほど低かった。

 そんなメイドをお父さんは睨みつける。


「取り入っただと? 勘違いも甚だしい。ユリウスはお前の不自然さに気づいていたぞ」

「何だと?」


 え、それマジですか?

 私、何も伝えてませんけど?


「お前はユリウス達に小動物が嫌いだと伝えたのだろう? だが、実際のカーミラ女史は動物好きで特に小鳥には目がないらしい」


 ……そうだったんだ。

 じゃあ、本物のカーミラさんだったら仲良くなれたのかもしれないな。


「ユリウスもその話を耳にしたようでね。カーミラ女史のことを調べて回っていたようだ」

「アンタのことにはたどり着けてなかったけど、カーミラさんが偽物だってことには気づいてましたよ。アンタが行動するのがもう少し遅かったら、俺達じゃなくてユリウス坊ちゃんがアンタの化けの皮を剥がしてたでしょうね」


 ユリウスのやつ、そんなことしてたのね。

 私がカーミラの危険性をどうやって伝えるか悩んでいる間に。

 数日間の私の苦労は一体……。


「アンタが呑気にパパヴェル様を殺す準備をしている隙に本物のカーミラさんは救出しています。後、今化けているメイドも今頃見つかっているはずです。彼女達の証言と物的証拠がある中で言い逃れはできませんよ」


 プラムさんがそう冷たく言い放つ。

 メイドの顔が更に悔しそうに歪んだ。


「お前の正体もわかっている。さっさと魔法を解いて観念したらどうだ?」


 そこに追い打ちをかけるようなお父さんの言葉がメイドに投げかけられた。


「……ああ、そうだな」


 そう言うと、メイドの身体がほのかに光り始める。

 光に包まれる彼女の身体は次第に大きくごつくなり、顔や髪型までも変化していく。

 そして、メイドだと思っていた人物は、お父さんと同い歳くらいの男へと変わった。

 変わったというか、それが本当の姿なのだろう。


「やはりお前だったか……理由はローズのことか?」

「貴様ごときが彼女のことを軽々しく愛称で呼ぶな!」


 男は恨みがましくお父さんを睨みつける。


「彼女は美しく気高く、まるで聖女のような女性だった……そんな彼女を、貴様は殺したのだ!」


 そんな男を、お父さんは憐れな目で見ていた。


「彼女の死を受け入れられないのはわかる。だが、彼女は子供達を私に託して亡くなった。彼女は自らの死を受け入れていた」

「黙れ! 貴様の言葉など信じられるか!」


 男は聞く耳を持たない。

 自分の考えに固執して、他人の話を聞こうともしない。

 こんな奴がちょっとでもロベル君に関わっていたなんて思うと、コイツの目ん玉つつきたくなってくる。


「パパヴェル様、もうコイツ牢屋にぶち込みましょう? こんな奴に話なんて通じませんし」

「……そうだな。警察が引き取りに来るまで地下牢で大人しくしてもらおう」


 その言葉にプラムさんが頷くと、男を縛り上げたまま立たせた。


「ほら、いくぞ」


 立たされた男は、俯いたまま微動だにしない。

 痺れを切らしたプラムさんが男を引きずってでも連れていこうとした時。


「フッ……ハハ。アハハハハハハハッ!」


 男は、狂ったように笑い出した。

 ひぇ、怖すぎ……殺害失敗して捕まったせいで気が狂ったのかな。


「いつまでも勝った気でいられると思うなよ、パパヴェル!」

「……いや、そもそもパパヴェル様はアンタと勝負なんて一回もしてないですからね?」


 何だ、またこの男の妄想か……。

 この時の私は、そう思った。

 でも、この時に気づくべきだったんだ。

 ロベル君の無事が、まだわかっていないということに。


「フフッ、俺なんかに構っていて良いのか? 貴様の大切な息子達がどうなっても知らんぞ?」

「何を言って――」


 その時だった。


 ――ドゴォォォン!


 そんな激しい音と共に、屋敷全体が揺れた。


「一体何が起こったんだ!?」

「この音……恐らく裏の森からです!」


 慌てふためくお父さんとプラムさんを見て、男は再び高笑いする。


「良い顔をしてるな。ついでだからもっといいことを教えてやろう」


 男は下卑た笑みを浮かべながら、お父さん達に向かってこう言った。


「あの森には今、お前の息子達がいるぞ」

「何だって……!?」

「てめぇ、口からでまかせ言いやがって!」


 プラムさんの口調が荒々しくなったのにも動じず、男は嗤う。


「嘘じゃない。何だったら今から森に行ってみるといい。きっと見つかるはずだぞ……無残な死体でなぁ!」


 何が面白いのか、男はゲラゲラと大声で笑っている。


「ユリウスとロベルに何をした!」

「俺に聞くより自分の目で確かめてくるといい。ほら、早くしないと死んでしまうぞ?」


 男がそう言っている間にも、森がある方角から大きな音が聞こえてきていた。

 こんなの、ゲームの展開にはない。

 まさか、私がお父さんを助けたことでゲームとは違うことが起き始めてる?

 ロベル君の元にはユリウスが行っているはずだけど、男の口振りからしてそれすら男の計画通りみたいだ。

 ――じっとなんて、していられなかった。


「……スズさん!?」


 私の名前を呼ぶプラムさんの声が後ろから聞こえた。

 私はこの場にいる誰よりも先に部屋を出て、猛スピードで森へと向かった。

 どうか無事でいて、ロベル君……!

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