第16羽 これはピンチかもしれない

 お父さんとお話してから数日が経ちました。

 私は、只今絶賛ピンチです。


「……どうしてスズがここにいるんだい?」


 私の目の前にはユリウスがいる。

 ここはユリウスの部屋で、私はついさっきまでタイプライターで文字を打っていた。

 皆さん、もうお分かりですね?


「ロベルの部屋から抜け出したばかりか、私のタイプライターまで弄るなんて、随分といたずらっ子なんだね?」


 ユリウスに捕まりました。

 めっちゃ笑顔が怖いですよ、お兄さん。


「さ、ロベルの部屋に戻るよ。今はカーミラ先生がいらっしゃっているのに、君に出回られると困るからね」


 そう言って、ユリウスは私を持ち上げた。

 ま、待って! 私が打った文字を見て!


「チュピピ!」


 私はユリウスの手の中で、必死にタイプライターの方をくちばしで指した。


「まだ何かしようとしているのかい?」

「チュチュチュ!(いいから見てくれ!)」


 すると、ようやくユリウスはタイプライターを見てくれた。

 彼はそこに書かれた文字を見て、血相を変えた。


「これは偶然か? いや、それにしても……」


 ユリウスが手の中にいる私を見る。


「これはスズが書いたものなんだよね?」


 彼が指さした先には、「ロベルアブナイ」の文字があった。

 私がどうやってユリウスにカーミラのことを伝えるか悩んだ挙句、こう書けばロベル君のことを気にかけてくれるだろうと思って打った文字だ。

 カーミラがロベル君に対して何をしているかがわかれば、ユリウスだって彼女のことを警戒するだろうし、何だったらクビにしてくれるかもしれない。

 そう期待を込めて書き残そうとしたんだけど、書き切ったところで運悪くユリウスに見つかってしまったのだ。


「チュン!(そうだよ!)」


 私が首を縦に振ると、ユリウスの表情が険しくなった。


「……まさか、本当に別人なのか?」


 ボソッと、ユリウスがそう呟いた。

 私が「え?」と思ったのも束の間、彼は私を連れて急いで部屋を出た。

 ちょ、どこに連れていこうとしてるの!?

 戸惑う私を他所に、彼はどこかの部屋の前で立ち止まり、激しくノックをした。


「ロベル! カーミラ先生! いらっしゃいますか!?」


 その問いかけに対する返事は無い。

 痺れを切らしたユリウスが、乱暴に部屋の扉を開けた。


「なっ、いない……!?」


 部屋の中には誰もいなかった。

 さっきまで誰かが使っていたかのように筆記用具が机の上に転がっている。

 ユリウスの発言といい、この部屋の状態といい、ここでロベル君はカーミラの授業を受けていたみたいだ。


「二人とも一体どこに……?」


 ユリウスは周囲を見回していたけど、ふと机の上にある一枚の紙に目を止めた。


『ロベルハモリノナカニイル』


 その紙には汚い字でそう書かれていた。

 まるで殴り書きされたような字だ。

 少なくともロベル君はこんな字は書かない。まあ、一回も彼が書いた文字を見たことないんだけど。


「何だって!? まさか、裏手にある森で監禁されてるのか!?」


 ユリウスの顔が一瞬で青ざめた。

 そう思った次の瞬間、私はユリウスの手から放り出された。


「チュピ!?(いったぁ!?)」


 ちょっと、いきなり何すんのさ!

 そう言ってやる前に、ユリウスは部屋からいなくなっていた。

 いくら愛しのロベル君が危険な目に遭っているかもしれないとはいえ、私を放り投げるのはあんまりだ。

 というか、私も連れていって欲しかった。

 ロベル君が森の中にいるなんて、ゲームに出てた状況と一緒で嫌な感じがするし。

 まあ、ゲームとは違ってユリウスは今回の件には関与してないみたいだけど。


 ……あれ、ゲームの状況と同じ?

 確か、ゲームではロベル様が森をさまよっている間にお父さんが殺されるはず。

 もし、ロベル君が罰と称してカーミラによって森に連れ出されたのだとしたら。

 もし、ロベル君は今一人で森の中にいるとしたら。

 これは、ゲームと同じことが起ころうとしているのかもしれない。

 そうだとしたら、お父さんの命が危ない!




 その頃、お父さん――パパヴェルは書斎で書類仕事に追われていた。

 書類に目を通している彼だったが、扉をノックされた音で顔を上げた。


「お茶をお持ちしました」

「……そうか。入れ」

「失礼します」


 一人のメイドがティーセットをカートに乗せて部屋へと運び入れる。

 彼女は慣れた手つきでお茶を入れ、パパヴェルに差し出した。


「どうぞ」

「ああ、ありがとう」


 書類から目を外し、パパヴェルはお茶を受け取る。

 彼はティーカップに口を添える。

 そして、今まさに中の液体を口に含もうとした時だった。


「チャンチャンチャン!」


 開け放たれた扉から、一羽の雀が物凄い速さでパパヴェルへと突っ込んでくる。

 しかし、パパヴェルは動ずることなくティーカップから口を外し、その雀を華麗に避けた。


「なっ、一体どこから……!」

「俺が招き入れたんですよ」


 動揺するメイドの後ろから、スッと人影が現れる。

 メイドがそれを認識した時には、彼女はその人影によって縛られていた。


「全く、よくもアコナイト家を侮辱してくれましたね」

「何故だ、お前はさっき部屋を出ていったはず……!」

「出ていったフリをしただけですよ。アンタを引きずり出すためにね」


 縄で縛られ、床に叩きつけられたメイドが悔しそうに顔を歪める。

 そんな彼女の目の前に、パパヴェルはゆっくりと近づいた。


「君の……いや、お前がしようとしていたことは全てわかっている。お前はとうの昔に騙されていたんだよ、私達にね」


 そう言って、彼は悪役のような悪い笑顔を浮かべたのだった。

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